私って、つじつまあわせ人生で育ってきたと思っている。 つじつま合わせて、周りの目が許容範囲に及ぶくらいまでで収めて生きてきた、育ってきた。 私が、あの子に耳に虫入れられたり、毎日毎日、「いついじめて楽しんでやろうか」ってうかうかしていられないくらいのあの子の狙う目の中で、小学校5年だったけど、毎日毎日そんな日ばかり続いて。 夏休み、私の目のしたに赤いできものができた、私は小さな頃「良性腫瘍」で目のしたの赤いできものを除去してレーザーで焼いている。だから、当時は「腫瘍」としか聞いてなかったし、姉に「あなたが今生きていられるのはお父さんとお母さんがそのとき気がついたからだよ」って言われたから、私は皮膚がんだったんだって思っていた。だから、再発したって思った。再発したって。で、毎日スイミングスクール行きながら、目のしたのできものが大きくなるのを見ては、がんだがんだって思いこんでいった。また、耳の中に入った蟻は5月から気になっていたけど、心配も限界で、ため息がとまらなくなった。ため息が、息すえないのに、変わった。過呼吸になった。お風呂で毎日はあはあ息吸えなくなるのを何とかおさめていた。大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよって。それから、がんになったんだっていう思い込みも変わらなかった。でも、不思議といじめにあって、保健室に耳に虫が入ったことで飛び込もうかと思って、あの子のにやにや笑いでできなくなってからは、私は、誰にも自分の身体の症状も気持ちも言えなくなっていった。 それから、がんなんだっていう思い込みは高校生になるまで続いた。視線が内にしか向かなくなってしまうの。それでも、男子の目を気にしたり、一応成長できていたんだな・・・と思うと感慨深い。でも、男子の目はすきと言う雰囲気察知すると、その人に常に見られてジャッジされている気分になるんだ。そして常にその人の期待にそうように、私はいなければならない・・・苦しかった、自分では決められない、常に相手にゆだねているみたいで。 中学の頃は、それでも運動部に入っていた。毎日、意識とぶような思いで生きていた。怖くておどおどしていた。土日の部活の帰り道、家族でのスキー旅行の後だったけど、まっすぐ歩けなくなったりした。地面が揺れていた。めまいがすごくて、頭がぐるぐるぐるぐる回るの。あの気持ち悪さはもういや。よく地面は揺れていたし、自分が歩けているのか分からなかった。自分が異次元の世界にいるようだった。
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