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私たちの物語 - 人間関係・過去ログ No.7
メッセージ数:140件

<140> hako2o ■2004年01月29日 木曜日 23時56分48秒
ひとつ、今朝謎が解けた。
おととい如何しても不安になり、カウンセラーの先生にSOSメールをした。
そして、今朝そのメールを見た時の私が面白かった。

夜中にメールして下さっていた・・・
その先生のメールを見て、泣き虫だった頃の幼い私が出てきて、
しゃくり上げて泣きだして、泣き止まない。
でも、何処か冷めた私も隅にいたが、
泣き虫だった頃の幼い私が私を占領している感じがした。

でも、何で、先生のメールみてあんなに泣いたのだろうかと考えた。
多分、泣き虫だった頃から、私は、きっと、父から拒否されていたのだろう・・・
先生にメールを出すのも怖い訳が解った様な気がした。
父=父性で、先生=父性で・・・
父性=拒否 で先生から拒否されるのがとても怖かったんだと・・・

>とにかく落ちつきましょう。大きく息をすって
>ゆっくり吐き出しましょう。事態は,必ず改善されていくと信じましょう。
この言葉で 多分、私が泣き虫だった頃の私が救われたのだと思った・・・
拒否されずに、受け入れられたと安心と喜びの涙だった。
大きく息を吸って、吐き出したら、泣き虫の私が出てきた訳ですが・・・(∩.∩)
父性=拒否の自動思考!?が少し解除されたようです。
不安の謎が解けただけかも知れないが・・・訳がわからない不安が解消出来たようだ。

私は、父性に対して、嫌悪感があった事に気付く。私の失敗はすべてこれに繋がる。これが私を気負うはじまりだと気付く。
<139> シャローナ ■2004年01月29日 木曜日 20時31分19秒
私は人に対して無意識に距離をとって避けているようだ
最近そうしている自分がわかる
常識的でいい人で感じよく・・・そうしていれば人に嫌われない
でもそれ以上は関われない
私だけいつも蚊帳の外にいるみたい
虚しい 寂しい 孤独 やりきれない
ここから出たい 降りたい
<138> シャローナ ■2004年01月27日 火曜日 19時49分26秒
医者に行くとあなたが悪いことをしたから病気になったと説教されてる気がしてきて、かえって落ち込んでしまうことがある。
医者は確かに知識も経歴もあるのだろうけど
いったい誰のからだを診ているの?といいたくなる。
質問するとそれを消し去るかのようにガンガンしゃべってくる
私は医者じゃないんだから知らないことを質問して
間違った認識を正そうとしてなにが悪いの?
医者はそれを助けるのが仕事だろうが。
そういうタイプの医者の診察のときは私はそれに飲まれてしまわないように
ちょっとコツが必要と思った。
<137> エレファ ■2004年01月27日 火曜日 06時16分52秒
私は人間関係を築く技術が不足していると思う。
特に、好意を示すことが苦手のようだ。
一緒にいる時に好意を示せばそれでいいのかと思っていたが、どうやらそれだけでは足りないらしい。
しかし自分から相手にコンタクトをとってよいタイミングが分からない。
(パーティーを企画するも誰にも来てもらえなかった小学校の頃の苦い思い出を再現したくは無い。)
正直ワンポイントアドバイスをもらいたい。
自力で色々やってみたが、どうもうまくいかないから。
でも2x歳の人間に、コンタクトの取り方を教えてくれる人がいるとは思えない。
人を好きになるたび、この人になら教えてもらえるかもと思うのだが、肝心の好意をまず示せないので、教えてもらうなんていう段階には進めない。
あの人が生きていればきっと恥も外聞も捨てて教えてもらえただろうに、と思う人はいるが、その思考は取敢えず今のところ役に立たない。

一度でいいから、他人に好意を示して、好意と受け取られて、好意を抱いて貰うという連鎖反応を起こしてみたい。
最初の段階で私はずっこけている。
<136> シャローナ ■2004年01月23日 金曜日 21時57分31秒
先生と話していて他の子が入ってきたら私は居場所がなくなったと感じた。
友達が他の子と話しているのを見ると自分は見捨てられた気がする。
こういうことがよくある。人の輪のなかに自分がいられるイメージがない。
友達は私とだけしかつきあってはイヤだ。
こんな幼稚な不安は人には恥ずかしくて自分でも見ないようにしていたけど
確かにある。人とのつながりってものを健全に学んでいないのだと思う。
<135> シャローナ ■2004年01月22日 木曜日 00時27分03秒
人から個人的なことを話されたら信用されていると思う。
それが親しさとも思っていた。
だからいつも話してくれないと信用されていない。
人の話をそれはもうのめり込むように聞く。
人からは喜ばれたが、実はそうやって信用や親しさにしがみついていたにすぎない。
信用はそうやって人から与えられるもの。私はただ受身で待つだけ。
そう知らず知らずに身につけてしまっていた。疑うこともしなかった。
それは母親と私の関係そのものだった。こんなのはいいと思えない。
最近は人の個人的な話を聞くのがイヤになってしまった。
自分があまりに聞き入ってしまうクセがまるでその人に飲まれてしまうようで恐ろしい。自分がなくなってしまいそうで。
逆に自分が個人的なことを話すと、とめどなく話してしまう。
もう相手のことなど眼中にはない。
だからいつも嫌われてしまったのではと心配で話したくなくなってしまう。
人とあまり話さなくなってしまった。
話したいけど、前のようにはもう話したくない。
<134> WeeL ■2004年01月21日 水曜日 13時35分02秒
自分のことは棚に上げて、一方的に僕を責める人。
でも、その人のおかげで、自分の中にある問題に気づいた。
それを直したいと思うけれど、目の前にある関係は共依存。
脱出したいけれど、脱出できない。
相手が、共依存であることに気づいていない。
はっきり、あなたは、私を無意識のうちに縛り付けています!
あなたのご都合主義にはもううんざりです!
って言えない。
どうして言えないかと言えば、自分が無意識にその人を縛ってきて
しまったことに気づいたから。
でも、僕の家族に多くの共依存があるとか、
あなたはACだとか、
ぐだぐだと言われるのはもう嫌だ!
しかも、精神科医がそう言ってるとおまけつきだ!
自分だって、かつては、私は共依存だのACだのと言っていたくせに!
共依存やACの痛みを知っているくせに!!
むかつく!
なにさまだ! てめーは!!
<133> ミルキー ■2004年01月21日 水曜日 09時38分34秒
私は人に言いたいことを言えない。
関係の無いところでは大きいことを言う。肝心なところで口をつぐむ。

いつも言わない。周りは私をなめている。
私は苦しんでいる。
一人だと寂しいのに、おおぜいだとストレス溜まる。

今 限界にきている。
体調も悪くって。。。

今日は彼氏と電話で口論になった。
彼は冷静に言いたいことを言える人だ。
人を傷つけることなく自分のいい方に持っていくすべを知っている。
私は言いたいことを言った。
でも、冷静に上手に言えない。
そして、発言の後に恐怖が残る。
彼が私を嫌いになったのではないかと。

寂しい。
どうしていいか分からない。
どうしていいか分からない。
<132> NAC NAC ■2004年01月20日 火曜日 20時40分27秒
昨日の3時間もののリベンジだ。
長くなるので、適当に2部構成にしよう。
それとクリアにも気を付けねばならない。
今日も消去したら、「私はほんとの馬鹿だ」と自分で認めたことになる。
それだけは避けねばならない。
私は「アホ」言われても怒らないが、「馬鹿」呼ばわりされたら怒る。
そういう「懲りない」人間なのだ、私は。
それと前置きも長い。
「心のもち方」と、どちらに書くか?迷ったが、「自分と自分のインナーチャイルドとの新しい?一歩先に進めた人間関係」と思ったので、こちらを選んだ。

では始める。
一昨日の日曜、(気持ち)日が延びてきたせいもあるが、私は遊び足りなくて「まっ、今日は遅れてもいいか」と、いつもの自助グループ出発時刻よりも20分多く遊んで、間単に簡易シャワーで頭と顔を洗って、朝剃らなかった髭を剃って、作業着(ドカジャン)スタイルで行った。
いつもはそれなりの格好で行くのだが、私は天邪鬼だから「Aさんがこ洒落てブーツ履いてくる(だろう)」を「それには私はいかにも関心がありませんよ」と、自分で「無関心を装う」ために私はドカジャンだったのだろう。
「Aさんがこ洒落てくる」
「私もこ洒落てくる」
それじゃ、まるで自分がAさんの奴隷?もしくは「小娘に踊らされている」になったような気がして、きちんとした恋愛経験のない私は真っ直ぐにはなれないのだ。
そんな私が30分送れてグループ会場に着くと「おっ、今日はいっぱい来てるな。5,6,7,8,9台か! 楽しくなりそうだな!」とわくわくして玄関を開けたら、Aさんの「おニューなブーツ」が飛び込んできた。
それは昨日私が「性的関係」に書いたので、ここでは割愛させていただく。
そして、中で扉を開けたら、狭い部屋の中に「うわ〜(問題のあるACが)うじゃうじゃいるよ〜!」と意識上の私は思ったが、私のインナーチャイルドの反応は「NO!」だった。
明らかに彼の答えは「緊張している!」だった。
私は自分のインナーチャイルドとそこそこ会話できるようになって、まだ2ヶ月くらいだが、ここまで意識上の自分が感じているものと、無意識のインナーチャイルドが感じているものの開きが、大きく、両極端だったのは初めての経験である。
裏返せば、自分のインナーチャイルドが「お母さん役である」私の感情を変に気にすることなく、「自分は大勢の前で、それも見知らぬ人が2,3人いて、緊張して『人見知り』しているんだよ」と、その素直な自分の感情を、親である私に気兼ねすることなく、きちんとサインで送ってきてくれたのである。
そう、子どもの気持ちを感じ取った私は、自分が喋りたくてうずうずしていたのだが、「今日は黙ってこの子の気持ちと付き合おう。ずっとこの子の側にいてあげよう」とすんなり腹が据わって、言いっぱなし・聞きっぱなしの1時間の間、ずっと私は彼の寂しい感情を暖めていた。
でも、特別なことは何もしていない。
たまたま今回は人数が多かったので、隣の椅子のない部屋を使って、私はより自分のインナーチャイルドの感情に降りていこうと、お人形さん座り(べたーっと腰を下ろして、両足を前に伸ばして幾分前屈み)して、彼と交信しやすい環境を自分で作っただけだ。
今までの自分は「リクライニングシートで横にでもなれば、リラックスできて自分のインナーチャイルドと会話しやすい」と勝手に思い込んでいたが、それはあくまで大人の私のリラックスであって、自分の子ども(時代)のリラックスではない。
自分の子ども(時代)のリラックスは、そんな機器?など必要としない。
(自分の代わりに傷付き過ぎた)彼らに必要なのは「黙って自分の感情に寄り添ってくれる人、自分の話を最後まで聴いてくれる人」である。
「安全で安心できる」また「無条件で子どもである自分を認めてくれる、受け入れてくれる」
そうした愛してくれる人を、彼は求めているのである。
だからそういう人の側にいて、自分の感情を守ってもらえるのが、彼にとっては一番リラックスできる環境なのだ。
だから、最初私は胡座をかいたり、膝を抱えて座ったりして、自分のポジション(=心の安定)を量ったのだが、意識上の私にはどうにもしっくりこなくて、自分のインナーチャイルドに導かれるような形で「お人形さん座り」を選んだ。
結果はGOOだった。
いつもよりもすんなりと彼の感情に入っていけた。
でも、その分だけ彼の言葉にできない「軟球くらいの大きさの寂しさの小爆弾」を投げつけられて、その都度私の心は「ぐわっ」「ぐわっ」ときて、30分以上、大声で泣きたいのを我慢して、私は嗚咽を漏らしながら泣いた。
毎度のことだが、辛かった。
「でも、自分の子どもはもっと痛かったんだ」
と思ったら、余計に泣けてきた。
この痛みを20年以上の長きに渡って、耐えてサバイブしてきた私のインナーチャイルドたち。
今回も泣かせてもらった。
自分のインナーチャイルドの寂しい感情に。
親としては我が身を切り刻んで、身を攀じられる思いだ。
自分が向き合ってこれなかったばっかりに、私はこの子たちに辛い想いをさせてしまった。
自分に「自分と向き合う勇気」があったのなら、こんな不必要な痛みを味合わせなくて済んだのだ。
今の私には「自分のインナーチャイルドに気付いていながら、彼らの感情を無視して置き去りにするのは、親として怠慢であり、『意識上の内面への精神的暴力』」と、捉えている。
でも、今の私には「親らしい」ことは、それくらいしかやれていない。
ただいつも通り変わりなく、子どもの感情に自分が声掛けしてあげることだけだ。
「ごめんね。お母さん、おまえの気持ちに気が付くのが遅くて。お母さん、自分が喋ることしか考えてなかったよね。おまえの寂しい感情を置いてきぼりにしちゃたね。ほんとごめんね。お母さん悪かったよ。これからは気を付けるよ」
と、私が感情を還したら、
「ほんと? ほんとに今日は僕と一緒にいてくれるの? ほんとだね? 嘘じゃないね? 絶対だよ。絶対僕と一緒にいてよ。お願いだよ。僕はお母さんを信じるからね」
と、小さい彼は私の背中に隠れながら、返事を返してきてくれた。
ありがとう、私のインナーチャイルドたち。
そんな小さい子どもにとって「自分の寂しさを出すことが、認めることがどれほど苦痛であるか!」
それを親にわかってほしいから、彼らは私にいろいろなサインを、形を変えて送ってくるのである。
親の私が自分の子どもの気持ちをわかってあげなくて、誰にできるものか!
誰でもない。
自分のインナーチャイルドの親は、この自分自身なのである。
そうして私は、この子たちの母親として強く、優しくなっていくのであろう。
ありがとう、私のインナーチャイルドたち。
<131> シャローナ ■2004年01月20日 火曜日 13時31分38秒
人を信じるのって難しい。というか、私の信じ方は違っているみたいだし。
私の思うとおりに反応してくれれば信じる。しなければ信じられない。
カウンセラーは反応がないように見える。私がいくら自分の本当の、うそ偽りない、他では決して言わないようなことを話しても、私を褒めてくれる訳でもなく、一緒にそうだと言ってくれる訳でもなく、ただそこにいるだけ。
それだと私は無視されているように思える。父親がそうだから。
父親はなにを言っても反応はない。父親が気乗りして、興味があったことだけしか反応しない。カウンセラーはいまのところ何を考えているのかわからない。だから自分のこと話しても信用できない。このまま話してもいいんだろうかとも思う。人の信用の仕方ってわからない。
<130> SUN ■2004年01月20日 火曜日 03時46分26秒
私は、仲良しグループで、奇数というのが苦手です。2人づつペアになっていくと、必ず1人あまってしまう。それが私になってしまう気がして、ちょっと苦手なのです。
学生時代の仲良しグループでも奇数で私は一人になってたな。
大学の時は男女混ざってたし、誰とでも喋ってたから、あまり気にしてなかったような気がするけど。
皆と仲良くできればいいな。
でも、奇数でペアになるときは、自分から進んで1人をとってしまいそう。
自分が我慢すればいいって考えがあるんだろうなあ。
奇数でも皆と仲良くしたいです。
<129> 太郎 ■2004年01月19日 月曜日 22時20分13秒
どうしても、パワーゲームをしてしまう。いつも膝から落ちるように負けてしまって自己否定に入ってしまう。母親から小言をいわれると最大限の防御体制を取るので、すごくつかれてしまう。
<128> NAC NAC ■2004年01月19日 月曜日 22時09分56秒
せっかく出した「私の非常に長〜い感情」はいったいどこにいってしまったのであろう?
「あれ? 間違ってクリアー押しちゃったのかなぁ?」
と、私は念のため、もう1回送信したが表示されなかった。
「あちゃ〜 余りにも長過ぎて嫌われちゃったよ〜。ショックー」である。
でも、私はこうして懲りずに書き続けるのだ。
「自分の感情を出すこと」
それが私の生きがい?でもある。
<127> WeeL ■2004年01月19日 月曜日 16時59分09秒
AC同士の付き合いって難しい。
どうしても、パワーゲームになっちゃう。
こっちが、ゲームから抜け様とすれば引き戻されて、
でも、引き戻されているように感じているけれど、そこにもどって
いるのは、紛れもなく自分の選択で。
でもさ、もうつかれたよ。
クタクタさ。
ばったり倒れちゃおっかな〜。
でも、倒れると面倒みてくれちゃうんだよな。
どうしたら、このメビウスから抜けられるんだろう?
<126> kanan ■2004年01月19日 月曜日 01時28分56秒
今思い返すと、私を好きになっくれた人は何人かいた。だど私はその人たちを好きなのに、好意を向こうから感じるようになると怖くなって逃げてしまった。そして思い返して何度も後悔する。あの人たちのうち誰かと付き合っていたら、今頃私を理解してくれる人ができていたかもしれないのにって。
私は本当の愛がわからない。
小さい頃から母親に甘えたくても、仕事で忙しいし父親や祖父母との関係で大変だからわがままいったり、母親の意志も都合も無視するくらい甘えたりできなかった。だから変に聞き分けのいい子になったのかもしれない。今思うと小さい頃の私はそういう精神的なところが変に自立していた気がするし母親も私の本心を見抜けなかった。お泊りとかで母親と離れたくないって泣く子がいるけど私の場合はお泊りに行かなければ、いつも忙しい母親とずっと一緒にいられるのになって、その時間が惜しくて一人で泣いてた。そう、いつも一人で家族にわからないように泣いたり悩んでた。まだ幼稚園に行く位の年齢の子供が。今思うと幼い頃から人に気を使いすぎてたかわいそうな子だった。
だから私が本当に人を愛するには、家族からの包み込むような愛が必要なんだと思う。母親は私を母親の物として愛しているし、仮の私しか知らないから。私の心の中にいる小さいときの自分が「寂しいよ。行かないで。甘えたいよ。」って言わなくなったら、私は本当に人を好きになれるのかもしれない。
<125> まんまる ■2004年01月17日 土曜日 05時23分24秒
学校関係の行事があった。
今年度の前半は調子がよかったけど、後半は息切れした感じ。
もうカチコチで、心身ともに「力」が入りまくりできつかった。

まず、視界がおかしい。
視野がせまいのに見えるものが広すぎて、ものが小さく見える。
眼が痛くてしみちゃう。
それから、私の言葉を「無視」されたと感じることの悔しさが強い。
そんな事、誰だってよくあることだと思うんだけれど。

よく考えてみれば、「受け止めてもらいたい」っていうのは
当たり前の感覚なんだよね、普通は。
私には、許されないことだっただけで。
押し殺していた分、強すぎるってことなんだ。
しんどいなあ。
どうやって、折り合いを付けていけばいいんだろうね。
<124> シャローナ ■2004年01月16日 金曜日 20時36分10秒
もう孤立はいやだ。本によればそれがインナーチャイルドの唯一の境界線を持っていると感ずる方法だそうだ。私はがんばって人とうまく関わろうとするとかえって人を避けてしまう。境界線てものが・・・自分自身てものがいまだによくわからない。いつも孤立を感じてる。さびしい。姿は見えても私は誰にも知られずにいる様。もう孤立はいやだ。
<123> NAC NAC ■2004年01月15日 木曜日 23時27分03秒
もう22:08だ。23:30までには仕上げる。

今日皆と「自己イメージチェック」を行った。
心理学でいうところの「ジョハリの窓」だ。
詳しいところは、インターネットで検索してもらえればわかるので、ここでは割愛させていただく。

やってて自分は面白かったし、皆も?(表面上は)楽しそうだった。 
内心ではショックな人もいただろう。
私もちょびっとショックだった。
私の外見?は周りからすると「まじめで、几帳面で、礼儀正しく、勤勉な」と映るらしい。
私は驚いた。
以前の職場の私とは大違いだ。
適度に働いて、適度に?さぼって。
だから私はリストラされたのだ。
それは自分がACゆえの部分もあるが、社会的には自業自得である。
今の私は「嫌われないよう」か細い?神経で、仮面を被ってびくびくしているだけなので、私には(照れを除いても)そんな認識はあまりない。
自分で自分を認識するところでは「オープンな、率直な、おしゃべりな(といっても心を許せる相手だけ)、活動的な」てなところである。
これも今の自分がカウンセラーや自助グループ、Aさん、このサイトなどで、自分の感情を吐き出して、整理してリフレーミングしているからである。
半年前の鬱の自分なら「神経質な、保守的な、慎重な、遠慮がちな」である。
そしてこれから自分にエネルギーが回復すれば、もっと「社交的な、情熱的な、楽天的な、機敏な」面が多く出てくるだろうし、勢い余って「我の強そうな、自己中心的な、無遠慮な、図々しい」一面も出てくるであろう。
どだい、人間の感情を育てるのに「純粋培養」なんてできないのだ。
「心がウィルスに浸かっちゃぁワクチン打ったりして免疫付けて」
万事その繰り返しである。
「自分が心の病になった時に、そんな自分を受け入れてくれる人が周りにいるかどうか?」は、自分にとって大きな問題である。
早い話、「人間はいろいろな面が、その人の置かれている状況によっていろいろ出てくる」ということなのだ。
「その場、その場でどうするのか?、自分はいったいどうしたいのか?」
その繰り返しだろうし、
「みな心に虹を持っている」ということなのだろう。
赤に近い紫もあれば、青に近い紫もあるし、黄色に近い緑もあれば、青に近い緑もある。
「私はこうなんだ。こうあるべきなんだ」と変に自分を狭くしてはいないだろうか?
自分で自分を「見えない鎖」で縛っている。
それすらも自分の意識で気付かない、気付けない。
だから「人の目」が必要なのだろう。
「人から自分はどう映っているか?」
以前の自分は「傷付き過ぎた自分の心を他人に見られまい」と、自分の心を無意識で閉ざしてきたから、正直、人の目なんて私は殆んど気にしなかった。
周りから見れば、以前の私は(今も若干)「傍若無人」である。
自分の傷付き過ぎた心を閉ざしているが故の、私の矛盾した「それでもわかってくれよ〜」は、今まで残念ながら皆にわかってもらえなかったし、そう切望していた私も「どう自分の感情を伝えたらいいのか?」すら自分でわからなかった。
「自分が思うところの自分」と「人から思われている自分」
そのギャップを自分で認識しなければいけない。
今の私は皆に「お硬く」思われているようだ。
だったら「皆に嫌われない程度に」徐々に自分の垣根を崩していけばいい。
相手の垣根を崩すよりも、自分の垣根を可能な範囲内で低くする。
そうしたほうが相手も(前よりは)よく診えるし、自分の足元も見易くなる。
必要以上の誤解と摩擦でお互い傷付け、合わずに済む可能性は高くなる。
そうしたことを私はいろいろなところで学び直しているのだろう。
自分にとって「耳が痛い」言葉は素直に受け止め、「自分でわかっているのに相手にきちんと伝わっていない?」と思われるところは、自分で率直に表現する。
まさしく「言うは易し、行うは難し」だが、自分でやらないことには始まらない。
いろいろなものが私の心を映す鏡でもある。

よかった、ちょうど23:28だ。
言いっ放しに寄って、寝よう。
<122> まんまる ■2004年01月14日 水曜日 01時49分11秒
「仲良くして」って言いたくなる。
でも、「あんたが来るのはいや」って思われてるのが恐い。
いじわるなんかしてないのに、精一杯気を使っているのに。
どうしてなんだろう。

ひょっとして、私の背中にあるものが見えるのだろうか。
欲深い、飢えきったみすぼらしい私の姿が。
<121> ever ■2004年01月12日 月曜日 20時35分36秒
こころがおかしくなった。
やがて、からだがおかしくなった。
母に「病院へ行きたい」と言ったら、
「家の恥になるからやめて!」と言われた。
ねえ、私はあなたにとって何ですか?

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This script written by Shintaro Wakayama.