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私たちの物語 - 学校・受験・過去ログ No.18
メッセージ数:353件

<353> アーネスト ■2006年12月27日 水曜日 20時54分28秒
怒りにまかせて書かせてもらう。
これは仮定だ。でもこの怒りを開放しないかぎり、今夜はねれそうにない。

ずっと −そうだな、8歳くらいから感じてたよ。俺はおかしいって。最近では学習障害、発達障害かと思うくらい。

『なんで俺は、(人に比べて)こんなに、勉強や作業の速度が遅いのか』

仕事中に思ったんだ。もしかしたら、遅くすることで報酬を得てきたんじゃないのか、そしてその無益な振る舞いが今も続いているんじゃないかって・・

小学校のころは算数でよく居残りさせられた。俺思ったんだ。できて褒められるより、できなくて居残りさせられたほうが、数倍、承認されるっていうか、少なくとも教師とコミュニケーションできるんじゃないかって。しかも居残りってある種の特別扱いだもんね、教師からの。

正直、その辺はよく思い出せないんだ。

大事なのは、なぜ俺が遅いほうを選んでしまうのかということだ。
いつもそうだ。見えない空気の壁があるみたいだ。

苦しかった。気付いた今でさえ、失った時間と、気付いていれば得られたであろう、たくさんのものを嘆く気持ちで苦しい。

まさかね、そんなこととは思いもしなかったけど。だってそうだろ??明らかに狂ってる。『速く終わってはならない』なんて!!!!!!おかしいだろ??おかしいんだよ。そんな暗示だか、縛りだかを自分で自分にかけていたんだから。いや、そうかもしれないんだから・・・・

あほらしい。
<352> アーネスト ■2006年12月22日 金曜日 02時55分04秒
でも感情に無力な僕は責任をとるべく行動をしてきたい
<351> アーネスト ■2006年12月22日 金曜日 02時54分32秒
数学だけじゃないんだな
今仕事に必要なスキルでもそうなんだけど、何かこうわからない、とかできないってことが怖いんだよね 昔、のされたんだよ できないことがあって なんとかしたい、わかりたいって気持ちよりも、 実はそれが一番だいじでそれが前提条件なはずなのにできるためには それよりも のされる恐怖に負けたんだ
<350> アーネスト ■2006年12月22日 金曜日 01時34分10秒
自分は事務処理能力が著しく低い、と感じる。

なんていうか、事務作業と聞いただけで、思い鉄球をくくりつけた、鎖をひきずらされるような気分になる。

僕ね、数学が大嫌いだったんだ。今でも・・・よく居残りさせられた。そういう恨みもあるのかな??たまに自分は「遊んではいけない人間なんだ」って思うことがよくある。

数学はね、でもね、ある意味、僕は数学の勉強ができなくて弱弱しく振舞ってね、救われた面もあるのかな。同情されるくらいのできなさっていうか

そう本当に人々が涙するほどの同情をさそってたね。「あ、できないってことはこんなにも人が悲しむんだ」って思った。

僕も今、勉強を教える立場にいるけど、あまりにもできない子に勉強を奨励するってときに痛みを伴うことがある。でもやっぱり根気よく教えて欲しかったなって思う

ある意味、見捨てられたのかもね、こいつはだめだって

感情が複雑に絡みすぎてる
<349> ゆうき ■2006年12月21日 木曜日 00時14分45秒
パニック発作になったり、手から汗が出たり、うつで、リスカしたり。生きたくないと思ってた。今まで隠してたのに、先生にポッロッと話したら先生は私のために泣いてくれた。私を助けてくれる人が大勢いて、人の助けを借りてもいいんだと思って、ほっとした。この学校に入って救われた。
<348> アーネスト ■2006年12月18日 月曜日 23時12分47秒
不思議だな。
学校で習うこと、教師という人を媒体として、教えられることは、ほんの一部で「その先」を習得するには、本当に学習者に学ぶ意志があるかどうかっていうことそれだけが大事なんだてことをいまごろキヅイタ。なんつーか、学ぶってことは学校だけじゃなくて、学ぶ意志をもった人が主体的に、拘わっていくことなんだって今は思うんだ。うん。

そう考えると自分から動くってことが、すごく自然に思える。

僕には、いま学ぶ意志があるかどうか、よくわからない。でも仕事上、もっといろんなことを吸収したいと思う。

僕、結構、中高のころって質問する子だったんだ。別によく思われようとじゃなくてね・・・なんていうかほんとに知りたいことがあるときってもう場所とかそういうことは問題じゃないって思う。知りたい、という気持ち、そしてそれを習得していこうとすることが大事というか自然なんだな。

人間関係の持ち方もそう、自分について知ることも勉強。

なんかそう思えてすごく楽になった。
<347> I ■2006年12月16日 土曜日 12時40分15秒
私をいじめていた女の子の近況を聞いた。
兄弟が亡くなって、お母さんが元々うつ病だったのが悪化して、
錯乱状態になって亡くなったそうだ。
あの子は余裕なかったのでしょう。確かに、病気もちで母親がうつ病だったらそれは辛いと思う。
でもじゃあ私は何?私は何なんだろう?私もそうだった。全く同じとは言えない。でも父親が病気だった。母親に病気のせいもあって父親は当たっていた。
私は何も知らずに、家族内の不穏な空気や父親の母親へのピリピリ感を感じてはいつもカウンセラー役ばかりやってきた。そして今のこの状況。もう私には父親はいない。いなくなってしまった。意地張って生きてきて、「いい子」を頑張っていた私と意地張って世間体ばかり気にしていた私の父親はにていたんだ。でももう優しかった父親いなくなっちゃった。助けてあげたかった。いじめっ子と共通の友人のように家族みんなで祝いたかった。
<346> いちご ■2006年12月05日 火曜日 03時51分41秒
大学に行きたい。浪人してでも行きたかった。けど、親が許してくれなかった。
高校の先生は、「親やったら子供のやりたいことやらせてくれる。」って言ってた。
けど、私の家は違った。
きっと、親は世間体を気にして無理やりにでも私を学生にさせたかったのだろう。だから、私は姉が通ってる専門学校に入った。
けど、楽しくない。自分がやりたいことと違いすぎる。
だからといって、退学する勇気がない。親と一緒で世間体を私も気にしてるからかな。そんな自分が醜くて嫌い。
どうしたらいいんだろう・・・
<345> I ■2006年12月03日 日曜日 14時34分27秒
今の私はもう一つ悲しいことが増えた。
やっと分かった時には家族がいなくなっていた。
真実を知ったのは家族がいなくなってから。
 いじめを見ていて、いじめていてそれでも平気で幸福になっているやつらがうらやましい。子どもが憎い。殺したいくらい憎い。子どもも大人も。
世の中って不公平なんだな。当たり前だよね。
世の中を恨む女なんてかわいくもないか。
 いじめ見ていて、自分がいいように振舞っていた友人が結婚していた。
すごく幸せなんだって。
 恋愛している高校生見てもうらやましい。
 私がいじめを受けて、家族からの弊害もあって、世の中に怯えきって、それでも自分を傷つけて、自分を「汚い」って呪って、自分と世の中に壁を作るために「自傷妄想」をしていた時に、私の周りやいじめたやつらは恋愛していた。
 今でも自傷妄想はとめられない。
 寂しいのかな?私自分の心を感じないように生きてきたから。分からない。
でも子どもには会いたくない。弱い存在の人を見るとむかつきがとまらない。
いじめの連鎖なのかなまさに。私こそ助けをほんとは必要としているの。
いじめをする人こそ助けを求めているんじゃなくて。私だって必要。
正体不明な表面的なことをすごく大切にする私の「家族」の真実を知った。
でももう知ったのは私のお父さんがいなくなってから。
一番苦しんでいたのは父だったのかもしれない。ずっと心の病だったから。でも私も苦しかった。助けてあげたかったし。でも人の助け役ばかりしながら、いじめられて、ここまできて。表面的に生きてきて。でももう表面的なものだけで生きてきたのに。うちは悪い人なんて誰もいないけど本当に寂しい家族だ。
そして私は何か我慢していつも生きてきたけども、何も役になんか立たなかった。いじめも我慢した。親の望むコースは生きてきた。人の助けにもなった。
どんなに辛くても人をいじめなかった。
 頑張ったよね。でも時々本当に人をいじめぬいて、狡猾にいじめぬいて、魂をぎったぎったに壊してやりたくなる。そいつが不幸になるように、私の支配下で生きないといけないように奴隷にしてやりたくなる。
 
<344> I ■2006年12月03日 日曜日 14時19分50秒
学校のいじめの話題がある。
今日の新聞を読んでいて、「いじめられている君へ」と題された有名人の
子どもへ向けたメッセージを読む。
 あの頃、いじめられていた自分を思い出す。怒りと悲しみでいっぱいになる。
 いじめられていた。
 うまくいかなかった。
 何もかもが。
 いつもいじめられた。
 いつも子どもの「暴力スイッチ」オンしてしまう自分が「汚くて汚くて」
「いじめられて当然なのだ」「そういう人なのだ」と思わせた。
 人の暴力を受けて当然の人。
 なぜならば私は「汚い」から。だって、家族の中でも私は「ずるい」存在だから。
 なぜずるいのか?それはお姉ちゃんはいつもいらいらしている。
お父さんはお母さんをばかにして当たる。何だか、さみしい。何だかいつもいつもさみしい。何かよく分からない事が起きている。何だかいつも自分はずるい。
私の周りにはいつも「家庭的に不幸な」子どもがよく集まってきた。
 そしてどうしようもないストレスを私にぶつけた。
 私はその事を甘んじて受け入れた。自分を他者のストレスの掃き溜めのように思った。どんどん溜めてくれって思っていた。私はどこまでも平気だって。
だって、お母さんもお父さんもお姉ちゃんもいるけど。。。皆私を「ずるい」って言うけども・・・私には何一つ納得できる事がなくていつもされるがままの子どもだったから。
<343> トラミ ■2006年11月29日 水曜日 05時45分54秒
今日学校の授業で、心理テストをさせられた。
私は、「不安定消極型」だった。
なによりもショックだったのは、そのなかの「抑鬱的傾向」が、満点の20点だったことだ。
隣の席で受けていた友人は、「安定積極型」で、わたしはとても自分の結果は言えなかった。

テストを受けてから、この結果は当然だと思った。じぶんは、暗くてイジイジした、公に認められる「根暗」なんだと思った。
まだまだ、自分のことをいじめ続ける自分に腹が立った。
テストはテスト、結果がどうであれ、私自身の価値には何の関係もない、と頭では言い聞かせたが、時間が経てば経つほど、自分が、汚い、醜いものと思えてくる。
これは、私の母親なのだ。彼女はいつでも私を酷く批判していた。
中学校に入学する際に書かされた、「どういった子供か」という欄には、紙がビッチリと埋まるほどに、私のトロさ、要領の悪さ、人付き合いの悪さなどがつぎつぎと挙げられた。
その後で、裏面に、「だけど私の代わりに家事も妹たちの世話もしてくれるし、本当にいい子なんです。よくやってくれています。本当にいつも迷惑をかけていて・・・」といったことが、長々と書かれていた。

私はそれを書いている母を見ながら、ここまでわが子の悪い点ばかり見つけることが、よく出来るなと思った。だったら、もう少し普段の生活でも、労ってくれて良いんじゃないか、と思った。
学校から帰ると、母が帰るまでに、言いつけられたすべての家事をしておくことが、私の仕事だった。
ひとつでも忘れていたり、また、完璧に出来ていたとしても、母の気に入らなければ、(母の不機嫌さは私の仕事に対してではなく、ほとんどが職場のストレスによるものだったと思うが。)彼女はヒステリックに喚きちらし、それを見た私は、もっと完璧にやらなくちゃ、と次の日から一層の努力をした。

褒められることは、殆ど無かった。「これではダメだ、もっと完璧にやらなきゃお母さんは満足しない」と、自分でいつも自分に鞭打っていた。
現状に満足することなんて、一度も無かった。

そのせいかもしれないが、私は今までの人生で、「現在の・あるがままの自分」に満足し、肯定したことが一度もない。
高校までは、常にもっといい成績をと、教師に常に言われ、自分でも自分を休ませなかったし、大学に入ってからは、「もっと美しく、商品価値のある肉体に」と、努力しないことがまるで悪のようだ。
そして、いままでの人生で一貫して、「もっと明るい、社交的な、活発な、友達が多くて、クラスの誰とでも仲良くなれる子にならなきゃ」という声が常に頭から離れない。
通信簿には毎回必ず(小学校から、少なくとも中学を卒業するまでは)「もっと活発に」「もっと社交的に」と書かれたし、中1のときの担任からは「自分から友達をつくろうとしない」と言われたと、母から聞かされた。

こういった、頭の中の批評家が、今の私の生きづらさの原因の、大半を占めていると思う。
他人には、絶対分かりえない。どうして私が何もしていないのに疲れた顔をしているのか、どうして人と話す際に顔がひきつるのか。
そういった、人生の基礎となる子ども時代に、何の苦労も無くのうのうと生きてきた人たちに対し、憎悪とも呼べるほどの嫉妬を感じる。
あなたたちは良いですよね、苦労せずに生きてきたのだから。
私が受けてきた苦労を知ろうともしないで、行動や言動や、表面だけで「不良品」の烙印を押さないで!!


授業が終わってから、どうしてこんな心理テストを作る必要があったんだろう、と思った。
<342> アル ■2006年11月08日 水曜日 18時36分48秒
あの頃、フリースクールとかあったのかな。

毎日義務として通っていた学校。勉強が好きというわけでもなく、他に楽しいこともなく、独りぼっちでただ時間が過ぎるのを待っていた。内申に良くないからと部活もやらなければならなかった。
毎日、長かったよ。
行きたくないと言うと親はすごい剣幕で行かないでどうすると怒りまくった。

私には無駄な時間だったのではないだろうか?

あのときフリースクールのようなとこに行っていたら、こんな生活を送ることにはならなかったんじゃないか…、そう、思う。

あの頃、自分では行動を起こすことはできなかった。そういう学校があるなんて思いつかなかったし、自由になるお金もなかった。働くことも出来なかった。
私自身も自分がおかしいというのはうっすら感じてはいても、いつか、「普通」になれると思っていた。ばかだよね。

今さら後悔しても遅い、自分ものんびりしていたし…、けど、親を恨まずにはいられない。
<341> 黎 ■2006年11月03日 金曜日 20時49分09秒
仄かに光さす
底から見上げる空は
鉛色
岩肌を濡らしているのは
何だ

泥濘から這い出たアタシを
突き刺す
銀色の

幾百すじもの
矢が
アタシを射抜く

ここで
声を枯らして
あなたを呼んでいる
のだ
許しを請うて
呼んでいる
のに
あなたは
暖かな草原に
足を投げ出し
風に髪そよがせ
快活に笑っている
他人は
彼女の放つ
幾百すじもの
光に射抜かれ
目が眩む
眩むがゆえに
その汚れが
見つからぬ

あなたの額、眼、
胸、肩に流れる
誰かに射抜かれ、
流れる血に
誰も気がつかぬ

ああ、あなたも
許しを請うていたのか

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This script written by Shintaro Wakayama.