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私たちの物語 - 引きこもり・回避行動・過去ログ No.8
メッセージ数:160件

<160> はすき ■2004年09月03日 金曜日 18時38分33秒
家から出たくない。
人と話すのは苦痛。
何でそうなの?なんて聞かれたくない。
静かにしていたいの、何か文句ある?
誰にも傷付けられたくないの。
まちがってる?
ずっと家にいてもいいでしょう?
<159> 木の芽 ■2004年08月30日 月曜日 15時38分11秒
『心の持ち方・感情』とダブるところがありますが、お許しください。

それでは、『私の回避行動』

疲れたので、回避する。
これも立派な休養なんだね。
現実社会では、私はもう大人とみなされているわけだから、回避する時には可能な限り事前通達をするが。
回避してもいい。
私には禁忌が多すぎたのだから、今は思いっきり回避させてあげよう。
<158> WINNIE ■2004年08月29日 日曜日 15時34分59秒
たとえ誰かに受け止めてもらっても、私は簡単に人を信用していない。その時は安心しても、また、ざるの目から、安心感が抜けていってしまう。

常に自分は受け止めてもらえるという安心感を、感じないで来てしまったから。

そんなのはただの幻想。

いや、本当は子どもの頃にその幻想に浸るべきだったのだ。大人になってから、幻想に浸ることは難しいから。幻想に浸り、裏切られないで、ずっと浸っていられたら、私はどうなるんだろう?こんなに大きな赤ちゃんに、それは可能?
<157> WINNIE ■2004年08月29日 日曜日 15時29分41秒
「受け止めてもらいたい」ということについて、私は飢餓状態なんだと思う。

結局大人の私が、内なる子供をムリに説き伏せて行動するしかなくて、それで何もかも破綻してしまったのだ。もうこれ以上は、やっていけないよ、って。
<156> WINNIE ■2004年08月29日 日曜日 15時26分08秒
母親に、幼少時からどんな風に自分の欲求・要求に、対応されてきたか。私の場合、それは「従がう」か、「従がわない」か、がメインだった。「受け止める」かどうかではなく。

子供の頃の私が何かを要求して、母は気持ちでは受け止めてくれなくても、しぶしぶこちらの要求を飲んでくれる時があった。私は母にそうしてもらっても、何か満たされなくてゴネていると、母は「やってあげたから、もういいでしょ」と言って逃げてしまう。

私は、今は自分自身に対して、母のようにしていると思う。自分の強い抵抗感、引きこもり欲求、何もしたくない、逃避欲求・・・そういうものに対して、私は「従がう」か「従がわない」か、しか応対の仕方がわからないのだ。

そういうインナーチャイルドの欲求であろう気持ちに、ただ行動で従っても、その時だけ気持ちがおさまるだけで、満たされはしない。

自分の気持ちを「受け止める」って、どうしたらいいんだろう・・・きっと、結果として行動で従がえなくても、気持ちを受け止めることは、できるんじゃないかとは、アタマで考えているのだけれども。

嫌なことから逃避するかしないか、だけじゃなくて・・・

ああ、その先がわからない。
<155> モハメッド ■2004年08月25日 水曜日 00時40分12秒
「私の引きこもり物語」

 しかし引きこるにしても子供が引きこもって親が心配するというパターンは想像できるが、逆なんだよ。
 新聞をなどに懲役20年というと強盗殺人か複数の殺人罪で社会を震撼とさせる事件となるわけだが、それを超える引きこもりはなんともお気の毒、と同情するな。
 畑仕事に身内が連れて行ってやるわけだが、当人は喜んでいる。唯一の楽しみとなっているんだな。
 こうなるのは色々な事情も重なっているわけだが。子供の側としては、どうこう言いたくない。気の毒なやつだ。自分らしい自分を取り戻すことは無いだろう。

ああ。言葉が出ない。

<154> NAC NAC ■2004年08月25日 水曜日 00時12分57秒
何故なのかはよくわからないが、私がプチ引き篭もりのHさんに(電話に出るのを)期待しないでTELするとHさんは出る。
で、期待してTELすると出ない。
何故なんだろう? 電波(期待のオーラ?)が違うのだろうか?
そして今回も夜浜松の健康ランドから期待しないでHさんに電話したら繋がり、翌朝もこれまた期待しないで電話したら繋がった。
う〜ん、なんかの法則があるのかもしれない。これってマーフィーの法則?
そんな疑問はさておき、今回は私とHさんの間に更なる進展があった。
なんとHさんの方から「次回の電話でメルアド教えます」ときた。
予期せぬ展開に私は「うひょ〜超ラッキー!」って感じだったが、電話口ではその興奮を努めて抑えた。
確かに?プチ引き篭もりのHさんからすれば「放っておいてもお喋り」の私に併せるのは大変だろう。
故に電話よりもメールの方がHさんも気持ちや感情を伝え易いのかもしれない。
まっそれはあくまで「自分勝手」な私の推測だが、Hさんに私が嫌われてはいないのは確かだと思う。
嫌、そう思いたい。
初メールで「ごめんなさい」言われたんじゃあたしゃ洒落にならんからねぇ。
どうなる私とHさんの初メール?
ちょっと不安な私は無難にクリアーできることを願うのみだ。

ありのまま受け入れるってのは大変だねぇ。
<153> モハメッド ■2004年08月11日 水曜日 02時12分37秒
「私の引きこもり物語」

わいのオヤジ引きこってもう何十年。
引きこもりというものも今にはじまったものではなく一定の条件がそろうと、引きこってしまうのかもしれない。
 精神科医がそれなりに積極的に研究論文でもかいとったら、今さらのようにさわぎたてることもなかったかもしれへん。
 わい。そないに思てまんねん。
<152> NAC NAC ■2004年08月10日 火曜日 14時02分12秒
今日はまずこれから。
一昨日の夜は仙台・秋保温泉から、昨日の朝は那須・塩原温泉から、私は意中のプチ引きこもりのHさんに2度ほど「あまり期待しないで」電話をかけたら、奇跡的に2度ともつながって(Hさんは殆ど留守電で返信なし)、短い時間であったが私はHさんとお喋りすることができ、今現在「あぁよかったぁ。繋がったってことは『とりあえずは嫌われてはいない』ってことだよなぁ」と胸を撫で下ろしているところである。
でも先は厳しい。
こうして、なかなか顔のみえないプチ引きこもりのHさんと喋るのは気遣いも根気も要る。
私はここのところ1日1回30秒未満で10回未満Hさんの留守電に「今私は何々しているんですよぉ。またねぇ」みたいなことを吹き込んでおいたのだが、全然返信がなく「あれぇ、俺何か気に障ること言っちゃったり、やっちゃったのかなぁ?」と一人気を揉んでいたのだが、それがやっとこさ繋がって、元気なHさんの声を聞けて私はほっとしている。
ほんと私はHさんと喋りたくて喋りたくて、繋がるとつい「篭っていた」Hさんの感情を聴かずに一方的に自分の感情を喋ってしまうところがあるので、そのことは電話でHさんに謝っておいた。
Hさんも「いや〜そんなことないですよ」とは言ってくれたが、私の喋り過ぎも考えものである。
とにかく私はHさんといろいろ喋りたくて喋りたくてしょうがないのだ。
しかしHさんはプチ引きこもりなわけで、その辺を考慮しないと今回のような「ちょっと長い」音信不通状態でも疑心暗鬼から私は苛々してしまう。
そんな私なりにHさんと付き合う時に心掛けているのは
「けっして怒らない・責めない・待つ・耐える」
以上4点だ。
他にも引きこもりの人に対して注意しなければいけないところは山ほどあるだろうが、私は完璧な人間ではないので、「とりあえずその4点だけは意識して接していこう」と自戒しているところである。
当初私の皮算用では、今ごろ水着姿のHさんと海でキャーキャーやっているはずだったのだが、世の中そうは問屋が卸さなくて、私はこの夏の予定(希望)を変更して「とりあえず何処かで一緒に食事」 
まずそれをクリアーしてから私は「秋の芋掘り大作戦」に繋げたいと思う。
一歩一歩確実にね。
とりあえず仙台銘菓「萩の月」は有効に使わなくては!
それをHさんに受け取ってもらったら、今度は函館土産の「蟹の被り物をした」キティーちゃんのハンカチをプレゼントしよう。
「女性は甘いものから」
私の鉄則である。
<151> チンチラ ■2004年07月26日 月曜日 18時31分03秒
気乗りしない旅行に行って、食中りで入院。
毎日毎日、点滴・トイレの繰り返し。
なのにとても気楽なのには、正直カルチャーショックだった。

退院してはじめて勝手にホテル予約して3日後に帰宅。
やっぱり私の居場所はここなのだった。
はやく全部克服して、ここから飛んできたい。
なのにだめだって止めてる自分がいる。 
とっとと出て行けって言われてる気もする。
親に言わせようとしてケンカ吹っかけて(理論詰でわかりにくいやつ)
うんざりされると少し嬉しい。
なのにカナキリ声で叫んでもいる。 
自分がわかんない。 

父親の泥水飲み干さないと、私の役目は終わらない。
でも誰かに「しなくていい」って断言してほしい。
<150> 牧人 ■2004年07月10日 土曜日 00時39分20秒
男の人が怖い。って変な話かもしれないけど。
解るようで、解らない。全員同じに見えてしまう。
長所も短所も全部同じに。表面に出ているものは違うけど、根っこは皆同じだろ!と思ってしまう。考えたくない。でも直面せずにいられない問題。
いずれ向き合わなきゃいけなくなる。先送りしたぶん大きなしっぺ返しとなる。

安心した子ども時代をやり直したい。

"オトウサン。"
嫌いなこの単語。
誰か塗り替えてください。
姿は見えなくても。見守ってくれている、っていう自信が欲しい。
僕だけじゃどうにもならない。だれかたすけて。
助けてって言わせて。
<149> まつ ■2004年07月08日 木曜日 16時03分24秒
しないといけない事が積もりにつもっています。
早く行動を起こさないといけないってわかっているのに逃げてしまう。
<148> NAC NAC ■2004年06月28日 月曜日 23時36分41秒
私の弟は引きこもって13年(外出ありだが、社会との接触は希薄)になるが、最近少しづつ私はそんな弟の気持ちが想像できるようになってきた。
私が思うところ「弟は何故13年も」だが、答えは簡単だ。
「親、家族(私も含め)を信用できない」それに尽きると思う。
子どもとして生まれてきてこれほど残酷なことはない。
「見えない精神的仕打ち」ダブルミーニング。
まさしく感情の監獄で、だから弟は「自分を守るため」引きこもっているのだ。
私がこう思えるようになったのも自分のインナーチャイルドと会話できるようになってからだが、それゆえ、私の母親が私にかまってほしくて「私はあなたの母親よ。だから心配して言っているのよ」みたいな、恩着せがましい接し方をしてくる。
当然私は無視だ(以前はそんな母親に付き合わされていたが)。
はっきり言って今は胸糞悪く「俺はこんな『愛仕方を知らない』のを母親と思ってきてしまったのか」と余計に私は腹がたつ。
私のインナーチャイルドはそうした歪んだ愛仕方を欲していない。
もうそんな母親のダブルミーニングは懲り懲りだし、それに気付いた今となってはもはや私の無意識にさえ通用しない。
だから「そうじゃないですよ」と歪んだままの母親を無視することで私はサインを送っている(ここが弟と一緒だろう)のに、「子どもが何で親を無視しなければいけないのか?」その孤独・不安・寂しさが全く想像できない私の母親は相変わらず「私は母親として当然のことをやっているのよ。だからそれに従わないのはあなたが悪いのよ」みたいなダブルミーニングを連発する。
ほんと私の母親は滑稽だ(親父も)。
このように私の親は自身の傷と向き合えないような精神的幼さだから、いつまで経っても子どもの気持ちに降りていけないのだ。
ほんと「母親って何なのか?」一向に学習しない愚かな母親だ。
だから弟は「親にわかってもらいたくて」引きこもっているのに、それすら感じられないなんて。
感情鈍磨のワーカホリックに育てられたくなかったわな。
情緒が人を育てるんだから。
<147> 衿 ■2004年06月19日 土曜日 20時35分47秒
自分はダメだと思う。
みんなそれぞれにきちんと自分なりのスタイルを持っていて、前進している(ように見える)
私は「自分が自分でいい」ということがわからなくて、そこから構築していかなくてはならない。いまだにビジョンはつかめない。今の仕事だって、上に行きたいと思わないし行けないと思う。
つまらない大人になりたくはなかった。でも今の自分は何に対しても熱意がない。
上手くいくかいかないかなんて気にしなくてもいいのに。
失敗することを恐れてばかりいる。
自分のバケの皮はがされたくなくて虚勢を張ってばかりいる。
どうすればいいの?
生きていくのが怖い。
このまま私は何もないまま年をとるのだろうか?
それくらいなら死んだ方がましだと思う。
怖い。怖い。怖い。

何も考えたくない。逃げているのは分かってるけど。何もしたくない。人の話が頭に入らない。ただ眠りたい。最近寝てばかりだ。

眠ったまま目が覚めなければ良いのにと思う。
<146> 未羽 ■2004年06月15日 火曜日 23時43分02秒
昔、私は不登校で引きこもっていました。
今、時間を与えられ、それを夢で追体験しています。
…結構つらい(苦笑)。
初めて、こんな予想だにしなかった形で、嫌でも昔を振り返っています。

毎朝怒鳴られる、その恐怖で、未だに夜寝れません。
朝がくれば、身構える。目覚ましの音にも、いつも怯える。

そろそろ潮時かな。
あの頃の事をしっかり見つめる所にきたのでしょうか?
あの頃から停まった時間、一緒に「今」と並行して流れる「あの頃」に、終止符をうちにいこう。
ぼろぼろだけどさ、きっと、やれるよ。
まだ、信じていたい。それだけ(笑)。
<145> WINNIE ■2004年06月12日 土曜日 10時26分14秒
引きこもった状況を、なんとか少しでも変えようと思っていたけれど、この数年間は、あまり無理に出ようとはしなくなった。なかなかこれでいいとは思えないけれど、できないことをじたばたしても、しょうがないと思うようになった。

あきらめ色も強いような気もするけれど、とにかく行動にエネルギーがたくさんいることをしなくなった。

それでも、やっぱり私は楽ではない。なんというか、毎日人間らしい最低限の生活をするだけで、精一杯なのだ。何もかも、やっとこさっとこで、ちょっと調子悪いと、寝っぱなしになって、何もかも立ち行かなくなる。

「立ち行かない」という言葉、自分にぴったりだと、さっきつくづく思った・・・

私の生活のつらさに、一番大きな影響を及ぼしているものは?といつも考えるけれど、何をどうしたらいいのか、わからなくなる。でも、「立ち行かない」という言葉をふと思って、それで思い至ったのは、やっぱり中学2年の時のことを、もっと自分の中で、整理をつけることが必要なのではないかと思った。

この時のことの、とらえ方が宙ぶらりんなのだ。父や母のことを、少しでも理解したいと思って考えてきたけれど、じゃあ、「私にとって」どう感じることだったのか、情緒を伴った話が、できない。そして、この時から私の時間が止まっているのだ。

「立ち行かない」ということは、この「私の時間が止まっていること」の表れだ。時の流れにさえ、そって生きていけない。楽にしようとすれば、寝ることしかできなくなる。何も積み上げていけない。前に進めない。生きていくことや、何かを始め、継続していくことへの、失望感と、拒否感、現実感のなさ。

私はもう何年も、時間とともに、生きることができないでいる。何もかも、止めてしまいたいのだ。変化を受け入れられず、ただ、しゃがみこみ膝を抱えて耳をふさぎ、目をつむり、自分の感覚を無にして、じっとしていたいのだ。

一番の自分の気持ちを、改めてよく見つめよう・・・
<144> とら ■2004年05月30日 日曜日 20時50分59秒
引きこもった時期もあったけど、今は何も考えずに、外いける。
調子が悪い時はいかんけど、行きつけの店が増えたおかげで、
外へ出やすくなった。挨拶を意識してやっている。最初は勇気がいる
でも、癖になると頭を下げやすくなる。それがあちらにも心地いいらしい。
すこしずつ、近所で知り合いが増えてきた。
<143> シャローナ ■2004年05月26日 水曜日 21時12分25秒
カウンセリングやセラピーの場で、こもっている私というのが初めて自覚出来たように思う。
今まで、いくらがんばってもどうもスッキリしない。それどころか違う方向へ行ってしまってグチャグチャになる。そんなことを繰り返してきた。
カウンセラーにはわかってもらえないと怒りが膨らむし。
でも、表面で悩みを解決しようとしている自分ではない、こもっている私というのがいて、それがいやがっているようなのだ。
私はそれをムリにかえようとして努力を繰り返す。
でも、その動機はそうしなくては生きてはいけないから、仕方なく、焦ってというもので、心の底からそうしたいとエネルギーが流れていく訳ではない。
そうすればするほど、こもっている私はそれを避けようとする。だから方向が変わってしまうのかも。
んで、そのこもっている私に対して、カウンセラーは「そういう部分もあるとそっとして置けば」と言うのだが、私はやさしいように思えるけどそれを受け取れなかった。
なぜか・・・わからなかったけど、セラピストは違うことを言っていた。
「それがもし話をするとしたら、何と言うかしら」
そのアイデアはとても気に入ったのだけども、それとは裏腹に私はそれが話をするなんて思ってなかった。それはたいしたこと言えないって。
つまり・・・蔑んでいた。
だから、カウンセラーの言葉も同じように感じて受け取らなかった。
私が望んでいたことは、こもっている私を認めて欲しいということ。
敬意を払って尊重して欲しいということ。友達のように受け入れて欲しい。
<142> およよ ■2004年05月23日 日曜日 22時37分36秒
引きこもっていると言えば、確かにそうかもしれない。誰にも会いたくない、誰とも話したくない。一人でいたい。でも、昔から私は大抵一人だったんだ。なぜか分からないが、一人だった。いつも本を読んで、考えていた。私は、何かを求めていた。どこかに何かがあるような気がした。でも、探せなかった。
今は一人でいたい。誰と話しても、だめ。自分の中で、見つけたい者がある。
自分の中で見つけたい者が、あったんだ。だからいつも一人だった。
自分を失くしていたんだ。まだ見つけていないんだ。考えていた。
何故に、こんなに生きている事が苦しいのか。何故に、人と自分が違うのか。
分からないから、でも、誰も教えてくれないし、誰も理解できないような感じがした。今、その仲間に出会って、自分をすこし理解できるようになった。自分探しの時間が欲しいし、たのしい。見つからなかった自分を探している自分がいとおしい。
だから今は、引きこもり。私を理解してくれる人はなかなか見つからない。
でも、それは昔から、いつも孤独。どうしてなのか分からない。一人、一人でいたいと思わないが、なぜか一人になる。私の話を誰も理解してくれない。
どうしてなのか、私にもわからない。でも、これが私なのだ。それだけだ。
<141> いろは ■2004年05月19日 水曜日 18時00分06秒
どうしても人の輪に入っていけない。。。
ここの人達はやさしくて、
自分のことを随分語れるようになったけど
やはり現実は、厳しい。。。
今日もまた輪に入れなかった。
その場にいるけれど、私の存在はどこに?
一応お喋りをしているけれど
それは本当のわたしではないの。。。
一生懸命取り繕っている私。。。
逃げたい。。。逃げたい。。。
誰も私をしらないところへ
隠れてしまいたい。。。
誰からも傷つけられない押入れでもいい。。。

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This script written by Shintaro Wakayama.