私たちの物語 - 人間関係・過去ログ No.9
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<180> mai |
■2004年03月01日 月曜日 08時44分49秒 |
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家に時折、父が会社の部下の人達を呼ぶことがあった。それが嫌で嫌でたまらなかった。あいさつすることさえ・・ 酔った父にからかわれる、それくらいよくあることなのだろうけど、当時の私は辛かった。ずっと同席していたわけではないけど、なんであんなに嫌だったんだろう・・・。 なんで楽しいと思えなかったんだろう。一人っ子で立場が孤独、というのもあったにはあったけど、いやなら家を出てどこかに行ってればいいのに、後で父に叱られるのが嫌で、それもできなかった。 この“叱られる”っていうのが(思い込みの部分もあったかもしれないが)、そう子どもに思わせるものが、やっぱり歪んだところだったのだと思う。
挨拶をしないことがあった。反抗、というのではなく、ほんとに人が(男の人達が)怖くて、出ていけなかった。それを、父は頭ごなしに強く叱った。そんなこと言われなくても、自分が一番悪いってわかってるのに。 いつも理由なんか聞かなくて・・・ 昔気質の人、といえばそれまでだけど、こんなタイプの男性に、多くの女性は我慢を強いられてきたのでは・・と思ってしまう。
その人をそのまま受け入れる認める・・・ということは難しいことだと思う。 それは、自分をそのまま受け入れ認める、ということと比例関係にあるんだろうな。。
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<179> 同士へ |
■2004年02月29日 日曜日 02時51分28秒 |
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これから人生やり直すなら、
同業種に就いて、お互いライバルみたいに、戦ってみないか。
自分も張り合いが出て、頑張っていけそうだと思う。
ただ、依存が怖いから、距離を持って。
近からず、遠からず、
履歴書なんか、ごまかせよ、ばれねえよ、
ただ、どうするにせよ、家は出ねえとまずいぜ。
ちなみに、営業は、誰にもむいてるわけじゃない。
俺たちみたいな、心に傷を持った者の方が、向いてるんだ。
解るか、意味が。
心眼、隻眼を手に入れられるから、強くなれる。
初めは苦しいけど、自分の心の成長に繋がる。
強くなれる。高めあえたら、と思う。
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<178> ノラネコ |
■2004年02月26日 木曜日 11時13分05秒 |
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私は血の繋がった親戚より、赤の他人といる方が気が楽だ。 父と母の親戚、どっちも嫌いだから。 祖父母はまだいい。 私がよく預けられていて、世話してくれたから。 孫の中では、私が一番祖父母の傍にいる時間が長かったかもしれない。 ただ、親戚・・・叔父、叔母、従兄弟は嫌いだった。怖かった。 いじめられたし、聞こえるように両親の悪口を言われたし。
私は週末になるとよく父方の祖父母に預けられた。当時、姉もいたはずだけど、何故か姉は預けられなかった。一人置いていかれることが、たまらなく嫌だった。 その間、両親が何をしていたか知らないし、姉がどうしていたかも知らない。
お正月などで親戚一同が集まるとすごく嫌だった。 いとこにいじめられて泣いていて、叔父に「いつまで泣いてんだ」と怒鳴られて、外でずっと泣いていた覚えがある。 祖母が気付いて招き入れてくれなかったら、私はずっとそこで泣いてたと思う。
その後引越しをして母方の親戚が多い地域に来ると、今度は母方の祖母や親戚に預けられることが増えた。 その頃になると、私も大人に対する対応が少しだけど上手く出来るようになった。生意気な子供にはなったけど。
だけど、未だに親戚の人と話すのは苦手だ。結婚式に呼んだけど、内心話したくないと思ってた。
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<177> ねここ |
■2004年02月25日 水曜日 22時59分32秒 |
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なんだか心がざわつく事があった。 たぶん、今までの私がよく陥るパターンだ。 とりあえずにこにこ笑っちゃって、後からこんな風に心がざわざわする。 何でかと言えば、自分の都合、気持ちをはっきり伝えられないから。 それをする事に、罪悪感を感じてしまう習慣があるから。 それで相手に呑まれるような不安を感じてしまう。
そして自己防衛のために、極端にバリアを張ってしまうか、 相手の望みを勝手に推測して、完璧に自分を捨て、その通り振舞ってしまうか。 そうして後に残るのは、自己嫌悪と、何か言い表せない様ないや〜な気持ち。 これが私のよく陥るパターンだ。
久し振りにやってきた。私にとってかなり言いにくい人なんだ。父のように慕ってきた人で、 でも、いい子でいなければいけなかった。というかそんな関係しか築けなかった。それに気付いていなかった。 でも今、この人との関係を私は変えたいと思う。今回は最初の出だしで考える事ができたから、、、 私ちょっと頑張ってみよう。自分の都合を主張する事は、悪い事ではないとわかっている。 ただ癖になっているから。ちょっとドキドキするけど。
ゆっくり話そう。悪い事をしているような口調で話すのはやめよう。 誰も責めないよ。相手を傷つけるわけでもない。そんなワールドを作ってきたのは、ずっと自分自身だったよね。 はぁ〜。。。ちょいと考えると不安になるけども。長年の習慣を変えるのは時間がかかるものです。 ほんのちょっとの勇気と自分を信じること。友人がよく言っていた言葉を借りよう。 失敗してもいいからやってみよう。
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<176> 衿 |
■2004年02月25日 水曜日 20時03分07秒 |
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ある人と出会った。 なんだか、すごく不思議な男の子だなあって思った。 相変わらずあたしの周りの世界は灰色で、感情は錆び果てているけれど、彼と話している時だけは、不思議と気持ちが温かくなる。会話の内容は他愛ないけど、それがとても嬉しくなる。 つらいことがあっても、彼がいれば生きていけそうな気がした。 気がついたら、彼の電話を待ちわびている自分がいた。 なんだろう、こんな感情、久しぶりだ。
あたしも、人を好きになっていいのかな。
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<175> 太郎 |
■2004年02月24日 火曜日 17時02分34秒 |
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どうせ、俺の事を聞いたり、俺の顔を見たりしたら、世間一般の人間皆びっくりするだろうな。どうせ俺は最低の人間だから誰も俺の事を好きにはなってくれないのだろうな。
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<174> NAC NAC |
■2004年02月23日 月曜日 00時09分20秒 |
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今日1週間ぶりに皆と午前中だけ遊んだ。 (午後私はまじめにパソコン試験対策) 当然「Kさん(私)この前はどうしたの?」と、会う人に声をかけられ、「あくまで私の一方的状況説明」と前置きした上で、自分なりの「事実と感情」を話した。 皆も「それじゃなぁ(しょうがないよなぁ)」と納得してくれた。 私も皆に理解してもらえてほっとした。 「いつの間にか自分だけが悪者」じゃ堪ったものではない。 そこへ遅れてAが到着したが、当然Aは「気まずくて知らん顔」を決め込んでいる。 「しょうがない。子どもなんだから」 と私も相手にしなかった。 感情処理が未成熟なAに何言っても「今は時期早々」であろう。 あとは子どもであるAの機嫌が直るのを待つのみだ。 は〜ぁ疲れるなぁ。
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<173> とら |
■2004年02月21日 土曜日 23時19分18秒 |
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過去、自分で作ってしまった対人関係の変な癖は自分の信じている信念を他人に押し付けてしまうことだと思う。努力して直すようにしているんだけど、それでもときどきその癖が頭をもたげてしまう。とても悲しいよ。 ある団体で受けたトラウマが大きいんだ。何度もカミングアウトを続けて 直していきたい。時々、壊れたような文章を書いてしまうのも過去関係した 団体での心の傷なんだ。もっとまともな人になりたいと思う。
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<172> NAC NAC |
■2004年02月20日 金曜日 21時31分14秒 |
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そんな「私を快く思っていない」YOは、私がAと揉めた時に事情も知らないのに「ここぞとばかり」にでしゃばって、いきなり私の右後方そばで「おいおいどうしたんだぁ。おめぇかち喰らわすぞ」だか「ガツンとやるぞ」だか私に言ってきた。 私は「振り向きざま胸倉掴んでチョーパン(鼻っ柱に頭突き)」かましてやりたい怒りに囚われそうになったが、ここでもなんとか我慢した。 ほんと私は自分で言うのもなんだが、辛抱強い男だ。 中学の私なら確実にYOに「いきなり延髄切り」をかましていただろう。 (ほんと中学の時の自分はトンパチだった) なんとか(私より2,3年上である)Aが「いいんだ、いいんだ、大丈夫だから」とYOに言ってくれたので、「一騒動起こしたかった」YOも渋々場を離れていったが、ほんとむかつく親父だ。 まだ(YOが横からしゃしゃり出てきても)両方の言い分をとりあえず聴いてから「和解案なり妥協案」を提案するなら、まだ私は分かる。 でも今回は、いきなりすっ飛んできて、いきなり「私だけが悪者扱い」だ。 正直、私はYOの店に落書きなり、火でも着けてやろうかと思った。 私が放火魔ならその日の内に、YOの店を全焼させているだろう。 そのくらい今回のYOの理不尽な、どうにも納得いかない対応に私は腹が立った。 腹が立ったどころではない。 法律さえなければマジYOを、私はぶちのめしていたであろう。 ほんと「道理や筋の通らない」AやYOを相手にすると、自分の怒りが自然沸騰する。 YOは私だけではない。 WさんやFさんとも大揉めした経緯がある「トラブルメーカー」だ。 「あんなんでよく客商売ができるもんだ」と、逆に私は感心してしまう。 「自分の整備ミスでもお金を取る」ような、どうしようもない奴だ。 だから私は「YOと一緒に見られるのが嫌」で近付かないのだ。 話は戻って、なんとかYOが去った後でも、Aはまだぐちゃぐちゃ言っている。 こちらは「これ以上お互いの火の粉が燃え広がらないよう」我慢して口を噤んでいるのに、だ。 ほんと「いい年したこども」を相手にするのは疲れる。 なぜこんなに「自分が精神的に幼い」って気が付かないのだろう? 「感情が戻った」私には不思議で堪らない。 ほんと世界の七不思議?だ。 困った、困った。
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<171> NAC NAC |
■2004年02月20日 金曜日 20時53分52秒 |
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続きだ。 まず私がYOと袂を別った理由を先に述べよう。 でもあくまで自分の方の一方的主観である。
私の実家は専業農家をやって春レタスと秋レタスを作っているので、私が遅いノービス(国内B級)の頃は遊び仲間によく「レタス」呼ばわりされた。 自分の実家でレタスを作っているのは確かだし、「レタス、レタス」呼ばれても当時の私の意識ではそれほど苦ではなかった(無意識では苦痛だったかもしれないが)ので、私も軽く受け流していた。 それには「自分はまだ遅いから速い人に何言われても我慢、我慢」ってのも少なからずあるにはあったが、どちらかというと「自分はどうでもいいやぁ」の感覚だった。 「名前どうのこうのより、自分が速くなればいいだけの話なんだから」 そういう気持ちで私は練習していた。 だが、その私の渾名を、YOはこともあろうかレース受理書の宛名のところに、ご丁寧にもマジックペンで「レタスさま」と書いた(らしい。というのは私が直接現場を見たわけではないので、あくまでもこちらの想像でしかないのだが、でもその受理書は管理者のYOの所に直接届くようになっているのだ。他に誰がそんな悪戯できよう? それにYOの困った性格ならやりかねないのも事実だし、私が頭にきているのも皆に喋って、遠回しにYOの耳にも入っているであろうに、当の本人はなんら弁解も誤りもしない) 私だって(一応)大人だ。 遊び仲間でちょっと冗談で、自分の渾名言われたぐらいで怒るほど私は気が短くはないが、でも、どこの世界にいい年した大人の渾名を、それも人目につくようなところに書いて放っておく「間抜け」がいるだろう? 私だったらあくまで口頭の冗談を書面にまでは引っ張らない。 それじゃ「洒落で済むものも済まなくなる」可能性が高くなるのは、大人の世界では当たり前のことだ。 私が「レタス」名でレースにエントリーしたのなら話はわかる。 だが私はちゃんと自分の名前、フルネームでエントリーしたのだ。 それをわざわざご丁寧にマジックで「レタスさま」 「ほんと、人を侮辱するのもいい加減にしろ」と、私はYOに怒鳴ってやりたかったが、残念ながら私は「YOが書類に悪戯する」現場を押さえたわけではない。 現場も押さえていないのに、自分の感情だけで人様を批判するほど私は馬鹿じゃない。 だから私は「あぁ、YOはそういう『自分の間違いを認めない、認めても誤らない』どうしようもない大人なんだなぁ。そういう人間と一緒にいたって碌なことねぇや」と割り切って、その一件以来YOと距離を取って遊び場でも顔も合わせないし、YOがいるのが分かっても私は奴に挨拶もしない。 他の人に私は挨拶をしても、奴にだけは絶対話し掛けない。 誰だって間違いやうっかりミス、調子込いて煙たがられることはある。 でもそこで「すみませんでした」と素直に頭を下げられるかどうかで、人間の心根は量れる。 だから私は、正直そんなくだらない奴に近づくのははっきり言って嫌悪感を感じる。 だからずっと「当り障りのないよう」無視しているのだ。 でもそんな私の行為がYOには気に食わないらしい。 たぶんYOの頭の中には「俺のほうがK(私)より上なんだぞ」って意識があるから、自分の子供くらいの年の私に「素直にごめんなさい」と謝れないのであろう。 ほんと馬鹿な親父だ。 そんな馬鹿な親父でも、その一件後の草レースで、観戦していた私の近くでYOが転んだので、私は「YOを助けるかどうか?」一瞬躊躇したが、「それとこれとは別だろう」と割り切って、転倒したYOをその場にいた2,3人で助けたのだ。 後日YOが「あの時はどうもね」と詫びを入れてくるのかと思ったら、お礼の言葉もない。 私は別にYOにお礼が言って欲しくて助けたわけではない。 「純粋に」とまではいかないが、1レーサー、モトクロス関係者として当たり前のことをしただけだ。 それもYOが「脳震盪でもして記憶が飛んでいた」というなら、私もまだ納得できよう。 実際YOには(転んで動転していたとしても)意識はきちんとあったし、毎週毎週皆と顔合わせているのだから、それとなく「あのときは誰々も助けてくれたんだよ」と聞いているはずだ。 それでも「すまなかったね」と言えない心境はいかなるものか? だから私はYOとは完全に袂を別ったのだ。
つづく
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<170> NAC NAC |
■2004年02月20日 金曜日 00時24分03秒 |
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もう23:00だ。 これが終わる頃には確実に日付が変わる。 明日は大事なテストがあるので、途中でも0:00前後で私は切り上げよう。 大事なのは明日のテストに寝不足で望まないこと。 それだけだ。
それでは「第3部」を始める。 (ラスト1時間でスパート駆ける)
そんなAとのつまらないいざこざを副因として、明けて日曜「身内だけの草レース」 いつもは時間にルーズな私が(捻挫もあって)早めにコースに着いた。 15人前後中5,6番手ぐらいだ。 いつもはビリっけつなのに・・・ 前日まで私は「明日の練習走行で様子見よう」と高をくくっていたが、いざ自分でエンジン掛けようとキックを踏んだら(4サイクルは2サイクルに比べてキックが異様に重い)、「うぎぃ」とちょっと歯を食い縛る痛みに襲われた。 「捻挫を甞めちゃいけない」 身を持って私はその痛さを思い知らされた。 でも痛みはまだまだ続くのだ。 仕方ないので友達にエンジン掛けてもらって、おっかなびっくり自分はコースに出たが、路面が荒れ過ぎていて、ステップからくる振動の痛みに自分の右足首が耐えられない。 ほんと涙ちょちょ切れる痛みである。 よい子は真似してはいけない。 というか、馬鹿じゃないと真似できないであろう。 それだけは自分が保障する。 仕方ないので、左足だけでステップに踏ん張ってバランスを取ったが、とても恐ろしくてアクセルを開けられたもんじゃない。 というか、「後先考える」賢い人間は捻挫の時点で「バイクに乗ろう」とは思わないであろう。 私だって乗りたくはない。 だけど、私は最低野郎のAに「意気地なし」呼ばわりされたのだ。 それだけは何がなんでも私は納得いかない。 たとえ自分が捻挫してまともにバイクに乗れなくても、だ。 だから私は「自分が意気地なしではないことを証明するため」そして「意気地なしは意気地なしでもやれることがあることを証明するため」バイクに跨って、皆に迷惑掛けないよう遅いほうのクラスにエントリーし、尚且つ皆がスタートしてから自分がスタートした、念の入り様だ。 そして「絶対転ばない!転べない」ことを念頭に注意して、15分の2ヒート(結果は両方ともトップから2周遅れでビリ)をなんとか走り切った。 それも2ヒート目は、前日に自分に散々悪態ついておきながら遅刻して1ヒート目を出れなかった「大間抜け」のAのストレートのスピードに、私は五体不満足でついていけたのだ。 もちろんそれ以上私は無理はしなかったのだが、それでもそのとき「なんだこんなもんかよ。こんなんでよく人のことを平気で批判できるよなぁ」と私は思った。 これで自分の足がなんでもなかったら、私は容赦なくAをストレートの一番危険な荒れたところででぶっち切るか、強引に1コーナーでインに自分のフロントタイヤを捻じ込ませてAをコース外に弾き飛ばしているだろうし、Aの飛べない(でも本人は「いや、俺は飛べるよ」とうそぶく)大ジャンプで「これでもか」とAの前で「お尻ぺんぺん」をかましてやったことであろう。 そのくらい私の今回の怒りは凄まじかったのだ。 今思うとほんと無謀であるが。 でもそこまでしても、「自分は意気地なしなんかじゃない」を証明したかったし、 自分より実力が上の人を平気で「意気地なし」呼ばわりする「身の程知らず」の実力が「じゃそう言うあなたはどれほどなの?」と自分の目で見たかった、ってのもあった。 そして自分のやれることをやって怪我なく終了して、「あとは帰るだけよ」というときになって、ついに私の溜まりに溜まっていた怒りを爆発させる事件が起こったのだ。 それは私が背の低いYに足の踏み台用として貸しておいたプラスチックの小箱を、Yが使用後、Aは親切心からその小箱を(私のものとは知らず)Yの車に置いておこうとしたのだが、それに気付いた私は「Aさん、それ自分のなんだよ」と言って、当然Aはその小箱を私のところまで持ってきた。 とりあえずそこまではお互い何も問題ない。 問題なのはそこからだ。 そのとき私は別な作業に取り掛かっている最中で、尚且つ自分の捻挫で動くのが面倒だったので(それは正直認める)、Aに「悪いけどそこ(2m先の車)まで持って行ってもらえる?」と頼んだ。 そしたらAは私の小箱を下に落っことした。 一瞬私は「はぁ何してんだぁ?」と思ったが、こともあろうか次の瞬間、Aは自分で落とした私の小箱を蹴っ飛ばしたのだ。 私は「カッチーン」ときた。 久しぶりに自分の怒りのダイナマイトに火が着いた感じだった。 当然私は「何すんだよ。なんで蹴っ飛ばすんだ?」とAに詰め寄った。 そしたらAは「なんで俺が持っていかなくちゃいけないの?」ときた。 私は「はぁ?」と思った。 確かに横着した自分も悪いが、何も自分はAに「遠くに運んでくれ」と言っているわけではない。 「(自分は捻挫しているので)5,6歩先の荷台に置いてくれ」と言っているのだ。 それも「置け」と命令しているわけではない。 でもAの感覚では「私が歩ける」とでも勘違いしているのか? 私に命令されているように受け取ったのであろう。 続けざまAは「なんで自分がK(私)さんの言うこと聞かなくちゃいけないの?」ときた。 私は「何言ってんだこいつ? なんでそういう受け取り方するんだ?」とちょっと自分の頭がパニくったが、瞬時に私はいろいろなものを考慮して「あぁこいつ俺のことを甞めてるわ。甞めてなくちゃ人の物を蹴っ飛ばすなんて普通の感覚じゃできないもんなぁ」と思い、「だめだこりゃ。このボケは一発かまさんとわからんらしいわ」と思い、いきなり大声で「喧嘩売ってんのかこの野郎」とかましてやった。 そしたらビビッたAは「なに怒ってんだよ。冗談だよ、冗談」ときた。 私は内心「なにぃ〜、冗談だぁ〜、人様のもの蹴っ飛ばしといて冗談で済むと思ってんのかこのボケはぁ〜」とさらに自分の怒りが沸騰して、立て続けに再度「喧嘩売ってんならはっきりしろよ」とぶち切れてしまった。 さすがにそれを観ていたSさんが「Kさん喧嘩するなら他でやってくれよ」と言われたので、私は渋々怒りの矛を収めようとしたが、そしたら悪いことは続くものだ。 ここぞとばかりに、以前私と揉めたままの「害虫」YOが飛んできた。
その話はまた私とYOの顛末を話さなければならないので、明日の19:00以降だ。 今回はもう0:00を回ってしまったので、これで途中でもお開きとする。 ほんと私も困った人間だが、世の中にはその私を遥かに凌駕する「愚かな大人」がいっぱいいる。 自分で「自分はどこかおかしいのかな?」と疑うならまだいい。 でもこれが、そういう人間に限って「自分は正しい」といって憚らない。 だからおかしいのにねぇ。 ほんと困った大人たちだ。 当然そういう人たちも立ちの悪い{自分をACと気付いていない」ACなんだけどね。 はぁ参った、参った。 あたしゃ「向上心のない・学習能力のない馬鹿」を相手にしているとほんと疲れるよ。 やだねぇ。
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<169> NAC NAC |
■2004年02月19日 木曜日 21時35分38秒 |
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はぁ参った、参った。 まさか私のAに対する愚痴がこれほど長くなろうとは、自分自身思いもしなかった。 まっそれだけ普段のAの大口叩きに自分が(遊び仲間皆が)閉口していることでもあるのだが、それでも今回の私の怒りの直接の原因には至っていない。 先は長いのだ。 私の怒りに触れたい奇特な人は先に下を読んで、「私の遊び仲間のAはいかなる人間か?」理解してからのほうが、こちらの文章も、私の感情も理解しやすいだろうと思うが、まっそれは読む人の自由である。 私はあくまで「自分の怒りをわかってもらえるよう」選択肢を提案しただけだ。
それでは始める。
そんな「大口叩き」のAは、その前の土曜日の昼過ぎ、私が仲良しでもありライバルでもあるWさんちで談笑しているところにやってきて、(私が)水曜日の祝日に某モトクロスコースのメインと2連ジャンプで調子込いて「NAC NAC」と「CAN CAN」を連発でやって、振り出した足を戻すのが遅れて着地に失敗して、右のステップに「ガッツーン」と全体重?が乗っかって捻挫した「無謀な」私がびっこを引いているのを見て、こともあろうかAは「根性ねぇなぁ。歩いてみろよ意気地なし」ときた。 さすがに超?温厚な私でもブチ、ブチ、ブーチ切れそうになった。 久しぶりに「どっカーン」とAは私の闘争心に火をつけてくれた感じだ。 お馬鹿な私に「理性という重し」がなかったのなら、間違いなく私は「捻挫も忘れて」Aに飛び掛っていたであろう。 自分の調子込いたヘマを、自分が(実績でも、技量でも、努力でも)認める人に言われたのなら、私はまだ「仰る通りでおま」と納得もできよう。 というか、自分の認める人でそういう「思いやりのない」人でなしはいない。 そういう「相手の痛みを想像できない」のは、私の遊び仲間ではお馬鹿なAと、精神も肉体もちびっ子のYだけである。 私はYとは適度に距離を取っているので、Yに対してむかつく事は稀にしかない。 だからここではYについては省く。 話は戻って、私はAの思いやりのなさに「このボケは〜」と内心かなりカチンときたが、「否、ここは我慢や。今はAに何言われたって(捻挫が治るまでは)我慢や。その代わり、足が治ったらみてみぃや。コース上で絶対弾き飛ばしたるわ、このボケナスがぁ」と煮え返る自分の腸を(表面上は)なんとか押し留めて、その場をやり過ごした。 ところがどっこい。 なんとか「大人の我慢」で耐えている私に向かって、Aは「ここぞとばかり」調子に乗って「あ〜だこ〜だ」過去も交えて(ここがAが非常にこどもっぽいところ)言ってくる。 ほんとAはくだらない人間だ。 今更人の過去を非難していったい何の得になるのであろう? 私にはそんなAの背中が透けて見える。 それにしても、今思い返しても私はAの雑音に良く耐えた。 中学の私なら間違いなくしつこいAに、長州力ばりの「捻りを加えた」バックドロップをお見舞いしていることであろう。 「おいおい、いちびっとんのもえぇかげんにせぇよ」と。 プラス「サソリ固め」も加えて。 そのくらい私の我慢は凄かった。 根性なしのチキン野郎のAに、実力では誰がどう見たって自分のほうがAより上であるにも拘わらず、私は「意気地なし」呼ばわりされたのだ。 早い話、「自分の相手にもならない」下っ端に嘗められたのである。 これで怒らなかったらよっぽど人間できているのか? それともマジで馬鹿なのか? どちらにしても「普通の感覚ではない」のは確かであろう。 残念ながら私はお釈迦様でもイエス・キリストでもない。 それでも、自分が怒らなくちゃいけないときはきちんと怒るのだ。 お陰で私は、当日(土曜)14:00から予定していた相撲の「寺尾関」の無料講演を聴きそびれてしまった。 「3時間聞いても全く為にならない」Aの無意味な話に私は付き合ってしまって、貴重な「相撲界で実績残した」寺尾関の経験談を聴くことができなかった。 ほんと私は愚かな男である。 「付き合いだから」と一向に進歩しないAに遭わせないで、私は(嘘でもいいから)「チケット買ったんだ」と言って、無駄な時間におさらばすれば良かったのだ。 ほんと自分が悔やまれる。 私がこの先あと何年生きられるかわからないが、「有名人で人気者の寺尾関の話を、それも無料で聴ける」なんてチャンスはまず巡ってこないであろう。 自分で「めったにないチャンス」を棒に振ってしまったのだ。 それも浅はかなAの戯言と引き換えに。 ほんと「ショックー」である。
まだまだ私の怒りは続くのダー。(猪木さん、ごめんなさい)
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<168> NAC NAC |
■2004年02月19日 木曜日 20時17分08秒 |
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読む人の怒りを触発するかもしれないので、怒りたくない人は見ないほうが無難だ。
この前の日曜日、私は遊び仲間のAの言動に久しぶりに頭にきて、声を荒げた。 私がAと揉めたのは、知り合ったこの4年間でこれで2度目である。 自分でも「皆のいる前で年上のAに怒るのもどうか?」と一瞬躊躇したが、でも「どこかで自分が言わないと、この馬鹿はいつまでも調子に乗る」と踏ん切りつけて、怒鳴ってやった。 それも2回。 「喧嘩売ってんのかこの野郎」と。 当然「『格好だけ』のAは切れて殴りかかってこない」のを自分で見越してだ。 じゃなければ、私は右足首捻挫しているので、いくら自分が柔道初段といっても寝技以外では太刀打ちできない。 要は「これ以上勝負事でなめられないよう、大口叩かれないよう、ブチかます」 それが私には大事だったのだ。
それにしてもAは、私より年上の癖して「相変わらず困った子ちゃん」だ。 Aは私よりも半年だか、2,3ヶ月だか早く、モトクロスを始めたのだが、4年経った今、私は国内A級、他の同期の奴らもそれなりに昇格しているのに、Aにはライセンス区分がない。 そう、一番下のクラスの予選すら未だに通らないのだ。 はっきり言って「向上心ゼロ」の情けない子持ちである。 自分の子供の前ですら「お父さん、頑張っちゃおうかなぁ」ってのがない。 そのくせAは、身内同士でやる「超」初心者のレースに懲りずに出て(4年もやっていれば下っ端のクラスじゃ2位、3位なんて当たり前。本来なら(目をつぶって)ブッチ切って当然なのに)それを自分の子供に「どうだ、父ちゃん凄いだろう」と魅せたがる。 ほんとお馬鹿さん丸出しである。 「アクション馬鹿」である私が言うのだから、間違いなくAは本物の「お馬鹿さん」だ。 でもたとえお馬鹿さんでも、自分の技量なり、実績に見合った話を人にするなら、私はまだ許せる。 なぜなら私もお馬鹿さんだからである。 でも同じお馬鹿さん同士でも、私とAとの決定的違いはそこだ。 私は自分より技量が上のクラスの人は当然として、またはどっこいどっこいの技量の人が、たとえ年下であっても決して(表面上は)私は嘗めた口は聴かない。 し、また技量が下のクラスの人にでも「その人が一生懸命やっているのなら」 罵倒したり、無視したりはしないし、「努力している人に対して人間として罵倒できたものではない」のは、こんな「アクション馬鹿」の私の中でも明らかだ。 そりゃ勝負事だから、ライバルなり上級者に対して内心「根畜生、いつか見ていろ。絶対シバイたるわ」と自分が思っているのは確かだが。 でもそれは「勝負をかける」人ならお互い様である。 勝負事は(まず)結果が全てで、実績を残していない人がいくら講釈垂れたところで、誰も耳を傾けない。 別に実績を残していない人だって「今は相手のことを鋭く観察して非常に研究熱心」なら、自然と周りは認めてくれるであろう。 でも悲しいかな、正真正銘「お馬鹿さん」のAにはそんなところが全く見受けられない。 彼にあるのは「自分の下手糞と根性なし」を誤魔化すための言い訳とうんちくを、己の技量に関係なく誰彼構わなく延々と話す(駄目押し)だけで、そのほとんど(せいぜい100聴いて1くらいしか)為にならない「非常に退屈な話」を聴かされる方は溜まったものではない。 ほんと「ストレスの押し売り」である。 「なんちゃってA級」の彼は身なりさえ格好良けりゃ十分満足なのである。 バイクもウェアも「長年わらしべ長者」の私には、なんとも羨ましい限りである(半分皮肉)。 ほんとそういう意味で、Aはかわいそうな「向上しない」人間である。
その「お馬鹿な」私たちがのめり込むモトクロスは、はっきり言って危険だ。 失敗したときは、ほんとデンジャラスなんてもんじゃない。 やっている私が言うのだから間違いない。 「頭を使えない」馬鹿は乗っちゃいけない二輪車だ。 また、どんなに頭を使ったって「怪我をするときはする、してしまう」遊びである。 現に私も数え切れないくらい痛い目を見て、骨折も数回経験している。 ほんと馬鹿になると「またやっちゃったよ」って感覚だ。 だから私は「アクション馬鹿」なのであろう。 それゆえ? 私は子持ちのAに「死ぬ気でやれ」なんて惨いことは言わない。 私だって、いくら憧れの国際A級と言えど、そういう「同じ人間とは思えない」技量の人たちに無理強いはされたくない。 私だって速くはなりたいが、命は欲しい。 いくらなんでも私はそこまで馬鹿じゃない。 (普通の人から見れば、かなり近いが・・・) だからそんな私がAに望むのは「己の技量にあった口を聴け」 ということだけである。 毎回毎回「大口叩き」のAは、陰じゃ「なんちゃって国際A級」と皆に言われている。 私も時々Aの大口に閉口して、面と向かって皮肉交じりに茶化して言うときもあるが、馬鹿なAは全然懲りていない。 それどころかAは「A級」という響きに酔っているところがある。 だとしたら、ほんと救いようがない「大馬鹿三太郎」だ。 Aはいつまでたっても格好だけで、理屈は「いかにも俺はA級だぞ」って喋りをするから、皆Aをこ馬鹿にして「Aさん凄いんですねぇ」と言っているのに、当の本人はその意味がわかっていない。 ほんとAは目出度い男だ。 ある意味「天然記念物」級のはったり野郎である。
つづく
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<167> WINNIE |
■2004年02月19日 木曜日 15時32分44秒 |
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嫌味を言う人は嫌い。 親しくなりたい、と言ってたくせに。 こちらの使った言葉を使って、嫌味にして返してくるなんて。 そんな人キライ。
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<166> 涼 |
■2004年02月19日 木曜日 15時11分08秒 |
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人との距離がわからない。 自分の意見が言えない。 言った後にいつも罪悪感が残る。 人の言動や行動を、全て自分のせいにしてしまう。 人からちょっと指摘されただけで、その人に嫌われてしまうんじゃないかと、 ビクビクしている。
みんなから、私だけが疎外されてしまうような気がしている。 ここには、もういられないんじゃないか、と思う。 そんな人達じゃないのは分かってるのに。 そして、そうやって自ら、 距離を離しすぎるか、近づき過ぎるかしか出来ない。
私は悪くない… 誰も、悪くない…
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<165> 野々 |
■2004年02月19日 木曜日 15時05分27秒 |
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友達が怖い。 ふとした沈黙や、ちょっとしたあきれたというしぐさが怖い。 ワタシはその子を尊敬している 自分にはないスキルを持っているから。 初対面の人と交わるスキル。 すかれる、性格。明るい・楽しい・話題が豊富な人。人生たのしそう。 ワタシとは人種が違うと思っていた。 それがふと話題があって、よくいっしょにいるようになった。 いっしょに出かけたりする。 楽しいはずなのに つらい。 彼女と自分をくらべてしまって。 彼女のほうが友達がすぐできる、たくさんしゃべっている、 楽しそう。どうしよう、っておもう。 本当に、逃げたくなる、つくづく自分が嫌になる。 メールのやりとり、いっしょにいるとき、本当に私のことがすきなのかしんじられない。本当はすきじゃなんじゃないの?軽蔑してるんじゃないの?とおびえる 彼女の気に入りそうな答えをして、笑って、彼女に合わせて、彼女のあとについて。それで…悪循環。自分らしくなくなって、なにこのひとって思われる、 自分でも思う。 でも、こういう友達と一緒にいたい。そうすればいつかワタシもそうなれるのではと思えるから。私なんて、なんて…。 ひどいの、自分のことそうやって、嫌なめでみられていやなくせに、私自分よりおしゃれじゃないひとや、びくびくしているひとをなめてかかる。 そして、結局そいういうひととも友達になれずに、おいていかれるの。あたりまえ。なんで、こんなんなの? いつもいつもそう、友達ができない。 あたりまえ?こんなこと考えて混乱してて、自分がない人とは友達になれない? 私そんなに魅力ない?ねぇ?自分で自分をもっとすきになりたい。 ……でも、話も下手だし。おしゃれでもない。何よりも全体的に暗い暗い暗い。 いつも怖い。今いる友達がいつか嫌いにならないかって。 この暗さがじゃまをする、 すかれる前も不安、すかれてからも不安。いつも不安。 自分が重い。とても重い。 今週もでかけるの。怖い。楽しめても怖い。 私、これからもずっとこうなの?もういやだ。
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<164> WINNIE |
■2004年02月17日 火曜日 23時58分12秒 |
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私をコントロールできない不満を、ぶつけてこられても、受け止められない。
本当は、私のために指示しているんじゃなくて、自分のエゴのためなんじゃんない?そんなの、付き合いきれないよ。
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<163> WINNIE |
■2004年02月17日 火曜日 21時18分03秒 |
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依存心が強くて、自分の心の病気、パートナーの心の病気について、自分で情報を集めないような人が身内の場合、どういう関係を持ったらいいんだろう。
私のもののとらえ方を、伝えてみても、彼女には馬の耳に念仏。
彼女が周りにしてほしいことは、自分の不満を受け止め、指示してくれること。
私にはそこまでできない。
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<162> まんまる |
■2004年02月17日 火曜日 02時34分07秒 |
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はあ、役員1年やって親しい人なんて出来なかった。 この私が役員の仕事を、何とか出来たことだけはよかったとは思う。
ただ「親密」という物が全く分からない、未知な物だとよく分かった。 すごく実感した。
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<161> 衿 |
■2004年02月15日 日曜日 20時55分45秒 |
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男友達と話していて、ついつい、自分がACだということについて話をしてしまった。 あからさまに嫌そうにされてしまった(そう思ったのは私の方だけかもしれないけど)彼は、ACである人間を「甘えたヤツらだ」と見るような人種だったのだ。 分かっていたから今まで言わなかったんだけど、ついついポロッっと出てしまった。 彼の態度がどうこう、ではなく、受け入れてもらえないのを分かっていて言ってしまった自分の思慮の足りなさが嫌だった。
私がACだからといって、彼と私が友人でなくなるわけではないけれども。
彼はとても健康で、まっすぐに育った人間だ。その精神は、とても強い。 私もああなれればいいのになあ。 強くなりたい。
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This script written by Shintaro Wakayama. |
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