灰色と白と紺が混じった寒空 ススキの穂が揺れる。あたしはそこに独りで立っている。汚れた白のワンピースを着て。泣いている。悲しくて。遠くで銃声が聞こえる。叫び声。「なぜここは平和じゃないの?」と。「どこにも平和な場所なんかないさ」あたしはつぶやく。
「ここは平和よ」と声が聞こえた。「あなたが私の意志を実行するならどこでも平和になりうるのよ」とその声は言った。「どこでも平和になり得る?」と私はいぶかしげに言った。「そう、どこでも平和になりうるの」彼女は同じように繰り返した。
私はそこに立ったまま祈った。その言葉をかみ締めながら。 「どこでも平和」私はつぶやいた。どこでも平和。馬鹿げたスローガンのように思えた。
祈ったまま眠りそうになったとき、ススキが揺れる音がして私はそちらを見た。カサコソと音を立ててその何かはしばらく私の周りのススキをぐるぐると周った。
気味の悪さを感じはしたものの、私はしばらく様子を見た。 どこでも平和という言葉が聞こえた。私は両方の手を、お祈りをするときと同じように軽く合わせたまま、目を閉じて鼻から空気を吸った。冬の鋭い針のような寒気が鼻から顔全体に伝わった。
その何かはまだ音を立てていた。 祈りなさい、という声が聞こえたような気がした。私はそのあた一面のススキの野原にできた窪地の中で、独り、祈った。
太陽も出ていない、こんな寒い場所で、いったい私に何をしろって言うの? それでもススキと冬の空と風を思って、祈った。
目を開けたとき、私は、私の足元にいる「モノ」に一瞬、たじろぎ退いた。胸の、丁度、胸骨のあたりに、ピンポン玉くらいの大きさの火の玉を入れられたように、恐怖で胸が熱くなった。それでも、それが獰猛な獣ではないことが直感的にわかった。「こいつは私を傷つけない」と。だから、一瞬、目を背けはしたけど、もう一度そいつを見た。
キツネだった。体長1mほどの大柄なキツネだった。たじろいだのは、それが全身銀色に覆われていたからだった。顔のあたりの体毛がない部分は、褐色だったが、体中の毛という毛が、日光に反射して光る雪のようにきらきらと静かに、控えめに輝いていた。
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