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私たちの物語 - 心の持ち方・感情・過去ログ No.6
メッセージ数:120件

<120> みみり ■2003年12月04日 木曜日 13時48分02秒
私は愛しすぎたかな?
こうやって自分を苦しめるのは、楽しく思ってしまったのか。
私はいつからこうなったのだろう。
自分を無くして、大切な人を失う。
これのために頑張ってきたのだろうか。

疲れたってさえ言えない自分。
はっきりと主張できない自分。
心の中にはっきりと分かってるのに、
なぜか言い出せない。

相手も辛い。私も辛い。

苦労が好きじゃなくて、あなたを愛しすぎただけだ。
<119> L ■2003年12月04日 木曜日 02時03分39秒
気持ちが浮かなくても淋しくても、滅茶苦茶に腹が立っても疲れても、
そんなことで別に焦らなくていいんだな。
だって、何感じたって私が悪いわけじゃないもの。
生身の人間なんだし。
感情の波なんて、あって当たり前。

昨日を反芻して吟味?したり、明日を予想したりするのも、やめればいいんだな。
「手放す」ってことか。
やたらに心配しても、仕方ない。
過ぎたことも、どうしようもない。
私って、何か考えてないと不安になるのかな?
「真っ白」「空白」みたいなものが怖いのかな。
ぼーっとするのは居心地悪いのかな。
それとも、
「考えねばならない」という根拠不明(根拠はそれなりにあるんだろうけど)のプログラムに従ってる?
「常に考えていれば、この状況をより良く改善できるし、それは人生の義務だ」
なんて思ってる?

気がついたらまた、こんなに夜更かししてるけれど、まあいいや。
怒ったって仕方ないでしょうが。
そろそろ寝よう。

頭を動かさなくなったら、ボケが多少進むかもしれないけれど。
少し位ボケてても、それで幸せなら、ボケずにストレス溜め込むよりいいかもね。
<118> くり ■2003年12月03日 水曜日 13時32分37秒
 心の開き方が分らない。
優しさとはなんだろう。 人と何かを共有出来たらどんなにらくかな。
<117> もで ■2003年12月02日 火曜日 01時34分54秒
あたしの心にはフタが多すぎて、なんだか分かんない。
開けていいのかもわかんないし、当然開ければなにが出てくるのかもわかんないし、フタがどこにあるのかさえわかんない。
でも何かのキーワードがきっかけで、ふとフタが開いてしまうことがある。
何の予告もなく。
すごくとまどう。
胃がむかむかする。
このフタに気付かなければ、案外気楽に生きれるんじゃないかって、思う。
でもホントは、中身を全部ぶちまけて掻き出してやりたい。
苦しいなぁ。
<116> 埴輪 ■2003年12月01日 月曜日 21時00分19秒
「痛くない」と思い込む訓練を日常的にしてきたわたしが
楽しんだり喜んだり人間的になったりすることが
むずかしいのは仕方のないことなんだ。
痛かったんだ。
痛いときはどうする。
普通は病院行くんだよ。
痛くないほうがかっこいいとおもった。
痛みを感じようが感じまいが
環境はかわらない。
痛くないとおもったほうが、何倍ましかわからない。
何ができたというんだろう。
痛みが早く去ることを願う意外に。
感情がにぶいのはしょうがないじゃん。
私が感情をとりもどすには
痛みをもういちど味わわないといけないの?
ちゃんと痛かったんだと認識すればいいの?
でも人間らしくなりたい。
<115> umi ■2003年12月01日 月曜日 00時40分09秒
私は私が大嫌いで、父親も母親も大嫌いで
友達も大嫌いで、会社の人も大嫌いで、
でもそんな嫌いな人のそばででしか
生活はできなくて、
離れることができなくて、
で、さらに自分が嫌いになっていく。
そんな自分がいる。
どうすればいいのかわからない。
何をすればこの気持ちから抜け出せるのかわからない。
だけど、「大嫌い」だということがわかっただけでも
もしかすると一つ前へ進めたのかもしれない。
そう思うと希望になる。
<114> MARU ■2003年11月30日 日曜日 18時17分49秒
鬱々とした一日の中で、ホッと気楽になれる瞬間がある。事がある。
僥倖だ、と思う。

天から授かるラッキーじゃなくて、自分で、切り替えられるようになりたいな。

苦しくて、苦しくて、逃げ場がない日々。
ふと気が就くと、「もう面倒だ。さて、ご飯食べよっ」なんて思える自分に、もっと出会いたい。

そうしたら、本当に他人との間で嫌な事が起きた時にも、もっと、楽に対処できるのかも知れない。
嫌な事ってのは、いつでも必ず、起こるものだから。
<113> L ■2003年11月30日 日曜日 02時28分13秒
独りでいることが平気な自分と、それを堪らなく感じている自分がいる。
付け込まれてどかどかと侵入されるのは、もうゴメン。
でも、ときどき「一人は大変だなあ」と思うこともある。
この空虚さに耐えなくちゃ、と思う。

私が幸せであるかそうでないかのスイッチを、他の人に投げてしまっってはいけない。
私は私でいいんだよって、そう思ってみる。

結構小心者だからなあ・・・。
「〜ねばならない」が強いんだ。
人には偉そうなこと言う割に。

とにかく、いくら情けなくてもこれでいいんだよ。
最低限のことしかできなくてもいいんだよ。
がんばってるってこと、私は知ってる。
心の平和を大事にしようよね。
<112> 靴 ■2003年11月29日 土曜日 18時55分36秒
また同じ失敗をやってしまった。親から胸をえぐられるような言葉が体中に走った。また自分をいじめてしまった。「全部自分が悪い」「頭がわるい」となんども思った。いやな癖だ。子供のころから失敗をすると、親がむちゃくちゃな言葉をなげかけてくるのでつらかった。べつにうまれなくなくてもよかったのにと何度も思った。
今日寝る前は、自分の世話をしてから寝ようと思う。また明日も自分を責めて鬱な感じがすると思うから
<111> まんまる ■2003年11月29日 土曜日 00時50分29秒
自分いじめをやっとの思いで辞めてきた。
何とか無意識に自分をののしることがなくなってきた。
でもこのうつ状態の中で、とうとう自分を愚痴ってしまった。
後戻りするのが恐かったけれど、このもやもやを吐き出したかった。
う〜ん、なんだか昔とちょっと違うかんじ。
ダメな自分を認められるみたいな、妙な感じ。
本当は自分の中味を見たくなかったけれど。
良い所ばかりはないけれど、悪いところばかりもないんだろうか。
両方あって当たり前かな。
そう思えれば楽になるのかな。
<110> まんまる ■2003年11月28日 金曜日 15時36分57秒
自分の中身はみにくい。
執着していて、良い格好しいで、よわっちくて。
出すのが恐い。
<109> ここあ ■2003年11月28日 金曜日 13時08分42秒
1〜2年前まで、私は異様に自分を卑下するようにふるまっていた。他人の前では「私ってほんとにばかよねー」みたいな感じにしてしまう。自分をせせら笑い、おどおど、びくびくした態度をとってしまっていた。
そうしたくないのに、そうしてしまう。
そんな自分が情けなくて、もう絶対にそうしない!と強く念じていても他人の前では反射的にそうなってしまっていた。
そうなっていた原因は充分思い当たるけど・・・

一番ひどいときは、「うちはもう暖房つけてるよ」と言われたら、まだつけていない自分をせせら笑った。
レジでお金を出すのに少しでも手間取ると自分がダメ人間のように思えて、責められている気がして、早くしなくちゃと冷や汗かいてあせったりしていた。
近所の子どもに出さえ、自信たっぷりなまなざしで見られるとぺこぺこしそうになった。
ほんと、これって病気だよね。

あれから、ほんとに色々考えて、悩んで、感じて、思い出して、また考えて・・・
自分がやってきたことを振り返って、結構がんばってきたじゃないの、と少し自分を評価してあげた。 「一寸の虫にも五分の魂」というじゃないの、だったら私だってそんなに自分をばかにすることないじゃないか、と考えるようにした。
誰かにわかってほしい、と思っても無理なら、少なくとも「わたし」という人間にはわかってもらいたい、だって (ここあ)は私がやってきたことを知ってるはずだから。
私は誰かにひどいことをしただろうか、すごく迷惑をかけただろうか、と思った。もちろん無意識下では傷つけたこともあるだろうし、気が回らなくて迷惑をかけたことはあるかもしれないけれど、少なくとも意識的にはそんなことはしたことがないし、人に対して誠実でありたい、(本当の意味で)優しい人間でありたい、と思っている。
そういうことを考えるようにしてから、すこーし楽になった。

今は以前ほどはひどくはない。 でも、まだまだだ。
いい人間関係を求めるなら、まず自分を変えなきゃ。でも、むずかしいよー。
この、反射的反応よ、止まってくれー。




<108> にょろ ■2003年11月27日 木曜日 16時13分05秒
他人の一つ一つの行動が全て自分を追い詰める為だと思ってしまう。
被害妄想に陥ってるのはわかっているのに、どうしてもその人の行動について
長い間考えて、脚色して、ほじくり返してしまう。
そして、それから逃げようと前も後ろも見えなくなり、
行き着く先が・・・・・・ぁーぁ
<107> R ■2003年11月26日 水曜日 17時21分05秒
今日もつらい、いやだ。爆発しそう。自分が情けない。いやだ。嫌いだ。
<106> ねここ ■2003年11月24日 月曜日 18時59分20秒
イメージの中であの頃に返り、見て、殴り倒して、謝らせて、泣いて、怒りと恐怖と悲しみをぶつけて、受け入れてもらう。。。
というワークを何度かした。
徐々に、言いようのない恐怖感はなくなっていったけど。。。

あれは実際にあったことで、その事実を認めています。
そう自分の中では言えるのだけど、だれにも、自分以外の人には言えない。
親友にも。。。話せないなぁ。
そんな自分を責める事はもうないけど、自分の中に秘密があるっていう感覚がちょっと嫌だなぁって思った。

きっと勢いでなら、ポーンと言っちゃえるような気がするのだけど、
また仮面を被ってしまうような気がするから、笑ってごまかしてしまいそうな気がするから、まだ自信がないんだろうなぁ。
自分の中でまとまってない。

最近、寝る前に子供の私がよく出てくる。怒ってたり、いじけてたり、泣いてたりする。
いつもみんなの輪の外の、コンクリートの塀みたいなとこに座ってる。
私は隣に座って、話をしたり、手を繋いだり、抱っこしてあげたりする。
誰が何を言ってきても、私だけは味方だからねって言ってあげる。

だんだんおっきくなってきた。きっと成長してる。
もう走って逃げていかないし、私もどうしていいか戸惑う事もなくなってきた。
でも、まだいじけてる。殻の中にいる。早くこの子が笑って元気に遊んでるとこが見たいな。

だから、私はもう仮面を被らない。中にいる自分を無視してごまかさない。
そうしよう。私もこの子と一緒に成長していけるように。
<105> 太郎 ■2003年11月23日 日曜日 18時00分28秒
親から何か言われると、心の持ち方がチェンジしてしまう。今まで普通の感じが緊張状態というのかわからないけど、常識判断ができない。振り回されている感じがする。中学の時は、「よく頑張った」「良かった」と言って欲しかったような気がする。親が誉めなくても自分が自分の事を誉めてやれなかった。
友人と付き合うのには、苦労した。すぐ親は友人の名前を出してそいつを誉めて、僕をけなしてきたから。
<104> 埴輪 ■2003年11月23日 日曜日 17時07分32秒
私は、昔から、「仲間に入れて」と言うことが、大の苦手だった。
なぜかは知らない。その一言で仲間に入れてもらえるのに、わかっているのに、どうしても嫌だった。
下手に出るのが嫌いだったのかもしれない。
人にお願いする、甘えるのが苦手なことが原因かもしれない。
反面、入れてあげるのは得意だった。まともな人間関係かどうかは別として。
<103> Kitten ■2003年11月22日 土曜日 23時07分49秒
私は自分をとても厳しい目で見ている。母は私がどんないい成績をとっても何しても褒めなかった。そんなの普通、それよりなんでここをもっとよくできないの?!って感じで。
誰かに「よくやったね、ばんばったね」って言って欲しいんだ、きっと。

 自分がやりたいことで評価を受けても一瞬はうれしいけど、あとはプレッシャーで押しつぶされそうになる。なんとか物事をやり遂げてたとえ形になるような結果が出なかったとしても、それまでの過程でがんばってきた自分はとてもねぎらってあげたい。でもそれが出来ずに多分意識できないところで自分を責めている。もっと自分の事を優しく見てあげるようになりたい。

 あるカウンセラーに最近言われた。「どうしてそんなに自分を責めるの?」そのとおり。私だってもっと自分をねぎらってあげたい。意識的に自分で声に出して褒めてあげるのもいいかもしれない。はためには異様に見えたとしても。きっとそういうことが必要なんだと思う。「がんばってるのに責めてばかりでごめんね。」
<102> ねここ ■2003年11月22日 土曜日 00時43分57秒
なんだかたくさんの知識に振り回されている気がする。
AC、共依存、、、そんな言葉達に。
ACはこういうもの、共依存とはこういう関係。なんだか聞き飽きた。
自分や人をそれだけの目で見たくない。そこにばっかり焦点を当ててしまう。
自分や人のそんな闇の部分ばかりに目が行ってしまって、何にも出来なくなる。
私はそういう人間なんだって思ってしまう。
概念の全てを、当てはまってない部分さえ、自分かと思ってしまう。
きっと私もそうなんだろうって。
これは底がないんだろうなぁ。。。探求し尽くしても。

けど、私はそれだけじゃない。闇は私の一部で、全てじゃない。
ACというものを知る前に、自分の力で解決してきた幾つかの事を思い出した。
なんだ〜私あるんだよ。力。ちゃんと。
捕われ過ぎてわからなくなってた。

ACっていう言葉は自分が楽になるためにあるもの。なのに捕われてしまって、
それが自分の全てで、抜け出せないもののように感じてしまっていた。
こいつとはうまく付き合っていこう。付かず離れずだなぁ。。。

それでもいろんな概念を知った事は、とてもプラスになった。
ちょっと付き合い方がわからなかっただけで。うん。
やっぱり最終的には、ありがとう。だなぁ。
とにかくは、目を逸らさずしてたら、それだけに目が行っちゃってたということ、
だから、目は逸らさず、それだけを見るのでもなく、私全部を見よう。
自分の本能も感覚も、もっと信じてあげよう。
<101> WINNIE ■2003年11月21日 金曜日 23時56分25秒
出かけた日の夜は、決まって焦燥(プラス高揚)が強くなる。
たまらない、いてもたってもいられない。

苦しいけど、だからと言ってこれを薬で抑えていいのかな?
という疑問もある。

なんでだろ。

何か、強い気持ちを持った時、それは風邪を引いたときの熱のように、
やたらに解熱剤を飲まない方がいいというのと、似ているような。

食べ物にあたっておなかを壊した時に、むやみに下痢止めを飲まない方が、
いいのと似ているような。

私の勝手なイメージなのかな・・・

もう少し安定した調子で生活したいという思いもある。

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This script written by Shintaro Wakayama.