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私たちの物語 - 心の持ち方・感情・過去ログ No.26
メッセージ数:520件

<520> chinapom ■2004年10月05日 火曜日 11時54分21秒
お父さんが苦労したから、大変な思いをして子どもを育てたから、
怒鳴られてもたたかれても、
機能不全になったとしても仕方がない、ってどういうこと?
それではあなたの中の傷ついた子どもがいつまでたっても癒されない。
親の立場を考える前に、自分の傷ついた心の声を聞いて欲しい・・・。
どこまで人に優しいのか。
どこまで自分を犠牲にするのか。
<519> 木の芽 ■2004年10月04日 月曜日 15時33分29秒
『浮く』

ゆったりと浮かんでいられるようになりたい。
今の心の静寂は、嵐の前の静けさによく似ている。
感情を噛みしめれば苦しい。
心を封鎖してしまえば、以前と同じような空虚感が再び続くのだろう。

どうすればいいのか。
どうしたいのか。
思考を働かせれば疲れてしまう。
ずっとこのままでいられないのは、充分わかっている。
まだ、休息が必要なのか。
どこまでが休息で、どこまでが怠惰なのか。

でも、ずっとこのままではいられない。
<518> ayako ■2004年10月04日 月曜日 15時33分00秒
職場の人が1ヶ月休業した。私は数度お昼一緒しただけだが、休業する数日前の姿は精神的にやばい感じがした。その人の問題なのだし私はどうでも良かった。それから数日後他の派遣会社の社員サンと食事した。その人によると1ヶ月休業はやはり「鬱で休業」だそうだ。社員さんのお母さんが歯痛が原因で鬱になった事があるそうだ。そんな社員さんもACの匂いがプンプンする。私が胃の薬を飲んだら「安定剤?」とか言って来た。胃薬と話すと「薬は良くない止められなくなる」と言い出した。安定剤かと聞かれた時腹立たしかった。私は社員さんに自分の事は何も話していない。社員さんが私に鬱やACの匂いを嗅ぎ取ったからと言って精神的な事だ。それを仲良くないし、会社の人の私に言うべきではなく、失礼だと思った。
まったく、私が今鬱ならとっくの昔になってるよ!と言ってやりたかった。
社員さん自体も話始めたら止まらなくなる所や話を途中で遮ってしまう所がある。
この人もおかしい・・あんまり近くに寄らない事にしよう



<517> 埴輪 ■2004年10月04日 月曜日 10時57分57秒
中の人に乗っ取られる感覚は、そういえば最近ない。
何かを投げなくても感情の整理がつくようになった。
なぜあんなことになったかというと、
私が中の人を排除していたというか
中の人の声を無視していたからだと思う。
苦しくても絶対にあれだけはやらないと決めたわけだが
それも今は中の人は同意しているように思う。
中の人の「苦しい」という声に聞く耳を持つようになってから
中の人は強行突破をしなくなった。
<516> WINNIE ■2004年10月04日 月曜日 02時09分22秒
私は、前に進めない。

前向きに考えることを、検討することは忘れていない。
けれども、前に進むことを拒否しているんだろうと思う。
前向きなフリをしても、私は進んでいけなくなる。

何をするにも、人との関係も、日常の生活も、必ずどこかで「拒否反応」が出てきて、しゃがみこんでしまう。立ち止まってしまう。続けていけなくなる。私の中にある漠然とした抵抗感・・・

はっきりとそうなったのは、中学2年以来。でも10代という年代はまだ若くて、苦しくても学校というレールに乗って行きさえすれば、表面上の生活はなんとかなっていた。でも、私の内側では、ごまかしの利かない苦しいモノがあると、言葉には表せなくても感じていた。

きっかけは、父が泥酔して起こした騒ぎだった。それが決定的だった。でも、よく考えると、それ以前から何年もの間、父の飲酒に疲れ果てていたし、私の母との関係も健全ではなかった。

中学2年。その時の気持ちの整理を、もっとする必要は感じているけれど、それだけで、変化を得られるだろうか?

私の成長期、すべて問題で、手のほどこしようがないような気がしてくることも・・・

前に進めない。何も感じたくない。何もしたくない。何も心に入れたくない。しゃがんで、膝を抱いて、うずくまっていたくなる。その心を、もっともっとケアしよう・・・
<515> キーコ ■2004年10月03日 日曜日 18時07分11秒
大きな穴が 開いている、何を入れても 直ぐに空っぽになってしまう袋のような「こころ」 だった。

いつの間にか、その穴がふさがった。

寂しさ・空しさ・苦しみ・・・は、以前にも増して感じるけれど、もう無意味なものではなくなった。
ただただ耐えるだけの人生に、意味をみつけた。

生まれてきて良かった。
自分の人生を大切にして生きていきたいと、素直に思えるようになり始めている。

不思議だ・・・・。
<514> 真名 ■2004年10月03日 日曜日 02時08分02秒
なんか落ち着かないのは、愛されていることに喜びと安堵感を感じて、きっとそれが不慣れだから。
手を伸ばしても届かなさそうな、冷たさのある人や、彼女のいる人を追いかけることの多かった私は、特別に大きな努力をしなくても、しっかりと私を愛してくれる男性に魅力を感じると同時に、少し不安感や恐怖感を抱いてしまう。
片想いされてるくらいなら大丈夫なんだけど、両想いとなると少しぎこちなくなる。
本当に私でいいのかとか、相手は我慢していないかとか考えてしまう。
その根底にはふられてしまう事への恐怖があると思うんだけど。
「ちょっとやそっとでは人は離れていかないという事を覚えておく必要がある」というような言葉を聞いたことがあったけれど、それは真実なのかもしれない。
私自身はそうだ。
それに、ふられたとしても、それは私自身の価値が否定されたわけではないのだから、自分に自信を持って、堂々としていよう。
相手が別れるかつきあうかは相手が決めるのだ。
相手と別れるかつきあうかは私が決めるのと同様に。
私は相手のことをよく知りたいし、深く愛したいと思っている。
まだつきあって1ヶ月だし、相手は私よりも1周り年下だから、わからない事も多い。
つきあい始めてこのくらいの時期に、肉体的に親密になれても、感情面や精神面ではまだあまり触れ合っていないというケースを多く経験してきたから、今回のケースは、私にとって稀だ。
だけど、私が望んでいたようなおつきあいだと思う。
相手のことをしっかり愛して、相手の愛情もしっかり受け止めよう。
少しずつ親密になっていけますように。
永くつづきますように。

ありがとうございました。
<513> シャローナ ■2004年10月02日 土曜日 17時19分50秒
感情についてわかってなかった
せっかくカウンセリングに行ってもただ無理やり出そうとしていた
いやな感情から早く離れたかった
その感情がうっとおしくて大嫌いだった
だから出すっていうのは捨てるとかそういう感じだった
カウンセラーは感情を出して欲しいと言い、大分出せるようになったと言ってたけど、私がどうやって出しているのか多分わかってないと思う
それに私は感情を出しているとすぐにカウンセラーの顔色伺ってた
これはもう無意識にやってた しかもカウンセラーにバレないようにだ
伺ったところで正直カウンセラーが何考えていたかなんてわからなかった
あまりいい印象はなかった つまり感情出してもあんまりよくないって思ってしまった それにこんなムリヤリで冷たいやり方じゃ辛いだけでわけわかんなくなってしまった 変化なんかしなかった
これでカウンセリングがうまくいくはずはない・・・
<512> りんご ■2004年10月01日 金曜日 11時08分49秒
これからどうしたらいいのかわからない。
優しい心をもった人とめぐり会いたいと思うけど、
今の自分では到底無理だと思う。自分はしっかりしている、自分にはきちんと
した根のようなものがある、人に流されたりしない、と自分を支えてきたけど、
全部壊れてしまってオドオドする自分だけが残ってしまったような気がする。
少し何か言われただけで、ものすごい衝撃をうけてしまう。
どうすれば自分を幸せにできるのか、昔は努力すればいつか幸せになれると
それだけを頼りに自分を奮い立たせてきたけど、そんな努力なんてことは
嘘っぱちで大切なのは自分を楽しくするために努力することだとそう思うように
なったけど・・・。だけど私は自分を楽しくすることが何故かできない。
一つ行動を起こすにもものすごく考えたり、億劫になったりして、それが
ものすごいストレスを生んでしまう。結婚もしたいけど、結局何が自分を
幸せにするのか、体当たりで体験することも怖いのかまだ無理なのか
よくわからないけど、上手くいかない。自分が興味があるような人とは、
自分が情けなすぎて巡りあえなかったり、無理だと思って積極的に行動できない。
これからどうしていいのか本当にわからないのです。時間だけが過ぎていってしまう。田中真紀子じゃないけど、誰かにスカートをいつも踏まれているような
気分になってしまう。家にいるのももう辛いな・・・。どうしたらいいのだろう。







<511> シャローナ ■2004年10月01日 金曜日 00時42分57秒
自分が望んでいることとか、欲するとかわかんないのかもしれない
わかってくれないと不満をつのらせていたけど
じゃあそれはわかって欲しいってことなのかといえばピッタリとはこない
単純に何かをわかって欲しいっていう気持ちがあるならそう言えてもいいんだけど
それとは違う気持ちが対立したようでねじれてるみたい
何かを望む 何かを欲する こんな単純なことを私はどこかでやめている
頭で考えてどうあるべきかなんてことじゃない
こどもならきっとすぐ感じるものなんだろう
人間でも動物でもきっと本当はあるはず
けど私はわからない 
まあこういうこと全体をわかって欲しくはあった 
もっと自分の欲するものの感じを大事にしたい
それって自分を大事にすることのひとつでもあるかな
<510> キーコ ■2004年09月29日 水曜日 15時18分47秒
上手く言えないけれど、「あれ!?」て感じ始めている・・・。

怒らなくても、いい所で 随分 余分に腹を立てていたみたい。
結局、危険な所に わざわざ出向いて、自分で怪我をしていたみたい。

なるほどね〜・・・て、感じだなぁ。
<509> chinapom ■2004年09月29日 水曜日 11時36分17秒
私の「魂の家族」になってくれた大切なひとが、インナーチャイルドに会いに行く旅に出ようと模索しています。
ACと自覚してからまだ2週間程度なのにもかかわらず。
それに、アルコール依存やめてからまだ1ヶ月程度なのに。
何がそれほど彼を変えたのでしょう。
大丈夫なのかな。とても心配です・・・。
<508> キーコ ■2004年09月27日 月曜日 16時17分59秒
「自己肯定感」を育てる・・・、これをせねばならないと思って、実行してきた。
でも、最近「待てよ!」て、感じになっている。

それって、はたして頑張って やらなければならないこと?
自分の思いを安全に語れる「機会」・「場所」を少しずつ見つけ出して、とにかく「自分の思い」を語る。
すごく熱が入って 知らないうちに夢中になって、泣きながら、怒りながら、自分の語れなかった思いを一心にはなす。
自分の過ごしてきた日々が、「物語」のように展開されて、そこから自分に与えられている「メッセージ」を読みほどいていく。
「そのまま」の自分と丁寧に関わってくれた人の間に、満足したわたしが居る。

安心感の欠如・自己否定・不安・恐怖は、わたしがありのまま受け入れられていないことを、指摘している「注意信号」・・・。
わたしは、別に事故改造しなければならない人間ではなくて、
周囲の環境に、たんに「健常反応」を示しているのではないかしら?

<507> chinapom ■2004年09月26日 日曜日 15時46分20秒
自分を愛せない人は他人も愛せないと言う。
じゃあ、今まで私が「これは愛だ」と感じてきた感情は何だったんだろう。
今感じているこの想いは「愛」ではない・・・?
本当の愛情を持てるようになるには、どうしたらいいんだろう。
あのひとに会いたい、抱き締められたいと感じているのは、私の中の傷ついた子どもが叫んでいるのか・・・。
だったら大人の私自身は、あのひとを愛していないのかな?
こんなにあのひとを必要としているのに。
<506> いろは ■2004年09月20日 月曜日 04時12分10秒
私の感情が少しわかってきたけれど、どうやって外の世界と結びつけていけば
いいのだろう。。。嬉しいときに笑ってみると子どもたちは、嬉しそうに笑い
かえしてくれるのだけれど、大人は、なんだか引かれてしまっているような
気がする。怒りの感情は、困る。やはり人に知られてはいけないと思う。
たまに自分の中でも信じられない理不尽な怒りを覚えることもある。
コントロールが必要なのかもしれない。
悲しい感情は、前からあった。
人に悟られまいと精一杯繕っていた。でも泣いていたのは、事実。
楽しいと思うことは、罪悪感を伴っていた。私、ひとりで楽しんでは,いけない。
とずっと思っていた。でもそれは、悪いことではない。生活に必要なものなのに。。。少し、罪悪感から逃れられたけれど、楽しさを誰かと共有できない。
これからの課題なのかも。。。
<505> NAC NAC ■2004年09月19日 日曜日 20時17分18秒
お蔭様で私は最近インナーチャイルドと頻繁に会話できるようになった。
いや「会話を聴けるようになった」というのが現時点での正直なところだ。
前は意識して引っ張り出し、お母さん役の私との会話もぎこちなかったが、今では内面の母性が(意識の私から切り離されて)自由にインナーチャイルドと会話していて、それを意識の私が聴いているといった感じだ。
特に食事関係で私のインナーチャイルドはよく出てきて、彼が出す諸々のリクエストに私の中の母親はきちんと「感情のリピート」で対応している。
ほんと不思議な感覚だが、心地良い感覚でもある。
このサイトでは残念ながら私ほど強くインナーチャイルドを感じる人の書き込みを見ないので、このサイト内では「この感覚が如何なものか?」判断・比較しようがないが、この前私が深夜こちらにお邪魔したら書き込み不可能だったので、しょうがないからACから検索して別のHPを色々見ていたら、中には私と表現は違えど同じような感覚を経験した人のHPがあって、私にはその人の感じたことがよくわかり「あぁ自分の感覚は間違っていなかったんだなぁ」と思ったものだ。
「乖離して情緒喪失だった」私の経験から言わせてもらえば、自分の心(=インナーチャイルド)の傷を自分で看れば看るほど、インナーチャイルドの方で「あぁこの人は自分の痛みをわかってくれるんだ、感じてくれるんだ。この人の前では自分は痛みを出してもいいんだ、感情を出してもいいんだ。関心を持って自分に接してくれているんだ」と感じて彼の方で痛んだ心を開き、それがそのまま意識の自分に「痛み」として伝わってくる。
それを逃げずに自分で受け止めれば受け止めるほど彼は心を開いてくれる。
大事なのはそうした自分の内面の「代わりに傷付いてきた」子どもを意識の自分が常に感じとることだ。
感じれば自然と子どもの目線になる。
親が子どもと同じ目線になるから彼らの痛みを感じられるのだ。
幼い子どもにとって親の無関心ほど辛い仕打ちはないのだから。
<504> キーコ ■2004年09月19日 日曜日 14時52分53秒
心の中に 葛藤を抱けるのは、まだいい方かもしれない。

その「感情」が、自分のうちにおきることさえ ゆるせない。

すべて、排除しなくてはならない。・・・そんな風にしか、今も思えない。

・・・・・ほんとうに、悲しい・・・・。
<503> 木の芽 ■2004年09月18日 土曜日 19時05分50秒
『心の苦しさは症状に出る』

どうして怒れないのか。
なぜ泣けないのか。
それが不思議だったのだが、昨日ふと気がついた。

感情と感覚を完全に封鎖することなんてできない。
だから私の心が、他の方法で「心の苦しさ」を外へ出してきたのだ。
だからこんなに身体が重いのか。
身体の重さは、心の重さだったのか。
だから鬱病になったのか。
病気の症状は、心の痛みだったのか。

そう考えると、自分の心って案外強かったのだなあと思う。
私の心はゲリラ戦を展開していたのだ。
生きるか死ぬかの戦い。
今のところ、優勢だ。
<502> komako ■2004年09月18日 土曜日 17時40分12秒
信じられないくらい孤独。自分の胸が辛さでもういっぱいっぱい。張り裂けそう。何?この不安は。おかしいよ。安定剤のんだのに。もう一個のんでみようかな。おかしいくらいに不安。つらい。寝れば悪い夢ばっかりみる。最近、調子が良かったのがいけないのか。自分をしっかり持たないと。
<501> WINNIE ■2004年09月18日 土曜日 02時11分16秒
<500>(キリ番ですね)の内容で、今日人に相談した怒りの問題は、こちらのサイトとは、関係ない話です。私の持つ怒り全体、というと、ここでの気持ちの反応も切り離せなくなってしまいますが・・・読んでくださる可能性のある方に、当てつけたりしたつもりはありません。書いてから(というかパソの電源落としてから)、誤解されるかな?と心配になったので、お断りしておきます。

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This script written by Shintaro Wakayama.