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私たちの物語 - 食物・ボディイメージ・過去ログ No.3
メッセージ数:60件

<60> Kitten ■2004年02月27日 金曜日 01時46分16秒
自分を毎日違って感じる。細い、太い、かわいい、ブス、しんどそう、楽しそう、ころころ変わる。

 鏡の中の自分を見て思う。
『あなたはいったい誰???私と言う名の物体?』

まだ小さい子供のような気分でいる。見た目は大人の自分を受け入れたくないの?
ずっとずっと誰かに守られたまま責任も持たなくていいちっちゃな子でいたいよ!
<59> マリ ■2004年02月26日 木曜日 15時52分41秒
 すごく緊張してしまう事があった。
私は逃げた。
バカみたいだなって思ったけれど足は必死だったしとにかく逃げた。
会いたくなかったんだよ。
こんなのばっかりだ。
前より太ったから?それとも仕事しないで宙ぶらりんな奴だから?それとも
適当な格好してたからだろうか。
私はきっと前みたく痩せてしまっても逃げるんだろう、きっと。
そしていつも彼女や他の誰かに嫉妬したり劣等感を抱いたり。
弱いなあ。
私はどんなでも私でしかない。
解ってるんだけど怖いんだな。
でも食べ物には頼りたくない。
今日のところはとりあえずこの気持ちを飲み込んでみよう。
<58> ノラネコ ■2004年02月26日 木曜日 10時47分49秒
別に過食するわけでもなく、拒食症でもない。
でも、私はどんなに具合が悪くても、ご飯を食べずにはいられない。
今胃炎が結構ひどくて、胃薬をもらっている。
胃が痛いにも関わらず、何か食べずにいられない。
たくさんじゃないし、吐かないけど、何か食べないといられないんだ。
しかも体に悪そうな、脂っこいものとか、辛い刺激物とか。「見た目にすごくおいしそう」なものが食べたくなる。
昔、唯一満たされたのがご飯を食べる時だったからかもしれない。

昔、生活が苦しくて家にお米がなくなって、歩いてすぐのところあった親戚の家に、お米をもらってくるよう母から「おつかい」を頼まれた。
五百円玉を持って叔母のところにお米をもらいに行ったら叔母にものすごい形相で怒られた。
「お米くらい、お金なんか払わなくたってあげるわよ!」
叔母がどんな気持ちでそれを言ったのかは分からない。
ただ、自分がものすごい悪い事をした気分になって、泣きそうになりながら帰った。
母にその事を報告すると、お米と五百円を無言で受け取って、私の方を見ようとしなかった。
母も辛かったのかもしれない。今なら分かる。
でも、理由も分からず、直接叔母の攻撃を受けた私は、その辛さをどこに向けていいか分からなかった。

それから少し経って、小学校の道徳の時間かなにかで、戦時中の話を読んだ。
二人の姉妹が農家の親戚の家まで行って、お米をもらってくる話。当時は食料も配給制で、それ以外の手段で食べ物を手に入れるとすると、物々交換しかなかったらしい。物々交換で手に入れたそのお米は、二人が川を渡っている途中で転んで、背負っていた袋が破け、川にほとんど流れてしまったと書いてあった。
その話を読んだ時の侘しさと、叔母にお米をもらいに行った時侘しさは、妙に似ていて、涙を堪えるのに必死だった。

私が、「何があっても食べる」という強迫観念にも似た思いは、もしかしたらそこから来ているのかもしれないと思うようになった。
<57> ayako ■2004年02月25日 水曜日 23時31分46秒
イライラする。どうしょうもなく・・生理前だからなのか?それともストレスなのか?昨日眠れなくてぬいぐるみを抱いて寝た。私寂しいんだって気づく。
仕事帰りに買ったシェイクにストローがついてなかった。無償に腹が立った。
シェイクをごみ箱に投げ捨てた。もう飲みたくもない。
<56> NAC NAC ■2004年02月20日 金曜日 12時47分54秒
今日の朝食に私は「トマト」を一切れ食べた。
一瞬私は「トマトって確か体冷えるんだったよなぁ」と、どこかのスポーツコーチの言葉を思い出したが、「まっいいか」と食べてしまった。
そして不幸は訪れた。
1時間後私のお腹はぐるぐる状態で、私は「ぬぉぉぉぉぉ」と肛門に力を入れて「決壊」を防いでいた。(お食事中の人はごめんなちゃい)
幸い私はお漏らしにはならなかったが、そこそこヤバイ状況だった。
そんな私は「くそー人の言うことは素直に聴くんだった」と一人トイレで愚痴ていた。
そして教訓。
次回から私はトマトを食べるときはそこそこ暖かいときにしよう。
スポーツ前は絶対だめだ。
お腹に優しくなくちゃね、と。
<55> 衿 ■2004年02月15日 日曜日 20時49分42秒
生理前は、過食になる。
ご飯はそんなに食べなくても、お菓子を沢山食べてしまう。
おなかがすいてなくても、口さみしい。苛々する、泣きたくなる。
でも、いつも我慢してるんだから、このときくらいは、自分を許すことにしている。
たまには思う存分食べないと。
<54> ayako ■2004年02月15日 日曜日 00時59分44秒
ご飯って不思議とゆっくり食べた事ない。いつも父が私を睨んでたから、美味しいと思った事もない。実際母のご飯は最悪にまずかった。自分が早食いだって気が付いたのは社会に出て他人に指摘されてから・・。気を付けて食べてるときは味がわかる、気を抜くとすぐ味もわからなくなる。この前「食べ物と戦ってるみたい」って言われて気が付いた。私は食事が嫌いだ。必要以上食事はしたくない。誰かと食事しないと寂しい?そうかな?一人の方が気楽に食べられる。好意を持った男の前では食事できない。早食いだから恥ずかしい・・。自分の体の気にいらない部分は直したいと思う。でも思いドウリに行かないのが当たり前。胸もお尻も上げたい。
決してたれてはいない、けどあげたい・・。本当は顔も直したいけど自分の思いドウリにならないからやめとく・・。
<53> りりー ■2004年02月12日 木曜日 21時45分22秒
幼稚園の頃夕食時によく父親が怒り出して箸や茶碗やら投げつけてたし、
父親が家を出て行ってからは、ご飯は食べたいときに食べてたから
家族でいたのに、いつも一人で食べていた。
行儀が悪くても叱られたことなかったし、
残しても何も言われなかった。一人暮しをしてから、好き嫌いがほとんどなくなった。母親は好き嫌いが多くて良く食べ残しをしていたことは子供の頃はわからなかった。
ただ、箸の持ち方はちゃんと教えてくれてたら、恥ずかしい思いをしなくても良かったかな。(これは自分の責任かもしれないけど)
出てくる料理はほとんどマズかった。日によって味が違うし、美味しくないと言えば「じゃあ食べるな」と片付けられた。だから隠して捨てたこともある。

空腹を満たせば良いと思っていたし、自分で作ったものもまずかった。
美味しいものを作る努力をする気力がなかったから、
本を見て、ちゃんと下ごしらえして調味料を計って作れば、店で食べるような物が家でも食べられると知ったのは数年前。
家族の味ではない自分の味付けができるようになりつつある。
たまに驚くくらい美味しいのができると、誰かに食べてもらいたいなぁ、と思う。
美味しいね。って言ってもらいたい。
週に一回実家に帰ってご飯を作るときは、仕事感覚。
それでも美味しいと言われると嬉しいけど、
こうして欲しかったのよ。って心の中で母と祖母を責めてる。
<52> NAC NAC ■2004年02月12日 木曜日 13時13分41秒
牛丼大手でもついに販売が終了した。
金曜の夜のニュースで「明日の朝一ならまだ食えるだろう」と高をくくっていた私は、土曜の朝6時に「朝飯食わずに」家を出てR16を埼玉方面に向かったが、道中4店舗とも既に終了していた。
思わず「しまったー」である。
自分の「見通しの甘さ」を痛感してしまった。
「こんなことなら先週食った『大盛り』をもう少し味わって食うんだった」
「時既に遅し」である。
「自分の考えているようなことは既に皆が、皆も考えている」ということでもある。
「人より先に行動する」
今回の私はそれが足りなかったということだ。
残念無念である。

というわけで、「豚丼」でも食いに行こうかなぁ。
Aさんと。
ブヒヒヒヒ。
<51> NAC NAC ■2004年02月10日 火曜日 12時56分54秒
なんかさぁ〜またピザ(食い放題)食いたくなってきちゃった。
食後「2度と食うもんか」と思うのにさぁ。
その原因は以前書き込みしたのに、いったいなんでかね?
「チーズで腹が膨れる」
あの感覚が、私は大好きなのは認めるけれどもねぇ・・・
「あの値段で美味かったら!」
問題はなんにもないんだけどね。
そう苦悩しつつも来週中までには、再び「まっずー」を経験してしまうであろう。
ほんと食欲には?勝てない私である。
チャンチャン。
<50> えり ■2004年02月08日 日曜日 00時18分25秒
私は、自分を醜い、と思っていた。
小さいころから、ずっと太っていることが、コンプレックスだった。
さらに、私の下には2人妹がいて、その2人はとても女の子らしく可愛くて、特に上の妹は、ハッキリとした顔立ちで外国人のようだったので、近所の大人の人たちも「キューピーちゃんみたいねえ」と誉めていた。
そんな2人と比べて、私は髪の毛もクセ毛でもじゃもじゃ、体はぼってりと太っている。「似てないのねえ」大人たちの何気ない言葉が、いつもぐっさりと胸に刺さった。
「可愛い妹と似てない」=「あたしは醜い」という図式が、小さい頃に、すでにあたしの中に出来上がっていた。
裁縫の得意な母は、2人にはお揃いで洋服を作ってくれていたけど、あたしだけ違うデザインの洋服。
年があたしだけ離れていたせいかもしれないけど、「あたしは区別されている」んだと感じた。

自称オシャレさんだった母は、私に失望していたのかもしれない。
あたしは、母に「可愛い」といわれたことがない。
「太ってるからこそお洒落しなさい」「化粧した方がしないよりマシよ」
思春期になっても、食べてばかりで女の子らしく身を飾ることをしないあたしをそうやって非難した。
休日に無理やり服屋に連れて行かれて、新しい服を買ってくれていたけど、サイズなんかあるわけない。
いつも、試着室で惨めな思いをするだけだった。
あたしが着られる服がないと分かると、途端に母の機嫌が悪くなる。帰りは必ず「あんたもうちょっと痩せなさいね」それも嫌で仕方なかった。
「どうせ気を使ったって可愛くなんかなれないんだ」いじけた私は、一切スキンケアもせず、髪の毛もボサボサのままで、日ごとにキラキラと可愛くなっていく妹達を横目で眺めていた。

そして、母はそんなことを言うくせに、おやつは山ほど買いこんで、夕食はあたしの好物を沢山作って、あたしをますます太らせた。
「いらない」と言うと怒るから、全部食べた。
妹達は、ダイエットを気にして夕食を食べないこともあったから、あたしが食べないと、母の料理は無駄になってしまう。
成長期ということもあり、食欲はどんどんと旺盛になっていった。
家に帰ったらすぐに母が用意しているおやつを平らげ、夕飯までにはパンもかじり、夕飯はボリュームたっぷりの夕食。毎日ご飯山盛り三杯は食べていた。
それでも足りず、父の皿を物欲しそうに見ていたら、父は「まだ食べたいのか」と苦笑いしながらあたしに自分の皿のおかずをくれた。
食べても食べても満たされなかった。
学校では「カバ」「デブ」といじめられ、男子はあたしをバイ菌扱いして罵った。
痩せたい。痩せたらみんないじめなくなる。全部うまくいくようになる。そう思っていた。
それでも食べることはやめられなかった。

やがて、高校に入る頃には、あたしの体重は72キロになっていた。
さすがにマズい、と自分でも気づき、ダイエットを決意した。
でも、母はあたしがダイエットをするといっても取り合ってくれないに違いない。
食べたものは、全部吐くことにした。
毎朝、手を喉に突っ込んで、トイレで吐いてから登校。夕食も、こっそりトイレで吐いた。半年で7キロ痩せた。
それでもまだ太ってることには変わりない。もともと太ってたから、誰も痩せたなんて気づいてくれなかったけど、嬉しかった。
それから、さらに6年。
あたしは、どうにかこうにか、最高時より、12キロの脂肪を脱ぎ捨てることができた。

それでも、自分が醜いという呪縛から逃れられない。
中学の時の男子の、蔑んだ目が忘れられない。
「嫌われ者は家へ帰れ!」ととんできた声が、今でも頭に響く。
出会い系サイトを利用したときも、相手はあたしを見てすごく失望した顔をした。
コンパに出たときも、あたしは相手にしてもらえなかった。
世の中って見た目なんだ・・・。そう痛感した。
「たまたまだよ」「そんなことないって」
友人達はそう言ってくれたけど、あたしは信じなかった。
そう思わざるを得なかったのは、母と妹の会話を毎日聞いていたからだ。
「●●ちゃんてダサいよね」「あの子、すごいデブ」
母と妹は、そんな風に、近所の子やクラスメートを毎日嘲っていた。
学校でも評判の美少女になっていた上の妹は「あたし、可愛い子としか友達にならない」
と公言するほどだった。家では、「見た目が全てだ」という考えで支配されていた。
あたしも、陰ではこういわれてるんだろうな。家族の会話を聞いていて、ため息をつくだけだった。


ずっと変わりたくてしかたなかったあたしは、ダイエットに成功してから、お洒落や化粧にすごく気を使いはじめた。本当はずっとずっと興味だけはあったのだ。
面白いように沢山の服を着ることができたし、お化粧だって楽しくなった。
髪の毛も、縮毛矯正して、まっすぐサラサラにした。
そんな私を、会社の人や友人は「可愛くなったね」「痩せて綺麗になったね」とすごく誉めてくれた。
でも、母は、一言も私にそんなことを言ってくれない。
正月に会ったときも、私の服や化粧について何も言及してくれなかった。
言うとすれば「太った?」くらいのものだろう。
上の妹には「その服いいね」なんて言ってるのに。
家族が集まるといつもこうだ。
私はどんなに頑張っても、この人達にとっては「イケてない」んだろう。
美容師をしている下の妹には、ファンデーションについてダメ出しを喰らってしまった。
2人で私のメイク道具をチェックして、いちいち馬鹿にしたようにしている。
下の妹が、私にメイクをしてくれて、母は「そのメイクの方がいい」なんて言ってたけど、腹立たしくって仕方なかった。
この人たちの中では、私は昔の、さえない私のままなんだ。
そう思うと、家族に会うのはすごくしんどい。
否定しかしないもの。そういうつもりじゃないって言われたらそれまでだけど、すごくいたたまれなくなる。だから、家族の元へ行くのは好きじゃないんだ。
あたしだって、会社では服のセンスいいねって言われてるんだよ。あなたたちと服の好みが違うだけなのに、なんでそんな否定的な顔するの?

「もうあたしは昔のデブでブサイクなあたしじゃない」
そう思うのに、長い間しみついた劣等感は、拭い去ることができない。
洋服屋に行っても、しばらくは「あたしが着られるサイズなんかないんじゃないか」とおびえてばかりいた。
また太るのが怖いから、昼食は小さなお弁当箱。夕食は野菜スープ。
時々は外食もするけど、食べたあと、罪悪感が残るから、あまりしないようにしている。ちゃんとコントロールしないと、あっと言う間にデブまっしぐらだ。
肌の手入れだって、毎日しないと荒れてしまう。髪の毛だって、高いお金かけて縮毛してるんだから、ケアしてあげないと。
ちゃんと。ちゃんと。ちゃんとしないと。
どこまでちゃんとすればいいのかな、と時々思う。手入れが嫌いなわけではないけど、無性にうんざりすることだってある。

鏡を見て、「あたしはもう醜くなんかない、あたしはもうデブなんかじゃない」
と言い聞かせないと気がすまない。
そうしないと、胸を張って外を歩けないのだ。
魔法が解けて、またもとの姿に戻ったらどうしよう。怖くて仕方ないときがある。
電車の中で、誰かが笑ってると、自分のことをバカにしてるんじゃないか、とビクビクしてしまう。
太ってる頃、他人の視線が怖くて、見知らぬ男子高校生の集団におびえて逃げ出していたときのように。

今のあたししか知らない人達は、あたしが醜く太っていたら、相手にしてくれていたろうか?
女の子は変わらなく接してくれるかもしれない。けど、男は?
あたしが太ってたら一緒に居てくれた?
声かけてくれた?
優しくしてくれた?
Hしたいなんて思ってくれた?

「見た目じゃないよ」って言ってくれた人もいるけど、あたしはそれが信じられなくて「今のあたしよりすごく太ってても?あなたは、普通体型の女の子だったら気にしないってだけで、極端に太ってたり、ダサかったらダメなんじゃないの?」って食ってかかって困らせたこともあった。
気になる人にメールを送って、返事がこなかった時は「やっぱりあたし、ブサイクだからかなあ・・・・」なんてすごく落ち込んだ。

実際、今のあたしになってから、男の人が言い寄ってくる機会が増えた。
そのたびに、あたしは心の中で大笑いする。
ほら、やっぱりね、男の人は見た目で測ってるんだ。
「中身重視」なんて建前じゃないか。
「一緒にいてホッとするとこがいいなって思って」
なんて、あたしのことを知りもしないくせに。

それでもあたしは、毎日手入れを欠かさない。
やっと手にいれた、「回りが認めてくれる自分」「可愛いって言ってもらえる自分」は手放したくないのだ。この器は何があっても維持しないといけない。
中身が何もないからっぽでも、器さえしっかりしていれば相手にしてもらえるんだから。


<49> maRi ■2004年02月07日 土曜日 12時43分21秒
 お昼過ぎ、 母が帰ってきたとき買い物袋を持った音がしなかったので私はつまらなかった。でも同時にほっとした。朝からお菓子を食べ過ぎておなかはもう十分重かったからだ。こういうとき頭だけ少しまだ興奮していて無意識に食べ物を探している。もうここからはカロリーもGI値も脂質も、頭の端っこでちっちゃくなっているから恐ろしい。
 でも実際、母親は買い物をしていた。クルミとレーズンのパンとヨーグルト。たったそれだけの慎ましい買い物袋。私は少し躊躇する。さっき内心ほっとして助かったのにまた食べるのか。
 「また母親は困惑した顔をするだろう。」「昨日買ったばかりのジーパンはローウエストじゃなくて。だから私のむくんだ脚はもっと短くみえるんだろうな。」「来週はいい加減面接の一つでも受けないと。」
 台所に行く。朝もお菓子を食べすぎた、と母に言う。案の定の困惑顔。私は母親に同情してほしかったのか。それともまだこんなにたくさん食べる醜い姿で威圧したかったのか。きっと両方だ。
 結局、パンを3つ食べる。当然美味しくもなんともない。一口め、口に入れる瞬間からもう後悔しているというのに。なぜその手を止められない?4つ目が食べたくなる。というか食べたくない。でも食べなきゃいられないという感情が襲う。再び、台所へ。後ろめたさのある食事は全部ひとりで。母親はやっぱりまた、という雰囲気だ。もうここまできたら私もかまわなくなる。幼い子供のまんまである。
 4つ目を口に入れた瞬間、嫌な声と足音の気配がした。父親が帰ってきたのだった。反射的に吐き出した。こんな事が時々ある。食べているところを誰かに見られるのが本当に嫌だ。そのなかでも父親は最強なのである。

 
 
 
<48> NAC NAC ■2004年02月03日 火曜日 17時26分24秒
今日私は、朝から糞親父に一発かまされたので、今でも自分の大切なインナーチャイルドが「ぐすんぐすん」している。
その子どもの恨み・憎しみは「父親」に書いたので、ここでは省略する。
私がここに書き込んだのは、
今日の昼、私は無性にお菓子が食いたかった。
最初「なぜか?」自分はわからなかったが、すぐ「あぁ!自分のインナーチャイルドが泣いた影響もあって、お菓子を欲しがっている(親に甘えたがっている)んだなぁ」
と、私は置き換えできた。
だから私は昼飯の捕食として「ポテトチップス」を1袋買って食べた。
妙に寂しい食事だった。
「こういう辛さを、この子はずっと経験してきたんだな」と思ったら、涙腺が緩んだ。
「子どもに寂しさしか与えられない親」
そんな親には私はなりたくない。
その意思だけは強固だ。
<47> シャローナ ■2004年02月03日 火曜日 01時08分59秒
私は自分の顔に自信がない。人に見られると恥を感じてしまう。
私はあまり化粧をしないのだが、別に素顔に自信があるわけではない
化粧には興味はあるのだがいつも躊躇してしまう
化粧をすると顔が緊張してしまう。
とくに口元は緊張するので口紅をつけるのが好きではない
なんでなんだろうと思っていたら私は自分の口元について小学校の頃に同級生にきもちわるいと言われたことがある
それがトラウマになっているんだろうと思った
だから口紅を塗ると口元が人目についてしまいまた気持ち悪いといわれるのではないかと無意識に緊張してしまうのではないかと思った
今まで気がつかなかったけどもこんなにもトラウマって長く続くのかと驚いている。
あの当時の私はショックを受けていたと思うが私は感情が出てこないのできっと受けたままなんだろう。
子供って残酷だし。子供ってとても傷つくし。
まだあのときの感情は味わえないけども、自分を好きになりたい
<46> WINNIE ■2004年01月28日 水曜日 01時06分03秒
何かお菓子を食べたいけど、
夜中なので買いに行けない。

最近の私は、年のせいもあるのか、もっと若い頃よりは、
がばがば食べれなくなった。それなりに食べてきて、
最近は運動もしないで消化できる量に、
限度があるのがわかってきたところもある。
自己嘔吐できないし。

たくさんじゃなくていい、おいしいパイと、
おいしい紅茶で、自分を慰めたい。

「心のこもった」というのとは、まったく反対のものと向きあって、
とげとげした心を、せめておいしいものであたためたい。
今は、それぐらいしか、方法がないの。
<45> NAC NAC ■2004年01月27日 火曜日 22時04分21秒
今日の私のお昼は、私好例月1の「Sキーズのピザ食い放題」だった。
自分でピザも焼けずに文句を言うのもなんだが、780円(税別)で食い放題だから、味はそれなりだ。
いつも食いながら「なんでこんな美味くないもの(作っている人ごめんなさい)を私は食っているのだろう?」と矛盾を感じながら、自分はパクついている。
「もう食うもんか!」と自分で毎回思っても、1月したら自分は「また食いたい」になってしまう。
なんでだろう?
「嗜癖」に近いものがある。
それは私の考え過ぎか?
「嗜癖」で言うなら、「自分でわかっているのに、懲りずに何度も繰り返す」「自分を破滅に追い込むまで、とことん繰り返す」
だから「嗜癖」なのだ。
その根っこはいったい何だろう?
今の私の想像の選択肢は「寂しさ」しかない。
「自分で向き合えなかった強烈な寂しさ」以外には、私は考えられない。
自分で向き合えないから「闇」であり、無意識に自分で「闇を増幅」させてしまうのであろう。
怖い。
だから「嗜癖」なのだ。
私は「嗜癖」を恐れる。
なぜなら自分自身が「強烈な嗜癖」を隠し持っているからだ。
その気付きにくい「嗜癖」を自分でどうコントロールするか?で、「自分の、ACの、言動が決まってしまう」と言っても、私には過言ではない。
それだけ「嗜癖」は自分では気が付き難いし、コントロールし辛いのだ。
自分の奥深い心の中で「暴れ馬を調教する」ようなものである。
それを無意識ではやり辛いから、私は自虐的にでも自分の傷を引っ掻いて、自分の意識の上でできるだけ、自分の嗜癖を手懐けようとしているのだ。
私が「自分にとってはあまり美味しくない」と、自分でわかっているのにも拘わらず、相変わらず自分で同じことを周期的に繰り返すのは何故か?
今の私が思うのはこうだ。
高校のときの仲の良い友達同士(今でも私は何人かは付き合いがあって、昨年その仲の一人の結婚式にも呼ばれた)で食べた感覚、「楽しかった思い出」を自分は忘れられなくて(当然だ)、そうした思い出を、自分の無意識のところで「もう一度繰り返そう、私は昔に戻りたい」という意識が働いて、こうして意識上の私を無意識に?、「あまり美味くないピザ屋」へと、定期的に足を運ばせるのであろう。
早い話、「高校のときの、自分の本当の感情をもう一度深く掘り起こしてくれ!」
という、私のインナーチャイルドからのサインなのであろう。
確かに私は思い出したくない。
苛められこそしなかった(私は柔道部だった)が、私の感情は死んでいた。
明らかに機能していなかった。
それだけははっきりしている。
あの頃の自分の奥底はいったい何を感じていたのだろう?
自分で自分の感情に、記憶に入っていきたくはないが、だからこそ、自分の答えははっきりしている。
それは「寂しさ」だ。
自分の向き合いたくない「寂しさ」だ。
私は向き合いたくない。
自分の扉を開けたくない。
また涙が出てしまう。
もう喉まで出掛かっている。
大人の自分と、インナーチャイルドの自分が葛藤している感じだ。
毎度のことだが、自分の寂しさを認めるのは、自分にとっては本当に苦痛だ。
自分で自分の怒りを認めるのは容易いのに、なぜこうも苦痛なのだろう?
それは「寂しい」からである。
「『自分の寂しさを認める』その自分の心が寂しい」からである。
だから私は寂しいのだ。
それだけははっきりしている。
<44> 華菜美 ■2004年01月27日 火曜日 18時58分26秒
夜、寝る前にたくさんお菓子を食べます。部屋で一人で食べるのが鉄則です。これをしないと眠れない。はっきり言ってやめたい。でも、なぜか一番の至福のとき・・・だったりする。ほんと、やっかい。
<43> maRi ■2004年01月20日 火曜日 00時41分08秒
いま、自分の精神状態と食べる事は、不自然でわがままに頑丈につながってる。
 いつからなんだろう。いつから私はありのままを受け入れられなくなったんだっけ。人との距離感が掴めなくて、人から拒まれる事がこわくて仕方なかった、ずーっと。とりあえず、誰にも話せないような気がした。話す相手もいなかった。それで原因を自分の中に求め続けた。こんな自分、どうすればいいん?何でいつもこうなるん?

 痩せてたって何も変わらないって知ってた。周りも自分も。でも、そうする事しか出来なくて、いつしか低体重がココロの余裕になっていた。それが一年前。

 ちょうどその頃、小学校で働いたことがあった。とても気楽なバイト、のはずだった。私は決して子供が嫌いなわけじゃない。むしろ好きなほうだ。だから結構楽しみだったのに。なのに昼休み、中庭で遊ぶ子供たちを見ていると悲しくなってきた。自分が空しくなってきた。自由にわがままに生きてる子供と自分の子供時代が重なってしまう。劣等感と空虚感。私の過食が酷くなる前ぶれだった。

 いまはとにかくこの毎日を生きていくだけ。
<42> ayako ■2004年01月18日 日曜日 14時28分02秒
太ってる人を見ると痛々しい気持ちになる。男は気持ち悪い感じ。女は「この人こんなに太ってて幸せなのかな?」本人がどう思ってるか解らないし、聞く必要もない。自分は10代を完全な肥満で過ごした、彼氏も男友達も居ない。あの頃の私は男の子は「汚い」って思ってた。近くに寄られたくないし、寄りたくも無かった。
私も頑張ってダイエットした。周りの目が少し違った。でもすぐに辞めた。
結局痩せても自分の思う通りの体にならないから。あの頃の私は皆みたく彼氏が出来ないのは自分が太って、醜いからだと思ってた。本当は違うのに。今解る。
男は女を外見でしか見ない。これが正しい。頭はどうでもいい、女は飾りなのだから。その証拠に不細工やデブな女を連れた男はあんまり見たこと無かった。見ても信じがたかった。男友達が多い女やもてる女は羨ましかった。でも今はそれはあまり羨ましくない。女は男にとって穴か袋だと田島陽子は本で言った。いささか過激な発言だが真を突いてると思う。男遍歴が凄い女や、いかにも女剥き出しの女は「自分が穴だと言ってるような物」やらせてくれるなら男も女にチヤホヤするだろうし、やれる間は大切にする。男って最低。穴だと思わない男も居るだろうが・・
多くは無いと思う。私は穴になる気はないし、そんな男はお断りだ。
私は自分がもっと痩せれば男が寄ってくるとか思ってた。でも痩せたけど寄ってこなかった、寄ってきたのは私を傷つける男ばかり。でも太るのは嫌だ。今より10キロ落としたい。でも食べ物我慢したくないし、激しい運動は嫌だ。2年前に晩御飯抜きダイエットやった。落ちるのは早い、けど苦しい。辞めた時恐かった、酷く太るのではないのかと思った。けど体重は増えてないし、返って安定してる。
プヨプヨな体が嫌で鍛えてる。けどお腹はどうにも上手く引っ込まない。横っ腹は何とかなる。胸も20代の割には垂れてて嫌だった。今はかなり上がってる。寄せたい・・。自分の体がサトエリみたいだったらだれだけ良いか・・といつも思う。
サトエリが「自分の体を好きになったらみるみる痩せて行った」と雑誌に書いてあった。私もこの体を好きになれば痩せるのかな?そうしてみようと思った。
今の私は痩せても今のままでも変わらない、自分なのだから。男を求める気持ちを捨てたらもっと楽になる。でも男の目を気にしてしまう自分が居る。
<41> Laila ■2004年01月16日 金曜日 21時57分38秒
また体重が増えた。
今まで何回、ダイエットしただろう。
ある所まで痩せては、過食して太るの繰り返し。
何してるのだろうと、自分でも思うけど・・
自己批判はもうしたくはないが、
それでもやはり、痩せたい願望は消えない。
消えない!
どうしても消えないのだ。

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This script written by Shintaro Wakayama.