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私たちの物語 - 暴力・虐待・過去ログ No.13
メッセージ数:260件

<260> トラミ ■2007年07月23日 月曜日 23時44分16秒
(フラッシュバックの可能性があります。十分に注意してください)



私はまだ小さい。母親に、何か怒鳴られて泣いている。そして、父が私の後ろで私を支えている。
理由は分からないが、母は私に怒鳴りまくっている。私は、それが怖くて怖くて、泣いている。すると、母は「泣くな!」と金切り声で叫ぶ。私はもうどうしていいか分からなくて、泣き止むこともできず、過呼吸を起こして、ゼエハア言っている。すると、なおも母は「泣き止め!」と言って私を叩こうとする。すると、父が私を後から抱きかかえて、母に「もうやめろって!」と言う。私は父の腕の中で、その後数分間泣き止むまで、過呼吸でうまく息ができなかった。ゼエゼエ言いながら、涙がどんどん溢れてきた。

私が覚えているなかで、一番古い、母の暴力の記憶だと思う。昔の家を思い出したら、その記憶が一番強かった。
この記憶から分かったことは、私は泣くことは恥ずかしいことなのだ、と教え込まれた。そして、自分を守るために、感情をあらわしてはいけない、そのままの自分では受け入れられないのだと思ってしまった。また、両親に対する警戒心、不信感を抱くきっかけにもなった。「この人たちの前では、いい子にしていなければ、いつ怒られるか分からない」。小学校に上がる頃には、夜に母が家に帰ってくる車の音や、私の部屋に近づいてくる音がすると、飛び起きて、緊張するようになった。

また、母は私を殴ったり怒鳴ったりした後にはいつも、打って変わって優しくなり、泣きながら私を抱きしめて、「ごめんねごめんね、お母さんと似てるところがすごくイライラしちゃったんだよ、本当にごめんね。」と涙声で私に言う人だった。私は、母に殴られたり怒鳴られたりするときよりも、この、抱きしめられている時が一番嫌でしょうがなかった。殴られている間は、心の中で「何で私のことを殴るの!絶対いつか殺してやる!」と思っているのに(5才の女の子でも、人を殺したいと思うことはある、自分でも驚くが)、一度母の腕の中に抱かれると、もう私は逃げ出せない。「ごめんね」と言われると、私の中の憎悪は行き場を失って、砂糖が溶けるように崩れていって、心の中の一番深くに沈殿していった。そのときの気持ちは、本当に不快でしょうがなかった。自分の魂を売り渡しているのだということが、子供ながらになんとなく分かった。

私は母から逃げられなかった。母の機嫌が悪いときは殴られ、怒鳴られ、それが終われば今度は抱きしめられる。殴られているときは、本当に逃げたくてしょうがないのだが、謝られると、もう許すしかなくなってしまう。こうして、母を憎むこともできずに、私は毎日、母のなすがままでいるしかなかった。恐怖、怒り、憎悪、困惑、悲しみといった感情は一度も表出することを許されず、しかし、確実に私の心の中のどこかで腐っていった。

ひどいことをされても相手を許してしまい、じぶんが我慢することで関係が続いていく共依存の傾向は、間違いなくここから来ていると思う。
私は、母に殴られている間、ずっと怒りを表現したかった。「やめろ!」と言いたかった。彼女が謝っているのを聞きながら、「絶対に許さない!謝ったら済むなんて卑怯だ!」と言いたくてしょうがなかった。
そして、母にもう二度と私を殴ったり、恐怖を感じさせることをしないと誓って欲しかった。父には、母から私を守って欲しかった。安心させてほしかった。
<259> ぺア ■2007年06月28日 木曜日 22時46分46秒
こどもや幼い子を見ると傷つけてやりたくなった。前まで。そんな自分が怖かった。それから男の子に自分が好きだと素直にアピールする女の子らしい女の子にも。気の弱そうな人も、そして私の大切な友人、彼氏にも「弱い」部分を無防備に私に見せた。そんな「弱さ」を握った私は徹底的に分かりにくいようにでも心の力を奪うようにいじめぬいて心を弱くして私なしでは生きていけないように骨抜きにしたかった。階段から突き落とそうと思ったこともある。自傷をして中学からもう10年近く他者や周囲と心理的に離れてきた、守ってきた私の心は恨みと怒りのエネルギーで沸騰しそうだった。自己効力感を持って人生を切り開いてそれを周囲に心配され応援されている私の同年代を殺したいほど憎んだ。自傷は他者への暴力に転化する。自分にとって大切な人を傷つけたくなる、これもまた自傷に近い。ただ心は確かに他者が入っている点で成長しているんだろうなとも思った。でも本当に孤独だった。
<258> koara ■2007年06月27日 水曜日 20時45分38秒
あたしの親がしたように自分の子供に過干渉になったり、おどし文句、で言うことを聞かせようとする。
最悪は、怒りの爆発。自分が惨めになる。子供にあたって、うさを晴らしてる。
 どれも、あたしが、されてきた方法。
感情の周期のようなものに、支配されているように感じる。
どうしようもない苛立ちに支配される感覚。
それと真逆の平静なあたしにもどる感覚。
この苛立ちの正体を突き止めて、
克服したい。
だから、変わりたい。
 子供のために、あたしのために、変わりたい。

<257> ぺア ■2007年06月22日 金曜日 18時38分52秒
子供のいじめ怖いのに。私は大人だから我慢し続けたこと。最近どうしてそういうことしてきたか意味分かったよ。ハイヤーパワーいるのかな。あなたの力の影響?過去のいじめをしていた人がすごい大変な現実に遭っていたと私の聞く限りだけど、知りました。でもいじめた人もいじめられた人も現状は似たり寄ったりだったのです。暴力は怖い。特に私は子供の。なぜ怖いのか、私は常に誰かを守る、理解してあげる大人でいなければならなかったから、だろうな。でも親からの暴力を受けたことはない。でも父の母へのいやがらせや口でもからかいがエスカレートしたいじめでは私はいつも母を守るために父の心をなだめようと必死でした。父の目は怖かった。いつも優しいのに。で父の機嫌におもねる様にしていた態度を思い出す。今思うとあれも精神的な病気だったんだって分かったけど。好きだったのに苦しい思いをもしかしたら分かれなかったのかもしれません。
<256> ぜんまい ■2007年06月21日 木曜日 00時02分06秒
FB注意です。

あたしは虐待じゃないと・・・・今も思ってる。
虐待とまでは言い切れないと・・・・・

おかあさんはよくあたしを殴った。
平手が多かったかな。
でも、瞬時にあたしも手でなぐられないようにガードする。
その手をつかんでガードなしの状態でなぐろうとすんだ。
恐怖以外の何者でもない。
あんな理性失った親は鬼に見えた。

そんな母があたしの日記を盗み見て、かえってくるなりなぐりはじめた。
今日はもうだめだ、ぷっつんしてんだと悟った。
殴られないために、しゃがんだ。
そしたら蹴りだした。

高校生が彼氏とホテルに行ったという日記を読んだ。

お前は動物だ。
犬以下だ。
動物だ。
動物以下だ。

それからどうなったかは覚えてない。
<255> アーネスト ■2007年06月19日 火曜日 02時02分15秒
家のものに刃物を向けられた、と聞かされた。
僕はそれをちっとも覚えていない。思い出すことも出来ない。だから「思い出せないくらい恐ろしい体験だった」という理解にとどめている。
<254> あかり ■2007年05月28日 月曜日 20時36分51秒
てめぇ
おめぇ

そんな言葉。
いつも可愛がって私を呼ぶのに、そんな呼び名をされる時が
来るとは・・・

痛いよぉ・・・
<253> ラビット ■2007年04月30日 月曜日 22時05分27秒
無言という暴力。自分でもどうしていいかわからない。感じることができないから表面的な会話になる。それでうまくいかなくて無言。自分の殻に戻っていく。自分が傷つきたくないだから…。でも人も傷つけたくない。 私の心は葛藤しているとカウンセラーに言われたが。現実は前者の方かもしれない。でもたまに見せる心はヒリヒリとまるで皮膚から肉が見えた傷のような痛みを感じる。
<252> yuri ■2007年04月29日 日曜日 14時03分35秒
75にもなって、母を虐待続けてる、どーしょーもない人。あたしに、子供が生まれた時、絶対この子は、守ってあげる。そう、決意したのに.....。障害ある、あの子の心を傷つける事をしてしまった。叩いたこのあたしの手を切り落としてしまいたい。虐待おやじの家になんかあたしは、生まれたくなかったよ。ごめんね、;;ちゃん。ママが悪いんだよ。
<251> 無名 ■2007年04月27日 金曜日 22時53分04秒
〈フラッシュバック注意〉

父がまた ターゲットにし始めてる。
気持ち悪い 病的な威嚇や 監視行為で無言の 圧力を与える。…
脅しに 屈したくないけど 殺気走った気配を感じると 怖くて震えて テンパってしまう…。
この恐怖感は薬飲まないと静まらない。
今 怪我で 身動き取れないし 安静にしてなきゃいけない。
神様、どうか私を救済して下さい。
気持ちが落着きますように。
<250> HO ■2007年04月03日 火曜日 23時25分43秒
フラッシュバック注意ってやつですかね。気を付けて。



自分の人生を振り返ると、僕は本当にいろんな暴力を受けてきたなぁと思う。
兄弟がボコボコにされるところも数え切れないくらい、毎日のように見たし自分も暴力を受けた。あまりにも理不尽な暴力。
いきなり訪れる逆上。暴力。周りの人の悲鳴。静まり返った居間。テレビの笑い声が本当に遠く、現実から離れた所で響いてる。
テレビが消える。空気が固まる。恐怖の濃度が高まる。怒鳴り声。筋肉の動き。投げつけるものを探す目の動き。恐怖が体中を支配する。

言葉による暴力(あんまり好きな言葉じゃないな)は日常的に存在してたな。
僕の自尊心は今でもボロボロだ。とにかく何をするのでも恥と恐怖と不安がつきまとう。僕は人生を立て直すのに必死だ。毎日苦しいよ。
不安要素を探して、どんどん大きくしていって、最悪の状況が頭から離れなくなって眠れなくなる。はっきり言ってもう満身創痍なんだ。

平和が欲しい。


日常的に存在していた様々な暴力。僕はこの過去を許しちゃいけない。
当たり前にしちゃいけない。どこにでも存在するものとして受け止めちゃいけない。あんなことあってはいけないことだった。起こっちゃいけないことだった。許しちゃいけない。
あの地獄にいつまでもとらわれていてはいけない。僕はもうああいう世界の住人じゃない。僕はあの状況から抜け出したんだから。普通に考えたら起こり得ないことなんだから。

これは呪詛の言葉でもなく、変化を望む言葉でもない。
僕は一人の人間として存在してるってこと、僕は生きてる、生きていくってこと、僕には安全と、安心、愛情と幸せを望むことができるんだってこと。
そんな僕にあんなことは起こっちゃいけなかったってこと。
それを今ここで確認する言葉。
<249> とら ■2007年03月26日 月曜日 19時54分08秒
フラバ要注意、気分が悪くなることがあります。読み飛ばしてください!!!


性的虐待がある・・・過去を振り返ってびっくりした。親戚のおじ、前すんでいた町で、近所の年上の少年にいたずらされ、14の時、妹に性的な接触をされ(セックスではない、腹と腹との接触)その反動で妹にいたずら(落ち込んだ)宗教のおばさん連中に性的に不快なことを聞かされ、深く傷つき、それをやめて回復しました。正常な性感覚を持つのが大変困難で、両親も変でした。いや、親戚が狂っていた。よく芯を保てたなあと自分で自分をほめています。
壮絶な人生と後悔、度重なる内省、反省の日々。
ACを自覚してからいろんな本をたくさん読み(臨床心理学、雑学)
今にいたっています。ここ10年は、勉強でした^^;おかげで速読ができるようになりましたよ。(少し、自慢)たぶん、50冊は読みましたね。今の最新の心理学の本と雑学でたくさんの本を図書館で読んでいます。(たまに買います)
前半はかなりきついことを書きお詫びします。後半は回復の明るい努力を書きました。
この種の虐待は回復すると人生に深みを与えるようです。元気になると性に対する平衡の取れた見方がもてるし、異性の感情を細かく、感じる感受性がつきますねえ。今は大変重宝しています。おかげで、異性に対するう優しさが増した気がします。関係を持つのもうれしいですね。今は、異性からかなり言い寄られるので、うれし泣きをしています。でも、彼女は一人で十分です(笑)
うーん、回復って大変だけど、得るものが多いねえ。
<248> みゅー ■2007年02月13日 火曜日 04時15分50秒
最近「友達母娘」とか「姉妹みたいな母娘」とか聞くと「ぞっ」とするし、こんなに危ういもので「うさんくさすぎるコピー」ってないと思う。
それに「精神的虐待」ほど「ねちねち」してて「洗脳されやすい」っぽいものって、きっとないよ。
あたしが中学生の頃ぐらいから「みゅーさんの、お母さんすごい厳しいんだってね」「教育ママって聞いた」。同級生から良く言われてた。実際「母親」は外で「キャッチセールス」に会うと必ず「学校の先生ですか?」と聞かれてた。ある日やっぱり同じ事聞かれたとき「私、そういう風に言われるの大っ嫌いなんです!」と言ったそうな。「あまりに頭にきたから言ってやったわ!」って。そうなんぢゃん?見ず知らずの人間からも、そう言われてんだから。主治医の先生は「君のお母さんは「自分は厳しくない」って思いたいんだろうね」って。だから、それだけ腹が立つんだ。「図星」ってやつなんだよ。

それにね「A子」サン。アナタ「みゅーを絶対!よその男になんかやらない!」っ事ずっと無意識にしてんのよ。あたしは今まで誰とも付き合ったことないし「結婚」とか本当に眼中になかった。でも「この人サイテーな事してんな」って思ったのは「表面トモダチ」からの「お見合い話」を、あたしの意見も聞かずに勝手に断った事だった。
あの人の「表面トモダチ」は「金持ち」で「強引」らしい。けど「断った理由」が「ふざけんな!」な事だった。「金持ちの人と結婚すると色々大変なのよ」「別に、あたし構わないよ。1回くらい「お見合い」経験するのもいいんじゃない?」「あのね大変なのは、あんただけじゃないの!嫁の親も苦労すんの!それにOさんの紹介だからOさんとの付き合いも大変だし」「だったら「お見合い」だけして断ればいいじゃない」「「お見合い」するって事は、もう向こうも結婚する気でいるんだから結婚する気もないのに、むやみにしちゃダメなの!それに、もう断ったわよ」。要するに「母親自身」が苦労するのがヤダから断ったんだ。なんか断るための「苦し紛れのへりくつ」っぽいって思ったな。
10年近く前に「食品の宅配」みたいなので「おなじみの兄ちゃん」が月に何回か来てた時「母親」がいない時初めて会った。優しそうでユーモアがあって感じのいい人だった。次の週に「母親」に「Mさん、あたしの事なんか言ってた?」って聞いた。「ああ、お嬢さんいくつですかって聞かれたけど」「で、なんて?」「別に言わなかったわよ」「何で?!」「だって、あの人の仕事とは関係無いじゃない」「ただの世間話かもしれないでしょ!」「もう別にいいでしょ」。この会話、主治医の先生に話したとき「どうやら君の、お母さんを通しての恋愛は無理みたいだね」って言ってたのよ。

昨日、ずいぶん前に結婚して、すでに2児のママさんになってるOちゃんの話になった。Oちゃんが結婚前に仕事場で接客中に、お客様の子供が「触ったら危ないもの」の所を、うろちょろしてたから絵本しこたま持たせてソファに「お願いだから黙って座ってこれ読んでて!」と無理やり座らせた事があって、でも付き合いが長かっただんな様と結婚して赤ちゃんが産まれたお祝いを贈ったら彼女から電話が来た。話してて赤ちゃんの声が聞こえたから、あたしが「何か言ってるね」って。彼女は「あ〜、なんかぶちぶち言ってるけどね〜。でもね、やっぱりかわいいよ。子供もそうだけど、やっぱり結婚してよかったと思う」。すごい幸せそうだった。と10年前の話を「母親」にしたら「かえってヘンに「夢」持ってる人より、もともと嫌いとか苦手とか言う人の方が期待がないから逆にかわいがるのよ。子供に夢持ちすぎると期待しすぎたり「こんなはずじゃなかった」とか虐待とか出るのよね」って。アナタこの時点であたしに「精神的虐待もどき」してるよ。この前ちょろっと「こどもがどーの・・・」ほのぼのした話を、あたしがしたと思ったら、やっぱりこれか・・・。安心してくださいよ。もう「高齢出産」のリミットは目の前ですから。そういうことはないですよ。でも死んでも「夢見てた「夢」」の事は話しませんから。
<247> 無名 ■2007年01月17日 水曜日 02時16分16秒
あんな親早く死んで欲しい。そう思う自分も少し悲しい。
<246> 無名 ■2007年01月17日 水曜日 02時12分48秒
母の荒れ狂いぶりや精神的暴力が凄まじい。逃げる努力をするたびに、攻撃は激しくエスカレートして疲れ果てる。
私はあんな人間を心底軽蔑している。
でも、逃げ切るには遠く離れた所に住み、職を探すのが必要で。
そこまでやるのも大変だし。縁も中々切れないし、中途半端な逃げ方では母が追いかけてきて何しでかすかわからない。多分また逃げ場を荒らして私がいられなくするだろう。だから、今は完全に逃げるのは諦めて適当に連絡取りつつ、被害を軽くする方法を考えた方が、無難かもしれない。労力のロスを裂けるために。
<245> 秋 ■2007年01月14日 日曜日 14時55分38秒
最近のニュースで見る事件はひとごととは思えないことばかり。
私は最近旦那の暴力は自分の言動に非があったと認められるようになった。
激昂するとなにしてるかわからなくなるけど、冷静にそのときの自分を紐解いてみると反省ばっかり・・
自分を出して認められたい気持ちとそれを受け止めてもらえない絶望的な気持ちがバランス取れなくなって、、時にヒッキーだったときはそれが強かった。
だから彼女も、どっかでバランス崩してしまったのかもね。
<244> 無名 ■2006年12月27日 水曜日 05時34分37秒
絶え間ない精神的暴力・苦痛・騒音にさらされている。
フラッシュバックの連続。もう死ぬしか逃げ場がないのか。休息入院したい。
今まで精一杯のことをしてきたのに、私は全然悪くないのに楽になれない。
だけど、これは親の問題であって私のせいじゃない。
カウンセリングも明日で年内終了。ちゃんと冬は越せるのか。とっても疲れた。
<243> 匿名 ■2006年11月27日 月曜日 02時31分16秒
【フラッシュバック注意】   何も無い夜だからこそ、押し込めていた記憶があふれ出し、止まらない。



階段を、母が登ってくる。
途端に鳴り出す私の心臓、ドクンドクンと息苦しい。

部屋の扉を乱暴に開けて 鬼の様な顔。 醜い、いつもの顔。

…何を怒っているんだろう。(あぁまただろうか…)

ずかずかと歩み寄り 殴られる。頬がひりひりするけれど、痛いと感じたのは意外にも胸の辺りだった。

部屋を片付けろと言ったやろ!! 

何かを言おうとした私の髪をつかみ 壁際まで引きずる
また頬をやられ、今のでしたたか背中を打った。壁際で崩れ落ちる私の身体、
何故だか少し、笑いそうになった。
すると私めがけて投げ叩きつけられる部屋中の物、母が何かをわめきながら投げてくる。
教科書かばん鉛筆ぬいぐるみアルミの箱…手に触ったもの手当たり次第に投げている様だ。思わず身を守るために腕をクロス(もう習慣化した)、
しかし当たると痛いので意味が無い。

しばらくして何か・が鼻を直撃して鼻血が出た。きれいな赤色、ポタポタと止まらない。
驚いたのか一瞬動きを止める母、でもすぐにニ・三個先程の様に投げ、あんたが悪い、情けないボケと言いながらティッシュを私の顔へ乱暴に放った。

私がティッシュで鼻血を止めている間、母は何か悪態を付いていた。


その後はさすがに凶行はやみ、母がちらかした私の部屋を片付ける事になった。
母は未だ悪態をつきながら物を拾っている。
私も黙々と手を動かしていた…が、小さな、古びたカッターナイフが落ちているのを見つけた。

もう二度とこんな恐ろしい感情を持つ事は無いだろう…私は思わずそれを手に取り、その錆びかけた刃先を見、
―『その時生まれて初めて、母を殺したいと本気で思った。』

憎悪をたぎらせ見つめてくる私にただならぬ様子を感じたのか母は手を止め、物凄い勢いで私の手からナイフを奪い、そして殴った。

私はしばらく呆然としていた。自分の思わぬ感情が信じられなかった。


<242> 蒼 ■2006年11月20日 月曜日 02時12分25秒

今日
恋人と部屋にいて
雨で調子も悪く
軽くフラッシュバックしてました
幼い頃の孤独な自分

なにも喋れないでいると…


なんで何も言わないんの!

って…
少し不安定な恋人は怒りだして
うずくまってる僕を突き飛ばして叩いてきた


突き飛ばされた瞬間
兄弟に6歳から11歳までうけてた暴力の虐待がフラッシュバックしました

震えて涙がでました
怖くて

恋人は倒れたまま怯えた僕を無理やり起こし
顎をつかんできた

なんで何も言わない!

と…


恋人が当時の兄弟に見え

ごめんなさい

震えて泣きながら謝った

当時の僕が…


<241> 秋 ■2006年10月27日 金曜日 21時26分20秒
喧嘩して殴られてつば吐かれたから私もやり返してやった。
明らかに煽りな行動だと思ったし、やれば倍に返されるとおもったけど、
ひきさがれないと瞬時に思った。
明らかに私たちは共依存だろうな・・
彼はいままで暴力が原因で別れてるといった。
それはまちがいないだろう・・
みんな一回殴られれば女性は去っていくのが当たり前だし。
ACとDVが一緒に暮らしていけば問題はたくさんあるし・・
彼のお母さんが精神的におかしくなったのも彼の本当のお父さんの暴力が
原因なんだろうということも彼といればよくわかるし。

確かに彼に後ろめたいようなことはたくさんあるし、今まで経済的に
支えてくれたこと。
何もしなければ暴力振るったことないし、お酒呑んで暴れる人でもない。
仕事にもきちんといくし、女や金にだらしなくないし、料理もやるし。

・・・問題があるとすれば、間違いなくあたしのほう。
いい加減煽ることより、働こうかな。
そして、カウンセリングいこうかな。
彼氏からすこしづつでも独立していかないといけないのかもしれない・・
そんな時期かな、もう4年半だし。早いなあ・・

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This script written by Shintaro Wakayama.