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私たちの物語 - 家族過去ログ No.59
メッセージ数:1180件

<1180> えるだお ■2006年12月08日 金曜日 21時12分58秒
母さん。
何故考えてくれないんだろう。
俺の未来じゃなく、今を少しでも見てくれていれば。

何で母さんは「あなたのため」と言うのだろう。
俺は母さんが作った道を、ただひたすら進まなきゃいけないのか?
俺のためじゃない・・・。それは母さんが自分のために用意した道だ。

母さん。
何故俺が殺されそうになった時守ってくれなかったのだろう。
何故冷ややかな目で俺を見た?

兄貴。
俺を毎日殴って楽しかったか?
「いじめられてたから」俺を「いじめた」のかな。

誰かに頼りたかったけど、頼れば相手が不幸になるのは知ってた。
だからいつも一人。これからも。

俺はね。
忘れてないよ、母さん、兄貴。
<1179> はね ■2006年12月08日 金曜日 04時39分01秒
自分がACであることは痛いほどわかった。
ACに見られる傾向が
どれもこれもどうしても直らなかった私の嫌な部分そのままだったから。

びっくりした。
そこまで親に追い詰められていたなんて。

私は狂っているのだろうか、私が間違っているんだろうか。
そう問いかけ続けた15年間。
誰もわかってくれなかった苦しみ。
それがお母さん、あなたにわかりますか?

私ばかり責めつづけ、おまえのせいで死ぬといいつづけ
幼い私がどれだけのことを押し殺してきたと思いますか?
「普通」の判断がつかず
どれだけあなたを庇ってきたかわかりますか?

周りの同級生の家庭のように
普通の幸せが欲しかった。
社会の輪の中でどれだけ寂しい思いをしてきたか
あなたには想像つきますか?

「ウチは貧乏だから金もロクになくて、それで不満な思いをさせて申し訳ないね」

違うよ、お母さん
違う違う!

私が欲しかったのはお金じゃないよ!

ただあなたに、ありのまま愛して欲しかった!
ありのままの私を、「いいんだよ」って愛して欲しかった!
私の全てを肯定して欲しかった!!!
どうして?どうして?どうしてありのままの私を愛してくれないの?
お金なんかいらない!
お母さん、あなたに愛されたかった!

私ももう成人していい歳になったのに、幼い感情だけが置き去りにされてます。
「大丈夫だよ」「いいんだよ」
私はただ言ってほしかっただけ。

お前は金のことばっかりだな!
どうせお母さんが全部悪いんだよね!?
ハイハイすみませんでしたね、お母さんがバカだから悪いんです!
お前はどうしてそんな人間なんだろうね!
お母さんもう死ぬわ!お前なんかどうでもいいわ!
お前さえいなければ!お前さえいなければ!

罵声を浴びせられ
殴られ叩かれ鼓膜をやぶられ服を引きちぎられ大切な絵の具を踏みにじられ
私の心までも引き裂かれ

・・・それでも、
「優しい時のお母さん」に会いたいんです。
時々私を誉めてくれる
「優しいお母さん」に会わせて下さい。
あなたに会いたい。

心の底から憎めたらどんなに楽だろう。
私はまだ、お母さんが好きです。
でも私を愛して欲しいというのは、無理な願いなんでしょうね。
早く諦められるように努力しますね。

このままではどうしようもないのはわかってる。
でも私のせいで苦労してきたお母さんのこと
私はスッパリ切り捨てていいんだろうか。
私がお母さんの不幸の原因だったのに
私はそれでいいんだろうか。

これじゃ悪循環だよね。
私がそばにいないほうがいいんだよね。
あなたの不幸はわたしだから、離れなきゃだめだよね。

私は私で立ち直っていきたい。
ACであることを自覚して。
他人には理解されないだろうけど。
見方は自分しかいないって教えてくれたのはお母さんだよね?

1人で闘うよあなたと、そしてトラウマと。
私の心の中の波がおだやかになる日がくるのかな。
全てを捨てたとき、私は楽になれるかもね。
何もかも投げ出して、穏やかに死ねるときがくるのかな。
<1178> ぴよ ■2006年12月08日 金曜日 00時20分30秒
子供が心身症的症状を出すようになった。
私は、自分の責任を感じずにはいられない。

私の苦しみから救い出してくれるはずの夫は、実は私以上に問題を抱えていた。

おかしいおかしいと思って毎日を送ってきたのに、身体を壊すまで、ただ努力と忍耐を続けただけだった。
もっと早くに何故気づかなかったの。私。自分自身が一番愚か者であったと。

自分の親のようにはなるまいと、私のように苦しい思いは子供にはさせたくないとそれだけを思って、育ててきたつもりだった。
結果、他人の問題も何もかも全部、自分で背負ってきてしまっただけ。
何を頑張ったんだか。

自分で選んでしまった結果だから、受け入れようと努力してみるも、どうしても苦しい。
どうにもならない無力感が襲う。
どうにかしないと大変なことになると私の中で何かが叫んでいる。

ACと知って2年、共依存を知って1年、そして昨日、私は恋愛依存症という言葉を知った。どんどん出てくる自分に当てはまる症状。

それなのに、まだ動けない。このまま動けない。

私の周りの人がみんな苦しくなっていくのがわかっているのに、行動することができない。

誰にもこの状況を救うことはできないのはわかっている。
自分で決断しなければならないことだって。

永い間培ってきた私のAC的考え方、共依存的言動。
わかっていてもしてしまうそれらのことが、子供に与えた影響を考えると、消えてしまいたくなる…。

カウンセリングに通って、少し回復してきたように思っていたのに、私の家族の問題はここにきて表面化してきた。
これは何の兆しなの?私の周りには常に病人がつきまとう。
私が病人を作り出しているの?
でも私のどこがいけないのだろうか?分からない。
ただ一生懸命に生きてきただけだから。
何をどう変えればいいのか、またわからなくなっちゃった。

私に耐えられるの?

これを乗り越えないければ、いけないのはわかっている。
だけど、苦しい。

どうすればいいのか、誰も教えてはくれない。
自分で考えて、自分で決断して、自分で責任を取らなくちゃいけない。

責任を取るということを教わってこなかった私には、とても難しいこと。

私は結婚して実家を出るまでの間、酔っていない父と会話をした記憶も、目と目が合った記憶も無い。
母はいつも父の機嫌次第。私は父にも母にも、私の感情はおろか、自分の本当の気持ちも話したことがなかった。あの家に私の存在はなかったに等しい。

今、子供も同じ気持ちなの?私にも家族の誰にも本当の気持ちは言わない。
そして、うれしい、楽しい、つらい、悲しい、などの言葉もあまり言わない子になってしまっていた。

2年がかりで父と対決し、母と対決し、自分を少しだけ取り戻したところだった。
これからもっと自分を探して癒していこうと思っていたところだった。
本当の自分は何をどうしたいのかを探していくところだった。

自分の事でいっぱいになっていた私のこころ。
娘の気持ちを受け入れることができなかったのかな。
親しい人(家族や親戚、親しい友人など)との距離感がわからない。
受け入れるってどこまですればいいの?
境界線を見極めるのが難しい。
境界線を意識したら、どうしても取り込まれるのがイヤで、壁を作ってしまう。

今、立ち止まってしまった。
どうしていくのか決めるのは少し後回しではだめかな?
毎日毎日、いろいろな思いが浮かんで、休まる時がない。
今とても疲れてしまったっている様だ。
少し考えるのをやめてみよう。

<1177> りんご ■2006年12月08日 金曜日 00時13分26秒
家族との接触を断って1年以上になる。特に母親から距離を置き、精神的にも離れられたことが大きいと思う。はじめはまた電話で話でもしたらすぐ前の精神状態に戻ってしまう感覚が消えなかったが、最近は会っても今の自分のままいられるような気がしてきた。うれしい。母の精神的奴隷のイチ抜ケタを、まず私が実践した。父と妹家族にそれを期待するのは絶望的。というより、私の守備範囲外である。

ジュディ・ハーマンの『心的外傷と回復』を読んだ。多くの人と同様私にとってもバイブルとなった。精神的レイプと呼んでよい仕打ちを受けた過去は消えない。これからは、あとは、私の作業。私の人生の課題。過去は眼の前にある。私の命はそこにある。

ここ1~2年における心的変化の最たるものは、自分自身の感情に対する向かい方である。悲しみをそのあるがままの形で、まっすぐ受け止め感じられるようになった。ごまかさず、増やしたり減らしたりせず、悲しむことが今はできる。なぜ、家族とのつながりがもてない状況になったのか、なぜ、たった一人で荒野をさまようような人生になってしまったのか、なぜ、いろいろな幸福の形が私の手の中にはないのか、なぜ、月や星や雲や空がこれほどまで美しく見えるのか、なぜ、知り合いのいない土地へ旅立ち、待つ人もいない土地へまた戻ってこなければならないのか、なぜ、愛を受けなかった私がこんなに溢れるほどの愛を他者や他のものたちに感じるのか、そしてなぜそれでも私はこんなに孤独なのか。孤独なのか、孤独なのか。

人生に謎は多く、答えはもうはるか昔に出ている。一瞬で過ぎ去る風の中に命が凝縮している。今を悲しみ、今を喜び、今を生きる。私は私自身となって今という時間の中にとけこんでゆく。


答えは自分の中にしかないのだと思う。
<1176> yuko ■2006年12月04日 月曜日 23時25分20秒
おばあちゃん、貴方はいつも嫁であるあたしのママを責めてたね。
完璧である事を強要してたね。

ママは耐え切れなくなって、あたしだけを置いて出ていった。



おばあちゃんは初孫のあたしを溺愛すると同時に『あの女の子供』、『あの女にそっくり』って呪いのように毎日呟いてた。


成長したあたしも耐え切れなくなって、家を飛び出した。

幸い、あたしを受け止めてくれる人に出会えた。
その人との間に子供も生まれた。

今すごく幸せなはずなのに、
自分もおばあちゃんみたいに言葉の鎖で子供を繋いでしまうんじゃないかっていう恐怖が付きまとう。

後で知った事。
おばあちゃんも酒乱の曾おじいちゃんの元、苦しみながら生きてきた事。

ACの連鎖。

自分の子供には、こんな思いさせちゃいけない。

あたしがこの連鎖を食い止めるきっかけにならなきゃ。
<1175> アーネスト ■2006年12月04日 月曜日 21時58分32秒
6歳まですんでいた場所をおとずれた。
もうすんでいた社宅は取り壊されていた。それを見て、さびしくなった。いい思い出だったんだね。

その近辺を歩いている時、なぜ俺はこれほどに寂しいんだろう?とずっと考え続けた。

『実の親に愛されなかった。実の親に見捨てられた』

一緒にいて、笑ったり、ただ黙って話を聞いてくれるだけでよかった。
失われた。『実の』というところに執着している自分に気がついた。なぜ実のじゃないといけないんだろう?まわりにはこんなにたくさん愛してくれる人がいるのに・・・だから手放したいんだ
<1174> アーネスト ■2006年11月23日 木曜日 21時39分36秒
どれほど記憶をふりかって見ても愛された記憶がない。僕は愛されない。愛されなかった。僕の母も父も僕を愛してくれなかった。そして今も同じ反応をしてる。どれほど勇気を振り絞っても、反応は消えない。「あの人はよっと冷たいそうだから」「あの人は忙しそうだから」人のちょっとした嫌悪感が怖い。今の僕の周りの人が、僕がこういう状態なんてことは知らないのに。僕は親に愛されなかったことにあまりにもこだわりすぎている。結果は、今はいらない。信じる。信じてみたい。

生まれてはじめて幸せとか平安って言う言葉の意味を勉強し始めてている。生まれてはじめて、何をしても許してくれる人を見つけた。だからまず信じてみたい。神を。
<1173> だりあ ■2006年11月16日 木曜日 12時46分33秒
このあいだのお母さんとお父さん。とっても優しかったよ。
家にいても安心出来たよ。
最近はちゃんと頭撫でてくれるんだ。一緒に寝っ転がってくれるんだ。
なんて簡単で単純で、でも難しい事だったんだろうか。
<1172> どん ■2006年11月10日 金曜日 17時33分58秒
育て方失敗したって?
なんでじぶんががかわいそうみたいな感じになってるの?悪いの私ですか?失敗されたほうはたまったもんじゃないよ。もうとりかえしのつかないことしたんだよ。わたしだって普通に生きたいのに。どうにかしてよ。認めるんなら責任とって。
私は失敗作だよ。ごめんね。
<1171> ゆあん ■2006年11月08日 水曜日 21時42分22秒
母の嫌味は相変わらず。
ストレス無くていいわね・・・って脱力しましたよ。
たまに心配してくれるのはありがたいんだけど、あたしを心配した後、突き落とすような嫌味いうなら、いっそ心配してくれるなと思う。
<1170> アル ■2006年11月08日 水曜日 17時00分30秒
今、いじめのことで学校教育に関する報道が多い。
私の場合、担任にいじめのことを一度話してくれただけで「これ以上は何も出来ないからね。」と親から言われた。
私はこのときに、うちの親に話しても無駄だ、自分のことなんか心配してくれることはないんだとわかった。
「親だからといって子の心配をするとは限らない」という事実はかなりの衝撃だった。
責められるべきは学校より、親だろう。
<1169> ミキ ■2006年11月04日 土曜日 16時11分03秒
母さんは間違ってるよ。私は母さんが思ってるほど強い人間でもなければ
出来た人間でもない。

お願い・・・私が鬱で悩んでいるのを認めてよ。

わかってる。娘が鬱になったら家族みんなに迷惑かけちゃうし、
母さんにも今よりずっと苦労させちゃうかもしれない。

だけどね。今このままの状態じゃ・・・私生きていけない。
学校で頭のいい優等生を演じることも、皆に優しくしていつも愛想笑いをしていることにも疲れたんだ。・・・・・・もう、限界なんだ。
最近、ぼーっとする時間が増えてきて、勉強にも集中できなくなったし、
人とコミュニケーションをとる事も出来なくなったし、
喜怒哀楽をコントロールすることも出来なくなったんだ。


母さんは私が摂食障害になったのは気付いてたよね?
母さんが『最近痩せたね、大丈夫?』って言ってくれたとき嬉しかった。
だけど、あれは本当に心配した訳じゃなかったの?
軽い気持ちで『大丈夫?』なんて聞いたの?

この毎日を生きることさえ私は辛いんだよ・・・。

他人の子供が鬱になったときはあれほど心配してたよね?

『可愛そうに』って。

・・・・・・・・・あれ?『可愛そう』?

あ、違うのか。母さんはただ単に他人の子供を心配したんじゃなくて
そんな鬱の子供をもつ親に同情したんだね。

本当に母さんはことごとく否定してくれるし、私を受け入れてくれない。
毎日、頑張れ頑張れって・・・・いい加減にしてよ。

でももういいよ。母さんが私を受け入れないのなら
私だって母さんなんか受け入れない。

どんなに相談しても無駄ならこのままイイ娘を演じててあげるよ。
それで満足するんでしょ?
『母さん大好き』なんていう言葉ならいくらでも言ってあげるよ。

母さんは『憎い』のを通り越して『どうでもいい』存在だから。

いつか気付いたときにはもう遅いんだからね?
<1168> 亜季 ■2006年11月04日 土曜日 02時05分01秒
お母さん
相変わらず貴方の言葉は私をぺっちゃんこに潰す威力を持っているんだね。
親風吹かせて、いつも自分が正しくて。
人を責める口調、追い詰める口調、得意中の得意なんじゃない?
自分では全然気づいていないんだろうけれど。
一定の距離を持って接しなければ・・・
そう頭でわかっていながら、愚かな私はいつも油断して近づきすぎて
手ひどい傷を受ける。
良い娘を演じるのはもう疲れたよ。
「お母さんのせいで、どれほどつらい思いをして生きてきたと思っているの?」
「私が一番欲しいもの…それはお母さんからの解放、そして自由なんだよ。」
「アンタのためを思って言っているんだよ・・・もうそのセリフはうんざりなのよ。全ては自分のためでしょう?本当は自分が一番可愛いくせに。」
「私は生まれてきてよかった、人生って楽しい・・・そんな風に思ったことただの一度もないんだよ。それってどういうことかわかる?」
あぁ…こんな言葉を投げつけることが出来たら…。
今までの苦しい思い、恨んでいる気持ち、全てぶつけられたらどんなにいいだろう。
<1167> そう ■2006年11月03日 金曜日 18時03分01秒
母親と喋るより他人と話すほうが楽だ。
親なのに一番気を使う。
会話が続かない・・・。
何をしたって話したって褒めてくれない。
褒めてもらおうなんて期待しない。
話すだけ無駄。

<1166> haru ■2006年11月01日 水曜日 18時43分58秒
週末用事があって実家に一泊した。
70代の両親と私。
食事も共にしたが、父の声を一度も聞かなかった。
母の口からは父に対する不満ばかり。
これは何十年と変わっていない。
しゃべらない父と不満で不安な母。
私はこの環境で育ってきたのだ。
<1165> アーネスト ■2006年10月30日 月曜日 22時09分10秒
社会人になって、働くことの忙しさを知っても、なぜ父親は家庭を顧みなかったのだろう??と怒りがわいてくる。自分にとって大事な家族。当然、一緒に過ごす時間が減れば、いらいらするだろうと推測するのだが・・・そう考えるとやはり大事にされていなかった、愛されていなかったと感じざるを得ない。

まぁ、えらそうなことは言えないけど・・・自分が働いて、自分の大事なものに対する時間が奪われていく辛さを知ったからこそ、なおさらにそう思うのだ。
<1164> ゆき。 ■2006年10月30日 月曜日 01時57分39秒
親のために…
無償の愛を獲得するために動くのは、間違ってると感じたよ。
<1163> もえぎ ■2006年10月30日 月曜日 00時31分01秒
ごめんなさい。やさしく出来なくて。
いじわるばかりしてしまってごめんなさい。
あなたを嫌いなわけじゃない。信頼して、感謝しているのにどうしてなのか自分でも分からないの。

癖なんだね、きっと。ずっと受け止めてくれてたあなたに甘えきってしまってるんだね。本当にごめんなさい。直接いえなくてごめんなさい。

もっと上手に愛したいよ。こんな愛し方しか学ばなかったんだ、私はね。
これから、少しずつでいい。
もっと、うまくあなたを愛したいよ。
<1162> k ■2006年10月25日 水曜日 13時56分28秒
ここに、残っていた最後の部分を全部捨てる!

お母さん!
私はあなたを「そういう人なんだ」って思うことにしたよ!
もういちいち、「なんでそんなこと言うんだろう?」って顔色を伺って、自分を責めるのは止めにする。
外見も、能力も、性格も。あなたは、私が何をやっても最終的には「気に入らない」ってケチをつける。
そのたびに悩んで苦しんで、気付いたら、私は自信が全く持てない人間になってた。そのツケが一気に回ってきたのかな、鬱にまでなっちゃったよ。
あなたは「鬱になるなんて、当て付けのつもりか!」って怒鳴ってたけどさ、あてつけで鬱になれるほど器用じゃないよ!!

あなたがすごい人なのは知ってる。ホント、人生成功してるよね。
だけどさ、私はあなたのアクセサリーじゃないんだ。あなたの人生を、他人から羨ましがられるようなものにするために、私は生きてるわけじゃない。

私は愛される人間だ。
鬱を治したのは、周りの協力もあるけれど、最後には自分自身の力が物を言った、って思ってる。鬱を通じて、自分を深く知ることも出来た。私の中には、豊かなものがたくさんあるんだよ。お母さんの目には、それはガラクタにしか見えないかもしれないけど、私にとっては、かけがえのない素晴らしいものなんだ。まだまだ脆いところのある私だけど、その脆さも含めて、愛おしいと思います。

お母さん、あなたは人を傷つける人です。
悪気があろうがなかろうが、あなたのやってきたこと、言ってきたことはひどいことです。
でも、そういうところがあってなお、私はお母さんが好きだよ。
尊敬できるところもたくさんあるし、やっぱり私のお母さんだから。
だけどね、私は私。
お母さんの分身じゃないんだよ。気に入らなかろうがなんだろうが、それが事実。
間違えないで。
<1161> プロフォンド ■2006年10月19日 木曜日 23時16分07秒
就職して社会人になって、このページに出会って初めて理解したこと
両親にはいいとこがある感謝もしてる、同時に負けないくらい悪いところがあってそれに対して恨み悲しんだ、しかし感謝は出し恨みと悲しみは封じ込めてきた。

でも、もうやめよう私には感謝する権利もあるけど同時に怒る権利もあるのだから、私が長男に生まれてきたのは私の責任じゃない、親族でただ一人の男だったのも私の責任じゃない、
あなた達は私に長男であるからかわいがってくれたのですか?偶然私が一番最初に男で生まれてきたから大事だといってくれたのですか?そうでなければたまに見せるように、私が何をしててもきまぐれで怒り、自分のいったことを守ってくれないのですか?
妹達には長男で優遇されてると責められた、私は好きで長男だったわけじゃない
昔の私はそれがわからなかった、だから普段は期待にこたえようと必死に優等生をしてても、不意に登校拒否になったり、たった一つの言葉をとって自分を貶めてみたりした。優等生でなくても受け入れてほしかったから、ありのままの自分でも受け入れてほしかったから、でも受け入れてくれなかったね

私はあなた達の期待にある程度こたえた、そのために負担をかけたのも知ってる報いたいというのも嘘じゃない、でもそれ以上に怒り恨み悲しい、だからそれを許せるまで帰らない、あなた達の自慢の息子であるためには帰らない

それで私を人でなしというなら私はそんな人の息子じゃなくていい
私の青春は不幸だった、でもこれからも不幸でなければならない理由はないから

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This script written by Shintaro Wakayama.