私たちの物語 - 人間関係・過去ログ No.10
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<200> SUN |
■2004年04月03日 土曜日 17時25分53秒 |
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最近SUNちゃん暴走中。 甘えたい、愛して欲しい病が再発。 HNと顔だけ知ってる男の人に甘えたくなってしまった。 寂しくてたまらない。 でも、その人に求めても何の解決にもならない。 自分で心の穴は埋めていかなきゃ。 頭では分かってても、会いたくてたまらない。 寂しくて、寝てばかりいる。 夢でも会えない。 SUNちゃんが愛して欲しいだけ。 SUNちゃんの寂しさを埋めて欲しいだけなんだ。 私が愛してあげなきゃいけないのに。 でも、会いたい。
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<199> ユリ |
■2004年04月03日 土曜日 01時23分41秒 |
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AC概念を知ってからの、この3年間の人間関係を振り返ってみました。 私は、一体何をしていたのだろうかと、がっくりときました。 私の治療・回復が進むにつれて、離れていった友人。。。 とても優しい人でした。 でも時々、急に私を無視して1ヵ月も2ヵ月も音信不通になることが ありました。 そういう時、私は、なんでだろうと必死で考えました。 そして、だいたい共通する理由が浮かんできました。 それは、私が自分の正直な気持ちをメールに書いた時や、 相手と違う意見を書いた時。 悪く受け取ろうと思えば、そう受け取れるような文章になっている時。 だから私は、誤解されて悪く受け取られる可能性を できるだけ減らした文章を書けるように、一生懸命努力しました。 結果、くたくたになりました。もう限界でした。 そうしたらやはり、友人からの音信が途絶えました。 私は、自分なりに、誠実に付き合ってきたつもりです。 なんだかとても悲しいです。 私は彼女を責めていないのに、彼女は責められていると思ってしまう。。。 どうすれば私の気持ちが伝わるのだろうかと、ずっと苦悩してきました。 私は、言葉が下手なのかも知れません。 でもこれが私の能力の限界なのでした。 最初から間違いでした。相手の受け取り方に気を使って、 私が無理をしたことが。。。 ふつうにしてたら3年も続かなかったことでしょう。 私が無理をしてつないでいたのです。バカです。。。 付き合ってもらっている、というような関係が、 どれほど虚しいものか思い知りました。 本当にとても悲しいです。とても寂しいです。
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<198> きーそん |
■2004年04月02日 金曜日 22時47分22秒 |
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バッサバッサと縁を切ってしまう。 今までどれだけのつながりを断ち切って来たんだろう。 いまでは、だれともつながっていない。 本当につながっていない。
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<197> とら |
■2004年03月28日 日曜日 01時00分28秒 |
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僕の周りは幸いまじめな方が多い。そのためか、いわゆる悪いことを知らない。損のような、いいような気がする。悪いことをしようにも知識がないし、今は興味がない。こんなやつ、稀有だろうな。天然記念物かもしれない。 真面目さんだったから、いわゆる弾けたやつは寄ってこなかった。寂しいかったけど、苦しかったな。ある職場でヤンキーのにぃちゃんと話して楽しかったけど、どっかなじめず友達にはならなかった。純な苦労しているやつだった。どうしてか、俺を見て何か感じるやつが多い。俺はいったい何なんだ? ただ感じるままに生きてきただけだし、人に迷惑をかけないよう生きてきただけだ。それ以上もそれ以下もない。仕事面では波乱バンジョーだったが(アルバイト数は10っこぐらい)どういうわけか優遇されたことが多かった。最近はだめだが、素直さがなくなったんだろうな。もうハイ、ハイって聞けないし、自分を出すし、言いなりはいやだ。条件付でのむだ。交渉なしでは 仕事をしなくなってしまった。それだけ変わったのか。苦労の連続でした。
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<196> キーコ |
■2004年03月27日 土曜日 17時32分57秒 |
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「誰かに、怒られるんじゃないかな。」ていうのが、わたしの人との関わり方の土台になってるなー・・・。
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<195> べビル |
■2004年03月27日 土曜日 16時26分27秒 |
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「前向きじゃなきゃ!」「元気でなきゃ!」「幸せにならなきゃ!」「ありのままを受け入れなきゃ!」世の中「こうであるべき!」っていうこと多すぎる。心に思ったことを率直に話すと引くから、みんなが楽しくなる元気になることばかり話すようにしていたし、落ち込んだり傷ついてても気にしていないようなふりしてたし自分は楽観的で常に前進していなければならない、と暗示のように思っていたから後ろ向きになったり、人を愛せなかったり、愚痴っぽくなったときものすごく罪悪感抱く。ACだからね・・・固定観念というものでしょう。だから今日も明日も受け入れられるようにがんばる。こんなありのままの私を誰が受け入れてくれるだろう こんなにまでも汚い醜悪な心をもって生まれ育った人間を誰が・・・! どこからかまた聞こえてきそうな心の声「んなだからっだあめなんだよっゴミ」 「死ね」といわれているような気がすること幾たび。 人間は愛し合うために造られているんだよ、愛されたいと思って何がいけない! 受け入れられたいと思って何が悪い!!! うわーすっごく病的・・・病気だからね私。でも誰も知らない。ここだからこんなきったない私も出てくる。きれいごとはたくさんだ。ウン十万金かけて参加した自己啓発セミナーでいやというほど聞かされた。そこではあくまでも理想的な自分でなければいけない。世の中の縮図です。「がんばんなきゃいけない」 そのままの私で受け入れられたことなんか生まれてこの方一回もないね。親も夫もカレシも人をおもちゃのように扱って当然といった調子。友達は優越感に浸る道具としてふるまい、服のことも、おいしいお店のこともなあんにも知らない私を見下しつつ、「相手にしてやってる」風吹かす。(だって興味ないんだもんあなたの話)そんな私に誰も同情なんかしない。当然だと思ってる。こういうことを誰かに話すと、たいてい親や夫やカレシや友達のほうの気持ちがわかるという。はははは・・ここまで嫌われている人って見たことない。だから一生懸命受け入れられるように努力してきた。そのうち自分の動機に問題があることに気づいて、どうするべきか考えた。そして人のことを心から愛せるようになったし、人のことを自分ごとのように喜んだり悲しんだりできるようになった。でもなんだろ、いつでもそうでなきゃいけなくなった。時々陰湿な自分が出てきて世の中にくだをまきたくなると、「ああっ、いけないわ・・・こんなワタシ・・めいげんそめいげんそ・・・」自分がありのままの自分の感情を受け入れられなくなってた。ほんとはわたしは超ぐちっぽいんだ!ほんとは超怒りっぽいんだ ほんとはあたまがおかしいんだーーー!自分を偽るのへたなんです。でも自分を上手に抑えられる人のことを「大人」というらしい。だからここにきて他人を不愉快にするような愚痴を吐露してます。でもここでは受け入れられる。少なくともわかってもらえる。だから前進できる。マイナーなワタシも受け止めてもらえてはじめてまた歩き出せる。「がんばれないときだってあるんだーー!」
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<194> およよ |
■2004年03月27日 土曜日 00時41分37秒 |
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今、夫からのいじめを逃れて、良かった事は、自分がいじめられていることにも、気がつかなかったこと。そして、そんな酷い人にも、自分からこびていた事。それがいじめを長引かせた事。いじめる人は、その人に問題がある。そして、いじめられる私が何か悪い事をしたわけでもない。むしろ、やさしいので、いじめられる。そして、自分の周りに沢山、私をいじめて楽しんでいる人がいた事に、気がついたこと。そして、その人達との関係を切ってしまおうと決意できた事。自分に自信がもてるようになったこと。 意地悪な人を見分ける事ができるようになったこと。陰湿だ。裏表がある。 計画的、執拗につづく。私の方からの、行動がないと、何も事態は変化しない。自分から、逃げる事だ。近づかない事。自分の感覚を信じること。いやなことはいやでいいのだ。自分の気持ちを、感情を大切にする事だ。
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<193> ayako |
■2004年03月22日 月曜日 16時24分14秒 |
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最初に働いた会社にいたバイトの子。今はOLしてるけど変な子だった。子どもが欲しいって言って好きでもない不倫相手とSEXに励んでた。結局子どもも出来なくて別れた。次の男がエンジニアの暗い男。殆ど喋らないけどずっとくついていられるから良いそうで・・。自分と居て楽しくないと言われたら暫く連絡よこさなかったらしい。一緒に住むのも彼は嫌がってたけど結局一緒に住んでるってメールがきた。彼女は綺麗な子(まあまあ)お見合いパーティで一番人気になったって自慢 してたけど、私と行ったお見合いパーティーでは一番じゃなかったからショックだったみたい。それ以来誘っても行かない。自分はお金を持ってるおじさんとは縁が切れないと言っていた。彼女曰く「紳士的だから何もされない」そうで・・。 要は愛人体質なんでしょう?と言ってやりたかったけど「それだけあなたの女としての価値が高いんでしょう」と言ってあげた。彼女は自分を何様だと思ってるのか ?彼女は女の価値は外見なのでしょう。心の貧しい人。その癖私に対抗心燃やしてくるから性質悪い。こんな変な子と連絡取ってた自分は不健康だったと実感した。 カウンセリングに行くまで関係が続いてた人って皆変な人達ばかりだ。
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<192> シャローナ |
■2004年03月20日 土曜日 21時20分28秒 |
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私が私であるって状態での友達って人生でいなかったんじゃないかと思う ごく幼いときのBちゃんだけかな それは本当に私以外何者でもなかった それ以外は・・・親は私とは関わってないし、きょうだいも役割に縛られているし、友達とも本当の私自身では付き合っていない。 さびしい訳だと思う
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<191> 衿 |
■2004年03月19日 金曜日 09時27分45秒 |
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いつもだ。 いつも周りを見渡して、自分の位置を把握しなくては気がすまない。 自分がどの辺のポジションなのか。相手にとって自分はどういうランク付けがされているのか。 それによって、接する態度を決めてしまう。
もちろん、私も相手に対するランクづけを行っている。職場でも、プライベートでもそう。 優先度、親密度、好感度。 それらが高ければどんどん近づいていくし、そうでなければなるたけ距離をとって必要以上に近づかないようにする。
よくないことだと思う。 でも一番いけないのは、常に自分より劣った人間を探すクセだ。 仕事ができない。性格が暗い。見た目がさえない。太っている。社員に反抗的。 なんでもいい。「あたしはここにいても嫌われることはない。大丈夫だ」と自分を安心させたいのだ。 実際、組織の中(特に女性ばかりの職場)ではスケープゴートが必要になる。 一人いればみんなの目がその人に行くから、あたしが責められることはない。
だけど、そういう人には優しくする。昔の自分を見てるみたいで辛いし、多分 今自分がそうでないことで、優越感を味わってるじゃないかと思う。 本当に嫌な人間だ。
でもずっとそうなりたかったのだ。あたしだってみんなと同じ側に行きたかったのだ。群れて目立たなくなりたかったのだ。
いつだっておびえている。自分がいつ、その群れから突き飛ばされるか。 もうあんな思いは二度としたくない。
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<190> 埴輪 |
■2004年03月15日 月曜日 14時53分01秒 |
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あのこは不思議な子なんだ。 人の心にすーっと入ってきた。 約10年のブランクを経て再び友達になったわけだけど 何か特別なことを話し合ったわけじゃない。 10年前ものすごく仲良かったわけでもない。 あの子が変わったのではなくて、私が成長したせいかも知れない。 とにかく、なんだか心のつながりを感じる。 そういえば、幼少時代に私は初めて「優しい」と他人に言われた。 それはあの子が言った言葉だった。 人に優しいと言われたのがはじめてなものだから 数日間自分が優しい人間なのかどうか考えてしまった。 私が人に優しくできているのかどうか、未だによくわからない。 むしろ傷つけているんじゃないかと思っている。 あの子はお世辞とか表面的な誉め言葉を使う子ではない。 むしろ毒舌だ。 昔の交換日記と あのときはなかったメールの中に見えるあの子を見比べる。 おんなじだ。変わらすストレートであっさりしたあの子の文。 だから受け取ってもいいのかもしれない。
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<189> NAC NAC |
■2004年03月15日 月曜日 04時53分18秒 |
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昨日は身内の草レースがあり、まだ捻挫が完治していない私はレーサークラス(国際B級から国内B級まで総勢8人で混走)に出て、1ヒート目は6位走行中気が緩んで転倒しビリ、2ヒート目は転倒せず走りきって7位の総合8位のビリっけつで終了したが、仮に捻挫が治っていたとしても、自分の平素の実力ではいいとこ真中くらいで終了していただろう。 それだけ今回のコースを私は練習不足で苦手にしているということで、練習あるのみだ。 そして私がこれから話すAはノーマルクラス(初心者またはレーサークラスでは自信のない人)に出て1ヒート目2位、2ヒート目はビリから2,3番手で終了した。 そして埃に塗れながらも皆怪我なく無事終了して、私は気持ち良くバイクを洗車しているところに人の近寄る気配がして、「私が相手にしたくない」A登場だ。 その顔はいかにも「俺の話を聞け」って感じで、私は「は〜ぁ。折角Aの車とは一番遠いところに自分の車を停めて、私はAと接触せずに1日穏やかに過ごそうと思ってこちらが距離取っているのに、何でこの男は自分から近寄ってくるかねぇ? 『頼むから俺に構わないでくれ』あたしゃそう言ってやりたいよ」と内心思った。 でもそんな私の思惑とは関係なしにAは「何でK(私)さんはこの前のこと皆に話すの?」とまた蒸し返してきた。 私は「はぁ? 相変わらず進歩しない男だねぇ」と思いつつAを無視したかったが、 私がAにそんなことをしたら馬鹿なAは余計に私に食って掛かってくるだろう。取りあえずAの挑発に乗っておくか」と私はAを相手にすることにし、188のようなことをAに対して言ってやった。 そしたらAは自分のプラスチックの小箱を蹴っ飛ばしたことに対して謝ったと言う。 私はまたもや「はぁ?」と思い、「Aさんはあの時自分が『何で蹴っ飛ばしたんだ?』って聞いたときに『冗談だよ、冗談』って言ったでしょ。あれで謝っているつもりなの? まっいいや。Aさんが私に対して謝ったって言うなら謝った事にしましょう。でもAさんがどんなに謝ろうとも俺は納得したわけじゃないし、未だに俺はAさんの行為を許していないよ。俺も4年間モトクロスやってきてあんなことされたのは初めてだから。どこの世界だってあんなのは通用しないよ。Aさんがそこまで俺に対して謝ったって言い張るなら、取引先とか、皆に聞いてみればいいんだよ? 『俺は今回の件でこういう謝り方をしたんですけど良かったんですかねぇ』って」 そう私はAに対して言ってやったら、奴は「俺は謝ったんだからKさんも謝れよ。そしてもうあのことは誰にも言うなよ」ときた。 世の中、自分には理解できないことが多過ぎる。 またもや私は「はぁ?」って感じで、「じゃAさん流に言わせてもらうよ。俺がSさんに話そうとNさんに話そうと、そんなの俺の勝手じゃん。別に全然突拍子もないことやデマ流しているわけじゃないんだから。何でAさんに自分の言動が制限されなくちゃいけないわけ?」 それでもAは私に対して「謝れ」「もうあのことは話すな」と話にならない。 容量の少ない私の頭は段々こんがらがって来た。 それでもなんとか私は「何で俺がAさんに謝らなくちゃいけないの?」と切り替えしたが、Aはそんなのどこ吹く風「俺が謝ったんだからKさんも謝れよ」の一点張り。 私はAとそのやりとりをしていて「あぁAは本当に馬鹿なんだ。今までは『ちょっとおかしいかなぁ』とは思っていたけど、全然筋が通らないもん。かといってAに一から『物の道理』を教えてやるほど自分は善人でも暇人でもないし、取りあえずここは自分が折れとくか。じゃなくちゃAはいつまでたっても自分に対してねちねちうじうじ絡んでくるだろうからな。ほんと困った奴だわ」と思い直し、 「わかった。取りあえずAさんの言いたいことは聞いたから。それでいいでしょ」 と半ば強引に話を切った。 丁度運良く、この前一部始終を聞いていたSさんと、遊び仲間の最年長Nさんが自分とAの揉めているところへやってきて「いい加減やめろよ、みっともねぇから」と(私にとっては)助け舟を出してくれた。 それでもAはチクチク言ってきて、まだまだ私に対して言い足りないようだったが、 それでも再度Nさんに促されて渋々諦めて自分の車の方へ帰って行った。 「ふ〜」 やっと私は息つく事ができて、Nさんに「ありがとうございました」と礼を言った。 ちなみにお馬鹿のAは、Aより断然早いNさんに対しても「アクセル開けてねぇからだよ」なんて平気で言う。 その言葉に、Nさんの目に、その場の空気が一瞬固まったことに鈍感なAは全く気が付いていなかった。 さすがに年長者だけあってNさんはAに対して怒ることなく流したが、内心「口の訊き方ってものがあるんじゃないか?」と怒鳴りたかったことだろう。 ほんとAは馬鹿だ。 身の程を知らない大馬鹿だ。 今度Aに会ったら私は「意気地なしの自分でも大ジャンプ飛べるんだから、アクセルをカチっというまで開いているAさんならもう楽勝でしょ」と皮肉ってやろうかなぁ。 でもそれだと、結局馬鹿と同じになっちゃうんだよなぁ。 やだやだ。 「一向に学習しない」馬鹿はホント映るわ。
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<188> NAC NAC |
■2004年03月12日 金曜日 07時42分24秒 |
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「ちょっとは諦めたかなぁ」と期待していた「筋の通らない」Aから、一昨日またもや私の携帯に迷惑留守電が入っていた。 その内容は(私には)馬鹿馬鹿しくてここでは一部省くが、Aは自分の矛盾に気付いていない。 間抜けなA曰く「何でこの前のことを皆に言うんだ? 『言うんじゃねぇ』って言っただろ」ときた。 私はまたもや自分の思考回路がこんがらがってしまった。 どうしたらAはそんなことを私に向かって言えるのだろう? Aの言葉なり感覚を借りて私が言わせてもらえば、「いったい全体Aさんのどこに私に『口封じ』を命令する権限があるわけ? 私が突拍子もないことや、全くの出鱈目を吹聴しているならわかるけど、Aさんが自分の感情だけで私の小箱を蹴っ飛ばした。そしてそれに対して一向に私に謝罪していない事実は確かでしょ」となる。 私はこの前の一軒を「あくまで私の一方的状況説明」と前置きした上で、誰にでも話せる。 私にも悪いところ、または改善点が無きにしも非ずだが、「9割以上の非はAにある」と私は確信しているので、誰に話したところで私は恥ずかしい思いはしない。 唯一私が恥ずかしいと思うのは、「こうしてまでもAに付きまとわれている自分」または「これほど馬鹿なAと私は友達だったのか、何で私は気付かなかったのであろう」ということである。 実際Aと私との顛末はSさんが見ていたので、仮にAが(私でもいいが)いくら話に尾ひれを付けて自分を有利にしようとしたところで、ちゃんと証人がいるのだ。 だからそういった意味では私は何も恥ずかしくはない。 Aが尾ひれを付けたければ、私は「どうぞご勝手に」という感じである。 それゆえAは余計に「私の殿とした対応」が気に食わないのだろう。 なぜならAも「自分が悪い」と分かっているからである。 分かっているのに、人前でつまらぬ格好だけつけて自分の非を認めようとしない。 だからAは「大人になっても大人の謝り方を知らない」困った子ちゃんなのだ。 ほんとAは「底の見えない」馬鹿丸出しで、自称アホの私からすると「頼むから大人しくバイクにでも乗っててね」って感じだ。 「目くそ鼻くそを笑う」かもしれないねぇ。 困った、困った。
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<187> 埴輪 |
■2004年03月06日 土曜日 18時12分10秒 |
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小さなことかも知れない。 隠そうとしてるわけじゃないけど かと言って軽々しく打ち明ける話ではない。 これがネックで、私は最後の最後で人に壁を作ってしまっていた。 4年の付き合いになるSとK。 やつらにまだ話していない。 本音をさらけ出せないのも、小さな小さなことが引っかかっているだけ。 理解してもらわなくてもいい。 でも変な感情も抱かれたくない。 でも どうして私が壁を作ってしまうのか知ってもらいたい。 サシで話せばわからないやつはいない。 これが私の持論。 だから、キリも良いからね・・・。時期的に。 話そうかな。・・・って思う今日この頃。
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<186> とら |
■2004年03月04日 木曜日 04時24分06秒 |
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友人たちとの会話に一人参加できないとき、悲しくなる。話題によっては自分が浮いちゃう。昨日はなぜかたまらのくなるくらい寂しかった。友人達といても心から話せない。そんなときもあるよね。 仕事のHPを持っているが相変わらずアクセスがない。悲しい。もっと良くしなきゃ、かっこよくしなきゃと思う。でもスキル的には同業者の先輩にかなうわけがない。地道にスキルアップあるのみだ。HPのそれがでればいいんだ。 悲しいな、孤立無援は。うまくやっている人に会いたい。その種の悩みをきいてもらえたらいいなぁと思う。
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<185> NAC NAC |
■2004年03月04日 木曜日 02時15分27秒 |
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帰ってきました、パスタ屋から。 本当は自分たちが未だ未入店のラーメン屋で食うはずだったのだが、余りにお客さんが少ないので、大事を採って向かいの某パスタ屋チェーン店で食うことにした。 そちらも私たちは未だ未入店で、その自分たちが食した結果は「選択して間違いなし」だった。 良かった。無難な方を選んどいて。 そしてそこで私に思いもかけないことが起こったのだが、それは後で「こころの持ちよう」に書く。 今は「間抜け」のAの話をとっとと切り上げるのが先だ。 それでは再開する。
日曜の夜、いつも通り私は自助グループに参加(当日私は夕方から地元でプロレス観戦したので1時間遅れて。その旨は前以てチェアマンに伝えてある)して、無事終了して車に戻ったら、自分の携帯に着信が7件も入っていて、私は「いったい誰だ?」と確認したら、なんと「(私には)忌まわしき」Aだった。 それも連続して。 はっきり言って「ストーカー」状態で、私もこんな経験は初めてだ。 「Aがここまでして私に話したいこととは何だろう? どうせ碌なことじゃあるまい。私はAとの間に何の貸し借りもないし、差し迫った問題もない。Aには『日曜の夜はデートで携帯持ち歩かないんだ』とか『携帯見つからなくて』と誤魔化してすっとぼけておこう。私はあの馬鹿と話すと自分がむかついてくるのがよくわかる。 馬鹿は放って置くに限るのだ。下手に構うとこちらまで馬鹿が移る。無視だ無視」 と今日まで、そして恐らく次回Aと会うまで私はAを無視しているだろう。 逆に私はAに無視されたところで痛くも痒くもない。 できればこちらからAにお願いして「どうか(遅くて下手糞な)私には構わないでくださいよぉ」と言いたいくらいだ。(皮肉たっぷりに) そのくらい私にとってAという男は、価値のほとんどない人間である。 下手糞でも言い訳せずにその人なりに一生懸命練習して、実力なり実績に見合った口を訊くなら、私はここまで怒らないし、怒る必要もない。 残念ながら「学習能力の低い」Aにはそれが通用しないから、皆に陰で「(口先だけの格好だけ、理屈だけの)なんちゃってA級」とこ馬鹿にされるのだ。 ほんとAは一向に進歩しない悲しい男だ。 奴に必要なのは屁理屈と見栄だけである。 だからAは同期の奴らに思いっきり差をつけられて、いつまでたっても(同期の中では)Aだけ初心者クラスで、「幅を利かせたつもりでいい気になっている」のだ。 そんなボケなすが、こともあろうか、国内A級の私に向かって、私が捻挫して歩けないのをいいことに「ヘタレ」呼ばわりだ。 レース仲間には気の短いのもいるが、そういう人なら即ケンカだ。 私だってこれが中学・高校なら、例え相手が上級生であっても私は突っかかっていくであろう。 端から勝ち負けは問題じゃない。 自分のプライドが傷付けられたのだ。 だったら闘う。 それが私の選択肢である。 問題はどうやって闘うかだ。 「レースの借りはレースで返す」 そういうやり方を私は高校の柔道で学んだ。 だからそんな価値観の私には、Aの言動が全く納得し難い。 私の価値観では「Aも私に対して言いたいことがあるなら、レースで実績作って俺を見返してみろ。それもできねぇ、やろうともしねぇ根性なしに、あたしゃ『意気地なし』呼ばわりされる筋合いはないね」と言うところだ。 話は戻って、「それで(Aは)大人しくしているかな?」と私は甘く見ていたら、 翌日も性懲りもなく、またAからの着信が私の携帯にわんさか入ってきた。 ほんと私には誠に以って「有難くない」着信の嵐である。 ほんと馬鹿は困る。 自分のこころと向き合えないから、自分の言動の後先を考えないで行動に移す。 いい年して、なんで自分の感情を静めて、大人しくしていることができないのであろう? だからいつまで経ってもAの精神は「お子ちゃま」なのだ。 Aの愚かな言動に困り果てている私は、「この先も余程の事がない限り人間として進歩しないから、もう一度保育園からやり直してきたら?」 そうAにお節介して言ってやりたい心境だ。 そしてお馬鹿なAはさらに愚行を重ね、私の留守録に「何で出ねぇんだ? 電話出ろよなぁ。喧嘩売ってんのか? だったら買ってやるからこっち来いよ」ときた。 私がクラーク・ケントなら眼鏡を外し、マッハの速さで吹っ飛んでって、(実際Aが自分より年上だろうと)迷わず私はAの根性なしをぶちのめしたであろう。 「あぁ? それだったら何で俺が(この前Aの言動にブチ切れて)『喧嘩売ってんのかこの野郎』と怒鳴った時に喧嘩しなかったんだっつうの? あん時『冗談だよ、冗談』て逃げといて、今更俺に対して『喧嘩売ってんのか?」はねぇだろ? それじゃシャバ僧そのまんまじゃねぇか? ほんとに『ヘタレ』だけは幾つになっても治らんのぉ。マジで家族の前でシバキ倒さんと、あのボケは分からんのかのぉ?」 もう私のメラメラした怒りは沸点寸前だった。 それでも私は「我慢、我慢。もうちょっとの辛抱や。捻挫さえ治ったら『Aに2度と自分の前ででかい口訊けんよう』目にもの言わせたるわ。皆の前で自分がAに『これでもか』とぶちかましてAに『恥ずかしい』思いさせたら、あのボケも少しは大人しくなるやろ。それでも懲りんようなら、マジ知らん顔してコース外に弾き飛ばしたるわ」 そう私の闘争心に火を着けるだけなのに、身の程知らずのAは過ちを積み重ねるのみだ。 まだAが私に面と向かって謝り難くて、「この間はごめんな。悪かったよ。誤るよ。ほんとゴメン」 と私の留守録に詫びを入れたのなら、私も「しょうがねぇなぁ。今回だけは(Aの愚行を)大目に見てやるか」 と己の慈悲深さを表に出したかもしれないが、それすら、今となってはあの馬鹿にはもったいないくらいだ。 ほんといい年して呆れた奴だ、Aは。 昨日も私の留守録に「どうして俺がK(私)さんの言うこと聞かなくちゃいけねえの? 俺はKさんの奴隷じゃねぇっつうんだよ。命令すんじゃねぇよ」 と入っていた。 私はまたもや「はぁ?」って感じだ。 繰り返しになるが、私は自分が捻挫していて、それを理由に自分が横着したのは認める。 でも私はなにも、Aに「重いもの」を運んでくれと言ったわけでも、「運べ」とAに対して命令したわけでもない。 私はAに、(自分所有の)プラスチックの小箱(軽量で指2本で持つのに十分な軽さ)を2,3m先の「自分の車(の荷台)まで持って置いといて」 と頼んだのだが、 (「4年間でAより2階級も上に行って、今では全く歯が立たない」私に対して妬み・やっかみがある)Aは、「私にすれば頼み事」でも、彼には「(忌々しい)私に命令された」ように感じるのだろう? じゃなければ、そういう(私には)理解し辛い言葉・感情がAの口から出てこないであろうし、言うに事欠いて、Aは私の小箱をわざと蹴っ飛ばしておいて「冗談だよ、冗談」なんて平気で言ってのける、あの神経。 ほんと私、および私のレース仲間には信じられないような感覚である。 仮に私の顔が(Aからすれば)「命令している」ような顔だったり、自分では気が付かないような「命令口調」だったとしよう。 でもだからといって「頭にきた。だから私はあなたの所有物を蹴っ飛ばす」では、一般社会では通用しない。 もちろんレース界でも。 そんなのは人間が関係している以上、どこにいっても当たり前のことだ。 でもその当たり前のことがAには備わっていない。 だからAは馬鹿なのだ。 じゃ仮にAの相手が私じゃなくて、現役バリバリの国際A級だったら? それこそ根性なしのAは手の平返して「米搗きバッタ」になっているであろう。 IA(国際A級)には大人しくて、NA(国内A級)の自分には大きく出る? だとしたら「完全に自分を舐めている」 としか言いようがないのではないか? それもNB(国内B級)の予選すら4年もやって未だに通らない。 今じゃ挑戦しようとすらしない「弱虫」「意気地なし」のAがだ。 ほんと「人をこ馬鹿にするのもいい加減にしろ」 って私は奴の耳元で怒鳴ってやりたい。 人が黙って大人しくしてりゃいちびりたおしてけつかる、あのボケは。 ほんま大阪湾にAをコンクリート付けで沈ませてやりたいわ。 一人海底遊園で楽しいやろなぁ。(俺は勘弁やけど) Aは自分で捻挫するほどコースを攻め込んだりせんから、人の痛みがわからんのや。 ホンマ目出度い奴やで。 まっ理由はどうあれ、全ての出来事、言動に、必ず理由はあり、責任もついてくる。 Aがいちびっとられるのも今の内やで。 へタレの分際で国内A級をなめてるとどうなるか? 身を持ってコース上で教えたるわ。 精々今の内にたっぷりと泳いどくとええわ。 そのうち泳ぎたくても皆の前でよう泳げんようになるさかい。 自分で吐いた唾は自分で拭かんとのぉ。 あたしゃその辺、異様に執念深いからのぉ。 どないしてAに「赤っ恥」掻かせたろかのぉ? ほんま今から楽しみやでぇ。 喧嘩売るときは相手を選ばんとのぉ。 格上相手にトンパチだけじゃ、人間命が幾つあっても足らんわなぁ。 お〜クワバラクワバラ。
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<184> NAC NAC |
■2004年03月03日 水曜日 19時50分12秒 |
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そして第2章は、日曜の夜、私はいい気持ちで自助グループに参加している時に起こった。
ごめんなさい。悪友「ラーメン大好き小池さん」からお食事のお誘いがありましたので、自称「にんにく大王」の私は、誠に中途半端ではありますが、この辺で少休止とさせていただきます。 この続きは今夜か、明日にでも書き込みさせていただきますので、それまでしばらくのご猶予を頂戴いただけますよう、平にお願いする所存であります。 それではまた会う日まで。
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<183> NAC NAC |
■2004年03月03日 水曜日 19時40分41秒 |
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まいった。まいった。 私も一向に懲りない「困った大人」であるが、私の遊び仲間のAはその遥か上を行く。 そのAなる人物と私との一件は、169〜172、174と書いて、私は「あぁAさんはそういう人間なんだなぁ。今後私はAさんにあんまり近寄らないようにしよう。そういう『筋の通らない』人間の近くに居たって碌なことねえや」 と私はできるだけAに対して無視を決め込んでいた(もちろん「向こうから挨拶されればこちらも礼儀上挨拶する」といった腹積もりで、自分からAに対して進んで挨拶しようとは思わないし、別にそれで、Aを一生無視したところで私は何も困らない。Aは私にとってあくまで「反面教師」であり、「百害あって一利だけ」の存在でしかない)のだが、当の「構ってほしい」Aは、それじゃ面白くないらしい。 ほんとAはその点、いい年した「駄々っ子ちゃん」だ。 私及び私のインナーチャイルドは、「安らかで平穏な日々」を送りたくて「筋の通らない」Aを無視しているのにも拘わらず、お馬鹿なAはそんな私たちに対して己の嗜癖をぶつけてくる。 ほんとAは困った奴だ。 その事件第2章は改めて書き直す。 私はほんとお冠だ。ぷんぷん。
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<182> mai |
■2004年03月02日 火曜日 13時47分24秒 |
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すみません、自分の投稿に補足させていただきます・・。 180,181と投稿させていただき、181の方で、虐待者の方も寂しいのだ・・と書きましたが、身体的など本当に辛い虐待を受けられた方にとっては、失礼な表現となったことと思います。申し訳ありません。
私の場合、父から暴力を受けたことはないのですが(父の父は暴力をふるう人だったが)、理不尽さを子供時代から受け入れることを強いられてき、父と自分の間に立ってそれを一度もかばうことのなかった母親からも同様に受けてきた、ということに気づかされました。これはマイルドな虐待・・という名前で、現に存在するようです。とても見えにくく、親はもとより、本人も気づきにくいというのが現状だそうです。
自分を弁護するつもりではないのですが、私のような者も、虐待を受けてきた、ということでは同じ傷があります。 目に見えるところで、大変な思いをされた方に、こんな言葉が説得力があるかどうかはわかりませんが、私も同じです・・とお伝えしたいのです。
自分が本当に今辛いところにいらっしゃる方や傷をもっていらっしゃる方と同じ立場でしたら、絶対、私も親を許せないことは言うまでもありません。親を許せない気持ち・・というのは、本当に自分なりによくわかるからです。
ただ、虐待者も深い傷を受けていることは例外ないように思えますし、自覚しておられる方はなおさら辛い思いを抱えておられることと思います。 ・・私自身はまだ被虐待者の立場の人間として、なかなか虐待者の方の気持ちを深く理解することはできませんが・・。それでも無理なく、理解に関わっていきたい・・という気持ちになってきたことは、自分でも不思議に思っています。
自分の思っていることを、的確に表現できないので、あとで、しまった・・と思うこともたびたびです。どれだけ伝わるかわかりませんが、正直な気持ちを書かせていただきました。
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<181> mai |
■2004年03月01日 月曜日 09時23分59秒 |
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ここに下のような声を投稿するのは、過去の私の声。 といっても、今も親との関係で、自分の心の中に葛藤はある。 ただ、最近、親も年をとってきて、多少変わってもきている・・
父のような人間も、本当に子供に話せないほど(それは父の傷が癒されていないからということもあるかもしれないが)の傷を受け、子供が弱ったとき、それに直面できないほど、病んだ人だったのだ。
父は自分が愛情を注ぐというより、自分が愛情に飢え、ただただ注いでほしい人だったように思う。DVだったり、精神的に虐げる人は、やっぱり寂しいのだと思う・・・ 母も虐げられる立場だったが、親から愛情を受けず、子供時代から家族を支えてきた人なので、子供に対して甘えが目立ち、同じようなところがある。 心の底から許すことはむずかしくても、理解することは少しずつできるような気がする・・
時々、過去が見えてきたぶん、私も親から良くないところを受けついでいるのでは、と怖くなることがある。でも、自分のよくないところを見ても、あの親からきてるんだから・・と思うと、逃げ場?ができたようで楽に思えることもある。おかしな解釈だろうか・・
反省することは大切なことだろうけれど、必要以上に自分を責めることからはすっかり解放されたい。世代連鎖が薄まり、消えてしまうことを願って・・過ごしてゆきたい。
人間関係、という趣旨からずれてしまったかもしれませんが・・
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This script written by Shintaro Wakayama. |
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