1.感じるままを感じてもいい。感情には正しいとか間違いということはない。感情はただあるだけである。誰も人がどう感じるべきかを教えることはできない。感情について話すことは、良いことであり必要なことだ。 2.欲しいものを欲しがってもいい。欲さなければならないことや、望んではならないことなどない。自分の活力に触れたならば、大きく成長したくなる。 3.見え、聞こえることを見聞きしていい。見聞きしたものはなんでも、自分が実際に見聞きしたとおりのものなのだ。 4.いっぱい楽しんだり、遊ぶのはいいことだし、また、そうする必要がある。 5.真実を語ることは重要なことである。歪められた考え(“すべてか無か”思考、破滅化、過度の一般化、読心術、etc.)をしりぞけて現実をあるがままに見ることは、人生の苦痛をやわらげる。 6.ときには限界を知って、満足を先のばしにすることは大切である。これもまた人生の苦痛をやわらげる。 7.バランスのとれた責任感を発達させることは重要である。それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。 8.失敗してもいい。失敗は教師である。失敗は学ぶことを手助けしてくれる。 9.自分自身と同じように、他者の感情、要求、望みもまた、尊敬され尊重されるべきである。 10.問題があってもいい。それは解決される必要がある。葛藤があってもいい。それは解決を必要としている。
ジョン・ブラッドショー 『インナーチャイルド』(NHK出版)第10章をもとに作成
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■2312 / inTopicNo.1)  発達障害への療育を勧められて
  
□投稿者/ 野牛(水牛の姉) -(2005/01/11(Tue) 10:12:31)
    2005/01/11(Tue) 16:03:45 編集(投稿者)
    2005/01/11(Tue) 10:17:39 編集(投稿者)

    皆様、初めまして。私は水牛の姉で野牛と申します。妹の自宅療養に付き添っています。
    妹からこちらのサイトを紹介され、私も投稿させていただきます。

    私もACです。親からは、いろいろ辛くあたられ、人間不信を長く
    わずらっておりますが、結婚して家庭を持ち、2人の子どもがいます。
    非社交的で、いろいろ他人からは誤解もありますが、開き直ってマイペースで
    生きております。

    私には小5の男の子がいます。私にとても性格が似ております。(対人関係の苦手)
    幼少時より人見知りが激しく、今は他人との会話が苦手、初めての場面で緊張しやすい、
    自分が置かれてる状況判断が苦手で周りから浮いた行動をしがち、
    苦手な人とは視線を合わせずらい、興味あることへの執着心などの状態です。
    息子自身は、それを悩むというほどでもなく、学校からも問題児扱いも
    受けてませんし、
    普通に小学校へ行き、気の合う同級生と交流しています。
    塾にも行っていて、勉強は出来る方です。

    私は、「自分に似た子だなー」と今まで自然に思って過ごしてきましたが、
    ある人から「それはアスペルガー症という脳の発達障害だ。
    自閉症の一種で、知能の遅れのないタイプだ。
    今すぐ、市の障害福祉課と児童精神科に息子さんを連れて行って診断を仰ぎ、
    学校にもそのことを告げて、障害者センターで治療しなさい」と
    言われました。

    私には寝耳に水で、「これって、特性じゃないの?人の性格を脳の異常ってそんな言い方は
    失礼」と思いましたが、試しに
    アスペルガー症を検索してみました。
    ここに、その詳しい症状が載っていますので良かったら御覧ください。
      ↓
    http://www.autism.jp/l-00.htm

    読むうちに、不安になり、それらのお子さんを持つ親の掲示板に相談してみたら
    やはり、どこも返答は一緒。
    「今すぐ障害福祉センターと、児童精神科へ子どもを連れて行って見てもらいなさい」

    中には
    「今どきの子どもが子どもを殺すような重大事件は
    発達障害のある子を、親が認知せず、障害を正す治療を怠ってきたからだ。
    自分の子を犯罪者にしないためには、性格を変えさせなければならない」という
    意見までありました。

    確かに、
    会話が苦手とか、初対面の人とすぐには打ち解けられないのは
    生きにくいといえば生きにくい性格なのかもしれません。
    でも、それを「協調性の無い人間は脳がおかしい」という
    理論へ持っていくことが、私には100%信じ切れないのです。

    今の時代の市の幼児検診では、体格検査、内科検診、歯科検診の他に
    必ず「知能を見る検査」「行動のおかしい面が無いかのチェック」項目があり
    かなり早い段階で(2歳、3歳ぐらい)
    発達障害児かどうかの、振り分けがなされるようです。
    うちの息子の頃は、アスペルガー症という理論そのものが日本では知られていなかったため、
    息子は何も言われませんでした。
    しかし、今の時代は、「視線を合わせない」「対人関係の不振」=自閉症
    というふうに、持っていきがちで、どこもかしこも
    「自閉症疑い有りの子」が、おおぜいいるのです。
    周りをよく見ると、幼児を持つ近所の20軒の家庭のうち
    5人の幼児は「うちの子自閉症って言われた、どうしよう」と、とまどってる母親があるのです。


    30年前なら
    「非社交的なのね」「言葉が下手ね」「恥ずかしがり屋」で
    済まされていた特性が、今や「障害」という病気の概念で
    見なされているわけです。

    確かに、幼少時より
    そういう場所で訓練をしていって、人と打ち解けられやすい性格に子どもを
    仕向けるのは、考えようによっては有意義なことなのかもしれませんが、
    小さな子にしてみれば「障害福祉センター」と掲げられた看板の字も読めない
    わけですし、「なんか知らないけど、みんなとおしゃべりトレーニングしてるんだもん」
    程度の認識しか無いと思うのです。

    がしかし、もし、もしもですよ。
    11歳の男の子に
    「お前は、脳に構造上の問題があるようだから、いっぺん児童精神科で見てもらおう。
    場合によっては障害福祉センターで訓練を受けよう」と
    母親が、言ったら
    子どもの心にどのような感情を抱かせるでしょうか?

    私の身に置き換えたとしたら
    「お母さんは自分の性格を嫌いなのだ。この性格を、世間の価値観に
    無理矢理合わせさせようとしている。そんなところに行くのは御免だ」と
    思うでしょう。大体において、頭の病院とか、障害センターとかに
    連れて行かされるのは「屈辱」です。

    私は、仮に息子がアスペルガーの兆候があるにしても
    それを息子本人に「お前はアスペだ」などと宣告したりはせず、
    頭の病院だの障害者センターだのには連れて行かずに、
    私自身が独学で、息子を導いていきたいと思うのです。

    息子自身が「もっと人と打ち解けられたらいいなー」という
    自発的な気持ちが無い限り、無理に「性格を世間受けしやすいように変える」
    ことはしたくない。

    でも、発達障害児サイトでは私のような意見は「言語道断」だと
    凶弾されてしまいました。そういう場所へ連れて行かされるのがトラウマに残るとか
    いうことより、とにかく精神科医の診断と性格変革の訓練が第一だと・・・

    私は、幼い頃から親からひどい仕打ちを受け、
    そういう影響もあってか、他人になかなか自分を出せない人間です。
    でも、自分は、そういう「対人関係の苦手さ」を
    自分自身の経験や、人生の歩みの中で克服してきました。
    今では、昔よりもかなり、人と打ち解けやすい人間へと変化したと思います。
    そういうやりかたで、自らが自らの意志でもって少しずつ「自己変革」する方が
    あとあと「トラウマ」とならずに、良い方向へと向かうような気がしてならないのです。

    皆様にお伺いしたいのは、
    もし、皆さんが小学校高学年のときに親から
    「お前は、普通の子どもとは脳構造が違っていて、発達障害がある。
    人と交わりにくいのは、そのせいだ。そのままで成長するのは
    お前のために良くないことだから、今のうちに訓練して直さなければならない。
    今度、児童精神科で障害の診断を受け、障害者センターに行こうね」と

    言われたら、気持ちよく出かけますか?
    仮に、訓練によって
    人付き合いが上手になったとしても
    「自分は脳の障害を正すために、親から訓練所に行かされた」という
    心の傷を、あとあと、残してしまうとは考えられないでしょうか?

    発達障害児サイトでは、同一理論、同一方向しか、まかり通っていないので、
    もっと視野を広げて、客観的意見を募りたく、
    場違いとは存じますが、こちらに書き込みさせて頂きました。
    皆様、どうか率直なご意見をお聞かせ願いませ。



引用返信 削除キー/
■2313 / inTopicNo.2)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ トラミ -(2005/01/11(Tue) 14:36:11)
    2005/01/11(Tue) 20:54:49 編集(投稿者)
    2005/01/11(Tue) 14:42:12 編集(投稿者)

    No2312に返信(野牛(水牛の姉)さんの記事)
    野牛さん初めまして。

    私はまだ結婚や、子育てについては考えた事もないので、子供としての
    気持ちしか、わからないと思いますが・・。

    > 幼少時より人見知りが激しく、今は他人との会話が苦手、初めての場面で緊張しやすい、
    > 自分が置かれてる状況判断が苦手で周りから浮いた行動をしがち、
    > 苦手な人とは視線を合わせずらい、興味あることへの執着心などの状態です。
    > 息子自身は、それを悩むというほどでもなく、学校からも問題児扱いも
    > 受けてませんし、
    > 普通に小学校へ行き、気の合う同級生と交流しています。
    > 塾にも行っていて、勉強は出来る方です。
    私は昔から、野牛さんが息子さんに対しておっしゃっている様な人間です。
    本当に他人と会話する事が難しく、コミュニケーション以前という感じです。
    例えば、人とぶつかった時などに、「ごめんなさい」という言葉が
    なかなか出てこなくて、どうしよう、どうしようと思ったりします。

    私は高校まで、普通に学校に行って、ほんとうに少ないながらも、友人もおりました。
    でも、歴代の担任の先生からは、「友達を自分からつくろうとしない」とか
    「もっと積極的になりましょう」なんていう言葉を、しょっちゅう通信簿に書かれていました。

    > 私には寝耳に水で、「これって、特性じゃないの?人の性格を脳の異常ってそんな言い方は
    > 失礼」と思いましたが、試しに
    > アスペルガー症を検索してみました。
    > ここに、その詳しい症状が載っていますので良かったら御覧ください。
    拝見しました。全てが、という訳ではないのですが、半分以上は自分にも当てはまる
    事が書かれていて、「もしかして私はアスペなのか?」と思いました。
    自分でも、この内気さは尋常ではない、とは思っていますが、こうも
    はっきりと「脳の障害です」と言われると、不安になりますね。

    > 確かに、
    > 会話が苦手とか、初対面の人とすぐには打ち解けられないのは
    > 生きにくいといえば生きにくい性格なのかもしれません。
    > でも、それを「協調性の無い人間は脳がおかしい」という
    > 理論へ持っていくことが、私には100%信じ切れないのです。
    私も、症状を読んで、ずいぶん強引だな、と思います。
    「性格の問題ではなく、脳の障害です」と言い切っていますが、
    両者の区別については、あまり明確に書かれている様には感じられませんでした。

    > 30年前なら
    > 「非社交的なのね」「言葉が下手ね」「恥ずかしがり屋」で
    > 済まされていた特性が、今や「障害」という病気の概念で
    > 見なされているわけです。
    自分もそういう人間ですので、自分の性質(?)を「障害」と言われると、
    ひどく混乱してしまうと思います。

    > がしかし、もし、もしもですよ。
    > 11歳の男の子に
    > 「お前は、脳に構造上の問題があるようだから、いっぺん児童精神科で見てもらおう。
    > 場合によっては障害福祉センターで訓練を受けよう」と
    > 母親が、言ったら
    > 子どもの心にどのような感情を抱かせるでしょうか?
    > 私の身に置き換えたとしたら
    > 「お母さんは自分の性格を嫌いなのだ。この性格を、世間の価値観に
    > 無理矢理合わせさせようとしている。そんなところに行くのは御免だ」と
    > 思うでしょう。大体において、頭の病院とか、障害センターとかに
    > 連れて行かされるのは「屈辱」です。
    私がもし、今そういう風に診断されたら、すごくショックです。
    たぶん息子さんも、ショックを受けると思います。
    もし私だったら、劣等感を感じてしまうと思います(大変失礼な言い方になりますが)。
    私は昔から、自分の内気さには劣等感を抱いていて、自分はもっと明るくならなければ、
    と思っていました。でも、親に、面と向かって
    「もっと明るくなりなさい」等と言われた事はなく、もし言われていたと
    したら、余計に自分を苛めて苦しんだかもしれません。

    > 私は、仮に息子がアスペルガーの兆候があるにしても
    > それを息子本人に「お前はアスペだ」などと宣告したりはせず、
    > 頭の病院だの障害者センターだのには連れて行かずに、
    > 私自身が独学で、息子を導いていきたいと思うのです。
    > 息子自身が「もっと人と打ち解けられたらいいなー」という
    > 自発的な気持ちが無い限り、無理に「性格を世間受けしやすいように変える」
    > ことはしたくない。
    私は、自分がACと気付いてから、元々の性格に輪をかけて内気になったのには、
    明確な理由があるんだ、私は異常じゃないんだ。と安心する事ができました。
    そして、ACと気付いた事で、対人恐怖を克服したいという気持ちが出てきました
    し、自信も出てきました。

    野牛さんがそういう風に考えていらっしゃるなら、私は、それで良いと思います。
    大人になってからだって、自分で変えようと思えば、変えられるはずです。

    > 皆様にお伺いしたいのは、
    > もし、皆さんが小学校高学年のときに親から
    > 「お前は、普通の子どもとは脳構造が違っていて、発達障害がある。
    > 人と交わりにくいのは、そのせいだ。そのままで成長するのは
    > お前のために良くないことだから、今のうちに訓練して直さなければならない。
    > 今度、児童精神科で障害の診断を受け、障害者センターに行こうね」と
    > 言われたら、気持ちよく出かけますか?
    > 仮に、訓練によって
    > 人付き合いが上手になったとしても
    > 「自分は脳の障害を正すために、親から訓練所に行かされた」という
    > 心の傷を、あとあと、残してしまうとは考えられないでしょうか?
    そう言われたら、私は不安になります。
    気持ちよく出かける、というのは無いと思います。
    自分が障害があると診断されたらどうしよう?と思って、緊張するでしょう。
    そして、もし障害がある、と診断されたら、
    「お母さんは私の性格が嫌いなんだ」と思うかもしれません。


    野牛さんの質問への答えというよりは、私個人の体験みたいになってしまってごめんなさい。
    参考になっていたら良いのですが・・

引用返信 削除キー/
■2314 / inTopicNo.3)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ 柊 -(2005/01/11(Tue) 15:04:09)
    はじめまして。こんにちは。

    私の場合、私が気になったので息子が2歳のときに児童精神科へ連れていったことがあります。
    診断の結果「個性でしょうね。勘のいいお子さんですね」ってことでした。発達検査もしてもらいました。運動面の発達と知的面の発達に差があって、知的面は年齢以上なのに対して運動面は半年以上の遅れがあります。社会性は年齢相応でした。
    息子は赤ちゃんの頃から、人見知りが激しくて、なかなか他人に目を合わせなかったり、初めての場所や人に対してすごく緊張してました。他の子と比較しても、これらの特徴が目立つのですごく心配しました。今も変わらず特徴は持ってますが、3歳で幼稚園に入園して4歳になってからだんだん目立たなくなりましたので、この子の個性だと思って心配はしてないのですが…

    野牛さんは学校の先生に相談されたのですか?学校で問題なく過ごせていて、お子さんも不都合がないなら、児童相談所に連れていく必要があるのかな?と私はふと思いました。

    あと、療育は「世間ウケするような性格にするためのところ」でもなく、そこに通ったから「世間ウケする子」に変身するといえば、そうではないみたいです。ただ、自閉症の特徴がほんの少し目立たなくなるだけみたいです。私の友達や知り合いのお子さんで自閉症の疑いがあって、療育に通っていて2年以上になりますが性格は変わりません。やはり、人とのコミュニケーションが苦手です。みんなが歌ってたら一人だけ違う方向に走っていったりと、かなり目立つ行動をとるようです。

    私の知り合いのお子さんが「アスペルガー」です。その子のお母さんは「うちの子は天才児だから、第二のビルゲイツにする!」と早期教育に力を入れてがんばってる方もいます…

    そういうセンターに連れていかれることを「屈辱」と子供が感じるのは親次第かな?と私は思いました。
    障害を親がどう捉えるか?だと思います。親が障害に対して偏見を持っていたら、子供もそう感じて「自分は頭がおかしい」と卑屈になってしまいそうな気がします。「脳の障害=頭がおかしい」ではないと思ってますので、私だったら「生まれつきハンディがある」って説明すると思います。それは恥ずかしいことではないんだということも。苦手な面が他の子より目立つだけだと。世間ウケさせるためではなく、性格を変えさせるために通わせるのではなく…子供が普通に生活してるだけでは、社会性が発達しない障害であれば、療育には通わせて専門家と一緒に訓練させたいです。

引用返信 削除キー/
■2321 / inTopicNo.4)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ ミルキー -(2005/01/11(Tue) 22:17:51)
    野牛さんへ

    はじめまして。
    私も 色々考えさせられました。

    >11歳の男の子に
    >「お前は、脳に構造上の問題があるようだから、いっぺん児童精神科で見てもら>おう。
    >場合によっては障害福祉センターで訓練を受けよう」と
    >母親が、言ったら
    >子どもの心にどのような感情を抱かせるでしょうか?

    これは違う言い方をされてみては?と思いました。
    例えば、息子さんと話し合ってみて、今の現状、こういうことで悩んでることはあるのか?あるなら試しに児童精神科に行ってみようか?とか、そんな風に話を持っていけば、息子さんもそんなにショックは大きくないのではないでしょうか?

    もしかしたら、本当に個性なのかもしれないし、もしアスペルガー症であったとしても、障害福祉センターでどのようにそれをこれからの人生に生かしていけるかが分かるかもしれません。

    まだ本当にアスペルガー症なのかわかったわけでもないし、大人になってから あのときこうしておけばよかったなどとなったほうが 私は問題だと考えます。

    そして、それはもし本当に障害であったとしたなら、親がその障害に対して偏見を持つことが一番息子さんにとって 辛いのではないでしょうか?

    私にはまだ子供はいません。
    だから 野牛さんの気持ちを全て理解するのは難しいです。
    でも、以上のことが 私の意見です。


引用返信 削除キー/
■2323 / inTopicNo.5)  アスペの連鎖(祖先からの遺伝)
□投稿者/ 野牛 -(2005/01/12(Wed) 15:49:53)
    2005/01/12(Wed) 16:16:12 編集(投稿者)
    2005/01/12(Wed) 16:14:02 編集(投稿者)

    柊さん、 トラミさん、 ミルキーさん、

    レスありがとうございます。
    大変参考になりました。息子への接し方や、言い方次第で
    息子が、障害に理解を示すか、あるいは拒絶反応を示すのか
    どっちかということですね。私の言い方次第ということですね。

    「お前は頭が変だ」という言い方をすれば
    どんな人間だって傷つくのは当然ですね。
    ですが、そうかといって指をくわえたまま、何もしないで過ごし
    後になってから息子に、良い方向を導けないのであれば
    やはり、何らかの手だてが必要なのではと思っています。

    いきなり息子に「精神科に行こう」と言うのは、ためらいがあるので、
    まずは私自身が、相談に行ってみて、息子と相性がよさそうかとか、
    信頼できそうな場所かどうかを確かめてから、
    時期を見て息子を説得し、連れてていこうと思います。

    ところで、息子のアスペを疑いだしてからは、
    私自身もアスペなのだなと気がつきました。
    人見知りの激しさ、人の輪に入ろうとしない、口べた、
    場違いな行動でひんしゅく、運動音痴、こだわり・・・

    学校時代はイジメや、からかいに合いました。
    勉強だけは出来たので、教師からの評価は良かったものの、
    クラスメートからは「間抜け、変人、偏屈、恥知らず」と
    思われてきた・・・・

    夫との結婚生活でも、姑からは「変な人」と思われています。
    私は良かれと思ってやるのですが、何だか裏目に出てしまい
    いつも「そんなことしなくっていいのに」と言われてしまいます。
    子どもの親との交流も大の苦手です。

    つい最近まで、自分がおかしいのは
    親の仕打ちのせい、ACであるため、と思ってきた・・・

    私の親が、よその親より、子どもへの接触不足なのは
    確かなことです。親は自分本位な人間です。それは紛れもない事実。

    しかし、今になって思うと
    両親ともアスペのような気がします。
    父親は典型的な偏屈、自己中、人嫌い、ナルシスト、です。
    母親は、トンチンカン行動、場の雰囲気をつかめない、
    人の傷を理解できない、人の傷つくことを平気で言う性格です。
    両親とも、常識知らずで、行動が変です。アスペの要素をたくさん持っています。

    一昨年、父方の祖母を亡くしたとき、
    父は通夜の晩に、祖母のそばにつかないで
    さっさと(夜10時に)母と一緒に帰宅しました。
    親戚達からは「子どもというのは通夜の晩に、徹夜で親につきそうものだ」と
    大非難を浴びました。父は長男で喪主です。(家がせまい事情から、
    通夜とお葬式の会場は、父の姉宅でやりました)
    両親は「だって、入院中に毎日ばあちゃんに見舞いに通っていて
    疲れていたし、通夜の晩に、布団に入らないで起きてたら
    告別式に、ぶっ倒れるじゃないか。」と大反発。
    絶対に謝らないし、社会通念をきちんとこなそうという態度が欠けています。

    たとえ、祖母の病院への介護が続いて、体が参ってるにせよ、
    それならそれで、親族に言うべきです。
    「体が、えらいしんどい。毛布か何かで、少し仮眠させてもらえないか?」と
    相談すべき。
    何にも言わないで、勝手にタクシーで自宅に帰ってしまうのは
    やはり、協調性がないし、常識知らずだし、相手への迷惑を考えないひんしゅく行為です。

    通夜の晩に、親族達は「兄さんがいない。どこに行った?」と大騒ぎだったそうです。

    私自身は、遠方のため、告別式になってから参加しました。

    その後、四十九日の前日に両親は、
    先祖伝来のお仏壇を、親族に一切相談もせず処分し、勝手に小さな仏壇を
    購入。
    四十九日当日に、ちっちゃくてケチくさい仏壇になっているのを
    見た親族一同は、大大大大激怒。

    こういった行動は、両親とも大昔から日常茶飯事なのです。
    40年以上も前に、深夜に勝手に夫婦二人でバイクで湖畔に出かけて朝帰りし、
    祖母を心配させたのだとか。
    母いわく「若い夫婦が夜中にどこに行ったっていいじゃない」と
    あっけらかんとして、私に昔の出来事を語ってくれました。
    両親は、相手の迷惑も考えないし、協調性が無く、奇行ばかり起こします。

    私もです。奇行というよりは、
    相手に気を使っておこなったつもりが、実際には相手には不評だったという感じです。
    場の雰囲気をつかめず、自分がどういう行動を起こせばいいか、判断がつかないのです。

    もしも、息子のアスペを認めてしまうと
    私自身もアスペだし、両親もアスペだし、私の祖先は代々
    アスペ家系ということになってしまいます。

    じゃあ、私が受けて来た親の仕打ちの原因も
    親がアスペ脳で生まれてきたってことになる。
    親が、子どもをネグレクトしたことは、アスペのせい?

    じゃあ、私や妹が受けてきた仕打ちは
    両親の生まれつきの脳の障害だから仕方がないってことなの?
    親を許さなければならないの?
    祖先伝来の遺伝だからと、今までのこと全てを、水に流さなければならないの?

    私が、ACで苦しんできたことは
    「仕方がない」「障害なんだから」でいいってわけ?

    幼児や学童期の発達障害児を持つ親御さんは
    周囲(学校、健常児の親)に理解を求めようとするのは当然だと思います。
    子どもを、イジメや孤立から守ろうとするのは親の役目。

    では、身の回りの大人のアスペルガー?の人が
    自分に、「迷惑な行動、奇行、非常識」なことをしてきた場合には
    やはり、障害だから許そうという態度を持たなければならないのでしょうか?

    他人でアスペルガー症の人の存在は、今のところ知らないです。
    現時点で、私のまわりのアスペは「両親」だけです。
    なんか、アスペルガーという症状を知ってからは、
    「親が生まれ持った脳が原因だからしょうがない」という態度を
    持たなければならないのかと、
    怒りの矛先を親に向けてはいけないような気がして、やりきれなくて、気持ちに整理がつかないのです・・・




引用返信 削除キー/
■2324 / inTopicNo.6)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ みみ -(2005/01/12(Wed) 16:35:56)
    2005/01/12(Wed) 16:42:36 編集(投稿者)
    2005/01/12(Wed) 16:38:43 編集(投稿者)

    >そういうセンターに連れていかれることを「屈辱」と子供が感じるのは親次第かな?と私は思いました。
    障害を親がどう捉えるか?だと思います。親が障害に対して偏見を持っていたら、子供もそう感じて「自分は頭がおかしい」と卑屈になってしまいそうな気がします。「脳の障害=頭がおかしい」ではないと思ってますので、私だったら「生まれつきハンディがある」って説明すると思います。それは恥ずかしいことではないんだということも。

    読んでみて、柊さんいいこと言うなーと思いました。
    子どもにどう言うのかは、野牛さんのおっしゃるように、先に親が会ってみて、信頼できると思う専門の先生に指導を仰いだほうがよいのかなと思いますので、言い方はもうちょっと工夫が必要かなと思います。きっと専門の先生なら、どう言うと子どもが傷つかないかに慣れてらっしゃると思うので。

    私が子どもの立場だったら、親が専門職に関わらずに、独学で導かれるよりは、専門の先生たちに導いて欲しいかな。。。。
    批判しているわけではないので、そう聞こえたら本当にごめんなさい。

    私は自分がどこかおかしい、普通の人とは違うと思って生きてきましたが、ACと分ってホッとしています。どこへ行っても、人に対して過度に緊張します。
    ACであることを、自分ひとりで乗り越えられると思っていません。
    私は脳がとても発達する3歳までにも、とても殴られて、基本的な安心感をもてなかったので、そういう物質をつくる脳の発達に障害があると思います。

    水牛さんのお姉さんの野牛さんが、ひとりで乗り越えてきたし回復してきたというのも分ります。そういう人もいると思います。

    ひとりで乗り越えられるか、他の人たちの手助けもいるかは分りませんが、多くの人に支えられ、みんなの力を借りて生きることは、私は社会で生きやすく生きていくために、とても大切なことのように思うんです。

    私はなんでもひとりでやってこようとしてしまいました。それが、私の病気を長引かせているように思っています。
    必要なときに、人に助けてと言える力、適切な人に適切に助けを求められる力をつけることも、回復を表すひとつの目安かなと思っています。
    親に虐待されたせいで、自分を恥ずかしいものと思いこんでしまっているので、どうしても、自分を人に出していけないんです。

    学校の先生たちの対応も、発達生涯にあわせた授業に変えてくれると思うので、もし診断の結果が、発達障害なら、専門家から、学校へ説明してもらうのもよいと思います。

    たぶん、専門的にいろいろ治療していけば、大人になるころには、発達障害が少し目立たなくなるのでは?専門家ではないので、なんとも言えませんけど。

    もし親御さんがアスペルがーなら、怒りの矛先が分らないですよね。
    そうかどうかは分らないから、今はお子さんのことを優先されて、親はアスペルがーではないのかもしれないのだから、怒っていいと思います。
引用返信 削除キー/
■2330 / inTopicNo.7)  Re[2]: アスペの連鎖(祖先からの遺伝)
□投稿者/ 柊 -(2005/01/13(Thu) 10:20:45)
    野牛さん、おはようございます。

    息子さんに合った、病院が見つかるといいですね。
    もし、野牛さんやお子さんが本当にアスペだったとしたら
    それが「すばらしい個性」になるといいですね。

    「障害だから、仕方がないから許そう」っていう気持ちだと
    何だか、納得いかないんだけど無理やり理解したフリをしよう
    って感じになってしまって、本当に納得がいかない気がします。
    私は母親から理不尽なことがあると「仕方がない」って言葉で
    片付けられていたので、「仕方がない」って言葉は全然説得力
    ないなぁと思ってます。
    野牛さんの気持ちの持っていきかたをどうすればいいか
    見つかるといいですね。

    私だったら、、、
    障害を持って生まれたことは、避けようがなかったし
    たまたまそういう遺伝子を引き継いで生まれてしまった。
    そして、昔はその障害に対する知識もなければ行政からのフォローも
    なかったことは不運だったと思います。
    そして、そのことを悲しんだり怒ったりした後にそれらの感情を
    「幸せになるための力」に変えていきたいです。
    今は、理解がある相談できる機関や病院があるのでそれらを頼ることに
    よって、いい方向に迎えるチャンスをつかむことができるかもしれない。
    だから、私や子供はラッキーだと考えます。

引用返信 削除キー/
■2335 / inTopicNo.8)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ もあ -(2005/01/14(Fri) 01:30:41)
    ■はじめまして。2階席に、初めて書かせていただきます。
    もう一昔以上前の話で参考に成らないかもしれません。

    息子が小6に進級した春だったとおもいます、赤ん坊の時からユニークな子で、私は人より苦労して子育てしているような気がずっとしていました。どういう経路でそこに行くことになったのか親だった私も定かに覚えていませんが、一回だけ療育センターのような所に連れて行ったことがあります。そこで、看護婦(今は看護士)さんが、医師の先生の診察の前に、小6の国語の教科書の一節のようなものを息子に読ませ、漢字を書けるかどうか診たかったのでしょうか、「この言葉、漢字でかける?」と紙に書くように促され、ちょっとテストっぽいことをさせられました。息子は国語が大の苦手、漢字はさらに嫌いでしたので、両方とも年齢相応にはできず、そのことで大分傷ついたようでした。
    そんなこと(学校の教科が苦手で成績が悪いこと)、親の私も重々承知しているのですから、看護婦さんもそっと親の私に、学校での様子を聞いてくれればいいのに、いきなり初対面の息子に文章を読ませ、漢字を知っているかテストみたいなことをするなんて、医師が忙しくて診察の前の予診だとしても無神経だなあと腹が立ちました。小児科の先生は私たち親子が朝早くからセンターを訪ね長時間待って診察を受けたことを労ってくれるやさしい先生でしたが、もうここには来るまい、と思い、二度と行きませんでした。当時とちがって、今はLD にしても何らかの発達障害にしてもアスペルガーにしても、専門の勉強をした職員がいて、当時のようなひどい対応をするとは思えませんが。


    > ある人から「それはアスペルガー症という脳の発達障害だ。
    > 自閉症の一種で、知能の遅れのないタイプだ。
    > 今すぐ、市の障害福祉課と児童精神科に息子さんを連れて行って診断を仰ぎ、
    > 学校にもそのことを告げて、障害者センターで治療しなさい」と
    > 言われました。

    「治療しなさい」と命令調になるのは、どんなものでしょう、とは思います。

    親の掲示板に相談してみたら
    > やはり、どこも返答は一緒。
    > 「今すぐ障害福祉センターと、児童精神科へ子どもを連れて行って見てもらいなさい」

    「今すぐ・・・・見てもらいなさい」、これも極端な言い方のような気がします。

    息子の場合、一回きりで通うことにはしませんでした。一時的に傷ついたことはたしかだったのですが、「頭の障害」があるかもしれない、との大人の思いを「屈辱」と感じさせることを怖れたからではなく、初対面の訪問者(患者)に対するデリカシーのない対応をする所には、親のほうが、もう行かせたくなくなってしまったからでした。
    「頭の障害」、「頭の病気」、と思うと、変わった人、というマイナスのイメージが浮かんでしまいがちですが、障害の一種、病気の一種なわけですし、風邪や花粉症と一緒に考えるわけにはいかないでしょうけど、それを持つことになってしまった場合は、
    世間受けしやすいように性格を変えさせる、というより、本人が幸せに生活することが目的、と考えるのは、甘いでしょうか?


    > 息子自身が「もっと人と打ち解けられたらいいなー」という
    > 自発的な気持ちが無い限り、

    私の息子は、小6の春、悲しい思いをしましたので、そのくらいの年ならば、説得して連れて行くよりは、「こんな風になりたいなあ」という自分の気持ちが高まるのを見守ってあげるのも、いいように思います。親は密かに?着々と勉強しつつ。

    息子は、今でも、対人関係苦手、しゃべるの苦手、先日、「あーあ、小さい時もっと勉強しとけばよかったな。」とのどかにこぼしていましたが、社会人になり、別段不幸そうにはみえません。

    参考にはならないかもしれませんが、ちょっとお話してみたくなってしまいました。
    >
    >
引用返信 削除キー/
■2666 / inTopicNo.9)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ ゆりりん -(2005/02/22(Tue) 15:44:40)
    > こんにちわ。7歳と3歳の子供の母です。こんなところでアスペに出会ったので、思わずレスしました。
    うちは7歳のお姉ちゃんがアスペです。
    療育を勧められて戸惑ってられるみたいですが、そもそもある人というのはどういう人なのでしょう?専門家の方がきちんと検査されて診断を下されたんでしょうか?ある人の言葉は関係なく、お子さんを見てあげてください。

    私の娘もすごく育てにくくて、3歳のときに病院で診断を受けました。多動と自閉傾向があったのですが、軽度であればあるほど療育するだけの受け皿がないのが今の日本の現状です。訓練を受けたくても重い人から入っていくので、結局診断は下されたがそこから先のフォローまで行き届いていないのです。生活の場で学んでいくしかないのです。
    いろいろ検査を受けるうちに娘の苦手な部分が見えてきました。
    空間を認知する力が弱く、あれとかそれとかの抽象的な指示語の理解ができにくかったり。それゆえに人との付き合い方が下手で集団行動が苦手だったりしました。

    子どもは発達段階にいるので、苦手な部分を見つけてあげてそこを補うような暮らしをするだけでもお子さんはとても楽になると思います。検査を受けるのは生活の舵取りの参考程度に考えて気楽に受けられてみてはどうでしょうか。

    野牛さん自身がアスペの傾向があって困った経験があったのなら、お子さんも口には出さないけれども困っているのかもしれません。
    今は自分の親との問題から少し切り離して、子どもが困っていることに注目して、何が原因なのかを見つけてあげてはどうでしょうか
    その手段として検査を受けて、親がどう対処するのかを理解するのがいいと思います。

    逆にきちんとそこまで学校に通われているのなら、健常者として生きていかなくてはならないので子どものうちに苦手な部分を知っておくのは必要なことだと思います。アスペはその特性自身よりもそれによって引き起こされる2次障害の方が厄介だと思います。

    なんかえらそうに書いてしまいました。これぐらいにしておきます・・・
引用返信 削除キー/
■2667 / inTopicNo.10)  Re[1]: 発達障害への療育を勧められて
□投稿者/ こくーん -(2005/02/23(Wed) 03:29:36)
    2005/02/23(Wed) 03:35:05 編集(投稿者)
    2005/02/23(Wed) 03:34:54 編集(投稿者)

    野牛さん、はじめまして。
    既に多くの方がアドバイスを書かれてますし、先輩ママの方も多いようですので、未婚子どもなしの私が書くこともないか…と思ったのですが、少しだけ書かせてくださいね。

    「高機能自閉症」「アスペルガー」というものを私はつい最近某報道番組の特集で知りました。今、認知の過渡期にあるのかもしれませんね。
    その時に少し気になることもあって友人の養護教諭に話を聞いたりしました。
    その時考えたのは、『どこまでが個性の幅として認められるか』ということでした。
    私は仕事で、複数のお子さんと接する機会があるのですが、野牛さんがお子さんについて書かれた、
    > 人見知りが激しく、今は他人との会話が苦手、初めての場面で緊張しやすい、
    > 自分が置かれてる状況判断が苦手で周りから浮いた行動をしがち、
    > 苦手な人とは視線を合わせずらい、興味あることへの執着心などの状態です。
    > 息子自身は、それを悩むというほどでもなく、学校からも問題児扱いも
    > 受けてませんし、
    > 普通に小学校へ行き、気の合う同級生と交流しています。
    > 塾にも行っていて、勉強は出来る方です。

    という記述に大変よく似たお子さんもいます。
    最初、アスペルガーを知ったとき、そのお子さんを思い出しました。
    私の方が、上手くコミュニケートできないということに悩んでいて、もしかしたら、この傾向のあるお子さんなのかもしれないと思うことで少し楽になったのです。それまでは私の接し方に問題があるのではと心配していました。
    今は、これがこのお子さんの個性なのかもしれないと考えています。

    全く専門外なので的確ではない、と前置きした上で書きますが、
    野牛さんのお子さんが、実際に学校生活でお友達関係等々で悩んでいらっしゃる、
    または今後悩む事態になる可能性がある心配(生活面・学習面)がある、
    本人に悩みはないが客観的に見て、問題(あまりいい言葉ではありませんが)がある、
    といったことがなければ、急がれる必要はないのではないかと思います。
    野牛さんの記述からはそういった切羽詰った状況ではないと察します。
    学校での様子を先生から聞いてみるとか、あるいは通知表の『生活のようす』のような項目(おそらくあるのではないでしょうか)も判断の1つにはなると思います。

    お子さんが悩んでいたり、孤立したりして、助けが必要な状況にあるのに、親が「障害がある」とラベルを貼られるのが怖くて医療機関を受診できない、というようなことさえなければ、いいのではないかな?と思います。
    (逆に言えば、お子さんに助けが必要なときには動く勇気がいるということだと思います。)

    野牛さんも急にこういったことを聞かされて、今混乱されている最中だと思うのです。少し時間を置いて、ゆっくり考えられてもいいのではないでしょうか。
    (専門家のお話(診断ではなく)を聞いてみるのも1つですよね)
    大人でもそうですが、人にはいろいろな個性があります。
    その個性の幅を尊重したいな、と私は思います。
    野牛さんのお子さんの幸せが一番ですから、対処できる心の準備だけを少しずつご用意されてはいかがですか。
    お母さんが大きく構えていることは、お子さんには安心感があると思います。

    子育ての経験の全くない者が長々と書きました。ごめんなさい。
    野牛さんにとって、野牛さんのお子さんにとって、ハッピィな道が見つかりますように。


引用返信 削除キー/



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