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私たちの物語 - 学校・受験・過去ログ No.13
メッセージ数:260件

<260> アーネスト ■2005年08月01日 月曜日 15時36分53秒
小3、4の頃ってひたすら構って欲しくて奇声を発したり、みんなを笑わせてたな。先生も呆れてた。まぁ楽しい時期ではあったけど、なんとなく寂しかったな。この頃から数学は大嫌いだったけど国語の授業は好きだった。解題を議論するのが滅法好きで主観で語っていいもんだから、「主人公の心情は〜だと思う」とか、すすんで手を上げてた記憶がある。一方、通信教育っていうか教材が送られてくるのをやってこともある。まったくやらなかったから親には申し訳ないが。某通信の漫画が送られてくると必死で読んでたな。あー勉強もスポーツもできればもてるんだーとか子ども心に納得して読んでたな。もっと遡るとひたすら虫取りが好きでコオロギをよく取りに言った。あと植物採集、ザリガニ取り。小3くらいになると粗大ゴミを漁っていた。そして次は親の金を取ってゲーセンしたりお菓子かったり分けのわからない文具を買ったりした。丁度兄が荒れはじめるのもこの頃で寂しかったのかな。この辺から狂い始めたね。万引きで捕まるまで。捕まって周りの友達はその後も割りと明るくしてたのに、自分だけ暗かったのを覚えてる。その時から、割りとグループの中でも引き気味になってた。割りと同情されたり....。「お前いい奴だな〜、優しい奴だな〜」とか言われてたけどなんとなく寂しかったな。まぁそんな時期にスポーツに喜びを見出したりなんかして、鬱憤を晴らす場はあったね。でもこの変から友達関係ってあんまり変わってないな。友達関係っていうか自分の相手への接し方みたいなものも。捕まった友達の親とかは、わりとカラッと怒られて終わりみたいな感じったけどうちは全然ちがくてもう追い出される勢いだったな。疎開中のアルバムを父が引っ張り出してきたからこれは只事じゃないと、子ども心に思った。そっからは番長的なW君の腰ぎんちゃくというか半分パシリ的な存在で.......。いやもう完全な言いなりだったな。こっちが毎朝迎えに生かされたし。でも多分、支配されてても、そういう友達でも、自分の孤独を覆い隠せればよかったんだと思う。親に支配されるくらいなら......はぁ自分育てしようっと。
<259> アーネスト ■2005年08月01日 月曜日 15時22分25秒
中3の時、同じ塾、同じクラスのYちゃんに、窓際に座っていてYちゃんに窓閉めて欲しそうな顔してたら「閉めて欲しいならそう言えばいいじゃん!!」って言われて萎縮したのを覚えている。なんかあの頃から、部活以外では本当に意思疎通のできない引っ込み思案な子だったな。でも、今みたいに自分の内面と向き合うなんてことはしなかったな、不思議と(普通はこの時期、みんなそういうことするのかな?疑問です)。それは高校に入っても一緒だった。なんつーか、自分の内面を覗き込むのは、自分的にタブーだったんだね。多分。もうとにかく小学生の忌むべき過去を封印して真面目っ子をやるしかなかった。
<258> 柊 ■2005年07月28日 木曜日 20時38分40秒
学校じゃないけど、高校3年のときに通ってた英語塾。
短大の受験が迫るころに「A短大とB短大を受験します」って先生に言うと「柊さんなら、絶対に受かるから。もしどちらか落ちたら裸で逆立ちして駅前を歩いていいよ」って言われて、「もっと、上の学校を目指したら?C短大とか」って言われました。でも、私は母から「あんたはAかBぐらいでちょうどいいの。」って言われてたので、そのことを塾の先生に伝えると一気に機嫌が悪くなりました。「何で、C短大やD短大にしないの?」って怒られた…私は心の中で”じゃぁ、先生が母に説得してよ”って思ってた。母の認めた学校じゃないと学費を出してもらえない私の立場もわかってないくせにって思ってた。結局A短大に行ったら、祖母が「A短大に行ってくれてよかった」と喜んでくれました。なぜなら、それ以上偏差値の高い短大に行ってもらうと困るから。伯母の娘が大学進学に失敗してるので、伯母の機嫌を損ねることになるしまた小姑からにらまれる母の立場を祖母は心配してたんでしょう。そんな私には関係のない事情で学校選びをしてた私…。もう一度高校生からやり直したい。いや、小学校からやり直したい。1年生から。来年入学する息子が真剣にうらやましく思います。
<257> アーネスト ■2005年07月26日 火曜日 22時43分04秒
真面目ッ子でいることで優越感を持ってた。「あいつら、あれだけ先生に反抗して....どうして俺みたいに大人しくしていられないんだ?」いつもそう思っていた。でもそれが優越感だったのかもって思ったのは最近。それだけ自分に自信がなかった。でも一方で彼らの中に入っていきたいっていう気持ちもあったな
<256> 泣き虫っこ ■2005年07月25日 月曜日 23時50分17秒
 私は、小学校の時に、ある女の子にいじめられていた。その子は、私に「お前はずるい」とよく言っていた。私が、マラソンで一周人よりも遅れると・・・腕をつねってきた。つめとつめでつねるから、心がよじれるほど痛かった。
 小学校時代。いやな時代だった。顔に虫をいたずらでのせられて、びっくりした私が払おうとしたら、その虫が右耳の中に入ってしまった。
 現実をきちんと見ることができなくなっていた私は(周りの私の事を「バカだ」とか「お前は気が弱い」という言葉。「私はそんな事やってないもん」って言う言葉しか信じられなかった、つまり私はずっと自分の感情をいじめた相手にあげていた、何一つ自分の目や感じたことは信じなかった)それでも精一杯の言葉で「耳に今入ったよね?」といった時の、あの子の口をにやっとさせて言った言葉「OOの耳聞こえなくなるかもね〜、鼓膜破れちゃうかも・・・・」すごい嬉しそうだった。その言葉に私の精一杯の勇気も心もしおしおになった。自分の身体を大切にしたいっていう気持ちも、すぐに誰かに相談しなきゃって思いもすべてが、ぐにゃりって曲げられた。
 その時からかな、それから家に帰って、耳の中の虫を取ろうと片足で「トントントントン」飛んだりして、母親に言おうか迷った挙句に・・・親に言ったら泣いて、今までのいじめられ続けたことすべて話してしまうだろう、そうしたらやっぱり私は自分の自尊心のすべてを親にまで笑われてしまう。今まで散々「あんたは弱い、あんたは気が弱い」って言われ続けたんだから・・・もうそんな「私は弱い」っていうさげすみやばかにしたような見方をされたくなかったの。
 「親に言わない」って決めたら・・・その後大学はいるまで私の親との心を通わす時間も現実に自分が参加する時間までもなくしてしまった。ずっとずっと、「通常」の子として演技して生きてきた。あの時もし・・・私が言えていたら・・・ってずっと24まで思い続けて生きてきた。
<255> こくーん ■2005年07月22日 金曜日 04時42分53秒
先週、知り合いの高校生の部活動の最後の発表会を見に行きました。
とても感動しました。

ああ、もっと、別の高校生活があったのでは、なかったか。
今更嘆いても仕方がなかったけれど。
人の目ばかり気にして、パワーゲームに巻き込まれたりして、
そんなことばかりに意識をとられていた高校生活だったから。

でも、きっと、楽しいこともあった。
それも思い出してみよう。
<254> アーネスト ■2005年07月17日 日曜日 05時27分09秒
1人で頑張る力。人に頼る力。どちらも必要。
中高、人に頼るってしてこなかったな。陸上部ってこともあって1人の競技だから尚更人に頼ったりってことがなかった。あと勉強にしても、テスト返しとか自習の時、みんなが教えあってやっているところに入っていけなかった。いつからか「1人でやるべき」っていう思考が頭のなかにあって、それに逆らえなかった。部活以外の友達を作れなかった。寂しかった。まわりの世界は危険に満ちていると思っていた。小学生の時、軽いいじめというか脅しにあった。その頃の恐怖ってのはないけど、結構言われた気がする。あんなやつと付き合うなとか。
<253> アーネスト ■2005年07月17日 日曜日 05時16分18秒
自分を支点にしていくと責任が見えてくる。なぜ挫折したのか?瞬間的な弱さももちろんある。でも例えば
@母が死んだ時に部活が辛かった時、もっとこぼして良かった。相談しながら道を見つけていけばよかった。所詮部活なのだし、学業との兼ね合いもいろいろ。
A辞めたいときに自分の意志と、そしてその他の条件をもっと考えることができた。

とにかくものすごい無理な生活を送っていた。ろくに寝ず(というか寝れず)。どっちかを一回切ってしまえばラクになれたはず。もっとミニマムなレベルで「やれること」を追求していればよかった。疲労と、ストレスと怒り。全てが爆発し人にぶつけ、そしてぶつけてもなお恨んだ。そして病気。大きすぎる代償。

人生ってもっと違うものだと思ってた。努力ってもっと報われるものだと思っていた。でも決して1人で生きていけない。
<252> bomboh ■2005年07月12日 火曜日 09時07分54秒
友達の前では無意識のうちに笑おうっていう気持ちが出てくる。
笑ってあげれば、全部いい気がした。相手の行ったことを本当に
理解しなくても愛想浮かべて相槌打ってればいいって。
でも、そうしているときは本当の自分を隠して、守ってる。
相手と本当の自分で会話なんてできない。
相手は自分以上に自分の振る舞いについては気にしてないだろうけど
気になって仕方がなく、承認を得られそうな位置にとどまる。
でも、最近少しだけ分かってきた。
笑いを抑えて、落ち着いて話そうとすると、少しだけ自分の感情
に気づくことができる。そして、それを相手は僕としてみてくれる。
僕も少しだけ自分というものを感じることができるんだって。
<251> 真名 ■2005年07月11日 月曜日 14時11分06秒
なんで、受験なんてさせたのよ??!
望んでもいなかったのに!
受かってみれば、もう私は、
親のいのままに操れる子で、
ニコニコ喜ばれて入学した。
馬鹿者め!!
親を恨む、しばし・・・。

私の人生返して。


中学は地元の公立、高校は県立の、共学に行きたかった!!!
<250> アーネスト ■2005年07月11日 月曜日 00時07分03秒
自分はやはりおかしい。棚卸しが済んでいないから、あまり自分を責めすぎると頭がおかしくなってしまいそうだけど、やっぱおかしいのだ。冷静に考えれば大学生は何をやっても自由だが、一つの原則に則れば、学生は勉強が本分であり、留年せずに順当に就職していくのが好ましく、留年という好ましくない結果には責任を持つこと。でも自分は留年など大丈夫だ、親がかねを出してくれると甘えていた。自分の責任能力は一体どうなっているのか?たかが部活だ、となぜ思えない?社会はそんなものを見ない。見るのは働く能力があるか、それだけだ。
<249> アーネスト ■2005年07月09日 土曜日 02時37分22秒
勉強と練習とチーム改革(もしくは管理、運営)、色々なことで飽和状態だった4,5年前。あの頃の自分が好きじゃないけどあの頃のパワフルな自分には少し戻りたいような気もする。でも果たしてあれほど飽和してなかったら自分は何に力を注いだだろうか?
<248> アーネスト ■2005年07月05日 火曜日 12時43分29秒
小学生の頃、記憶がない。
中学生。ただただ真面目に振る舞った。生きる自身がなかった。本当の自分を隠した。幼稚でわがままで叫んでいたい自分を隠した。部活をがんばることで間接的に承認欲求を満たした。いや、相手が誉めてくれそうな領域にいた、といったほうがいいと思う。それでもだめだった「暗い」この一言が更に自分を追い込んでいった。ただ頑張るだけではだめで明るい頑張りやに鳴らない、と相手はまだ自分を受け入れてくれない。そうやって相手が気に入る自分を一つ作っては本当の自分を一つ殺した。自分が頑張りやでも真面目でもなんでもない。形容する必要がない。ただ自分がそこにいるだけ
<247> アーネスト ■2005年07月02日 土曜日 21時07分22秒
大学3年から今までの空白期間。うつ病だったことを知られるの恐れるのは変ですか?それともそこまで考える必要がないですか?わからない。
<246> アーネスト ■2005年06月26日 日曜日 11時33分29秒
カテはずれるが、中学の塾の話しをしたい。俺の人格のほとんどがあの時期にできた。そこでは理系を男性教師が、文系を女性教師が教えていた。俺は数学が大嫌いでいつもその先生の前で怯えていたが、英語は得意だったので女の先生の前では楽だった。数学の地獄の時間が終わると、英語の時間がきた。当然、俺はクラスの中では一番できた。問題なのはその建物のなかで、地獄と天国の両方をどう表現するかだった。数学で憔悴しきった後に英語で笑えなかった。本当は嬉しいのに喜びを表現できなかった。

学校でも一緒。自分が頑張って出来ても、素直に喜べない。それは今も同じ。塾では顔のこと、性格のこと、みんなの前で取り上げられて笑われた。公然といじめが行なわれていた。あれほどいやな思い出はない。

でもそれは過去のこと。まだ弱い中学生だったけど、今は違う。思えば彼らの言動を深刻に受け止めすぎていた。過去のメッセージを解毒したい。
<245> アーネスト ■2005年06月23日 木曜日 21時05分14秒
あと少し。頑張ろうと思う。明日はみなの前で弾き語り。昨日、ふとやろうと思った。俺が返せるのってこれくらいしかないなって。
<244> B.B. ■2005年06月08日 水曜日 13時01分28秒
昨日寝る前に、唐突にひいおばあちゃんのことを思い出した。
いつも仕事で家にいない母親に代わって、実質的に私を育ててくれた人だ。
ひいおばあちゃんと一緒にいたときの温かさがよみがえって、わんわん泣いてしまった。
そうだ、母親にはあったかい感情をもらえなかったけど、おばあちゃんがいっぱいくれてたんだ。
高齢だったし、あんまり一緒にはいられなかったけど、一緒のときはいつも温かかった。
なんで長いこと忘れてたんだろう。
<243> アーネスト ■2005年06月04日 土曜日 14時30分47秒
いつも目立たない生徒だった自分が教壇に立とうとしている。
勉強が大嫌いで部活三昧だった自分。僕には彼らに共感を寄せることしかできない。でもこんな俺にだって何かできることはあるはず。熱心に教えることでも、笑顔で挨拶することでもなんでもいいと思う。人に評価なんかさせない。自分で評価する。
<242> いつか ■2005年05月31日 火曜日 17時41分54秒
学校は、しっかりしてないと、更に自己肯定感がなくなる場所のように思える。
これで、いじめが加わると完璧だ。
自己肯定感がないと、難問は解けないし。解ける人も居るが。
孤独だったな、ある意味。
<241> toa ■2005年05月29日 日曜日 21時19分58秒
学校に行くのにものすごく力が要る。毎日通うのに。
疲れる。疲れる。人がたくさんいて、嫌だ。

怖くない。大丈夫。休める場所をきちんと見つけられた。大丈夫。

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This script written by Shintaro Wakayama.