私たちの物語 - お金・経済・過去ログ No.3
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<60> NAC NAC |
■2004年03月19日 金曜日 19時58分53秒 |
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今週末は期待のハルウララだが、果たして武が騎乗しても「春麗」となるのであろうか? 私は大いに悩むところである。 ちなみに大方の見方では「いくら武でも勝てないだろう?」が大半で、素人同然の私もそう思う。 あくまで「ハルウララに勝ってほしい」「ドラマが観てみたい」希望だけで、問題は「じゃ1着に何が来るのか?」ということである。 それでも頑張ってほしい「ハルウララと武豊」 「こんな僕でも乗り手によってはここまでできるんだよ」ということを、全国の競馬ファン、そして冴えない親父たちに、「これでもか」と魅せ付けてほしい。 そう願いつつ、明日私はスポーツ新聞と睨めっこだ。 どうかハルウララの頑張りが天に届きますように。
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<59> NAC NAC |
■2004年03月12日 金曜日 04時27分24秒 |
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私は基本的に「ノーギャンブル」だが、G1だけは時たま買う。 私がなぜこんな話をするかというと、時代は「ハルウララ」なのである。 スポーツ新聞を隈なく読んでる方はご存知かと思うが、今度「105連敗馬」のハルウララに「勝率最強ジョッキー」武豊が騎乗する。 はたしてどんなオッズになり、いかなる結末になるのか? 競馬素人の私にも興味深い。 もちろん私は買いだ。 3、000円から5、000円くらい賭けてみようかな。 もちろん当たったら(金額にもよるが)私は風俗直行だ。 泡(あぶく)銭は風俗で泡となって消える定めなのだ。 金は天下の回りものである?
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<58> ほたか |
■2004年03月10日 水曜日 18時41分03秒 |
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私は、壊れてしまってるのかもしれない。
親に「可愛いね」と褒めてもらいたいから? 別れた彼氏に後悔させたいから? 何がそんなに買い物へとかきたてるのか分からないが、 アクセサリー、洋服、靴、カバン、化粧品と 次々にクレジットカードで買っていった。 気が付けば、ボーナス全額分使い切っていた。 たった2ヶ月の間に。
他のカードでも買い物しているので、毎月結構な額を支払うことになる。 カード買いが借金のうちに入るということは充分に分かっている。 でも、買うことを止められない。 買った瞬間、気持ちがスッキリするのだ。
幼い頃から、親は私を管理したがったし、 上手に言って、管理してきた。 学生の間は、それも仕方がないと思う。
しかし、もう30歳にもなろうというのに、 親が私の貯金を管理しているため、お金が自由にならない。 社会人になった時、自分で管理すると言うと 「自分で管理なんてできないわよ。 お母さんに任せておきなさい。」 と言われた。 目的があれば貯めるし、必要があれば使う。 自分で稼いだお金なのに・・・。 まるで自分から離れないようにする為に、私の首根っこを抑えているかのようだ。
銀行のカードローンも限度額いっぱい使っている。 この間、その明細を間違って父親に見られた。 どう思ったのだろう? まさか、自分の娘が借金を抱えてるなんて。
父よ、母よ、 私のココロは、子供の頃から悲鳴をあげている。 もし両親がそのことに気付ていたのなら、 楽に生きてこれたかもしれない。
仕事が忙しいといいつつ、毎日のように飲んで帰ってくる父親。 そういう父親にイライラし、 病気がちなのもあっていつも眉間に皺を寄せていた子供命の母親。 いつも家の中は、ピリピリとした家庭内緊張が走り、重圧感に覆われ、 その中で自分が生きていくためには、いい子を演じるしかなかった。
見た目には、いい家族なのかもしれない。 母親を専業主婦として家に居させ、 娘には、充分すぎるほど教育をして、 着たいものを着せて、させたいことをさせてくれていたけど、 でも、それで私が幸せだったと思っているのだろうか? 自分達の自己満足なだけじゃないか。 世間体ばかりを気にしているだけじゃないか。
少しでも自分の意見を言うと、 「あなたみたいな子は知らない。 私がおばあちゃんにそんな口を叩いたら、 髪の毛引っ張られて、家から引きずりだされた」という始末。 まるで脅し。 親が子供を脅してどうするんだろう。 だから、ますます私は親に本音を話さなくなった。 当り障りのないことしか、今でも話さないし、話せない。
幼き頃、無条件に思いっきり抱きしめてくれたことがありましたか? そして、思いっきり褒めてくれたことがありましたか?
私には、その記憶がありません。
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<57> NAC NAC |
■2004年03月04日 木曜日 04時44分22秒 |
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そうそう、危うくお金のことで忘れるところだった。 先日15:00前、私は地元の地方銀行のATMで引出しを行おうとしたのだが、手順通り私はやったのに明細しか出てこない。 私は「はぁ? あれ? 何で出てこないの? いつもは明細とカード一緒だったはずだよねぇ? お金は? ありゃ? お金も出てこないよ。いったい明細はどうなってんの?」 と明細を見たら、ご丁寧に(まだ)引き出していないのに、引き出した(として)金額が打ってある。 「はぁ? 冗談じゃないよ、おい、おい」 と私は行内電話を使って行員を呼び出して事情を説明した。 私の勘違いとか思い込みかもしれないが、女性行員の私を見る目は「あんた、ほんとにお金出なかったの? まさか嘘言っているのとは違うわよねぇ? おたく手順間違えたんじゃないの?」 そう(言語外に)行員に私は言われているような気がして、私は正直余りいい気持ちではなかったが、行員が「お客様、お急ぎでなければ15分程度お待ちいただけますでしょうか?」と言ったので、別に急いでいない私は椅子に座ってATMの再始動を待った。 当然時刻は15:00を過ぎていて、行内のシャッターは閉まっている。 出入りする人はATMご希望の人たちだけである。 なのに、私は待たされてATM室の椅子に座りっ放しだ。 私とATMとの事情を知らない人が次から次へとやってきて「なぁにこの人? まさか泥棒じゃないわよねぇ?」みたいな眼で私を観て行く。 致し方ない。 私が逆の立場でも一応警戒はするであろう。 そして私が待たされて15分後、機械が直って再チャレンジ 今度はきちんと上手く行き、一応念のため明細書も私は見たが、残高はどちらも一緒だった。 問題はここからである。 今回私は自分で手順を間違ったわけでもないのに、15分も銀行側に待たされた。 まっそれは人間が作ったものである以上、絶対機械にミスがないとは言い切れないし、それを作った人間さえ「不確実」な成長する生き物であり、そのATMは銀行所有である。 なのに銀行は待った私に対して「ありがとうございました」だけで、待たせたお詫びとして「携帯ティッシュ」1枚も寄越さない。 銀行に預金の少ない私の感覚では「サービス業として、待たせたお客にティッシュ1枚配っても損はしないであろう」だが、当の地方銀行Jの感覚はそうではないらしい。 だがこれがもし、私が行員でも記憶するような大口顧客だったら彼らはどうするだろう? 私が行員なら間違いなく平謝りで、ティッシュかタオルでも差し上げるであろう。 同じ行為でもお金持ちと一般庶民ではそのくらいの開きが付く。 世の中まずお金を持っている人が優先だ。 悲しいかな、それが現実だ。 だからあくせく汗水流して働かなくちゃいけないんだよな。 ほんと働いて金を稼ぐってのは大変なことである。
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<56> NAC NAC |
■2004年03月04日 木曜日 03時18分43秒 |
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すいません。〈54〉の誤字訂正です。 3行目、某国営ではなく、某国産の間違いでした。 まっ下のほうのカルロスさんのお名前を見た方はだいたい察しが付くかとは思いますがね。 あしからず。
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<55> うりぼう |
■2004年03月02日 火曜日 02時16分45秒 |
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私はまともに働いたことがない。 今は夫に経済的に頼りっぱなしで、以前は親に頼っていた。 自分で稼げもしないくせに、お金のことで始終イライラしている私。 これは、母がやたらとお金のことを子供の私に愚痴っていたのを、 見事に引き継いでいるな、と思う。
母はずっと専業主婦で、父親は浪費家でそしてとても不安定な仕事。 持ち家もなく、父親が仕事出来なくなったらどうする気なのか、 とても気になるけど、怖くて聞けない。 私もまともに働けていないから、彼らを助けることは出来ない。
私たち全員、ちゃんと人生設計をしてこれなかった。 それがとても腹立たしくって、悲しくって、受け入れられなくって、 大好きな親だけど、もう二度と実家には戻りたくない気持ちになる。
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<54> NAC NAC |
■2004年02月28日 土曜日 23時17分02秒 |
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昨日の帰宅中、私は「なんか書き忘れてしまったなぁ? 何だったかなぁ?」と思い返していたら、やっと出てきた。 昨日私は一番「ぷんぷん」したことだ。 昨日の昼休み、私は某国営自動車ディーラーつくば営業所に出かけて(前々からほったらかしだった愛車の「ライト玉切れ」のため)電球を注文したのだが、幸い在庫がお店にあったらしく、すぐ整備員が着けてくれた。 それはそれでよかったのだが、問題はその金額である。 私は「500円〜(高くても)1000円くらいかな」と単純に考えていたが、受付のお姉さんの答えを聞いてびっくり。 その明細書を見てまたびっくり。 私は不愉快にも2重にびっくりさせられた。 高々電球1たまである。 それにも拘わらず請求は税込みで「2000円!」を超えていた。 私は「えっ?(今なんて言ったんだ? 俺の耳はおかしいのか?)」と固まってしまった。 とりあえず(動揺しながらも)自分で明細を見てみると 電球160円 交換工賃1800円! と書いてある。 「はぁ?」 私はメラメラと怒りの炎が燃え上がってきて、私が星一徹なら間違いなく「ちゃぶ台返し!」を喰らわしていたことだろう。 「なんで電球1個で2000も掛かるんだ? それに俺は『部品発注をお願いしたいんですけど』とは言ったが、『交換してください』とは決して言ってないぞ。そんなライトの玉交換なんてドライバーさえあれば(バイクの整備も自分でやる私には)朝飯前だ。2分で終わる。し、現に私は車の中に数種類のドライバーを持っているのだ。それなのになんで2000円も払ってわざわざ自分でできる玉交換をしてもらわなくちゃいけないんだ? 俺は金持ちじゃないんだぞ。ちゃんと客の要望を聴いてから作業しろよ。自分の親切?を客に押し付けといてぼったくってんじゃねぇ。だいたいどういう基準でそんな2、3分で終わる作業に『工賃1800円!』もつくんだ? チャリンコのパンク修理より楽勝なのに、それ以上の工賃取るとはどういうことなんだ? それがディーラーの(あこぎな)やり方なのか? いっぺんカルロス・ゴーンに言いつけたろか?」 と私は大声で言ったやりたかったが、着けられてしまってからではもう遅い。 今更自分が何を言ったところで店員から「性質の悪い」客扱いだ。 「交換はサービス!? まっ工賃取られても300円〜500円くらいだろう」と勝手に思って、整備員に「交換はサービスなの? サービスでなければ工賃はいくらなの? あまり高いようだったら自分でやるから結構です」と、はっきり自分の意思・疑問を整備員または受付に伝えなかった自分が悪いのだ。 それさえ自分でやっていれば、自分はこんな不快な思いはしなくて済んだのだ。 「くそ〜2000円で社会勉強か? 参ったよなぁ。ほんとぼったくりだわ。2度とこんな店来るもんか。玉交換で2000円も取られたんじゃ車検じゃいくらぼられるか?わかったもんじゃない。他の系列店でも同じ値段なのか? 今度私は電話でそれとなく聞いてみよう。ほんと最低の店だ」 と怒りぷんぷんで私は店を出た。 もしその店で、その時こちらの望み通りのサービスを受けられたとしても、私がその店に車検を出したかどうかはわからないが、それでも今回の件で店側にすれば「高々(電球交換)工賃1800円で客一人を失った」のである。 「最初に相手に『そこそこいい思い』をさせておけば後でそれ以上の利益が舞い込む」かもしれないのに、目先の利益に拘って先の利潤をなくす。 そんなのは商売をやる人のすることではない。 だからその店は「なんとなく店全体がしゃきっとしない」感じがするのであろう。 私も以前小売をしたから言えるのだが、店の雰囲気は大事だ。 そこで働く社員以上に、外から来られるお客さんの方が、店の雰囲気を敏感に感じ取っていることが多い。 だから「そこで働く人にできるだけ気持ちよく働いてもらえるよう」上に立つ者は環境を整える必要がある。 お客は正直なのだ。 なんでも部外者のほうが(意外と)よくわかる典型例のひとつでもある。 家族もそう。 上に立つ者がしっかりしないから、家族の土台が揺らいで、最悪崩壊するのだ。 「うちの馬鹿親父にも少しは勉強してほしい」今日この頃である。 ぷんぷん。
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<53> NAC NAC |
■2004年02月27日 金曜日 23時10分49秒 |
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いいよなぁ税金納めなくて済む人は。 「貸して返してもらって」で、数年間でトータル4億5千万円も貸せるなんて。 なんとも私には羨ましい限りである。 まっ何を信仰しようとその人の自由であるが、私のイメージでは「仏の教えに従って節制していれば150キロにはならないのではないか? それとも仏の教えに従ってカロリー(お金)の高い物ばっかり食べて(私)腹を肥やしていたのであろうか?」 お金に縁のない、また無宗教の私にはちんぷんかんぷんの話だ。 やっぱりそういう(私にとっては)怪しい人と結婚するのもACならではなのか? 世の中不思議なことばかりである。
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<52> SUN |
■2004年02月27日 金曜日 14時31分32秒 |
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母が今年で定年になる。 今までみたいに給料が入らなくなる。 年金もすぐもらえるのか良く知らないし。 母は結構いるときに買ってしまうタイプで、節約家ではない。 仕事をしてる人はそうかもしれないが、見つけたときに買うという感じ。 専業主婦なら、どこが一番安くてとか考えるのかもしれないけど。 母が定年でお金が足りなくなるんじゃないか不安だ。 私は働いていないし、働かなきゃいけないのかと思ってしまう。 多分働けないけど、働いてまたストレスで余計に病気が増えそうだ。 母の定年後どうなるんだろう。 人は生きてるだけでお金がかかる。 私はそんなことなら早く死にたい。 死ねばそれ以降お金かからないかね。 こんな意味のない人生なんて早く終わらせたいよ。 いつまで生きるんだろう、長生きはしたくない。
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<51> NAC NAC |
■2004年02月23日 月曜日 02時19分24秒 |
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今私は右足首を捻挫をしているので「片足けんけん」状態なのだが、今日の夕方、私は某家電量販店の駐車場でいいことがあった。 私が下に意識を集中してけんけんしていたところ、何か地面で銀色に光っていた。 そう「目の付け所のいい」私は硬貨を拾ったのだ。 金額は50円。 高価な500円ではない。 「真ん中に穴の開いた」50円である。 当然私は躊躇することなく、(周りを気にせず)何気なく休むふりをして、ありがたく自分の財布に「お仲間」を迎え入れた。 ここだけの話、(言っておくが)拾ったからと言って犯罪でも誘拐でもない。 そのとき私には神のお告げか? 50円玉が「やっと会えたね。貴方の財布で私を暖めて」 そう私に対して「ラブラブ光線を送っている」ような気がしたのだ。 実際50円玉が「いやいや」しているのなら、私の行為は明らかに「小額金」誘拐行為なのだが、今回はお互い合意の上だ。 「金は天下の回り物」 そうありがたく(罪悪感なく)私は頂戴して、「グリーンジャンボ」の軍資金に付け足そう。 なんて私は(ずる)賢いのだ。 だから私は宝くじが当たらないのかもしれないなぁ。 この世で悪が栄えた例はないのだ。 ヤッター、ヤッター、ヤッターマーン。 (かなり脱線・・・)
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<50> とら |
■2004年02月22日 日曜日 22時40分08秒 |
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私は楽天家である。いやどうわけかお金に疎い。 今日、財布が無くなっていることに気づいた。 今、0円だ。泡をくべきなのだが、落ち着いている。 以前なら、相当なパニックになっていただろう。 落ち着いてもう一度探すことにする。昨日、記憶が飛んでいる。 それを思いださなければ。辛いはずなのに落ち着いている。なぜ?
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<49> NAC NAC |
■2004年02月19日 木曜日 18時41分45秒 |
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昨日カウンセラーに行く前、私はなんか嫌な予感がして自分の財布を覗き込んだら「\3,000」しか入っていない。 悲しいかな、自分で何度数えても「\3,000」しか入っていない。 「くっそー、しまったー」
当たり前だ。 私の財布はマジックじゃない。 覗き返した分だけお金が増えるなら、私は何回でも覗き込もう。 だが現実はそうじゃない。
すぐ私はカウンセラーに電話して「銀行行ってくるので10分くらい遅れます」と告げたら、先方は「いいですよ、次回で結構です」ときた。 私は図々しく先方の言葉に甘えさせてもらって、今日の夕方\6,000を返してきた。
たとえ親しい間柄でもお金だけはきっちりしなければいけない。 お金を甘く見ているから、お金で人間関係が悪くなるのだ。 「好意には好意で返す」 どんな人間だって明日なにがあるのかはわかったもんじゃない。 自分じゃ「明日返そう」と思っていたって、不意な事故に自分が巻き込まれ意識不明にでもなって返すのが遅れたら、せっかく貸してくれた相手に自分が「泥棒」呼ばわりされても、実際自分はまだ返していないのだから「ぐうの音」も出ない。 「返そうと思っていたけど、不運に見舞われて・・・」は、あくまでこちらの事情だ。 先方には関係ない。 だから私はお金の返済には気を使う。 (まっ、社会人なら当たり前のことだが) カウンセラーは私に「この人なら大丈夫だ」と信頼してくれているから、「次回でもいいですよ」と言ってくれたのだ。 だから私はその先生の信頼に応えるべく、自分のタスクが終わった夕方、無事お金を返してきた。 でも欲を言えば、人によっては「そりゃ朝一で返さなきゃまずいだろう」という人もいるだろう。 そういう「お金にピシッ」とした人からすると、私の今回の行為は「なんだ今頃返しにきやがって」となるかもしれない。 そういう私ごときが言うのもなんだが、人間関係は「借りたものを返したからもういい」ってものではない。 逆に「『どう返すか』で、その人間の器が読み取られている」と言っても言い過ぎではないだろう。 厳しい人はほんと厳しいのだ。 ただ自分が甘ちゃんなだけの話である。
そういう意味では、感情も同じであろう。 相手に自分の感情をどう返すか? その訓練の毎日でもある。
きびしー
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<48> NAC NAC |
■2004年02月04日 水曜日 13時25分01秒 |
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先週かな? 某全国版Y新聞で「仙台で給食費の滞納増加!」の記事が載っていて、私も目を通したが、はっきり言って呆れた。 リストラやどうにもならない家庭の事情で「払いたくても払えない」なら、私はまだ理解できる。 それに対して私は「いいよ」とは言わないが、その苦しさは想像できる。 しかしだ。 「払える余裕があるのに払わない」親の深層心理とは如何なるものであろう。 自分たちがそうした行為をすることで、「自分の子どもが学校でどういう思いをするのか? または、しなければいけないのか?」 その心理的圧迫が奴らは想像できないのだろうか? 「子どもの気持ちを自分に置き換えられない」 ほんとかわいそうなのは子どもたちの感情である。
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<47> ノラネコ |
■2004年02月04日 水曜日 10時35分22秒 |
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私は高校入学当初から、アルバイトをしていた。 とにかく、お金が欲しかった。少しでもいい、自由になるお金が。 洋服を買ったり、友達と遊んだりするお金が。
ぶっちゃけ、うちは決して裕福ではなかった。それどころか、どちらかといえば、家計は苦しかった。 何度も電気が止められた。ご飯すらなくて、私はよく親戚のうちや祖父母に預けられていた。祖父母はともかく、親戚の忌々しそうな表情は忘れることができない。その間、両親が何をしていたのか、私は未だに知らないけれど。
生活が苦しいと、どうしたって人間心豊かではいられなくなる。 手放しで幸せといえなくなるのだと思う。 家の中は、常にどこか重苦しい空気をはらんでいた。 明日はどうなってしまうのだろうか。このまま、生きていくことが出来なくなるのではないか。 そんな漠然とした不安は、幼い私の中にも確かにあった。
小、中学とそんな環境で育ち、特に中学に入ってからは高校生になった姉がバイトをし、自分の好き勝手やっている(と、当時の私の目には映った)姿を見て、私は心に誓った。 絶対アルバイトしてやる。お金稼ぎまくってやる! と。
高校に入って、私は早速バイトを探した。正確に言うと、中学を卒業と同時に探したのだ。 そして四月からバイトを始めた。 スーパーでのレジの仕事で、立ちっぱなしだし、お金を扱うため結構気を使ったし、何より混雑する時間帯はレジを打っても打ってもお客が途切れない忙しさに、辟易した。 でも、初めて自分で稼いだお金を手にした時は嬉しかった。
で、そうして稼いだ最初の給料を何に使ったか…実は覚えていない。 ただ、母に何かの立て替えたお金(この辺もうろ覚え)として半分以上持って行かれたのだけは覚えている。
その後もスーパーやコンビニのバイトでお小遣いを稼いでいたが、ある日を境に、自分の稼ぎで高校の授業料を払うようになっていた。父のリストラが原因だ。 少しづつ立て直していたはずの家計が、再び狂いだした。 滞納される授業料。その支払いに消えてゆくバイト代。 そして、私も不景気の影響を受けた。バイト先が不景気を理由にバイトを切った。その中に、私も入っていたから。
高校卒業後の進路も、いやおうなしに就職を選ぶしかなかった。 それでも、まだ「自分は勉強が嫌いだから」と言い訳することができた。
就職して初めての職場は、きつかった。 バイト慣れしていた私も、「正社員はまったく違うんだ」と痛感した。 その分、給料は当たり前だが、バイトとは比べ物にならないくらい良かった。バブル崩壊後であった事を考えると、少ないながらもボーナスまで出たのだ。まだ良かったほうだと思う。
そうやって稼いでいくうちに、少しづつだったけれど、貯金も出来た。
私が最も恐れていたのは、借金だった。親を、そして幼い頃の自分たち子供を苦しめた借金だけは、自分は絶対に持つまいと思った。 でも、家には既に、多額の借金があった。 「今月厳しいから」と言われれば、自分が生活できるギリギリを残して渡した。 毎月親に渡す金額が、増えていった。 貯金していた定期を担保に借り入れが出来るからと、預金残高がマイナスになるまで引き落とした。
気が付けば、私も借金を背負うことになっていた。
それでも、止まらなかった。 これを渡さなければ、お金を渡さなければと、まるで脅迫観念があるかのように、私は銀行残も、カードのキャッシング残もなくなるほどお金を引き落とし、親に渡していた。
そして、もうこれ以上借りられないところまで来て、私はやっと気付いた。 親の借金は親の物であって、私の借金ではない。私が返す義理など、どこにもないはずなのだ。 なのに、私は、いつの間にかそれが義務であるかのように考えてしまった。 私が返さなければいけないような、そんな気になっていたのだ。
それは、リストラのトラウマなのか、それとも働かなくてもどうにかなってしまっている現状に対する甘えなのか、ともかく働かなくなってしまった父と、家事も育児も二の次で、機械のように体力ギリギリまで削って働くのが当たり前のように思わせる母の間にいたせいなのか。親を助ける=お金を渡す。という図式を自分の中で作ってしまったせいなのか。
ともかく、私は親の借金を「自分の借金」として返済する日々に追われることになった。 それについて、不満はある。はっきり言って、渡してきたお金を、少しでもいいから返せ、といいたい。 無理なのはわかっているから言わないだけで、私の中では常にそんな思いではらわたが煮えくり返っていた。
気が付けば、そんな生活を何年も続けてきた。 お金がないのが当たり前。借金のために働くのが当たり前。働いたお金が全部消えていくのが当たり前。 何も残らない。それが当たり前。
でも、そんな今までの当たり前が、今「当たり前」でなくなろうとしている。
預金残高の心配をしなくていい生活。お財布の中身を見て、ため息を付かなくてもいい生活。 お金のことでギスギスしていなくてもいい生活。 お金を本当の意味で自分のために使えるという生活。
私にとって、それは夢のような生活。
なのに…今、その生活が実現しようかという時になって、私は何もかもやる気を失った。 預金残を心配しなくていい。借金返済に苦しんでいるわけでもない。 じゃあ、私は何のために働いているの?
未来のため? 確かにそうだね。 未来のために。自分の新しい「家族」のために。
分かってるんだよ。 そんなこと分かってる。
分かっててできないから、苦しいんだよな……
借金を返済したら、全てが上手くいくんだと思っていた。 でも、置き去りのまま封印していた心は、まだ借金に苦しんでいた当時のままなんだと、気付いた。
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<46> NAC NAC |
■2004年02月03日 火曜日 17時14分10秒 |
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忘れてた。 縁なし眼鏡も新調するんだった。 \35,000アップである。 厳しいーーーーーー。
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<45> NAC NAC |
■2004年02月03日 火曜日 13時16分49秒 |
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今日の朝、自分の布団・毛布・シーツ類とスーツ2着をクリーニングに出してきた。 金額は四捨五入して\10,000。 「うっひょ〜」である。 布団の「えっ、\4,000!」が痛かった。 私は年2回しか布団をクリーニングに出さないので、その(私にとっては)高額なお値段はすぐ忘れてしまう。 次回は年末に「ガッビーン」であろう。 それと仕上がりが「3週間は見てくれ」と言われてしまった。 「まっ、せいぜい10日くらいだろう」と簡単に考えていた私は、押入れの「来客用布団」で事をやり過ごすことにした。 とりあえずこれで、「寝具類のクリーニング」はOKである。 次は衣類の整理だ。 今日の夜やろう。
話は昨日に戻って、またもや書き忘れてしまった。 そう、私はパソコンを初購入しなければいけないのである。 これは絶対だ。 予算は出しても\150,000(税込み)を見ていて、私はローンは組まない。 私は「現金主義」なのだ。 すると最低でも2月3月の出費は、「\350,000掛かる!」ということである。 どの道私には「えらいこっちゃ」である。 節制、節制。
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<44> NAC NAC |
■2004年02月03日 火曜日 02時08分57秒 |
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今月から来月に掛けて、私は出費続きだ。 まずパソコン試験。 これで最低でも(私が必死で勉強して全部合格して、再受験しなくていいのなら)\52,000。 お馬鹿な結果なら、確実に\60,000コースである。 次に引越し。 安くても、敷金・礼金など込みこみで、ざっと\100,000コースである。 それに伴い自動洗濯機など、生活必需品で最低でもプラス\30,000。 〆て最低でも\130,000のコースで、高けりゃ\200,000コースに手が届いてしまう。 次に自分の車の車検と保険。 一日車検と外資系車保険で済ませるとしても、最低\200,000は降らないであろう。 念のため、\250,000は見ておいたほうが無難である。 それと日常生活費。 私は、もうカウンセリングに(単純に)30回前後、自助グループに連続12回参加しているので、「センスのない、着回しが上手くできない」私は、完全に自分の服のレパートリーがなくなった。 なくなって初めて自分は、「女性が服装に迷う気持ち」が少しだけわかったような気がした。 久しぶりのことである。 なにはともあれ「恋愛は自分のエネルギーを活性化し、それは男女の区別はない」 と私は思っている。 というわけで、「久しぶりにお洒落したい」誘惑に刈られている自分は、(税別)\19,800のスーツ2着と、高くても\3,000前後のネクタイ3本、同じくカラーワイシャツ(それぞれ別な色。希望は「明るめで、落ち着いた?」茶・オレンジ・緑)3枚は欲しい。 それと金銭的余裕があれば革靴と運動靴。でもたぶん一番後回しであろう。 なにせ私は「自分の足元を疎かにする」男なのだ。 「できるサラリーマン」とは、服装に掛ける金の掛け方が(もちろん年収も)大違いである。 私は普段着も欲しいのは欲しいが、そこまでしたら自分の財政が逼迫(ひっぱく)するのは目に見えているので、なんとかローテーションと組み合わせを変えて、今年度いっぱい乗り切ろう。 だから「新しく趣味のモトクロス用のウェアを買う(型遅れ)」なんて以ての外である。 私が財布を握った奥さんなら絶対許さないであろう。 とは言っても、3月に第2戦のレース、そのための練習、また第3戦に向けての練習、パーツ代、整備代と、単純に経験から最低でも4,5万は掛かる。 ほんとレースは金食い虫だ。 でも懲りずにやる私。 私は微分積分はできなくても、足し算引き算はできるので、単純に計算しても、 「あと2ヶ月で、たった2ヶ月で\600,000を超える可能性がある!」ってのは、これではっきりした。 単純に割れば「1月\300,000」である。 私は某消費者金融のCMソングを想像し、気合と共に踊りたくなってしまった。 その心理的答えは簡単だ。 「現実逃避」である。 でもいくら自分が我を忘れて踊ったところで、現実は何も変わらない。 どんなに自分で日常生活を切り詰めたとしても、最低\200,000の出費は覚悟しなければならない。 ちなみに私は、幸いにもこれまでそうした貸金業とは無縁の生活を送ってこれたが、だからといって「これから先、自分は何時お世話になるか?」わかったものじゃない。 もちろんそれにあたふたするほど自分の貯金が少ないわけではないが、20万と60万ではえらい開きがある。 その差40万。 今の私にはでかい数字である。 逆を言えば「自分の金銭管理の腕の見せ所」でもある。 「自分の現実と希望・欲求を、どこで折り合いをつけるか?」 それが年度末まで自分に問われることになる。 ほんと(金銭的にも)自分は今から忙しくなりそうだ。 自分のお腹もそうだが、自分のお腹以上に自分お財布の紐を引き締めなければいけない。 いやはや、参った、参った。
そういや、私の体重は今何キロなのだろう? 一月前の「私は3ヶ月で7kg減量!」を、私はすっかり忘れていた。 「自分の嫌なこと」「自分でやりたくないこと」はすぐ忘れる私である。 反省ー。 今日体重計に、私は恐る恐る乗って見よう。 ここのところ私はビールはほとんど飲まなかったし、スポーツも始めたから「自分の身長ー100+5キロ」くらいか? だとしたら2キロの減量である。 まっ、いい。 「全ては自分が体重計に乗ってから」の話である。 どうか恐ろしい結末でありませんように・・・
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<43> hako2o |
■2004年02月02日 月曜日 13時43分05秒 |
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「宝くじ」
当たることを思いながら、買うのは当然なんだけれど、 不思議と心の奥で、当たったら困る自分がいる。 ずっと、不思議な感覚だった。 何か解らなかった・・・
幸せになっては、いけない自分が居たのだった。 やっと、解った・・・ 親の呪縛・・・
また、ひとつ見えてきた・・・
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<42> NAC NAC |
■2004年01月13日 火曜日 21時55分18秒 |
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今日ちょっとラジオの人生相談を聞いてしまった。 テーマはもちろん「お金」である。 そのおばはんは、保険の外交に「貸してくれ、貸してくれ」としつこく頼まれて、ついにというか、簡単にというか、根負けして「500万」貸したそうである。 すごい。 私なんかいいところ50円である。 500万円と比べたら、10、100、千、万ときて「十万分の一」である。 どうしたら縁故も無い赤の他人に「しつこく頼まれた」ぐらいで貸せるのか? 私の金銭感覚では、Idon't know!である。 そういう感覚の人、「押しに弱い」では片付けられない人は「頼むから死んでくれ」と他人にしつこく言われたら、「しつこく言われたから」と相手に原因を擦りつけ、「自分の弱さ」とも向き合おうともせず、最悪の選択をするのであろうか? それともそういう人たちは自ら無意識に不幸な人を引き寄せ、自分も「不幸の渦」に入って一緒に流されることで、「看て見て、私はお馬鹿で不幸なのよ」と言語外に匂わせようとしているのであろうか? 人間の心理は複雑だ。 いかなる状況でも相手にばかり原因を求めて、決して自分の原因を探ろうともしない人たちに共通するのは何なのであろうか? 「人に金を貸すなら捨てたものと思え」 なぜそう思えない? 「困って私に泣きついている人に、お金を無利子で貸している私はいい人なのよ、善人なのよ」 そういう変に「いい子」ぶったものが、その人たちの意識の根底にあるのではないだろうか? そういう無意識の「嗜癖」はいったいどのような生育暦からくるのであろうか? 格好つけていい人ぶるから、牙を隠したハイエナに毟り取られる。 自分の仮面に気付かないから、ハイエナを「ちょっと変わった犬」くらいにしか認識できない。 ハイエナはそうした「心に隙間のある」人間を本能で見分ける。 いつも「心の隙間がある奴はいないか」と、闇から虎視眈々狙っているようなものである。 ハイエナのような人間は無意識でそうしたところに擦り寄っていき、普段は何食わぬ顔をしておいて、時が来たら「ガブッ」と噛み付く。 噛み付かれたときにはもう遅いのだ。 そういう自分もハイエナかもしれない。 行儀良く餌をもらっている犬とは違う。 なぜなら、自分には強烈な怒りと寂しさがあるからだ。 それが私を「嗜癖」へと走らせるのであろう。 「人の嗜癖を診て、我が嗜癖を振り直せ」である。
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<41> MARU |
■2004年01月13日 火曜日 21時47分04秒 |
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失業手当は、あと一ヶ月半。 貯金はゼロ。
買い物依存で、過食症で、貯金なんか、全然してこなかった。 私の、ばか。
ゆっくりしてたいなぁ。 鬱々と、落ち込んだ時くらい、好きなだけ、ゆっくりできるだけのゆとりを、自分に与えてあげればよかった。
せめて、あと半月は。何も考えないでおこう…
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This script written by Shintaro Wakayama. |
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