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私たちの物語 - 鏡の中の「私」(フィクション等)・過去ログ No.10
メッセージ数:200件

<200> モハメッド ■2004年10月27日 水曜日 00時48分49秒
「ヘクソカズラ日記」・・・・・・(野鳥と虫と天候)

 見慣れない野鳥を図鑑で調べるのは難しいですね。
倒れたケヤキの枝やいろはカエデの下を機敏に動く野鳥が一匹。しばらく観察したがあっちこっち動く物だから、望遠鏡で追っているうちに隣の幼稚園の保育士のお姉さんに照準が合ってしまった。

 いろいろな野鳥がくるから妙な誤解はなかろう!

 野鳥はさえずることもなく、素早く虫を取っていた。フライングキャッチの距離は枝から4~50センチ。
 体長は10センチ強。センダイムシクイに似ているが腹部もグリーンであった。
目の上に白紋があり全身グリーンでくちばしは赤い。

 ヘクソカズラの実は予想以上に枯れているようだ。榎木の枝の上部、柿ノ木の上部。上から下に垂れている実はまだ青いものが多い。
 全長20メートルはあるだろうヘクソカズラの蔦の中間点の実がことごとく枯れていっている。蔦が枯れているわけではないようで、その蔦を目で追っていくと先のほうは蔦の色は若々しい緑色である。どこまでも伸びていく気配だ。

 その枯れたヘクソカズラの実を中心にクモの巣が多数張りめぐらされている。
大きな柿ノ木の葉を少し揺さぶると、その下に雨をさけていた虫たちがぼろぼろ出てくる。
 台風が温帯低気圧になって冷たい雨がこの地にも降っているのであるが、晴天でも虫の存在には気づかないのに、このような雨降るときに野鳥が虫を食べに来ることで、腐敗しても虫が発生して蜘蛛や野鳥の餌を大量に生産していることに気づいた。
 キジバトのジョナサンは遠くの高い電線に止まってジッとしていた。ハシボソカラスがすぐ近くにいて餌さとなるものをさがしているのかキョロキョロしていた。

我がジャングルには小型の野鳥が増え。ヒヨドリも一羽が常に近くに必ず来るようになっている。

 ああ。10月ももうすぐ過ぎていくんだなぁ。
<199> モハメッド ■2004年10月23日 土曜日 02時41分43秒
「ヘクソカズラ日記」

 各地で熊が出没して大騒ぎになっているが、これは冬眠前の熊の餌が極端に不足しているからだが、これは長雨による影響もあるようだ。

 わがジャングルには野鳥の餌になるものといえば、高いところから見るとヘクソカズラの実、榎木(?)の実、巨大な南天の大量の実、ヨウシュゴボウの実。未確認の木の実(今年はまだ実がならない)。

 このなかで野鳥が食べられるまで熟してしるのは、ヘクソカズラの実だが、成育段階が蔦によって差があり、一部食べられる状態に熟していると思われたが、何故か急速に枯れてしまったようだ。残ったものはまだ実が青くて食べられないようだ。
 それから、ヨウシュヤマゴボウの実は段階的に青い実から赤紫に熟れており、この実を食べに来る鳥は今のところ、ヒヨドリとキジバトだけのようだ。
 図鑑に記されている大きさよりも、どちらも小振りだ。それでもキジバトのジョナサンでもヒヨドリよりも一回り大きい。

 最近はジョナサンが電線からジャングルを見ているだけで、実を食べているのはヒヨドリだ。
 ヘクソカズラの蔦によって支えられることで採餌が可能になっているので、より細い枝に行けるのはヒヨドリでないと無理である。しかし、バランスをとりながらの採餌は難作業のようだ。まだ手づかずのままの実がたわわに実ったままである。

 私が観察しているときはヒヨドリは一羽しか来ていないが、早朝は数羽のヒヨドリの鳴き声でうるさいくらいだ。

 食いはぐれたジョナサンはまたもどってくるだろうか?
本格的に野鳥の餌場となるのは12月頃からだろうが、昨年に比べれば比較にならないほど実の量は少ない。

 
<198> モハメッド ■2004年10月18日 月曜日 12時04分08秒
[ヘクソカズラ日記]・・・・(キジバトのジョナサン)

 自然に眠気を感じて健やかに眠いって早朝に目覚めた。
早朝のジャングルにはヒヨドリ(らしい)が一羽来ていた。私が行くと素早く逃げる。野鳥の聴覚はするどいのですね。
 トレーニングウエア兼寝巻きのまま望遠鏡をポケットに入れて私は公園に出かけた。
 自転車に乗って早朝、出勤する若い人の姿が溌剌としていて、あのような元気を私も取り戻したいなと思った。
 私の住むところは駅が多く近いのですが、自転車通勤の人も多いのです。

 公園ではよく見かけるおばさんや退職老人や犬の散歩に来る人ばかり、私の観ずるところ犬の散歩に来る人たちは強気でおおらかな印象がある。
 豪華なマンションや社宅住まいの人たちとは、そこにギャップがあるようだ。

そこへ寝巻き姿のまま望遠鏡を持って、のったりと公園で野鳥観察をする私はさらに皆様とギャップや差別的視線が私の体を刺しているような感覚すら生じる。
 以前はここで裸足で走っていたのだが。。。

 公園にはカラス、雀、ヒヨドリ、土鳩、キジバト、ホウジロ?メジロがいるぐらいだ。私は雀に似ているが模様が違う鳥の確認が目的なのだが未だによくわからない。
 しょうがないので土鳩の中にカラスバトのように真っ黒いハトを望遠鏡で観察した。野鳥観察は素人の私ですから、望遠鏡で必死にそのハトの中でも一回り小さい黒いハトの特徴を観察した。。。。
 するとハトは餌をくれるものと勘違いしたのかどんどん私に近づいてくるではないか。1メートルの至近距離を望遠鏡で見る必要も無いわけだが、、このようなとき必ずバカにしくさった目で私を見つめているるおばはんはいます。
 私は絶滅危惧種のカラスバトがこんなところにいるわけがない!という思いがあって観察していたのだ。

 キジバトだが私をみても逃げないで逆に観察してくるキジバトがいます。ジョナサンににているなぁと思うのだが、見分けがつかない。しかし、キジバトはそのような認識能力があるのではないかと私は思っています。
 というのも、翼の中雨覆いの羽が一枚跳ね上がったキジバトが我がジャングルに来ているのだが、このキジバトは早朝に公園に行くとき近所の屋根にいつもいるのですが、私が見ていると逃げずに近くの電線までやってきてジッと見下ろしていることがあります。
 つきあっていられないので私は公園に行くわけですが、みかけないキジバトはこんなことはしないようです。

 ジャングルには一度きりですがよくわからない鳥が来ます。イソヒヨドリのメスとオスによく似た鳥がきてました。
 それから公園でみかけた黒いハトは異型でしたが、調べてみたら背中の羽毛が白く、単なる土鳩のようでした。
<197> モハメッド ■2004年10月16日 土曜日 02時05分33秒
「ヘクソカズラ日記」・・・・・・・(キジバトのジョナサン)

 野鳥に関する本を読んでみたがキジバトハが群で飛行するところをまだみたことがない。
 ただキジバトハの飛行する姿は優雅にみえる。

 早朝に公園にいくとメジロがたくさん繁殖している。寒桜が10月に花を咲かせているのですが、その花にメジロが群がっている。
 ほかに谷間で鳴けば似合いそうな鳥も来ている。キジバトが2羽木の狭い枝の中に入り込んで見を割って食べていた。

 公園の一角の低木の中ではヘクソカズラがありとあらゆる枝に巻きついて、それ以上には高く巻きつく木がないために、蔦の先が中空にらせん状に虚しく伸びている。
 地上から近いせいかヘクソカズラの先にはまだ花が咲きつぼみも後を断たない。
ここにミツバチの巣が作られているのだが8月ごろからちっとも巣はできあがらず、作業はすすんでいない。

 我がジャングルにはヨウシュヤマゴボウの実を求めてキジバトとヒヨドリが頻繁にきているようだ。
 ヨウシュヤマゴボウはブロック塀の際に育っているために根張りが悪いのか2メートル以上になると倒壊するようだ。
 しかし、ジャングルのあらゆる樹木に絡み付いているヘクソカズラの蔦が3本榎木にも巻きついているために完全倒壊せずに、太い枝が横になったまま伸びている。
 その太い枝に止まればキジバトやヒヨドリでも上から垂れている実を食べることはできるようだ。。実は食べ尽くされている。届く範囲が狭いからだ。
 ヒヨドリは完全倒壊したヨウシュヤマゴボウの実を地上に降りて採餌しているようだ。
 幹が巨大で太く成長しているヨウシュヤマゴボウはその倒壊した細い先端まで測定すれば3メートルはゆうに超えていると思われる。実の量も多い。
 ヘクソカズラの蔦も太さからみても10年ぐらい経過してここまで成長したのだろう。
 しかし、ヨウシュヤマゴボウが倒壊せずに直立していた場合、ヒヨドリやキジバトがこの柔らかい枝に止まって実を食べることができるかどうか疑問だ。

 彼らは警戒心が強く私がジャングルを覗くだけで素早く逃げてしまう。久しぶりにジョナサンがきていたので望遠鏡で細かく観察してみた。
 他のキジバトよりやや細く羽の茶色に赤みがあるようでくっきりしている。首の白黒(本によると白と青と書いている)の模様が大きく首の後ろでつながりそうなくらいである。
 ジョナサンも最近警戒心が強くなっている。ジャングルの持ち主が出てきて追い払うのかもしれない。
 ジョナサンの愛嬌は飛び立っても向かいの空家のベランダの物干し場の棹の端に止まってこちらを観察するところがいい。
 しばらく私を観察して、そのまま横に移動して隠れてしまうのだ。

 私はこのジャングルから飛び去るキジバトやヒヨドリの行き先を見ているのだが、40メートルほど先の近所の庭に舞い降りているようなのだ。

 外部からはわからないのだが、庭にたくさんの樹木を植えているお家は多いようだ。
<196> ゆうこ ■2004年10月13日 水曜日 00時05分29秒
<インナーチャイルド・ワーク つづき 欲しかったもののイメージ>
ママが私を抱き締める…私の髪の匂いを嗅ぐ。私は手足をいっぱいに伸ばす。かと思えば、きゃきゃきゃと笑って、ママに飛びつく。私は自由。ん、んー、と言って、下に降りたがる。ママが降ろしてくれると、うきゃっと言って、どっかを指差して不思議な振りをして見せる。ママが不思議そうにしていると、私はママのスカートを掴んで、口を隠して、くすくす笑う。かと思いきや、また、ん、んー、と唸って、ママの藤色のスカートにまとわりつく。どうしたのー、と、笑ってくすくす言うママも、嬉しそう。パパがそこへ帰ってくる。パパもとっても優しい。ゆうこにおみやげ、と言って、でっかいクマさんをくれる。ゆう~~~!!!と、わけのわからないおたけびをして、私は、くまさんに抱きついて見せて、パパを見る。ゆうこはかわいくてたまらないといった感じで、パパは、私とちょっとしたお遊びをし出す。パパは、ほんとのパパみたいに不器用じゃなくて、人に心を開ける、可愛い心の持ち主なの。でっかいクマさんの頭の後ろからパパを覗いて見せる私に、ぅわっ!って、ビックリした様子をして見せる。私が、ますます目を見開いてパパを見ると、また、ぅわっ!って、後ずさりとかする。そうすると、パパの後ろに立ってたママに、パパのオーバーリアクションに伸ばした右腕が当たる。ママは、なーにやってんのパパは~と言って、幸せそうに喜ぶ。私もそれを見て嬉しくなって、クマさんの頭に手をかけたまま、両親を見つめて、ピョンピョン飛び跳ねる。ふんふんふ~!と、言いながら。あはははーとパパが言って、私を健康的な笑顔で見つめる。私もパパを見て、その笑顔を見て嬉しくなって、うひひひー!と笑っちゃう。くましゃん…と言う。くまさん、嬉しいねー、と、ママが言う。く、ま、しゃ、ん…と、小さな声で言いながら、クマさんの、鼻や口を小さな両手で確かめるように触る。そして、大きなクマさんのぬいぐるみの口元に、チュッ!っとキスをする。あ~あ~とそれを、半分パパの帰ってきた仕度をしながら、見て、顔を見合わせると、わざとらしく残念そうな声を冗談で作って出す両親。わたしは、きゃーっと言って、パパの脚に飛びつく。あぅあー、と言って、両腕をパパの脚に巻いて、体と頭をダラーンとする。パパは嬉しそうに、「着替えられないだろぉ~!」と言って、こりゃ!と言いながら、私をさかさまにするので、私は、きゃーっと絶叫する。…

なんか、ちょっと恐い妄想になってしまったかな。
<195> モハメッド ■2004年10月12日 火曜日 01時34分09秒
「ヘクソカズラ日記」・・・・・・・(キジバトのジョナサン)

 10月11日は不眠がきわまり一睡もできなかった。朝6時30分にジャングルの観察に行くと向かいの空家のテレビアンテナの上でジョナサンが下界を見回していた。
さっそく野鳥観察用の望遠鏡でジョナサンを観察した。いつも一人でいる。特徴は首の白黒の模様が鮮明で美しいことぐらいだ。

 しばらくしてジョナサンは南に向かって飛び去った。私はトレーニングウエアに着替え首に望遠鏡をぶらさげて思い当たるところにヨタヨタと走った。何せ眠っていないのだ。きついぜ。
 朝早くとはいえこのような姿は人目を引くし、恥ずかしいのだが、空はさすがに10月11日の久しぶりの晴天なのだ。チャンスはあまりない。

 休日で車は一台も通っていない国道の真ん中の緑地帯のなかに入った。緑地帯の幅は2~3メートル。高木や桃の木や低木がびっしりと植えられている。その隙間に長雨でススキや雑草が伸び放題であった。緑地帯は何キロもあるから全部はみることができない。

 ジョナサンが舞い降りたのは多分ここだろう。思った通り2羽のキジバトが枝に止まっていた。私が行くとさらに南に飛んでいった。私は緑地帯から10メートルぐらいの高さの電線に止まっているキジバトを観察した。
 ジョナサンよりも体は小振りだ。首の模様が小さく目立たない。
はて?どうしたことか緑地帯から見えるのはキジバトばかり。しかも2羽(つがい?)でいるものばかり。

 バス停の女性が私をいぶかしげにジッと見ているので、いたたまれないものを感じた私は南の公園に向かった。
 睡眠していない私はフラフラでダリーので南に行かず近くの公園に行ってみた。
横に細長い公園だがそこにも2羽のキジバトがいるだけだった。
 体の小さいのがメスかもしれない。望遠鏡でまじまじと観察するが首の模様が小さい。ジョナサンではない。

 体がヨタヨタして歩くのもしんどいのだが、ここまでくると確認しておかなくてはならないことがある。まだ土鳩を一羽も見ていないのだ。
 土鳩とキジバトは住み分けているようだ。土鳩は群でキジバトはつがいで行動しているようだ。それを確認するために、いつもいく公園にいってみた。もう一時間は歩きっぱなしである。

 公園には土鳩が群れている。黒いのやらいろいろいるがキジバトは一羽もいない。

 キジバトハ人を警戒するようだが土鳩は警戒心が薄いようだ。夜間の照明用の蛍光灯の上に一羽まったりと座り込んで羽づくろいしているキジバトがいた。どうもジョナサンではないようだ。
 電線に一羽きりでずっと止まったままのキジバトを観察する。遠すぎてわからない。糞をして飛び去ったのでその落とし所を見に行った。ハトの糞のようなものは見つけられなかった。

 土鳩とキジバトの生態が違うことをこの目で確かめることはできたようだ。ジョナサンの体格を見当するとオスであろうと尾思う。何故一羽でいるのだろうか?

 おそらく嫁さんをみつけられないのだろう。メスが寄ってきても相手にしないのかもしれない?けっしてもてないわけじゃないと思う。

 。。。ひょっとしたらACんのキジバトかもしれない。きっとそうだ、私はそう思っている。
<194> モハメッド ■2004年10月03日 日曜日 23時21分26秒
「ヘクソカズラ日記」・・・・・・・(キジバトのジョナサン編)

 先週の日曜日からジョナサンはジャングルに姿を見せなくなった。朝早く起きると幾種類かの野鳥がヘクソカズラの実に群がっている。。といっても6~7羽。素早くて確認できないのだが大きいのはムクドリ、小さいのはメジロ、だろうと思います。他未確認。
 
 上空を飛び回る5~6羽のハト。こうなるとジョナサンがどこにいるのか捜さねばわからない。空き地や広い駐車場があるので出かけてみた。ハトの群がなくなっているように思える。
 公園には餌をまく人もいるようで、これだと採餌の苦労はいらないのかもしれない。
 一羽のキジバトがこちらに近づいてくる。体は小さ目で羽の色艶がいい。首筋の白黒の模様が美しい。
 土鳩は多いがキジバトの個体数は少ない。ジョナサンが親しげに私に向かって歩いてくるようで。。。。私はハッとした。まさか、こんなドラマのようなことはありえないだろう。私はチャリで北に向かった。。どこに行ってもハトの姿を探し出せない。8月にたくさんいたのだが。。。。。

 帰り道はなんだか思惑がはずれたようでいささか寂しいものがあった。
電線に止まっているハトの姿を観察するが、真下からではよくわからない、このような曇った日ではなおさらだ。キジバトだと分かるとジッと観察した。長く止まっていると必ず糞をするようだ。
 その糞はベチャっと音がして、その落とし所を確認した。。。玄関先である。。生活道路でこのようなことをしていると行動を不審がられるようだ。。しかし、糞は確認しておきたい。

 こうやって観察してみると電線と生活道路が交差しているか並行している。玄関先で糞をするぐらいだから、このお家の住人は私のように唇に糞を落とされた経験はあるかもしれない。。。

 経験してみると。。あれだろうな。。怒り心頭に発す。怒髪天をつくってな感じでハトに対する感情は良くないのかもしれない。。。。仕方がないやん。。ハトのせいやないやん。。と私は思うのだが。。。
<193> モハメッド ■2004年09月27日 月曜日 12時08分51秒
「ヘクソカズラ日記」・・・・・・(キジバトのジョナサン物語)

 04年9月27日午前10時50分。外は雨である。降雨量は傘を差しても足元はビショ濡れになるほどだ。ジャングルの向こうの空家の錆びたTVアンテナにジッと居座り続けるキジバト一匹。 
 この雨の中をジョナサンは群の中にもどらず一匹だけで何故あんなところにジッとしてあたりをうかがっているのだろう?

 私がヘクソカズラを観察するようになって8月ごろから一匹のキジバトも向かいの屋根の上からジッと地上を観察していたのだ。柿木の枝に留まっているときもあった。至近距離になっても逃げないほど俺とキジバトは顔なじみになっていた。

 ジャングルの地上は野良猫の又八の縄張りであったのだが、夏の盛りを過ぎると姿をみせなくなった。
 盆前の台風の来る前にジャングルの一部が刈り取られ湿地帯になっている。キジバトは屋根瓦の上には立っていられるのだが軒先の雨どいまでは歩けないので横向きにすべりながら降りていく。
 その姿がアホに見えるので私も少し関心を持つようになった。湿地帯でなにやら採餌しているようだ。時々2階からキジバトの姿が見えない時がある。気配を感じて真下を見るとヨウシュヤマゴボウ(双子葉離弁花類・明治期の帰化植物)の枝に止まってヨウシュヤマゴボウの赤紫に成って垂れ下がった実を食べようとしているのだが、キジバトの自重で実に届きそうになると枝が下がって食べられないのだ。
 ヨウシュヤマゴボウは2メートル以上まで伸びると枝や実の重さで倒れてしまうのだが、今年はヘクソカズラの蔦が伸びてヨウシュヤマゴボウに巻きついた太い蔦が榎木(未確認)にそのまま絡み付いているものだから、45度の角度でブラブラ状態である。
 その状態で採餌を試みるキジバトの根性はすごいです。何か伝わってくるものがあります。
 キジバトは私を確認するときは右側の目でみます。安心したのかヨウシュヤマゴボウの細い枝先まで行って枝の中に巻き込まれそうになってもバランスをとることに慣れていったようです。
・・・・・・・この様子では、野良猫の又八の餌になる確率は高いと思っていましたが、野良猫はまったく姿をみせなくなりました。
 野鳥のこのような奇妙な活動を見るのは初めてなのですが、雀も数匹似た行動をしていましたがキジバトのように危険を省みず大胆な行動はしないですね。私が顔を見せただけで雀は逃げていきます。

 私がこの一匹のキジバトを気にするようになったのは、9月25日土曜日。空は晴れ渡り、私は気分をよくして近所の露天風呂に行くために辻をひとつ曲がって、生活道路の交差するところで煙草を口にくわえた。
 そこへ、上唇にやわらかい小石のようなものが衝突するような衝撃がありました。タオルについたものをみてキジバトの糞であるとすぐわかりましたが、不愉快極まりない感情と鳩の糞は水分を多く含みベチャッとこびりつくはずなのに、それがない。タオルを払うと糞は跡形も無くとれました。
 私は頭上のキジバトに激しい憤りを感じるとともに、この茶色い小石のような糞をするのはジャングルに来るキジバトか???首筋、胸や羽の色艶をみるかぎり同じキジバトのように見える。
 露天風呂の駐車場に群れているハトを一通り眺めてみるとそれぞれに個体差があることがわかってきた。
 不愉快な感情は数日間消えませんでしたが、段々この単独行動をするキジバトに愛着をもつようになってきております。

キジバトのジョナサンはまだ若いようです。これからの彼(?)の将来を見届けていきたいと思います。
<192> モハメッド ■2004年09月20日 月曜日 00時56分44秒
「ヘクソカズラ日記」

 ジャングルの主役である柿木にベルトを巻きつけていたのは間違いない。しかし、話が錯綜していて、単に隣家に落ちただけというのは、ブロックが高くそんなことはありえない。
 この人物の今後の処遇がまだはっきりしないので私も今は何もいえない。
はっきりした段階で、「ある人物」ということで話してみたい。
 それは、アルコール依存症、医療、家族問題、自己と向き合うことをしない人。社会的弱者でありながら、それを認めずイメージ(見得、強がる、人を愚弄する態度)を現実と錯覚して生きてきて、年老いた男。。。悲観の自殺未遂。

他人事ではないのでいずれ書きます。

それはともかく、ジャングルにはめじろやキジバトが一匹だけ草むらに降りて何か餌をついばんだり、花の実を食べようとするのだけど、自重で枝が垂れ下がり食べられない様子をみていると実に面白いですね。
 見たこともない緑色の虫が花の蜜を吸いに来ていますが動きが速くて確認ができないままです。バッタが頭を丸くしたような感じです。

そのようなことを柿木の横で観察しているわけです。
どのようなことがおきても過ぎてしまえば何の感傷もなく、現実の変化の前のおもしろさにこころ奪われます。
 
<191> モハメッド ■2004年09月17日 金曜日 23時42分14秒
「ヘクソカズラ日記」

 №190を書いて約12時間後の出来事になるのだろうと思う。ものものしい姿のおっちゃんたちがでたりはいったりで、私は人を掻き分け自室に入ることができた。
 こんな部屋でも落ち着くものだ。服を着替えて通路に出た。人の集まるその柿木にベルトが巻かれてあった。。。。。

 具体的なことはまだわからない。。
私ごとき者の生活する空間でもいろいろなことが起きています。
まったく。人生いろいろやね。
<190> モハメッド ■2004年09月16日 木曜日 01時58分40秒
「ヘクソカズラ日記」

 9月の中旬。空は晴れ渡り、残暑の熱気は風があるせいか、蒸し暑さと心地よさが同居しているようで、空の青さに比して悲しみが満ちてくるようでもある。

 隣のジャングルのヘクソカズラを支えているのは榎木(未確認)と榊(未確認)と柿木である。この熱さのせいか、むせ返る植物の匂いのわりに、ジャングルはどんどんやせ細っているようだ。葉が少し抜け落ちていっているせいもあるだろう。
 樹木の幹の根元や暗い黒土の湿気をおびた地面がところどころ散見できるようになってきた。
 うなぎの寝床といわれるこの都市の典型的な家屋の残滓が寂しさをいっそう際立たせるようだ。表の生活道路に面した家屋と最深部の蔵をつなぐ渡り廊下の庭木であったろう樹木がその渡り廊下を破壊するほど伸び、密生している。
 低木が下部を覆っているので、その具体的な様子は少ししか見ることはできない。奥の蔵のあったばしょは崩れ落ちて面影はなく、楓や枝が根元から広がる低木が席巻している。
 本来、家人に栽培や観賞用に栽培されていたバラや紫陽花・・・は肩身の狭い思いをしている。やはり野生のものが強い。隣地の寺院との間には壁を創るようにケヤキが旺盛に伸びきっている。
 このケヤキはあまりに伸びすぎて周囲の家屋の出張ったベランダを覆い隠すまでに至ったので先月の台風の来襲前に枝を大幅に切り落とされて、ジャングルの中に放置されている。
 野鳥の餌場にもなっているジャングルであるが都会の住宅地の中では徐々に邪魔者扱いされているようだ。
 私は思う、このジャングルの主役は誰なのか?主観ですが、高木のケヤキや密生する樹木やヘクソカズラでもない。思うが侭にへなへなと高く伸び、枝は周囲の屋根を越えて広げている柿木ではないかと思うのです。柿木の古木は見たことが無いのですが隔年毎に大量の実をつけ、その虫や野鳥の飛来する数は柿木の実のなる年と比例するようです。
 今は間伐されて見る影も無いのですが、今日のように暑い日でも柿木の葉は大きく広げてばてた様子も見られません。
 ・・・・じつはこのジャングルの中に持ち主の関係者らしき人がすんでいるのですが、この人が樹木を切らずに放置するだけのセンスがあるからジャングルは実は維持されているのかもしれません。
<189> モハメッド ■2004年09月15日 水曜日 02時55分30秒
「どあほう物語」

 パチホールには愛があふれている。と思ってるほうが何となく幸せなんや。
時々しょうもないバカと出会うからだ。
 迷った末宵時にパチホールにいった。台の選択はいつも神経を使うものや。
台を決めてさあ打とうとすると、昨日話した賢い兄ちゃんがワシの肩をたたいて、「この台どうですか?出ると思いますよ。」
・・・・「ありがと、後から打ってみますわぁ」・・・出るんだったら自分が打てよ!このような声かけはパチホールでは古典的な悪意なんだよな。
 ぼろくそに負けて腹に据えかねた奴が、騙されやすそうな奴に帰り際にいう捨てセリフなんだよ。
 賢い兄ちゃんの顔はあくまでもマジだった。打ちたくないが約束通り5千円投資したワシがあほやった。「仮面ライダー」は当たらん。
 賢い兄ちゃんに見えたけど見当違いだった。あいつはアホの兄ちゃんやった。今後あてにせんとこ。
 賢い三十路の姉ちゃんはもうこなくなった。パチホールの遠隔操作の疑惑に感づいたんやろね。
 パチンコは常に冷静でなければならない。しかし、パンティーが見えるほど短いスカートがパチンコを打っているうちにめくれあがり、前はスレッドがはいっとるやないか。あほな姉ちゃんのファッション見て脳がおかしくなりそうになった。
 注意するものはおらんのだろうな。パチンコの内容を思い出そうとするのだが頭が熱っぽくて思い出せない。
 それは、何か話し掛けようとして言葉が出ない若き姉ちゃんがいるんだが、この女性は結婚しているはずだが目頭が異様に熱っぽくて・・・えっ・・・ときてますますことばがでなくなる。ワシ愛を語るような言葉のセンスは持ち合わせてないねん。しかし働く姿はまったく目立たないのだけど、しっかりした話し方と人を直視してはなさない目線は、度胸があるんやろか??やっぱ明日にでも話してみよう。話さないとわからないことだ。
<188> モハメッド ■2004年09月10日 金曜日 20時30分21秒
「ヘクソカズラ日記」

 先日の台風による強風でヘクソカズラの白い花は吹き飛ばされてその根元に青い実をつけている。早いものは茶色に変色して硬い実となっている。
 ヘクソカズラが寄生(巻きついている)している榊(さかきによく似ているがちがう)の葉も随分おちてその幹の根元をみると、ヘクソカズラの蔦が二本まるで大きな蛇の胴体のようにまるまると成長して榊(?)に絡み付いているのである。

 榊(?)は4mぐらいの高さで小枝を四方に伸ばしている。その先に熟すと黒くなる小さい実をたくさん突き出している。その小枝の隙間からヘクソカズラの実がまるでブドウの房のようにたくさんの実をつけてぶらさがっているのである。

 花に群がる昆虫の観察に余念がなかったのだが、花の数の3倍ぐらいに実が多いのではないかと錯覚する。
 そしてその見事さは榊(?)からさらに隣の柿ノ木の枝の一部に絡まりついて、さらに上の方へと伸びて。。。つまり6メートルぐらいの高さから投網を広げたようにヘクソカズラの実が鈴なりになっているのである。

 今年は柿木の実が成らない年なので、野鳥の餌が不足するだろうなと思っていたのだが、昨年からヘクソカズラは想像を越えて成長しつづけているようだ。
 一昨年ジャングルの持ち主が柿木の枝が横に張り出しすぎて近所迷惑なので、幹を半分以上間伐したことがヘクソカズラの成育に良かったのだろう。
 この勢いで伸び続けると、枝をつたって柿ノ木の枝という枝に絡み付いて、今度は下方に伸びていくだろう。屋根をつたうとあっという間に2~3軒の家を覆い隠すだろう。
 なぜならば、そこまでは空家になっているからである。ベランダを這えばあっというまだろう。
 秋から来年にかけてどうなるか楽しみである。
<187> モハメッド ■2004年09月08日 水曜日 01時38分27秒
「夜中の騒音」

 平屋建ての屋根の瓦を葺き替えたのは昨年のことである。見違えるほどきれいになった。夏の太陽の光を白く輝かせて私の窓辺をさらに明るくしてくれる。
北隣の隣家は小さな印刷所でもある。最近は仕事がないようで静かな日々が続いている。
 ところが今夜のような台風の強風が吹き荒れるときは、なんともうるさくもの悲しい音がして眠れないのである。
 葺き替えた瓦の側壁に用のわからぬトタン板をずらりと打ち付けているのだが、そのうちの端の40センチ四方のトタンの一部が風ではがれて、強風にあおられてヒューピラピラヒューぺコン。ポコン。ヒューーラララァァァ。ペコンペコンペコン。。。。。。はがれたトタンの音はもの悲しく貧相である。
 このトタンを放置したまま気にもかけない住人の無神経は誰でも想像できるだろう。
 ところが不幸はひとつだけではない。必ず重複しているところに被害者は不幸や不運を感ずるのである。
 平屋の印刷所の東隣の塀はトタンをはりつけてある。かなりの年代物で赤さびて崩壊している。崩壊しているから残っているところはしっかりと木枠にとどまっているのだが、一部だけぶらさがっているところがるようだ、これがちょっとの風でキイキイキイとうるさいのに今夜の台風のように強風と土砂降りが重なると、人知をこえた騒音となっている。
 さびた雨どいには南天の木が40センチほどまで成長している。雨どいを目で追っていくと印刷所と接する猫の額ほどの畑になっている。栽培している気配はないのだが何故かネギが数本伸びている。
 この畑がどうも戦後の食料不足のころに作られてそのまま現代に至るらしいのだ。
 住人は独身の50代と思われる男兄弟二人。私の文章で住人の性格は垣間見ることはできるだろうか?

 もう少し書き込むとこの文章の先は恐ろしいことを表現しなくてはならないのだが、。。。。私の文章力では不可能なほどおそろしいことです。この世のものとはおもえません。

 そんなこんなで台風のときは騒音で眠れないときもあるのですが、隣人に注意できないまま今日に至っています。

。。。。。。。恐ろしい話は、私が眠れるようになったときにお話をしましょう。。。ツヅク。 
<186> きりん ■2004年09月01日 水曜日 10時16分15秒
カウンセリングで 気付いた事。。。
一番の原因は 父だと 思っていたけど本当の原因は 夫婦仲から感じる冷たさ・・チャイルドが悲しんでいる事に気付いた。。。

箱庭療法の人形とか 使った。。。私と親と向き合わせると 何もしゃべれない。。。だから 間にティッシュの箱や大きな木とか 置いて相手が見えなくなって 唯一私の味方の夫を後ろに置いて そうしたら冷静に戻れた。。。

人形を見ながら 父と母はどんな会話してるんだろう?
とにかく くら~ぃ。前に 実家から帰って来る時 交通費って出されたお金 絶対もらわなかった・・それは 私は私でやっていけるって意地があったからいつも断ってきた。一回だけ ちょうど欲しい物があったから 一回だけもらってしまった事がある。その後、母が「生活に困っているのかと思った」って後日電話で言って来た。。家族で旅行した後も 行く前に「またそんな贅沢をして!」って言われたから 帰って来ても 電話しづらくてしなかっただけなのに しばらくして「旅行でお金使いすぎて 夫婦ゲンカばっかりしてて電話くれないのかと思った」とか そんな調子で 心配してるんだか どーやったら そんな解釈になるの?って。そーか そんなに私のこと信用・信頼できないんだ・・・って。もう 二人の子供を育ててる 母親なのに そんな風にしか私のこと 評価できない人たちなんだって あきらめたと言うか 見切りつけた。。。
母は 余計な事を言う。。。そんな風にお父さんが言ってた・・とか 姉がこんな風に言ってたとか 言われたこっちがどんな思いするのか 何も考えないで なんでも言ってしまう。。。って わざとなのかな・・?
なんか 両親二人で そーやって マイナスになることばっかり 話しているんだろうな。。。って 箱庭の人形を眺めて そんな事考えた。。。

過去には 父の暴力やモラルハラスメントみたいな 暴言はたくさんあって いけないのは父。途中から 暴力は減ったけど 誰かを ケチョンケチョンにけなすのは 変わらなかった。

で、最近 私のことを心配してると言いながら 私のことで いらいらしてるって、それについて 考えてみた。。。
その前に 私と 母と父と 客観的に 眺めてみたら 今の状態の私のことを いらいらしてる母のほうがおかしいって 気付けた事は 気持ちが楽になる材料になった。母は 誰かを愛するって 機能を持ち合わせていない人。誰かに 愛されたり 持ち上げてもらったり・・そうして注目浴びたりする事 大好き 生きるチカラになっているんじゃないかな・・・そんな人だから 今だって 私は育ててきたんだから 今度はあなた達に 大事にされて当たり前・・って思っているんじゃないかな?だから私が こんな状態でも 自分の何かを満たしてもらう事も出来ず(私からの愛情?)逆に トラブル起こしてるから 気に入らないんだよね。。だから イライラしているんだよね。。。
父もその気持ちをなだめてやる事が出来ない。で 私に 困ってるってかんじで 伝えてくる・・・。

父は 母に対して 甘えてきた。。甘えさせてもらう為の妻の存在。
母は 妻って場所に座っている事 お雛様が当たり前に座っているように あの場所にいなければないらない・・って 執着してたと思う。。。体裁のために。。。
どー考えても 愛情とかそんな事では繋がっていなかった筈。依存ちっくな感じ。父だって 良くない事知ってて 母に 甘えていたんだと思う。。。ヘンな関係なんだ。。。父も母も 実はココロは子供で お互い 依存しあって 生きてきたのかもしれない・・って 思った。うん!子供だと思う。。。
実は 愛情って無かった。。。冷たい関係だって 気付いてしまった。そしたら チャイルドがそれの事を 悲しんでいるって解かった。。。

親が子供だったから 私の子供時代は 大きな親に守られているとか 愛されているとか 安心してるとか そう言う感覚なかったんだ。だから 今でも バランス守りながら 平均台とか綱渡りとか ギリギリなそんな感覚ってある。

親を私の視点で 色んな風に感じてみたら 私よりも ちっちゃいって 解かった。可哀想とか もしかしたら 解かりやすく 説明しちゃうかもしれない。
親自身のこと・・なんちゃって イヤだ!関わりたくない!
<185> モハメッド ■2004年08月30日 月曜日 02時53分55秒
「プロ野球問題について」

 私はプロ野球ファンですが、野球中継は観なくななりました。面白くないゲームが多いからです。
 ある球団だと先発ピッチャーが不足していて戦力バランスが崩れて、9インニング戦うことで精一杯のゲームが増えているようだ。
 勝負はやる前からわかっているのだ。
このような自体を招いたのは、プロ野球の最高権威であるコミッショナーが何もしてこなかったからだ。
 プロ野球の将来を見据えた改革を何一つしてこなかったからだ。
現在のコミッショナーの根来さんは、「私には何の力もないんですよ」と語ったように、読売・渡辺恒夫元オーナーの意向でその座にいるだけの人でしかないのだ。

 この根来さんが某新聞社の論説主幹だったらしい。会社人間なのである。特に新聞社で出世していく人間なんか、ろくでもない人間であるだろう。
 ブッシュやブレアはろくでもない人間です。と公言して政治権力を奪取しているわけだけど。ろくでもない国家を運営するには最適の人たちなんですね。
 このような人たちを、新聞社はいかにごまかし、言葉を捏造し、政治のリーダーとして持ち上げ、お茶を濁す程度の批判を遠まわしに言って。世論の目を既成の事実の前に、いかに真実からはぐらかすか。これが新聞社で出世するための大原則であって、出世する人ほど人格見識はあてにできないのです。
 だから、渡恒夫は新聞社の退職サラリーマンにコミショナーの座を提供するのです。
 今後プロ野球コミッショナーは最高裁裁判所を退官した法曹界の人が継続的に就任していけば、問題はもう少し改善していくでしょう。

 余談になりますが、ならず者のブッシュやブレアが政治権力を握ることを望む国民国家の人たちと、フイリピンのアロヨ大統領やインドネシアのメガワティ大統領を選択する国民は、ならず者を国家の代表に選びたくは無いのだと思います。
 私のかってな思いですが、インドネシアやフイリピンはお金が無くても自然が豊かだから餓死の心配はないでしょうが、近代国家システムを作り上げた先進国の国民はお金がないと、衣食住を失いますから、確実に餓死の危険率はたかくなるとおもいます。
 
<184> モハメッド ■2004年08月22日 日曜日 23時54分12秒
「ヘクソカズラ日記」

 この時期になってクマバチの大きいのや小さいのが5~6匹せっせと花の蜜を吸っている。クマバチは体の割りに停止飛行がうまい。だから小さな花でも安定して蜜を吸えるようだ。
 これがハラナガツチバチ?だと体長が長いのでヘクソカズラの花にうまく止まることができずバランスを崩して蜜を吸えないようだ。
 ハエ・蚊・あぶ(数種類)・チョウチョ・蛾などがきている。
私は数種類のハチの巣がどこにあるのか捜しているのだが、一種類のハチの巣は確認している。巣作りは3分の1できあがっている。無事完成できるだろうか?残りのハチは見当がつかない。北に向かっているのは確認しているが巣はわからない。
 おそらく、寺院か墓地ではないかと見当はしているが、入れないのでわからないままだ。
 これだけ住宅が密集しているところでたくさんのハチが生息していることに驚くばかりだ。
 ヘクソカズラも繁殖するとこれだけの昆虫や野鳥の餌を提供することができるのだ。いろいろな発見ができて面白い。
<183> 真名 ■2004年08月21日 土曜日 09時37分00秒
 きみのことを抱きしめていたら、やさしいきもちになった。きみは驚かなかった。少し戸惑ったけれど。
 わたしの、意味することが、きみにはわかるんだ。だからきみは驚かない。わたしは君の気持ちがわかる。情熱的な気持ちだけが、すべてではないと。しっているんだ。どこかで気づいていたんだ。言葉にしなかっただけなんだ。
 わたしのほうだって、言葉にしなかったんだ。言葉にできなかったんだ。ただこうしていると、きみもわたしもひとつなんだってことがわかる。
<182> モハメッド ■2004年08月15日 日曜日 20時35分36秒
「ヘクソカズラ日記」

 お盆から日々陽射しが弱くなってきている。雨が続いたせいもあるだろう。
無人の隣家のジャングルを支配するヘクソカズラも日々勢いをとりもどしている。
 青い実をたわわに実らせながら、ツタの先はまだ伸び続けている。
つぼみは次々と花を咲かせている。近所の公園や空き地や緑地帯に咲くヘクソカズラも観察しているが、花の大きさ長さが2・5倍の差がある。実の量、規模は圧倒的な差があり、別種のものかと思うほどである。
 ハチ類がひっきりなしに蜜を求めてやってくる、クマバチは今では3匹に増え、花を根こそぎもぎとるかのように抱きついて蜜を吸っている。
 散っては咲き散っては咲きのくり返しに、見ていて飽きない。
以前はてんとう虫が大量に飛び回っていたのだが、花の手入れをする者がいなくなって全滅したようだ。
 旺盛な植物が競うように伸びきり地は見えなかったのだが、お盆頃を境に枯れる植物もあり、今は陽射しが届くところが表れてきている。
 私は観葉植物にあまり興味は無い。人工的なものはすぐに飽きる。
これが雑木林だと一年中その姿を変化しつつ、野鳥や昆虫や小動物の生きる場所を提供している。
 手入れをされない美しさはすごいと思う。
こんな場所が都会にあるだろうか?
<181> 花 ■2004年08月15日 日曜日 09時52分26秒
もう、日曜なんだね、はやすぎだよ。こんなふうにうまれついてしまった。ひどいよ。月みたいになったみたいにとおくからみてる。一生追いつかない。それでいいのか、手のひらサイズの月をてにいれてしまえば、きっと永遠に宇宙人。いつもいつも、寂しい。満たされたことなかったなぁ。何もない不安。何かある不安。月が消えたらどうしよう。古代の人じゃあるまいし。侵食だっけ、何だよ。もしかして、こうしてるのは、巻き込まれたくないから。お母さんと仲良くするとおねえちゃんが荒れる気がする。私がコントロールされてたのか、お母さんの味方になった時。荒れてた。家にいないときは良かったのに。いちばん楽しかったのに。早く遠くで暮らしたいよ。月みたいに一定の距離でいたら。ぶたれることはないのに。それだけでひとはきずつくんだね。人はいろんなことできずつくんなだ。たかが2、3回の事。だいきらいよ。あんなやつら。といれのドアにあなあけて物なげまくって。ふーんそれがなに?巻き込まれたくなくて黙ってるのに苦しいんですけど。気持ち悪いんですけど。声を聞くだけでめまいそうになるんですけど。それだけ狭くなる。受け入れず楽なる。どうでもいい世となってみる。おそついてるんじゃないよ。たのしみかたがわからない。何やってたってじゃまするんだから。小さい頃ありをころした。いきたままつかまえたかったのにころしてしまっていた。ありになったらどうしよう。

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This script written by Shintaro Wakayama.