二十歳まで生きていると思っていなかった。生きている、というのは少し語弊があるかもしれない。死んでしまっていると思ってたわけではなくて、消えてしまうものだといなくなるものだと思っていた。そんなわけ無いのに。高校を卒業すればもう何もしなくてもいいんだと思っていたけど、次は働かなくちゃいけなかった。しなきゃいけないことは、無くなってなんかいなかった。どうしてか考えてみたらそれは簡単なことで、生きていかなきゃいけないからだった。そこで気付いた。自分には生きていく欲が無かったことに。今までは親のために親の気が済むならとどこかで思って生きてきたけど、これからは自分のために生きていかなきゃいけない。親も自分のために生きていけと言う。全部親のためにしてきたことなのに。でも、親が生きていけと言うなら自分のために生きていくことをするんだろう。そうしなきゃきっと死んでしまうから。だけど別に死にたいわけじゃない。ただ単に自分のためだというなら、自分にとってそれは生きることではなく生きないこと。そうすると何か好きなことを大事にしていけばいい、と言うけど自分には執着できるものが無い。本だって音楽だって動物だって好きだけどそれが生きていくのに必要かと考えると、要らない。食事だってしなくていいならできるだけしたくない。眠るのは好き。これは全部自分の本当なのに、それはただ甘えてるだけの浅はかな成長できていないこどもの言ってることだ、とどこからか聞こえる。たしかにそうかもしれない。けど、自分の意見が親と違うことが自分の体調が悪いことが全部わがままだと言われてきたこともあるんだろう。本当のことなのに。けど、どうして?なんて思わない。それが正解だったから。その状況を受け止めて、自分では考えずに気付かない知らない分からないを保っているのが正解だった。でもそれは自分だけの正解であって、人間としての正解じゃないことに気付いてしまった。気付いてしまえば知ってしまう。知ってしまえば分かってしまう。分かってしまえば考えてしまう。もうどうしたらいいんだろう。だけど知ってる。何も無いってことは何でもいいってことだ。でも今の状態は、気付いてるけど分からない。いつか、生きていたいと死にたくないと思う日がくるんだろうか。
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