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私たちの物語 - 家族過去ログ No.47
メッセージ数:940件

<940> アーネスト ■2005年11月20日 日曜日 23時49分23秒
結局、そういうことなんだとわかりかけてきた。
自分は綺麗好きで、静かな暮らしを望んでいて、騒音を極端に嫌い、平静を好む。
多少嘘っぽいというか、書いてて気まずいけど、自分はそういうものを好む人間なんだ。多くの特質を母から受け継いでいるような気がして、それが兄を苛立たせるのだ、と勝手に思っていたけど、どうもそうじゃないらしい。この特質は自分固有のものだと思う。だから、まず大事に暖めていこうと思う。母は・・・あまりにもそれを兄に押し付けすぎた。自分と対極にある特質をYOUメッセージで、ばんばんと・・・。「(お前は)うるさい、下品だ。汚い!!」。彼女も私と思うところは同じだったのかもしれない。ただそれを伝える術を持っていなかった、というだけの話し。そう思うと少し彼女に対して憐れみを持つことができる。少なくとも私はACというキーワードを手掛かりに、今まで知らなかったコミュニケーションを学ぶことができるのだから。
<939> こく-ん ■2005年11月20日 日曜日 16時25分39秒
ここのところ、家族のことを考えていない。
まるで、父も、母も、弟も…それに連なる誰も、私にはいないように。
私はまるで、誰とも繋がりなく、この世に生まれてきたかのように。

家族は私を縛り、闇に引きずり込む鎖のようなもので、
だから、考えなければ穏やかでいられる。
…それでいて、心のどこかで、
『薄情者』
と呟く声がする。明らかに私の声で。
<938> ぬりこ ■2005年11月20日 日曜日 16時16分05秒
 家族へ
私の考えはきっと家に帰ったら変わるでしょう。。。。「私はこんなにしてもらっているのに何が不満なの?」「こんなに甘やかされているのに」「こんなに家族を好きなのに」「私のここで言ったことはすべてうそだよ~」
そう思うでしょう。きっとそれは私はいつも過剰適応するから。。。

今の思い、家族はうちの家族は境界線のない家族。
父親に対する思いは、「悪くて何も思えない」母親に対しては「優しい」姉には「むかつく、人の事見下してきやがって、あんたなんて結婚しようがしまいがどっちでもいいよ。ただ、最近はなぜかプレゼントよくくれるよね?でも相変わらず『一番したは自己中』『さすが自己中』『どうせまたくだらねえ事してきたんだろうが』って言葉は吐くけども。
まあ、正当な意見を4つしたの妹に言ってれば?大した事いえないくせに。あんたこそ自分の事しか考えてこなかった人でしょう???でももうそれもいいかもしれない、どうでも。ただ、あなたは人の失敗をよく笑っていたけども、でもあなた自身はずいぶんと自分の怒りを発散してきたね。本当はうらむ思いがあんたの幸せなんてぶっ潰してやれるけど。。。なんて最低な思いに代わりそうになるときもある。だって、私はどれほどの事を我慢してきたと思う?あなたの思いやりの無い言葉にはどれだけ傷ついてきたか?でも、あんたはきっと言った事にけろっとしているタイプなんでしょう?その割には小さな頃の私のやったことには恨んでいるところあったけども。。。だから、もうあなたとはあまりかかわり合いたくありません。有用な情報がもらえればいいや。そういう関係しか築けなかったんだろうなあ。なあなあで言いたいこと言い合っているように見えて、でも、本当はあなたの怒りを怯えていた。私の意見はあなたの世界を脅かすようで本当の自分の感情を話せなかった。話したら、昔のように『ばかジャン』『お前ほんとに大学卒業してんのかよ』『さすがばか』とか言われそうで怖かった。」

姉が結婚する。何の現実感も無い。あっそって感じ。勝手にいい子ぶってれば?って感覚。でも、それでももう一人のいい子ちゃんな私は「姉との思い出」とか思い出したり、「姉にしてもらったいいこと」を思ったり、「幸せになってね」なんていっているんだろう。
 多分どっちも本当の私の感情。
 家族って何だろう?
 私にとって家族とは境界線のないあいまいで自分を持てない場所、もしくは自分にとって本当にいい場所に出会ったら・・・家族を見捨てていきそうで、今までのうそついていた私がばれそうで、罪悪感でできなかった場所。それが私の家族。
 でももういい加減飛び出そう?
私は家族をある意味でものすごく憎んでいる。本当に憎んでいる。家族全員皆殺しにしてやりたいほど。それくらい私の内面にどかどか土足で笑いながら入ってきた人たちだから・・・
そして、私の自信を打ち砕いたり、比較したり、とにかく「笑いもの」「見世物」にしていた人たちだから。これは本当。ここで書いたこの思いは私の本当の思い。「笑いもの」「見せ物」「見下され物」ここに書いた感情はホント。
この思いから始めよう?家族にされたことは私をひどく「傷つける」ものだった。私の子ども時代は、いつも将来を怯えて、いつも周囲には「わらいもの、からかわれ役」にされて、自分の思う感情に何ひとつも自信の持てない、世界が嫌になったそんな時代だった。
どうしてなの?でも、これが私の抱えて生きる、(大したこと無いなんて言わないでほしい、虐待は受けていなかったから)人生の一部なんだろう。
でも認める。じゃないと、私は一生何かの「奴隷」になるから。
<937> アル ■2005年11月19日 土曜日 00時30分43秒
母からメールをもらった。

「あんたが車を買って慣れたら(私はペーパーなんです)一緒に温泉にでも行こう。」
私は来年職場の移動もあるかもしれないし、忙しくなりそうなので行かれそうにありません、ずいぶんのんきだね。と返したら、
「別にのんきに考えているわけではありません。お父さんの介護で気持ちがまいってどうにもなりません。だから少しでも楽しいことを考えようと思っているだけ。」

また自分のことか。私はどんなに暇があってもあんたと温泉なんてゴメンなんだよ。
どうして私があんたと一緒に温泉に行って楽しめるって思うんだろうね。
わかってないね。いい年してやんなっちゃうよ。

自分の連れ合いの介護をするのは当たり前だろう。自分の親も姑も面倒をみないで済んだんだから、それだけでもラッキーだ。

「食事に一緒に行ってください。」とか何で命令口調?
私は自分のことだけでせいいっぱい。ったく、冗談じゃないよ。
もう、あんたの愚痴を聞くのはまっぴらゴメンなんだよ。私をあてにすんな。
<936> アーネスト ■2005年11月18日 金曜日 18時25分53秒
消費者金融にでも手を出せば、借金してでも家を出て行くが、その勇気がない。
後試験のこともある。受かるまでは、勉強とバイトの両立が辛い。例えば、つき10万くらいでバイトしながら、勉強するとなると、中々大変だろう(臨任で、勉強しながら、というスタイルよりはましかもしれないが)。
<935> アーネスト ■2005年11月16日 水曜日 13時13分07秒
兄が出した大量のゴミ、雑誌を父親が整理しているのを見て吐き気を感じた。
そうやって世話焼きをすることでしか自尊心を保てないのだろう。でも自分を同じ。この家の一員であるということに、自分のアイデンティティーを求めてる。

掃除をした。臨任の話しも少しずつ詰めてる。バイトも探してる。すこしずつ共依存から抜けてる。抜けかけてるからかなぁ?こんなに吐き気がするのは。
<934> アーネスト ■2005年11月16日 水曜日 11時14分41秒
10月の最終日に、兄との対決を済ませた。囚われる時間は減ったが、まだ相変わらず苦しい。またここを意思力で乗り切ろうとすると、おかしなことになるから。自助会に出ながら心の動きを探っていこうと思う。自助会ではプログラムについて話すのが好ましいらしい?(自分はよくわからない。仲間がそう言っていた)からあまり家族のことは触れていない。というか話しづらいし。でもここで今のすねかじり生活も含めて、正直に話してみようと思う。参加グループも絞れてきたことだし、自分のホームグループに関してはもっと深く根を下ろせるようにしてみたい。

とにかく苦しさには変わりがないと思う。対決の前までは、対決を前提にしていたのでかなり怖さを感じていたが・・・今はちょっと別の次元で悩んでいる。これ以上踏み込むべきなのか?という感じ。分かってきたのは僕が兄のことを憎んでいるというか生理的な嫌悪感を感じることだ。7、8歳以降彼が笑ったのを見たことがない。常に緊張をしいられている。彼には本当に“怒り肩”という表現がぴったりくるのだが、体中に怒りのガスが溜まっていて、常に力んでいる感じ。呼吸が荒いというか・・・見ていて気持ちが悪い。
<933> ぬりこ ■2005年11月16日 水曜日 01時16分19秒
 さっき書きながら思った。私は研究論文を書くときもどこか中途半端な自分がいて、どこに所属しても逃げられるようにして研究してきた。勉強してきた。
 多分、家族に「もう奴隷に戻れない」状態の私でいいのか分からなくてどうしてしまうんだと思う。自分を押しとどめる原因は、自分の守ってきた「素直さ」をのびのびとだせない原因は、自分への恐れ(本当は夢なんてかなうわけのない世間から落っこちてしまう自分の本当の姿が出てくるかもしれないという思い)以外に、家族に「ペット」だった私にはもう戻れないのが悪くて仕方ないんだ。そして、ずっと自分が演技して生きてきたことがばれそうで怖い。
 レストランで「おいしい、おいしい」言っていた私の裏で「苦しんでいた自分」がいたこと、その場の整合性のために、自己を偽ってきたことにものすごく今罪悪感を感じているんだ。
 そして、優しすぎる自分に対しても「認めたくない」思いでいっぱいなのだ。
 本当はずるいってね。
 家族にうそついてきたこと。家族の現実にあわせて、でも本当の私を私は守り続けてきたこと、本当の自分こそこれからの私の本当の人生を築く上での大切な種になるであろうこと、それは研究したり、芸術活動したり、海外行ったりするであろう事、お金稼いでひとり立ちすることなのだ。
 私は守ってきたのだ。守ってきた自己こそこれから大切にする友人の前で見せていくのであろう。
 その自己を持っていることに罪悪感。だって、ふりしていた自分とは多分違うだろうから。
 でも本当に私を愛してくれる人ならば「本当の犯されないちゃんとした自分を守ってこれたぬりこを誇りに思うよね、たとえ思っていたぬりこじゃなくても、どこかに隠し持ってきたぬりこでも」
 大体、隠せざるを得なかったんじゃない.
<932> ぬりこ ■2005年11月16日 水曜日 01時04分39秒
 家族は多分分からなかったんだと思う。父はきっと自分が喜ぶんだと思うことをやってきたんだと思う。
 でも、もういいよね。ぬりこはずっと家族の思いを自分の感情よりも大切にしてきた。友人の思いを自分の心をゴミ箱、はきだめのようにして受け入れてきた。
 はきだめの心、人に人形にされてきた私の心はぼろぼろだった。本当にぼろぼろだった。
 されてきたのは、男子に体に触られたり、友達にいたずらされたり、家族に笑いものにされたり。
 私はもう自分を二の次にしなくていい。家族がしてくれたことには感謝する。だけでも、私のつらかった過去は本当に捨てなくてもいい。捨てそうになる。自分の主観は間違っていた、子どものように幼稚で恩知らずだったっていつか笑ってしまう、本当はそう思っていないのに自分の信念を曲げそうになるときがある。
 自分の信念を曲げたら、私は心の力がどうしようもなく弱くなる。人に良いようにされやすくなる。きっと男の人から良いようにされやすくもなるのだろう。
 そういう自分をあの家族の中では築いてしまうのだ。きっと、父親もマニュアル人間だからであろう。きっと自分の心をどこか見ないようにして生きているからだろう。でも、家族の診断はもういいや。
 私は家族とこれからはどう付き合っていけばいいのだろう?また「ペット」になるか?それはいやだ。家族と私はどう付き合えばいいんだろう??
 家族はもう二の次でよくない?罪悪感も私にはある。家族からの恩を忘れたのか?家族への感謝を忘れたら一生後悔する。。。いつか生まれる私の子どもに仕返しされる。家族の中で私はいつまでも「ペット」役を演じ続けて、この前のような「家族ごっこ」をしないといけない気持ちになる。
 駅でうまくいかない私が唇かみしめながら「やっぱ考えたくない~」なんて甘えたドラマじみた声を出している。「だめだよ、考えないと向き合わないといけないよ」なんて諭すばかおやじ。死ねよ、ば~か。お前と家族ごっこなんてしたくねえんだよ。私の内面に入ってくんな、死ね。ぶっころすぞ。
 私はそう思った。というか、その場ではなんてこの場面ドラマじみているんだという感覚と、うざいくそ親父の顔が出てきた。
 やっぱり私は無理しているわ。家族は利用できればいいやとも思っている。
 もう家族ごっこは良くない?
 もうさ、認めようよ。私は「ふり」していた。でも変わった。私は変わった。もう家族と父親と家族ごっこ、するのはやめよう。
 私は家族とこれからどうやって付き合っていけばいい?真剣に考えよう。
 そして、今まで演技し続けた自分を認めようよ。ずっと大学は行って、自分の思いを手紙にしてからも理想家族求めていた私を手放そう。もうよくない?
 もういいよ。あの家族ではなくて私はもっと大切な人が近くにいるじゃん。
 もう罪悪感感じなくていいよ。家族よりも大切にしたい人が私にはいる。華族よりも気の合う自分の居場所だと思える場所がもう私にはある。
 家族よりも大切なものが見つかった。家族よりも自分の気持ちを伝えて、自分を出したいそんな人たちに出会った。家族よりもちゃんと自己主張したい場所が見つかった。家族よりもずっとずっと自分の心の味方になってくれる、あなたたちよりも私の心の栄養分になってくれる人に出会っている。家族よりも大切にしたい。
 ぬりこはこれから家族とどう付き合っていけばいいのかしら?自分の内的な力を失わないで、家族とどう付き合えばいい?
 もう「ピエロ」にはなるまい。もう家族のために自分にうそをつきたくない。
 もう「こんなぬりこいたんだ、怖い、今まではうそだったの?」って思われないために世間からも隠したくなって、また家族の「奴隷」をしたくはない。
 ぬりこは家族とこれからどう付き合えばいいの?
<931> ぬりこ ■2005年11月16日 水曜日 00時44分24秒
 生きられなさを認められなかった。家族が嫌いだ、本当に嫌い。
 私がどうすればいいのか?家族よりも私は自分の選んだ今の私の周りにいる人たちにこそ、自分の主張を言うことが必要なのではないだろうか?
 家族にも言ってもいいと思う。
 でも、もう私は家族に自分の過去を死ぬような思いで手紙にして渡したじゃないか?そして、私は父親に「『小学校時代にいじめられて今カウンセラー目指してます』立派な理由じゃないか」ってどこかばかにしたような笑いを含んだ顔で言われた。
 そして、自分の手紙をずっとパソコンの上に置きっぱなしにされた。多分、父親は父親で私たち子どものために生きてきたんだと思う。家族旅行のパンフレットをパソコンで作って、毎年旅行に行って、おいしいものを家族に食べさせようとレストラン連れて行って、おばあちゃんとおじいちゃんとレストランに行かせて、親孝行していたと思う。
 どうしてだろう?私は分かるけども、自分を大切にしてよいと思う。私は、いつも虚しかった。家族の道化役なのに、本当は自分でもどうしようもないきっと家族から見たら「心配性でどうしようもない小さなこと」なんだろうけども、私にとっては「自分ではどうすることもできない問題や、思い込みやからだの不調、自分の安全の保障されない場所」に迷い込んでしまったようだった。
 怒りしかなかったけども、自分にしか向けられなかった。私は存在できなかった。存在してもいい居場所がただほしかった。おいしい料理に、外見で「おいしい、おいしい」言っている私の中でどうしようもなく自分の感情が押さえ込まれていくのを感じていた。
 冬の旅館、姉の言葉覚えのような悪ぶった姿、お父さんのパソコンでゲームしている姿、気分障害の自分を笑う姿、おじいちゃんの信念、お母さんの人をばかにする笑い。
 私はどこにも自分のつらさを持っていけなかった。
 あの時きっと私は言いたかった、もしも言える人がいたら・・・・「お母さん、助けて、私はどうなるの?耳にありが入ってしまったよ。お母さん私は耳が聞こえなくなるの?どうして私はいつもいじめられるの?私は生きていてはいけないの?私は間違っているの?どうして私にはこんなにも私に合う場所がないの。どこに行っても人に利用される。どこに行っても人の言うとおりに動いても、本の言う通りに、学校の先生の言う通りに動いても・・・私は何にもうまくいかないみたいだ、お母さん息が苦しい、息ができない、お母さん、私歩けない、まっすぐに歩けない、私は生きたいのに」
 スキーや家族行事の中で「演じる私」は「窒息しそうな私」を必死で家族から隠し、かばってきた。家族には見られたくなかった。「窒息しそうな私」をぜったいに外に出してはならなかった。
<930> ぬりこ ■2005年11月16日 水曜日 00時26分11秒
 家族へ家族の中にいて、「ペット」ちゃんだった私。本当は学校でいじめられている私。惨めな私。汚い私。そんな私でも愛してくれますか?
 家族は私をよく笑いものにした。小さい頃はそれで受け入れたけども、いじめられてすべてが現実なのか私だけしか感じられない感情なのかが分からなくなった。
 家族は「逃げ場」にはならなかった。家族の中では「マニュアル通り、計算通りのぬりこを演じること」が家族の中で「整合性」を保つために必要だと思い込んできた。
 家族のバランスを支えているのは一番年下の私だった。私には、人の気持ちが本当によく分かったから。何とか、家族を支えているつもりだった。
 いじめられて、自分の顔が「ぐちゃぐちゃ」でいつもひきつった笑いしか浮かべられない「汚い」私になったときに、一番に思ったこと、「家族を失いたくない」って思ったの。家族は私が「いい子にして、気づかないフリしてピエロみたいにみんなにかわいがられているけども本当はお父さんの言葉に傷ついたお母さんをかばったり、笑いをとってなごませる」役をしていないと成り立たないものだと思っていたから。両親の器は私にとってあまりにも小さくて、私が私としてコントロールできない悲しみとかいじめとかを話すことは、お母さんとお父さんの小さな器をパリンって割るような、お母さんとお父さんには無理な事に思えた。
 必死で頑張った。家族の道化役しながら、学校ではつねられて心で絶叫をしているのに、「笑っている」私。反抗期の姉の相手。「お前の話しなんて耳が腐るからやめろ」とか言われたし、ピアノの練習の邪魔もされていた。
 あの頃の地獄を私はもう何でもないように、どうでもいいように扱うことはできない。
 確かに、私にとっては地獄だった。笑いの中に隠された怒りと悲しさと恥ずかしさと生きられなさ。それが私の子ども時代だった。おいしいレストランの中で、バランスを失いかけていた私がいた。「おいしい、おいしい」て言う家族の中で、心のバランスを必死でとって、「そうだ、心が元気じゃないと何もできないんだ」なんて一人で哲学じみた事を必死で思っていた「心がひきこもっている、それでも必死でバランスをとろうとしている」私が今でも見えるようだ。外見では、もちろんそこでの和食を食べていたけれども。そして、「おいしい」って言っていたけども。
 それから、お母さんと二人で中華食べに行ったときも、「ここでこのタイミングで話さないと嫌われるかも」「ああ、またおとなしくて暗い子だって嫌われるかも」「姉よりもだめかも」なんて必死でお母さんに好かれたがっていた19歳の自分の姿が出てくるようだ。
<929> アーネスト ■2005年11月12日 土曜日 06時30分11秒
父親も、母親も、兄も、好きにはなれない。残念ながら。でも相手を傷つけたいとか、復讐したい、とかは今は思わない。私が共依存から脱していこうとすることで、父親はたぶん一時的に傷付くだろう。私が働くようになったら、認めるのか・・・いや、認めないだろう。家を出ることは認めても、人格は認められない。「いつまでも俺の子どもだ」ということだろう。25年間変わらなかったのだから今更変わらない。変えるつもりはない。でも自分が変わっていくことで、絶対、相手にも良い事が起こると思う。
<928> アーネスト ■2005年11月12日 土曜日 02時32分22秒
すねをかじっているものが何を書いているんだ、と恥ずかしいが、今日の父とのやり取りのなかで気付きがあった。最近、父親に対して意見を述べるようになったら、そうさせまいと、鎮圧したりしがみ付いてくるのがよくわかる。今日などは、医者から帰ってきたら、「いくらなんだ??」と頼んでもいないのに、金をもらった。援助を受けている立場だから、偉そうなことが言える立場ではないが・・・そうやって金を渡すことで彼はあることを言っている。「金は出してやる。だからお前は個人的な意見など俺に表明する権利はない」と。兄にしたって、そうだ。兄をこの家に住まわせておくということで自分の重要感を感じていたいわけだ。なんとか月、6,7万程度は稼ぎたい。上手くいえないけど、もう支配を受けたくない。支配を受けたという感覚をこれ以上、長く残せば、自分は誰かを絶対に支配するから。

お金を貰っているということで、あるいは経済的援助を受けているということで、行きづらさを感じたことはなかった。学生の友達で、バイトをしている人を見ると、この人達は支配を受けたくないから、バイトをするのだろうか?と疑問を感じることがある。例えば、自我が芽生えていけば、自然と親には頼りたくない、自分に必要なお金をもらいたくはないと思うだろう。バイトしている人はみんなそうなのだろうか?

一体、食費を免除してもらいながら、それ以外はバイトをしてということと、親からの支配が減っていくことにどういう相関関係があるのかわからない。結局、家にはいさせてもらっているわけで、完全なわがまま、というわけにはいかないからだ。この家を買ったのは俺の経済力ではないし・・・そう考えていくと、差し当たりは父からの支配を減らしていくことが目標になってくる。

母が死ぬまで、父との関わりは皆無だったから、お金で支配されているという感覚はいままでなかった。大学入学当初は、「大学生はバイトをするもの」という感覚があって(そこからはみ出すのが恥ずかしかった、というのもあるかもしれない)なんとなく始めたが、合宿費などは出してもらっていた。だいたい部活自体に、好きなものという感覚がなくて、援助の対象になると思っていたふしもある。部活・スポーツ=教育上、あるいは世間体上、健康的・健全なもの。バイト・遊び=教育上世間体上、不健康・不健全という考えがあったから(今はそんなことは思っていないので悪しからず)。

部活を辞めてからは、バイトは学業に支障がない程度のものとしてやってきたけど、ここに来て変わりつつある。就職のことは別として、ACからの回復と考えた時、金を使った親からの支配から回復と考えると、そうも言ってられない。

何を書いているのかさっぱり分からなくなったが、父は今、回復しようとする私を妨げようとしているのがよくわかる。しがみついたり、金を渡したりして。回復は親と争そうことと同義ではないから、今の私はどうすればいいのか悩むが。

この家は恐らく、俺もアニキも両方が反抗期を迎えたら崩壊したかもしれない。兄が問題児、私はイネイブラーを演じたから、とばっちりは母にだけだった。父はいつも、母の影にかくれ、とばっちりを防いだ。父親は私、兄両方の反抗の対象にはならなかった。仕事と母の陰に隠れて・・・。

彼は無傷だ。そして自分の子供が自分に牙を剥くことをなによりも恐れている。彼にとっては、私たち兄弟は会社の部下のようなものだ。従順であってくれれば、それでいい。私がここで、反抗(考えてみると反抗期というコトバも変なものだ。私は意図して反抗しているわけではないのだから。ただ自分の意見を言っているのだから)するのか、それはわからない。少なくとも彼を変えようとは思ってない。
ただ、プログラムに沿えば自然にそうなってくる。兄にも父にも、主張的になれば、変わってくる。とりあえずバイトをしよう。
<927> アーネスト ■2005年11月11日 金曜日 22時06分43秒
今は家族に対してアサーティブでない自分を選んでいる、と言えばいいのかな。
うん、今は言わない。言わないでいて、自分がどこまで振り回されないかを確かめる意味で。
<926> アーネスト ■2005年11月10日 木曜日 06時35分52秒
【注意】フラッシュバックの恐れがあります。


10月にステップ5をやって、アサーティブ講座に通い始め、正直さと自己主張を意識して行動してきた。でも本当に父や兄に、例えコントロールでない方法であっても自己主張することが自分にとってプラスなのかどうか疑問になってきた。安全でない相手に、というか家族以外の人にでさえその安全感を感じるのが難しいのに、トラウマの原因になっている家族のメンバーに自分の率直な気持ちを出していくのが安全なのか、精神的に良いのか、かなり疑問が残る。安全でなかったからこそ、反抗しなかったのだから。自分にとって大事なのは、これから接する人達との間で、自己主張できるかどうかが大事なのではないか?と、ふと思った。そちらの方にエネルギーを使う方が建設的なのではないか?と。主張の度に、過去のトラウマを思い出し、恐怖し、それが本当にいいことなのか?家族のメンバーは、私に関する情報を握っている可能性はある。例えば私が乳幼児の頃など全くに記憶にないわけだが、極端な話し、折檻を受けていた可能性だってあるわけだ。とにかく、自分が覚えてない、健忘の部分は、彼らが知っている可能性がある。常に疑念がある。コミュニケートを深めていけば、「あんなことはなかっただろうか?」、「こんなことはなかっただろうか?」と永遠の疑心暗鬼状態に陥る。今だって現に陥っている。(今、彼女はいないが)例えば恋人のような関係で、関係を改善したいと思うのなら話しは別だ。自分が選択した関係なのだし、改善したいと思うだろう。でも家族は選んだわけじゃないから関係の改善の責任は私にはない。安全に思えないし、関係を深めれば、そこには忌まわしいたくさんの過去が横たわっている。いいや、今日は休もう。外に言って、小説でも読もう。一日くらい離れてもいい。そして自助会でこの気持ちを話そう。話して、感情の動く様を見てみよう。
<925> アーネスト ■2005年11月09日 水曜日 15時07分15秒
12のステップを踏んでくると正直にならざるを得ない。だから今、ものすごく葛藤がある。兄はもとより父との関係にも葛藤を感じる。彼はぜったいに「~すべきだ」という断定的、コントロール的な言葉を使う。私はそれに目くじらを立てている。その時、気付いたのは私は彼からの「承認」を求めるのはあきらめたし、彼を変えようという気持ちもなくなったけど、いやだからこそ、そういう物言いがイヤならイヤと言える自分になりたいと思っているのだと思う。ナンドも書いてきたけど、正直になることで得る報酬よりも痛みの方に、今の私は目が行き過ぎている。正直な自分を誉めてくれるわけでもない。特に共依存の家族では、正直こそ最悪の悪徳だった。昨日も少し口論というか(まぁ単なる意見の食い違いなんだけど)まぁそういうことがあった。私の頼み方が悪かったが、父に2,3点、これはイヤだから、こうしてくれないか?(まぁここまで丁寧ではなかったが、こうしろ!!と命令したわけではない)と頼んだら、その行為を修正してくれたにも関わらず、「お前はそんなことも気になるのか?」と言われたので、なんとなく腑に落ちない感じだった。いやならイヤと言えばいいのに、用件を受諾しておいて文句を言うのは筋違いだ。私はミーティングに出るたび、いかに自分が不正直かということを思い知る。でもそこで正直になる勇気をもらって、なんとか感情的な酩酊や葛藤を解消しようと努めている。私が今後、自分に正直になればなるほど、父は私のことを疎ましく思うかもしれない。出て行け!!とは言わないと思う(彼の共依存ぶりは子どもに注がれている)が、その保障はない。金をやらない、これは言う確率がかなり高い。金の世話にはなりたくない、という気持ちはようやくだけど芽生えてきた。
<924> Mio ■2005年11月08日 火曜日 17時37分54秒
父の頭の病気は本当にひどいし、怖いし、まともな会話できる人じゃない。
私の気持なんて一度もきちんと聞いたことはないし、実際耳も遠くて、私への電話の取次ぎとか・・・些細な用事でも、大声で怒鳴るので(父にとってはこれが普通の声らしいが)私は本当にこいつがダイキライで、怖い。
でも・・・昔、たまに何度か簡単な手料理作ってやったら、ことのほか喜んでたこともあったので、父親らしい気持があったのかも知れない。昔は・・・。今はどうかわからないが。
あんな生き方が精一杯の人なんだ・・きっと。
<923> 豆だいふく ■2005年11月08日 火曜日 08時37分53秒
それでも私は母親を幸せにしたいと思っていた。そうできるのは私だけだとすら思っていた。でもその気持ちは全く伝わらなかった。またそんなことは不可能であると気付いた。
<922> アーネスト ■2005年11月08日 火曜日 02時56分08秒
ACの本を読んでいると、アル中の夫に怯える妻や子どもに自分を重ねてしまう。自分はACOAではないから、こんなことを書くと失礼かもしれないけれど、兄と自分のの関係がアル中夫とその妻にだぶってしまう。父は・・・だいぶ見切りをつけることができたから、今は葛藤は少ないけれど・・・暴力的な兄には怯えがある。いつ起こるか分からない怒りの噴出。彼は【怒り】というアディクションを持っている、と思う。私はそれにずっと晒されつづけて、それが普通になってしまった。勿論、怒り猛り狂うのは母も同様だった。ただ私自身、彼女の私に対する直接的な怒りを受けた覚えはあまりない。万引き事件くらいで、トラウマになるような強い思いではあまりない、と思う。一方、兄は・・・・私は彼がいつも怒りを抱えているということを知っていた。そしてそれが自分に対するものなのか、彼自身の個人的なものなのか、という区別は、残念ながらできなくなってしまった。

彼の怒りは、第一に母との葛藤から来るもの。そして母と密接に関わった私にも直接は関係ないけど、彼の怒りの対象である母と仲良くしている私にも危険があることだけはわかった。でも私は母を必要とした。そこで彼の怒りを受け持つようになったのかもしれない。母と仲良くしながら、同時に兄を刺激しないようにするには、つまり母、兄、両方を刺激しないようするには、無茶苦茶な話しだが、彼の怒りに責任を持つしか私にはできなかった。そういう考えをとりいれない限りは生きていけなかったのだ。全ては母のためだと思う。母のグチを聞き、肩を揉んでやれば、兄との争いが減る。一方、兄を宥めるのは私にはできない(暴力が来る!!)から、彼の怒りは私に原因がある。彼が怒るのは母のせいだ。でもそれは母には言えない。だから自分のせいにする。私が母と仲良くするから彼は怒るのだ。でも、私には母を失うことはできないから、彼の怒りは、これはもうこの家で育つためには仕方ない。そういう感じだったのかもしれない。
<921> アーネスト ■2005年11月08日 火曜日 02時31分31秒
(続き)中学を出てしまった後では偽の人格が殆ど出来上がってしまった。でもそれは「自分を愛してくれる母親はいなかった」とか「幻想を捨てた」ということではなかった。安全な家庭を守ってくれない母親に見切りをつけたわけではなかった。外(学校や部活)が自分にとっての安全な場所にとって変わっただけだった。自分が自分であるという感覚はもうなかった。そんなことはどうでもよかった。ただ安全、安心感を維持しないと、8歳頃の自分に戻されるのだから。その安全さとは、「家でない場所」且つ「世俗的なものを排除した場所、承認を満たせる場所」だった。要は母親を同伴しても問題のないような場所だった。そういう意味では背中に母親を背負って暮らしてきたのかもしれない。

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This script written by Shintaro Wakayama.