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私たちの物語 - 心の持ち方・感情・過去ログ No.98
メッセージ数:1960件

<1960> ぺあ ■2007年10月03日 水曜日 20時59分09秒
思えば私の友人に誰にでも私は、助けてあげなきゃ、と脅迫的になり、相手は本当は誰も理解できない悲しみをもって私の救い、的を得た私にしか発見できない助言を待っている気がしてた。いつもそうだった。私はいつも平気な振りしていきていた、どんな時も。私はすべて振りで生きていた。私は頭ぶつけても耳に虫入れられても、まだまだいける、大量の人からの不満のごみ箱を私の中に作って、かわいそうな人達の苦しみを和らげてあげるためだけに私は生きていた。パーティへ行けば全員の人の気持ちを探ることに力を注いだ、たぶん学校のクラスの中でも私はそうだったんだろう。孤立している人見れば、やばいってひやひやして不安で、その人が集団の中で孤立感抱かないように砕身する。そのくせ、その人に対して私より下と見下し、その人が彼氏いたり、仲良しの子見つけたり、最後にその個性認められたりして皆に受け入れられていると、その人への裏切りやがったなという怒り、今までこれだけ気持ち注いでやったのに!と憤る。
<1959> ぺあ ■2007年10月03日 水曜日 17時56分21秒
私は人に甘えられて、支えてあげて、自分のためではなく他者のために奔走し、不幸な不満たらたらな人を少しでも気持ち和らげてあげてこのよとのツール役になることが当たり前としそうしなければならなかった。障害もったあの子は、してもらって当然の子。お互いの素質が合致したんだろうね。私はしてあげて当然、私はもう十分ずるいから、私のために立ち上がることは、不幸な世の人に対して申し訳なく思わないといけないことだった、さもないと私は病気になり事故に遭い自殺し他者の暴行受ける受難にあわないと、プラマイゼロにならないから。私は生きているだけであの家庭で私として存在し幸せ感じているだけでずるいから。ずるくて他者の幸せとっているから。私の家族は今思えば皆プライド高く、自分を良く見せることに力を最大に注ぎ、弱いもの自分よりしたを喜んで見つけてはけなし、そしていつも不幸そうな顔し不満でいらいらいらいらしていた。これが世の中なんだと私は思いこんだ。
<1958> ぺあ(FB注意) ■2007年10月03日 水曜日 17時26分17秒
思えば私は自分の気持ち、怖い不安心配という思いを尊重されたことは一度だってない気がする、そんくらいで、ばかじゃないの、社会でやっていけないよ、おまえは神経質だから中学になったらあれは部活とかやらせるべきだとか言われてきた。怖いという思い持つだけで私はいじめられやすい、ねらわれやすいと思っていた。怖いという行き場をなくした私の強い感情は、その思いをなんとか外目にばれないように、自分にさえ怖いと感じて「弱い人間社会から落っこちる人間」にならないような人間であることを証明するため、自傷して壊した。車の音が怖い、そしたら私の指を足を車がつぶす想像をする、痛くて気持ち悪くなる、こうやって感じた恐怖は恐怖じゃなく自傷に変える。感情持てば私はいつかこの家庭のおかしさにきづいてしまうから。感情持てばあのNのやってくるひどい仕打ちにいつか反発して逃げて、私が上であの子、かわいそうな、ほんとは傷ついていて、誤った道の曲がり角に来ているあの子を下に徹底的に立ち直らせなくさせてしまうから。
自傷とともに生きてきた。逃げ場も行き場もない、私はかわいそうで不幸な甘えん坊で私にもっともっとと口開けているヒナ達に囲まれて、育ったから。みんな世間は気がついていないけど、みんな誤っていていつか失敗(失恋、息子の裏切り、死、病気がそうなんだ)して傷つく人で、いつか私のような合っていてどんなことも受け止める救世主の救いを待っていると思っていた。
<1957> ぺあ ■2007年10月03日 水曜日 00時25分10秒
私姉嫌いなんだ。正解じゃないかもしんないけど私は姉が嫌い。押しつけがましくて、要らないブランドバックくれるけど、誕生日カードに良い言葉書き立てるけど、人が死んだ時にいきなり今までごめんだとか、私悲しいだとか絶叫するけど、普段は見下し自分が上じゃないといられない人なんだ。 学歴でレベル低いだとか平気で言うし、私には自分より上の大学行かないでよって言った、そのくせでもいいんだ〜あんたの学部より私の方が上だからだって笑っていた。 私は常に怖かった、何か問題あるこの家で何もないようにして乗り越え乗り越えきていたこの家で。今も怖いよ姉が祖母が叔父が自殺したらどうしよう?自殺者二人もいる家庭なんかまっぴらなんだよ。だから見捨てられないかわいそうなでも過去にずいぶん私を良いように扱ってさんざん傷つけて喜んでいた姉さえ、恐怖でものすごい優しい母のような妹になって、父の最期の様子泣きながら話してくる姉にうんうんって受け止めて何でもうんうんそうだねそっかそっかって言う私。自殺されたくない。恐怖。精神疾患をもってなんかどう考えても機能不全な姉が怖い祖母も叔父も。
<1956> ぺあ ■2007年10月03日 水曜日 00時16分39秒
私へ、無理しなくてよいよ。姉嫌いでしょう?大っきらい。あの見下しせこい女。でも素直に感じるとまた心がぎくぎくぎすぎすおびえている。仲良くしなきゃって強迫観念。姉は不安障害だから。自殺されたらと心配。周りに当たり散らす人だけど、あのバカ。今度なんかまた助言とかしてきたら、ばかでせこい女がなんか言ってるよって思おうね。
<1955> なずな ■2007年10月02日 火曜日 19時37分34秒
 インナーチャイルドを抱きしめることができた。大人の私は泣いて抱き寄せたけど、私の中の子供は身体をこわばらせていた。表情は分からなかったけど疲れきって不信感に満ちていたように思う。
 インナーチャイルドは私を拒絶していた。というか、甘え方を知らず立ちすくんでいた。それは辛い中にひとりぼっちでずっといることを暗に私に伝えてくれた。
 ごめんね。やっぱりまだ辛いもんね、さびしいもんね。
 でもね、やっとあなたの姿を掴んだよ。ちょっと前までは形さえイメージさえ掴めなかったんだもの。
 時間がかかってるけど、きっとあなたがちょっとでもにこって笑ってくれるようにがんばるから。生きていてね。
 
<1954> ぺあ(FB注意) ■2007年10月02日 火曜日 11時01分46秒
 感じたくないけど、感じたら、この家族の誰かが自殺するから・・・。感じたら、誰かを傷つけるし、自分のパワー見せ付けて、誰かを下にしちゃうから・・・それでも感じるなら私、この家族嫌い。祖母のしがみつきもうざい!母の心配してるしてるって大騒ぎするけど、何も役にも立たない、ただ、そうやってやっているという押し付けと私を一人の人間としてみるんじゃなくて、どうせたいしたことないって見ては、ばかにし冷笑し、でも、私の問題取り上げて、私が泣きたいところを、あいつがわんわん泣いたり(心配して泣いてくれているのに、こんなこと書いてお母さんごめんってまだ心で思っているよ)すると、私が泣けなくなる。全部、あいつが、私の問題に「これたいしたことない」って冷笑するか、私が怒れば、いきなり「どれだけ心配したと思ってんの」って泣く。私の憤りをあいつが全部先にとる。境界線ないの。なくて、居心地よくって私は孤独じゃないって思っていたけど。何も尊敬も尊重もされず、ただのしかかって、私の問題先にとって、解決したり、私の泣くところをあいつが私の代わりにおお泣きして、騒いで、「心配してやっている。私のどれだけの時間さいたことか、どれだけ愛していると思ってんの!」と押し付ける。
 心の力また取られる。

 そうして、私はすべて過小評価。私のやり方おかしいからさ。私の感じたか事態過敏で、社会でうまくやっていけない子でさ、私の感じていることなんて、誰も感じていなくてさ、私は変だから。
 そうして、学校では同級生に散々欲望の刷毛口にされる。「子供だからしょうがないよ」って私は一生懸命許そうとしているし、いつまでもこだわる私はすごく性格悪いって自分で自己嫌悪しているよ。
 そんで、自信なさげな私に今度はお節介な大学時代の友人が、「もっと人の話し聞きなさい」「もっとこうしなさい、ああしなさい」私の見方支持してくれることはなかったな。したのは、ああしなさい、こうしなさい攻撃。「あんたの過去言われると私再現しちゃうんだよ。辛いよ」って言った。友情?私はそんなのじゃなくて、ただ、境界線正常な人に、うんうんって認めてもらいたいだけなんだ。尊重され、そうだったんだねって理解示して、この世に存在していた私の世界をうんうんってその人からは離して聞いて欲しかったんだ。
 ただ、何も満たない出来損ないの笑われてもしょうがない、穴ぼこだらけの、学校時代なんかいじめられまくって、大切にされなくて当たり前の私を、それでも、普通の人間として友人になってほしかった。ああしろこうしろっていう指示がほしかったんじゃない。ただ、ただ、私を人間として尊重して、なおかつ境界線もはっきりしていて、私を友人として一緒に色々楽しめる、そんな許されているって分かりたかった。
 まだ足りない、まだ足りないって何やっても、言われて、そのくせ笑われて、そのくせ「もっと自分だせ」って怒鳴られた。大学時代だった。
<1953> かえる ■2007年10月01日 月曜日 16時24分55秒
ムカつくこと。ちっちゃな事でも自分の観点からずれてる行為を相手にされると腹立つ。〈もっと私が寛大になってまわりを許容できる様な器のでっかい人間にならなきゃ〉って無理して物分かり良い子を演じようとしてたけど。ダメだわぁ。生活の基盤が仕事だからお客さんにムカつく。財布を開けて〈ここに釣銭入れろ〉と言うオヤジ。〜あのさぁ〜あたしゃ!あんたの嫁でもなきゃ!家族でもないんだよ!!普通常識から考えて。私にそこまで強要する権利あなたに無いから!自分でお釣り財布に入れるのも億劫なのか!?ここはあんたの家じゃないんだよ!買い物ぐらい普通にマナー守って下さい。
<1952> ぺあ(FB注意) ■2007年10月01日 月曜日 13時06分49秒
泣けるだけまだいいよ。泣きたいのに私は泣けない、誰を傷つけることもできないから。私が泣けば、誰かを傷つけられない。明るいかおして満足な顔して生きなければならない。毎日肩を落としている父にあなたは合ってるよって子供の私が言わないといけない。私だけでも。ご苦労様、私は泣けない。泣きたくてもこんな幸せやってやってんのに!という父の破壊的な努力。窒息しそう、わたしはわたしのままで息の吸える場所がないんだ。悲しい顔は御法度、幸せじゃないとは言わせない。
<1951> ぺあ(FB注意) ■2007年10月01日 月曜日 12時39分46秒
なんで私はいじめられやすいんだ?怖くてこれからもそうなるのが恐ろしくて研究してた。どんなに自分のつらかったこと安全だと感じない場で言っても、勇気だしてすべて話しても、誰にも通じない、すっきりしない。なぜ人が皆不幸でかわいそうで皆すべて誤っている道に進みそうで、いつでも私は支え、修正させてあげないと、つぶれそうでやっとのことで生きてきたあなたを支えてあげないといけないと脅迫的に感じるのか分からなかった。友人には、あんたはおごっているとも言われた。お節介ばばあとサークルの先輩に言われた、自意識過剰なんだよってサークルの人に怒鳴られた。もっと自分出せって上司に言われた。相手がつぶれそうという思いはしみこんでいて、私には。そして私はずるいという思いも、大人から見たら先行くものから見たら、笑える存在間違いだらけの存在なんだという思いもしみこんでいた。ほんとに大学時代はありとあらゆる人に、「ああしなさいこうしなさい」と言われ、どんな人に対しても相手は弱くてかわいそうでつぶれそうで、例え相手が違っていても私は「うんうん」ってしないとつぶれるから。私の性格異常なんだと思っていた。いっぱい暴力の勉強した。いじめについて言いたくもないのに、浄化して社会できちんといじめられずやっていく為に、言いまくってきた。子供時代言えなかった自分の勇気のなさを恨みながら。 父が自死して、はじめて分かった。私のこの感覚の源が。おかしいとこの家族にいっぱい思ってきた。優しくて何でも言うこと聞いてくれる、この家族に恵まれたおまえは文句言うなんて、おかしいと責めていたし、他者からも責められた。 私が赤ん坊の頃から、父は躁鬱で祖母は自殺未遂した躁鬱で父の家族は兄弟は学歴と企業と幸せ比較のパワーゲーム家族。 私はずっとおまえがおかしいと言われ続け、ほんとにそう思っていた。24で父が自殺してはじめて訳分からなかった世界の意味がつかめた。
<1950> ぺあ ■2007年10月01日 月曜日 12時24分41秒
怒り、持てなかった。反感も批判も気持ちの上でさえ持つことできなかった。教師もそうどんな大人も子供も親も祖父母も皆私が「うん。うん。あなたの言ってること大賛成。そうだね。うんうん。そうそう。あなたは正しい。」って思ってあげないといけない。私はそうやって相手がつぶれるのをくい止めたかった。いじめられる。「うんうんつらかったんだね。あなたが私をいじめていいと思うなら私はそういう存在にならないといけない。あなたは絶対に正しい」そうやってたった9歳でやってきた。本当に独りだった。「あの子何でも言うこと聞くから奴隷にしちゃおう〜」そう何人者女子に言われた。ショックだった。「何〇〇〇トイレなんか行ってんの〜」始業式の朝女子4人に私の目の前で言われた。私はいつも訳分からなかったけど人がつぶれないために、細心の注意払って気使って受容する役目しかできなかった。「嫌って言わないからいじめられるんだよ!?」いっぱい言われたし、私のこの支えないとって脅迫的に感じるのは、私の生まれつきの性格だと思っていた。偽善者とも言われたし、見ているとイライラするとも言われた。全部生まれ持ったものだと思ってきた。どれほど、何で私は普通の子になれないのか、こんなに汚いのかとせめてせめてきたことか。姉にも母にもすごい言われた、「気が弱い気が弱い気が弱い気が弱い気が弱い。何で主張できないの?嫌って言いなさい!!」弱虫〜って笑われからかわれるのは子供の時からいつも。事ある事に。からかわれて当然。おもしろい役必要だし。話題提供者。ねた。感油剤。親戚の場で姉は私をねたにして、知らない人との緊張感和らげたいの。話がなくなれば、私のいじめられた話しでさえ、ネタ。私は家族だけじゃない、どこ行っても。「冗談通じねえな」「からかってるだけだよ」「だってあんたおもしろいから」「ぼけたら突っ込みたくなるの芸人は」「あんたの人生そのものがネタだよ」「何でも本気にして友人いなくなるよ」「いじめじゃないよ〜かわいがってあげているだけ」私がおかしいんだね私の感覚はこのよでは通じないみたい。誰とも。家族には通じない、みんな。いじめてないんだって、私みたいな本気でまじめな子は誰からも敬遠されてどこにいてもいじめられるから、子供時代のいじめも私がいじめられてしょうがない子に生まれつきそうだからだったんだよね。大人になってもそうだし。お姉ちゃん喜んでるもん、いや子供時代いじめた子達も喜ぶよね。
<1949> ぺあ ■2007年10月01日 月曜日 12時04分57秒
誰かに寄りかかってみたかったな、子供の頃絶対壊れない自我を持つ、頼れる大人に会いたかった。頼って泣いて相談したかったな。頼りたかったな。私はまだ子供なのに、私の方が同い年だけじゃない、父からも母からも姉からも甘えられ背負っていた。10歳のわたしが父をおんぶしたら泣けたよ、折れそうだった、体ごと崩れそうだった。寂しいよいきられないだって不幸でかわいそうな人しか私の家族にも周りにも世界にはそういう人しかいないから。
<1948> ぺあ ■2007年10月01日 月曜日 12時00分31秒
相手に背負わされない人生ってどんな人生なんだろ?家族からもかわいそうな人たちからも、無罪放免になれる人生ってどんな人生なの? かわいそうな人をおぶわないで、誰かと対等に、自分のためだけにいきられるってどういうことなんだろう。常に相手の不安を理解して私だけでも分かってあげないとって迫るような不安感のない人生ってどんな人生なんだろう?
<1947> ぺあ(FB注意) ■2007年10月01日 月曜日 11時53分35秒
私はずるい今でもずるいもっとつらい人たくさんいる。このサイト見てもつらそうな人、明らかに私よりひどい環境だった人ばかり。私はまだまし。私は恵まれているほう、まだいける、まだ頭おかしいって人事に周囲に思われない程度の履歴書かけるもん。浪人一年程度。すごいよね、あれだけ怒り殺して現実わけわかんなくて自傷して周りとばしてやっとで生きてきた中学〜大学。ずるいかな私汚いよね汚いね。汚くなければ父みたいに自殺しちゃうんだろうね。お父さんの方が大変だった、すべて。私はやっぱりずるくて汚くていつか誰かに汚いもの暴露されるそんざいだよ。姉も不安障害、祖母も自殺未遂したことある躁鬱、母も鬱。私だけ何にもない。純粋じゃないから計算してきたから、自傷して自分守ってきたから、それでも金だけには不自由しないよう父にしてもらってきたから、いきてこれた。
<1946> ぺあ(FB注意) ■2007年10月01日 月曜日 11時46分56秒
色鉛筆全部おってやった。殺してやりたい。燃やし尽くしてやりたい。この洋服も灰にしてやりたい。私ほど怒りを制限されてきた子供はいないんじゃないだろうか?だって怒れば、相手は精神病患ってるんだよ、事実を知らされたことはなかったけど。赤ちゃんの頃から。子供の頃から私は怒れば、私はあまりに正しすぎてあなたを壊す殺す崩すと思わされてきた。怒れない、お父さんもお母さんもみんなつぶれる。そうやって相手しか心配できない子供だった。それに目を付けられてどれほど、その子の持つ背景を私とは関係ないのに背負わされてきたことか。 はいはい、あなたの母親は鬱なんですね、で口蓋なんとかで鼻と口が変形してるんですね?はいはいあなたは鼻とかのことで傷つけられてきたんですね、幼稚園のころ。はいはい、私はずるいですね、毎年良いホテルで旅行ですよ、明るくて仲良しの家族持ってますね、忘れ物届けてくれるお母さん、はいはい私はあんたのかわいそうな境遇に比べて幸せですねはいはいすみませんねはいはい私はお父さんは不幸そうです家族皆いらいら不満だらけみたいです、なんで?私がずるいってあの子言っていた、そっか私ずるいんだ。そうやっと辻褄あうよ、私がずるいんだ、この不幸家族。あの子のいらいらも全部わたしのせいなんだ。やっと分かった。あの子のいじめもあの子のお兄さんが子供の頃死んだ、みんなみんなみんな私の弱みに喜んでつけ込む。私が悪い、私はこのクラスの女子の中で一番気が弱い汚い女なんだ。汚いほかの子とは違うきたないきたないきたないきたないきたない子供、そう思ってきた。いじめはお似合い私はずるいから。
<1945> ぺあ(FB注意) ■2007年10月01日 月曜日 10時52分12秒
未だに私をいじめた子、例え少しのからかいでもバカにした子が忘れられない。 手放せない。今でもおびえている。あの子のした事と私自身を切り離せない、私が罪悪感感じてる。鼻が曲がって生まれてきた、お母さんが鬱病、保育所育ち、お母さんの母代わり、かわいそうな子。そんな背景あったからしょうがないじゃん?お兄さんが早死にしてお母さんから崖から車で飛び降りたらしい。なんか、なんか、あの子の顔があのときのまんま浮かぶ、怖い。私は今でも10歳からの大きな思いを解消できず、持ちながら、何にもできず生きている。今すでに20年近く経ても、あのときのまんま。同級生も皆母親とかになってるのに、皆あのときのまんまで生きていて、今でもおびえきっていじめられてもしかたなくて、私が変化したら裏切り者って責められる気がして。どつぼにはまったまま何年も恨みと罪悪感と、恐怖にさいなまれている。
<1944> ぺあ(FB注意) ■2007年09月30日 日曜日 16時44分28秒
 もう無理しない。無理しない。もう無理しない。
する時は自分のためのとき。それでも、しない。家族への時は、仕事と思う。
 もういいです。要らない人間関係は捨てる。
 いじめられそうな顔していてもいい。暗い顔していてもいい。いじめられそうと実際にいじめられるとは違う。
 私は子供の頃「いじめられやすかったよ。」だから、しょうがないって思っている。だったら、私が今度いじめられやすそうな人見たらいじめてもいいのか?私はいじめない。でもそういう論理でくると、いじめたくなるけどね。

 いじめられやすかった・・・・大学時代も。そう友人にいったら、「いじめられやすいのと、実際にいじめられるんじゃ全然違うよ」って彼女は言ってくれた。
 いじめられやすいのカバーするために、自分隠し、高い下駄はいたり、強がっては、「あの子変」とか言われて、またいじめられた。
 だから、もうどうすればいいのかわかんないの。もう。いじめられやすい顔で、弱弱しくしていて、誰かにいじめられたら、私の責任って思って来た。そうさせられてきた。
 ねえ、いじめられやすかろうが、どうであろうが、私をきちんと扱ってくれる人としか付き合わないよ。本音見せろよとか、もっと自分出しなさいって私に迫ってくる人沢山いたのね。バイト先のパワハラセクハラ上司とか、障害持っている子とか。でも私のままでいいって、そんでいいよって言ってくれる人しかそういう人を大切にする。
<1943> ぺあ(FB注意) ■2007年09月29日 土曜日 19時52分56秒
幸せになっていいのかな?やりたいこと隠れてやっても、誰にも「うそつき裏切り者」って言われない?やりたいけとやっても「かわいそうな不幸な人」私の想像超えたものすごいありとあらゆる辛酸なめてきた子を、ひとりぼっちにしない?その子にみじめな思いさせない?私は演じて演じて本当の私は息を吸えるときにすって、後は身を潜めていきてきたから、わからんの。演じて周りとバランス取って息継ぎして、ほんの片隅で息を吸い、生きながらえてきたから。それでも生きながらえてきたことにでさえ、私は今精神的な病ないし、一応身分もって社会的に通用しているし、履歴書にも人事が首かしげるような眉ひそめるような期間無い、すごいって一部では言われる学歴持ってる。だから傍目にはわからないよ。だから要求突きつけられたり、大丈夫でしょって言われたりするんだけど。だからそんな自分を奇跡で私はずるくて計算高いから生きてこられたと思ってんの。だって姉は不安障害、母はうつ、父は躁鬱持ちながら出世競争を大企業の中でしてきて定年後、新しい大企業入った後でうまくいかない仕事を前に自死した。祖母も叔父も躁鬱。叔父は会社に行けなくなったりいけたりを繰り返し、元気になればなんか私のお世話したいらしい、はっきり言ってうざいけど役に立たないし決めつけてるし。自分の必要とされてる感が嬉しいだけだから。家族に居場所無いらしいから。はっきり言えばもう嫌な人、力奪われそうな人とはつきあわない、そんな本も気にしない。いっこうが何言おうが、社会に出てからいじめに遭ってもそれは私のせいもある、気にされている印だとか、うざいプラス思考おしつけんな。 私はもうやだよもうやだよもういじめだとかぜったいやだよやだよ、怖くて不安で社会にでれない。思考かえればいい問題じゃない!
<1942> ぺあ(FB注意) ■2007年09月29日 土曜日 19時22分34秒
今日は気分良い。そうするとね、今度は不幸な人探しして不安になる。たとえば家族もいなくて、最近の小説にあったような、誰もいなくて、乳ガンになった40代の女性の話し。悲惨だよね。あんな風になりたくないわ〜。私は人を助けたいのと、私はああはなりたくないという気持ちセットなの。私は元気になると、今度は知りもしない、現実にもない、創作で悲惨な人つくって、「私にも可能性あるかも?あの友人なりそう。やばい助けないと」って焦ったり付き落としたくなったり。自分の事だけ考えよう。不幸な人が周りにいなくても創作。ぽつんと立ってる女性、一人、病持ち、悲惨だ、って思ってる。不幸さんに常に遠慮する。明確にいなくとも。かわいそうでたまらない。そんな世界に落っこちている人いる。助けほしがってる、私は幸せ我慢しないといけない。ほんとは好きな人がいて彼氏にしたくても。幸せを孤独な50代女性から奪えない。私だけ置いてけぼりにできない、不幸な人を押しやれない。
<1941> ぺあ(FB注意) ■2007年09月28日 金曜日 22時48分43秒
 インナーチャイルドを意識すると、インナーチャイルドを傷つけようとする今の私がいる。
 ごめんね。
 でも、やめられない。
 ハイヤーパワーに任せるって、任せたら、私電車の中でも公衆の面前でも「父が自死しました」って絶叫しそうで怖い。頭おかしくなってしまいそうで怖い。でもあの全員の電車とめられたら、父助かったかも。父親助けられたかも。あのスケジュール通りに進む、あの電車のタイム私が支配できたら、父の自死行為とめられたかも!!!!!って思うの。
 もうだめ、我慢できない。もうこれ以上。私がどれだけ頑張って、我慢して意識とばしても高校受験も大学受験もして、いい学校はいってきたと思う???
 もうだめ。それでもまだ足りないと私の人格批評する、あの先生と友人とサークルで私に「あんた幼稚園生?」って聞くあいつら。

 辛いよ!!1!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!何で誰も分かってくれないの?????????
 意識とばして、スピッツの音楽ならしながら、頭の裏で記憶するようにして、数学の証明覚えた。クラスの男子。私に気があるんだかないんだか知んないけど、そいつらに「私のこと考えている間に私は私の道進めてごめん」って罪悪感を何人に対しても思いながら??・
 頭おかしいのかな?私。自意識過剰なのは中学生の特権じゃん?それでも辛いのは、私には必ず自分の足で自分のためになる道を歩むほど、誰かに(私に好意を持つ人、関係のある人)罪悪感をものすごい持つの。。。。。。

 私を生きられない。
 生きられないのは、私は背負うためだけに存在するから。私の道を歩むのは、贅沢なんだ。皆倒れそうなんだ。皆辛いんだ。お前だけだよ。お前はずるいよ。皆辛いんだ。

 そういう心のフィルターがかかっているから。

 罪悪感と恨み。


 自分の道を自分の足で歩くために、少しだけなにかしていきたい。
 それでも教育実習とあの大學の教官と友人2人に今はすごい過去に持ってきた罪悪感と境界線のなさと、自分の足で歩くことへのあいつらの恨みの視線、のしかかる視線、あいつらが自殺しそうな視線がからまるよ。。。。。。

 こんなこと書きながら、現実は、全然違うの。現実は、誰も私のことなんか気にしていなくて、皆それぞれ仕事持ったり、夢に向かって歩んでいたり、3年前のことなんか皆忘れている。それでも、私はできないの。。。。。。。。。。
 辛い

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This script written by Shintaro Wakayama.