Top過去ログ一覧
私たちの物語 - 心の持ち方・感情・過去ログ No.39
メッセージ数:780件

<780> 豆だいふく ■2005年03月17日 木曜日 07時31分45秒
興奮状態に陥ると他人を攻撃することで自分を楽にしようとするクセがなかなか抜けないのであります。なので1日頭を冷やしてみましたとさ。前回カウンセラーさんに「そろそろ物事を主観ではなく客観で見るということにチャレンジしてみようよ」って言われたばっかなのにねえ。そう、私が最も苦手とすることは「客観的になる」ということ。チョむずなんですけどー・・・。
<779> こくーん ■2005年03月17日 木曜日 02時31分06秒
自分に気付きがあって、視野がその瞬間開かれたような気がして、
うっかり、それを他の人にも当てはめてしまいそうになる。
気をつけないとね。
<778> NAC NAC ■2005年03月16日 水曜日 23時10分39秒
〈730〉のつづき

昨日私は埼玉へ練習に行ってきた。課題はもちろん前回飛べなかったフープス前のダブルジャンプ(台形の真ん中がくり抜いてある、失敗したら即前転の危ないジャンプ)だ。
結果から言おう。無事転倒することなく私は飛べました。計10回以上成功!(でもギリギリ) だけど飛ぶまでが長かった。以下その顛末。
午前中私は挑戦せず、慣れたところで体を温めておいて、午後挑戦!
目の前でへっぽこ(国際)B級が飛ぶのを観た私は「なんだ、あんなんでも飛べんだから(国内A級の)俺でも飛べるわ」そう思いつつ挑戦するも、ジャンプ手前のコーナーが滑りやすい→出口で加速が鈍い→飛び出し速度に足りない、の悪循環で、30回近く私は躊躇して飛べなかった。
「経験上そして技術上自分が飛べない距離じゃない」とわかっていても私は飛べなかった。完全ビビリである。自分でもコーナーリング中「こんなスピードで飛べんのか?」とビビッっているのがよくわかった。
例え無理して行ったところで転んでマシンが投げ出され、水没するのは目に見えている。そして体は正直だ。右手が凍り付いている。気温は暖かいのに。
「おいおい、いつまで登り斜面とお見合いしているつもりだ? 日暮れちまうだろ? こんなんじゃ屁たれのAと一緒じゃねぇか? とっとと飛ばんかい」
そう、踏ん切りつけようと何回も呪文のように自分に言い聞かせるも、飛べない。
「大丈夫、俺は飛べるんだ飛べるんだ」 いくら念じても右手は固まったままで、アクセル開けられない。
「おいおい冗談じゃないよ、先週『来週飛ぶ』って公言しちゃったんだから。嘘はつけないし、ここで飛ばないとホントの屁たれだよ。そんなんでいいの?」自分にハッパをかけるもビビリは取れない。ヤバイ。

問題は手前のコーナーだ。
それまでは「突っ込みも速く、脱出も速く」で私はとっちらかっていたが、発想を変え「突っ込みは遅くていいから、出口でグリップさせよう」と、ひたすらリアタイヤのグリップに神経を集中させて「これならいける!」と確信できるまで私は飛ぶのを待った。
そして少しづついい感じに!
「もうこれ以上待てねぇ。ここで行くしかねぇ。骨折してもかまわねぇから最後まで開けるんだ。どこまでも飛んでけぇ」
ぴょーーーーーん。3秒後、空中で私は下の着地場所を見ながら「おぉ届いたよぉ、助かったーっていうか楽勝じゃん」
そして見事に着地! 「ふ〜危なかったー。これで面目躍如ってわけだ。一時はどうなることかと思ったよ」 
そして間髪入れず私は反復練習「鉄は熱いうちに打て」だ。
「気を緩めるな。躊躇せず最後まで開けるんだ」と自分に言い聞かせながら、その後連続5本成功したところで私は一休み。気分は上々。俺ってグレィト?
結局20分近く休憩した後私は5本以上飛び「今日は飛べれば合格点だから、無理せずにこの辺でやめておこう」と、無事怪我なく私は課題をクリアしたのでした。やっほー。
因みにコースでは私と同じ国内A級のライダーが2名ほど居たが、彼らは挑戦しようともしなかった。「何事もチャレンジ」がモットーの私からすると、彼らは屁たれだ。「レーサー乗っているのに挑戦しないんだったら町乗り市販車でも乗ってろ」って感じだ。
そして今回私が飛べたのも「自分で自分に屁たれの烙印を押したくない」そのプライド?と、骨折覚悟(人生投げてる?)のクレイジーさである。
こうしてまたひとつ自分に自信がつき、なんか芯が少し太くなったような感じではある(神経は図太い)が、反面、よりイカレた人間になっていくようで私はちと恐い。
次は21日。いっちょかましたろかね。
<777> こくーん ■2005年03月16日 水曜日 21時57分31秒
小さい頃から記憶力には結構自信があって、
円周率を40桁(教科書に載ってた分)言えたり、文章を丸暗記とかしたり、
楽にできていたのに、なぜか、
『アファメーション』のたった5行が覚えられない。
手帖を見ながら何度も何度も繰り返すのに、口にすると忘れる、詰まる。
まだまだ、自分が拒否しているのだと思う。
でも、続けます。
<776> アーネスト ■2005年03月16日 水曜日 20時58分06秒
今、こうしてここでパソコンを打ったり普通の生活をしていること自体にリアリティーを感じない。
<775> アーネスト ■2005年03月16日 水曜日 16時31分47秒
「自分の側の責任」というものを大学5年になって初めて気付いた。勉強そっちのけで部活に打ち込んだこと,休養をロクに取らずに心身ともに疲れきっていたこと,自分の実力をロクに見定めもせずに無理をすること,遊ぶと約束しておいてドタキャンすること。「自分は果たして何かを行動に移すとき,自分の実力に見合ったこと」をやっているだろうか? そういう感覚が芽生えた。
<774> こくーん ■2005年03月16日 水曜日 04時55分27秒
(暴言だし、傲慢な発言だと思います。不快になられた方ごめんなさい)
中学の時、クラスにいわゆる精神遅滞の子がいて、別にいじめられていたわけじゃないけれど、やっぱりクラスの中にはちょっとバカにするような雰囲気があった。でも、その子はそれに全く気がつかず、それがまるで道化のようで、気になって、何かと世話を焼いていた覚えがある。
それには自分の優越感も関係していたと思う。
今も時々、その子を見かける。結婚したのだと思う。子どもを連れている。
『負けた』という感情ともちょっと違う。ないとは言わない。
ただ、思ってしまうのだ。
感じられずにいたら、分からずにいたら、本当は楽なのかもしれないと。
自分の語彙力フル活用して、自分を責め続ける自分。
過去や、人とのしがらみにがんじがらめにされている自分。
いっそのこと、何も分からなければ、幸せなんじゃないかと。
本当にヒドいことを考えていると思う。醜すぎる。
<773> こくーん ■2005年03月16日 水曜日 02時45分00秒
全面的に責任を負う…自分が悪かった、と思ってしまうことと、
全面的に責任を放棄することは、本当は同じことなのかもしれない。
その辺りの線引きができるようになりたいな。
人との関係が、WIN−LOSEじゃなくて、WIN−WIN…いや、勝ち負けにこだわらないのが理想かな。
<772> こくーん ■2005年03月16日 水曜日 02時18分29秒
『アファメーション』をやろうとすると、肯定する言葉の端から、自分をどんどん否定してしまうので、挫折気味だった。
自分に嘘を話しかけているような気分になってしまう。
でも、『今日一日』で続けていこうと思う。
自分を好きになりたい。肯定したい。自信を持ちたいよ。
<771> こくーん ■2005年03月15日 火曜日 22時21分07秒
過剰であっても、不足であっても、いけないんだ。
その辺りの『匙加減』というものを、皆どこで学ぶんだろう。
<770> アーネスト ■2005年03月15日 火曜日 21時51分22秒
図書館でAC関連の本を手にとって2,3ページ、ぱらぱらと読んだが途中で読みつづける気持ちが失せた。今は自分の感情と向き合いたくない。ずーっと向き合ってきたからしばらくお休み。
<769> サキ ■2005年03月15日 火曜日 12時51分52秒
あまり生産的でないとわかっていながら・・・。ACと自覚して1年以上も経っていながら。
どうしても今、親にされたことや言われたことへの、怒りや悲しみが次から次から溢れてとまりません。吐き出さずにいられません。
今日もこちらに沢山書いてしまいました。うじうじしている自分を肯定できないので、恥ずかしさもあります。
わかっているつもりでも、今は辞められません。
<768> アーネスト ■2005年03月15日 火曜日 11時55分16秒
ストレスの一要因に気が付いた。内と外のギャップ。例えば友達と話してて,外の世界の情報が入ってくる。あるいは何かを打診される。「バイトしてみたら?」とか「ボランティアしてみたら?」って言われて「あぁ,そうだな」って返事する。現実の世界で確かに僕は頷いてる。でも,それは生返事。あくまで友達の話しを聞いているという態度だけでも示さないといけないから生返事。でも,本当は守ってるものがある。本当はゆっくりしたい,いずれ社会に出るのだから今はゆっくりしたい,それが本音。体調のことを話しても友達には悪いと思うからとりあえず頷いている。でもそれでいいと思う。
<767> 豆だいふく ■2005年03月15日 火曜日 07時26分05秒
ああ、そうか。相手が自分を許してくれないのではないかとビビるってことは今まで自分も相手を許さない(偉そうだけど)できたからかもね。まったくもって痛い話ですな。
<766> 豆だいふく ■2005年03月15日 火曜日 07時21分13秒
善意・重過失でしてしまった自分の過ちは許してあげたい。本当は善意・無過失で生きていきたいけど、人間そりゃー無理ってもんでしょ。重過失の部分は次に会った時にお詫びをしよう。でも例え私が謝って相手が許してくれなくてもそれはしょうがないことなのかもしれない・・・。それは相手の気持ちの問題で相手が私を許してくれるかどうかは私にはどうにもできない領域だとおもうから・・・。と語っておきながら昨日の自分の失敗にかなりビビっている私でございます。あーあ、もう少しデリカシーがあればねーー。
<765> こくーん ■2005年03月15日 火曜日 02時45分59秒
いろいろなものの整理がついていないような気がする。
モノも、お金も、時間も、人間関係も、仕事も、人生も…。
全てのことが私の手に余るような気がしてならない。
ADDなのかと思って本も読んでみたけれど、合致するところとそうでないところがある。私にはACの方が自分を表す言葉としてはしっくりくる。
手に余ったものがぼろぼろと落ちて、壊れていくような感覚が、何とも言いがたい不快感。
<764> こくーん ■2005年03月15日 火曜日 02時26分03秒
何の脈絡もなく、ふと、
『ああ、私は壊れてる』と思う。
どうしてかわからないけれど。
きっと、この無意識がどんどん私の心を侵蝕している。
否定しないと。
『壊れてる』と思ったら、すぐ取り消す。3秒ルール。
<763> kitten ■2005年03月15日 火曜日 01時24分53秒
今な〜んにもしたくない・・。睡眠もグチャグチャだし。
憂鬱だし、やる気もないのに、動いてもうまくいかないと思うよ。

 焦る気持ちは分かるけど、もうちょっとエネルギー回復するまで待ってみたほうがきっといいよ。
<762> 埴輪 ■2005年03月15日 火曜日 00時20分42秒
「もやもや」の正体を適切な言語に置き換えることが出来ない時
私の心音は強く早く、そして呼吸が浅くなります。
言い換えると、「息苦しい」と言う状態です。
適切な置き換えが判らなかったのではありません。
私は、私を見ないようにしていたのです。
<761> アーネスト ■2005年03月14日 月曜日 23時40分09秒
自分は物音とか騒音に過敏だと思う。過去のトラウマなのかどうかわからないけど,気分が鬱の時は車の音が本当に耳障りになる。散歩していても,すれ違う車のエンジン音が,飛行機の音みたいに「ゴォー」と頭の中を掻き乱して混乱させる。食器をやたらガチャガチャさせながら食べる父も嫌だ。ノブを必要以上に力んで「ガチャッ」と開けて「バッターン」締める兄も大嫌い。俺って変なのかな?

Copyright (C) 1998 CGI Arkadia All rights reserved.
This script written by Shintaro Wakayama.