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私たちの物語 - 小説・映画・夢などに関する連想・過去ログ No.7
メッセージ数:140件

<140> NAC NAC ■2004年07月18日 日曜日 22時23分52秒
今週私は教育チャンネルで、先週観れなかった「ネット依存」の、第2部を観る機会に恵まれた。
結果から言うと、私は観て正解?だった。
このサイトに出入りしている方で上記の番組を意識して観た方もいるかもしれないが、
何事にも理由がある。
もちろんネット依存にも。
問題は「じゃ、何でそうなるのか?」ってことだ。
番組でも専門家が述べていたが、「現実の生活(その基盤であるコミュニケーション)が楽しくない」
まさしくその通りだ。
私はお馬鹿さんよろしく、30過ぎてもモトクロスにどっぷりと嵌っているが、いくら自分でアクションジャンプが好きとはいえ、これが誰にも支持されなかったりしたら、私も自然とモトクロスから離れていくであろう。
それはモトクロス自体が面白くなくなったのではなく(表面的にはそうだが)、自分が周りと上手くコミュニケーションが取れなくなったから精神的に面白くなくなっただけなのだ。
「そこをきちんと自分で向き合って認められるか否か」ってのもその後の活動に大きく影響すると思う。
幸い私は今のところ趣味において友人・知人が日増しに増えていくので、しばらくはモトクロスから降りられそうもない(ってことは「自分が益々お馬鹿さんになっていく」という有難くない現実も付いてくる)が、そうしたところで「自分が話してもいい安心感」を再構築していくのであろう。
番組でも専門家がただ黙って主人公の話を聴き続けることを繰り返すことで、その主人公がネット依存から抜け出しつつあるみたいだった。

大事なのは「現実の会話の中での自分の肯定感」の蓄積だ。
そういうものを自分の家族の間で幼い時から得られていなかったので、その主人公は今になってネット依存として形を変えて苦しんでいたのだろう。
それだけ「自分の言葉で話す・そして聴いてもらえる」ってのは精神の奥深いところで重要なことなのだ。
私だって自分の周りに「ACのことも含め」無条件で聴いてもらえる人が居たら、こうして週1回ネットで私は6時間も書き込まなくて済むし、その分他の事に時間を回せるようになって私の行動範囲もより広がるだろう。
何回も言うが、大事なのは日々の会話。
それをきちんと自分で意識して練習しているかどうかだ。
結局自分で気が付かなくて苦しいのは自分持ちなんだから、だったら自分で治していくしかないわな。
そうして自分を変えていくのは自分の意識だけなんだから。
<139> NAC NAC ■2004年07月08日 木曜日 20時14分55秒
一昨日だったかな? 教育チャンネルで20:00から「ネット依存」なるものを特集していて、私は帰ってきて番組表見てからその放映に気づいたのだが、その時刻私はU市での自助グループ(片道車で90分)で心地良い時間を過ごさせてもらっていたので仕方ない。
ここで「私もネット依存?」と自分を疑ってみるが、私の場合
1.自宅にパソコンがなく(これが大きい)、こうしてネットカフェ利用
2.そして利用時間と日数は約週1で8時間前後(日割り計算すると1日1時間ちょっとといったところか?)
3.時間があればモトクロス
そんなところで私は現状ネット依存ではないが、1にもあるように私が今後アパートを借りてマイパソコン持ったら「ネット依存」になる可能性は(単純に)今よりは高まるだろう。
因みに私も眠気覚ましに時々エロサイトを観ることがあるが、観てもせいぜい10分ちょっとであまり面白くない。
「そんなの観てお金使うんだったら風俗行く」
それが「性欲旺盛な」私の解消方で、「1交は百見にしかず」だ。
後は性的コーナーに書く。
<138> 黒ネコ ■2004年06月30日 水曜日 04時18分14秒
※不快感注意!!

今さっき夢を見た。とても怖い夢だった。
心臓がバクバクいっている。

私は家にいた。
母と話していた。
どこからか音が、てんぷら用の油が煮詰まった音だった。
火を止めに行った母。
次の瞬間、母の顔が火に包まれた。
急いで火を消したが、母はひどいやけどを負ってしまった。
慌てる私。
母を病院につれていかなければならない。
それなのに、怖くて車の運転ができない。
兄に車を出してもらおうと思った。
なのに兄は、遊びに来ている彼女に夢中で
全然協力してくれなかった。
どうしようかと、焦って途方にくれているところで目が覚めた。

これは何を意味していたのだろう。
この夢で感じたのは、
なんだかんだ言っても母を愛していること。
いざという時、自分ががんばらなければならないこと。
けど、結局は自分のことばかり考えて
母を助けることさえ出来ない自分。

最近、不安感を煽るような変な夢ばかり見る。
夢でさえ自分が無力だということを思い知らされる。
なんだか、虚しい・・。


<137> NAC NAC ■2004年06月29日 火曜日 00時06分29秒
危うく書き忘れるところで、〈136)を書いている途中で私は先日見た夢を思い出した。
その夢の詳細は覚えていないが、今でも私の意識ではっきりと覚えているのは、何かしかの皆が集まる場所で自分らしき少年が立ち上がって「何で誰も僕をかまってくれないんだ? 僕は寂しいんだ」と大声で言ったことだ。
夢の中で私はその少年を見ていて、涙よりも「よく言った。よく言ってくれた」と感心させられたような心境で、だから起きたときも私は泣いておらず、何故かすかっとしたような面持ちだった。
自分で自分の夢を勝手に分析すると、詳しいところは専門家に聞いてみないとわからないが、自らの意思で立ち上がって宣言?できるだけ私は自分が小さかった頃の寂しさを認めつつあるのだろう。
またはそうしなくちゃいけない時期なのだろう。
何せ子どもの痛みはもっともっと深いのだから。
<136> NAC NAC ■2004年06月28日 月曜日 22時59分30秒
私の実家は某全国紙のY新聞を取っていて、私は好きで「人生相談」を診るが、先日DVについての相談があった。
私が「これだ!」と思わせられたのはその回答だ。
先の「AさんBさんハグ事件」で私が気付きそうなのに言葉にできずぼんやりと描いていたものが、そこではきちんと言葉で表現されていて、まさしく「わが意を得たり」だった。
それによると加害者側にはパターンがあって、簡単に言うと「怒りの蓄積→暴発→甘え」 この歪んだパターンを繰り返すことで相手に対しての支配性を強めていく。
それはまさしくBさんがAさんにしたことと一緒で、私の想像もあながち外れていたわけではない。
それにしても恐ろしい関係だ。
「自分で被害を受けといてそうした専門機関に助けを求めない」ってのは、「小学校以降女性に対して暴力を働いたことがない」私には全く理解できない神経だが、
だからこそ「どうにもならない」嗜癖なのだろう。
今のところ私にはDVの嗜癖はない(親にもない)が、「相手によっては自分の暴力性が刺激される」場合もあるかもしれない。
自分じゃ「まさか自分が」と思っていても、もし「自分を傷付けてほしい」相手に無意識で遭ってしまったら、そんな「自分を過信している」自分もどうなるか?わかったもんじゃない。
簡単に言うと「相手がAさん、Bさん、Cさんだと自分の嗜癖が出ない、または出難いが、これがZさん相手だと自分の嗜癖が増幅されてバリバリ出る」可能性も捨てきれないってことだ。
私が思うところ「ACってのは心の欲求表現が歪んでいるため様々な嗜癖を持ち合わせていて、単に?その割合がその人の中で大きいか小さいかだけの話」
そう思って「自分にも少なからずあるんじゃないか?」と自戒しておいた方が無難だ。
でもこうして私はDVの依存プロセスを間近で診ることができてほんと勉強になった。
「何でそうなんだろう?」と自分が理解に苦しむことでもそのプロセスさえ解かれば、あとは「自分がそうならないよう」気を付ければいいだけの話で、逆を言えば「そのプロセスがわからないから同じ過ちの繰り返しになる」のだ。
やっぱり「気付き」は重要だな。
間違っていれば改めればいいんだから。
まずは気付かなくちゃな。
その為にも自分の感情をきちんと認識することだ。

そういや、そのY新聞系の週刊誌にも最近「依存症」の特集が組まれていて、お値段見たら¥350だったので「向学のため」私は購入しました。
嗜癖には気をつけなくちゃね。
<135> hako2o ■2004年06月13日 日曜日 19時06分17秒
『はるかな記憶』朝日文庫 著:カール・セーガン+アン・ドルーヤン

私たちは幸運だった。二人は、世代の連鎖をより強いものにしていくことに強い責任感をもつ親に育てられた。その意味では、この本のもととなった探求は、二人が見返りを求めない愛情を受け、いかなる逆境からも保護された幼年時代に、すでに始まっていたといえるかもしれない。こうした責任感は、哺乳類が古代から身につけていた習慣だった。しかし、それを実行することは容易ではない。現代の人間社会においてさえも、相当な困難を伴う。多くの、予期しない危険が今日もある。
 この本自体に着手したのは、1980年代初頭であった。』
と言う書き出しで始まった・・・

「多くの、予期しない危険」まさしく、わが家の構図。
見返りを求めない愛情を受け、いかなる逆境からも保護された幼年時代これが、私には、無かった・・・
「世代の連鎖をより強いものにしていくことに強い責任感をもつ親に育てられた。」息子に逆の連鎖を与えてしまった・・・

こう言った危険性は1980年から気付いていた人がいたのだ。

少し、読んで見ると、地球が出来るまでの話から始まります。
気の遠くなるような数十億年まえのお話。
太陽誕生ですら、奇跡的な事。そして地球がおこぼれの様に出来た。ましては人間は・・・私は・・・
やはり、私がここにいるだけで、この奇跡的な地球にいることだけでも「有り難い」出来事に他ならない。

わたしが、見返りを求めない愛情を受け、いかなる逆境からも保護された幼年時代など無かった事など、どうでもいい事になる。

地球誕生からみたら、この私は、ナノ単位でも小数点何位までつくのだろうか?そんなほこりのような私が、地球誕生の事を思える。
無理に努力したり、必死になる愚かさを感じてしまう。それよりも目の前の出来事に日々感謝し、楽しく地球を傍観する事の方がとても大切のような気がした。

そして、最後の言葉に
『われわれはこれから何が起こるのかについては、まったく無知である。
しかし、どのような議論によって悲観主義が正しいものだといえるのだろうか。
たとえ陰の部分には何が隠れていようとも、一定の限度内で、慣習を、
また自分自身を変えていくための能力は、祖先から間違いなく伝えられている。
何もあらかじめ定められてなどいない。
自分たちの両親について、感傷的になる事も神話化することもなく、
あるがままに認識し、同時に自分たちの欠点が両親のせいだと
不当に責めることもなくなったとき、
われわれは初めて大人になったといえる。
大人になったからには、たとえ、身をよじるような苦痛をともなっても、
はるかな闇を、恐ろしげな陰を真正面から見なければならない。
祖先の記憶を蘇らせ、受け入れることによって、
子孫たちの安住の地を照らす光を見つけることができるというものではないだろうか。』

地球にとって酸素は毒であった。
息をして、二酸化炭素を出す、動物は、この地球のフィルターの役目をしている。
だから、一番多く二酸化炭素を出す動物に知恵を与えられたと感じた・・・
どうして生きるのかとか?生きる価値は?とか、良く耳にするけれど、
この地球にとって、息をするだけでも生きている価値があるとわかりました。
毒を緩和する為・・・
活かされているのでは、なく。地球から生きて息をする事を求められている・・・
毒である酸素を使い、火を熾す・・・
そもそも人間は、一見悪いものをプラスにして行く動物なのだと言う事。
人間は、ラッキーな星に生を受けて、その中で今生き延びているラッキー私達と思う。

そして、大きな躓きは、このラッキーな自分を知るまで、何度でも躓くのです・・・
<134> ベビル ■2004年06月12日 土曜日 20時54分07秒

夢をみる

海 イルカが私の足をくわえて 水の中へもぐっていく
怖くて助けを求めようとした

ふと あ、これでいい と感じて
私はイルカと共に 海の底ふかくへ・・・

さよならって 心の中で言いながら



夢をみる

全身が 薬品か病のようなものが原因で溶けてゆく
泡立って 黒ずんで 最後には
ラーメンのスープに仕込まれた野菜のように
グズグズに全身が溶ける

私は半笑いのような 半泣きのような 
狂った面持ちで 死んでゆく
後頭部の血行は悪く ざわつく
じわじわと 腕 腹 顔と 消えてゆく
醜く無様に溶けてゆく

ところが私は「復活」する

なぜか 罪悪感で目覚める
「神を冒涜した・・・」
AM3:30

<133> 埴輪 ■2004年06月04日 金曜日 23時21分15秒
長い急なボブスレー。
というか滑り台か。
頭を傾斜の下側にして滑っていく。
5人ほど。前の人の足を掴んで連なって降りていく。
かなり速い。
カーブではすこしエッジを利かせるようにしないといけない。

警官隊に追われている。
時刻は夕方もしくは明け方。
仲間は3人。私と一人は屋内にいた。
残りの一人は、私たちを助けるためにドアの外にいた。
私はタイミングを見計らって、ドアを開けて
その外にいる仲間を中へ引っ張った。

夢の話。
なかなかスリルがあっておもしろかった。
<132> WINNIE ■2004年06月04日 金曜日 09時55分42秒
TVドラマで、父と娘のことが描かれていた。

頭の白い父親と、まだ若い娘。父親は、娘がかわいくて、心配でたまらない。不器用で、娘に疎んじられたりしながらも、愛情を与えている。

4年前に亡くなった私の父のことを少し重ねて見た。私は、これによく似た愛情を父からもらっていたのだ。だから、ドラマの中の父親の気持ち、すごくよく伝わってくる。

でも、私はこのドラマの娘役の人のように、「ありがとう、お父さん」と言ってハッピーエンドにはなっていない。父の愛情の持ち方は、バランスが悪かったと思う。夫婦不仲で、自分の妻を不満に思うほど、娘の私に愛着が湧くところがあったと思う。父の喜ぶ娘役をやっていると、大人になれない部分があったし、またその一方で、私は父に対して妻のようでもあった。

夫婦不仲に加え、アルコールの問題。それと・・・なかなか人に伝えづらい、非常に受け入れがたい部分が父にはあった。そして、私の最大のトラウマは、父から与えられた。

父の愛情は、母と違い、非常に一貫していた。それは、なかなか得がたいものなんだろうと思う。そして、私は父の仕事を尊敬もしている。父が根っからの研究者であった所も、私には愛着がある。けれども父を、そういうプラスの目でだけでは、まだ見れない。今の私が持っている辛さ、苦痛が、父と関係があるものだからだ。

私がもっと楽に生きれるようになったら、父の愛情をあたたかい思い出として、受け入れられるだろう。あるいは、父の愛情をもっと素直に受け入れられたら、私はもっと楽に生きれるんだろうか?卵が先か、ニワトリが先か・・・
<131> およよ ■2004年05月25日 火曜日 01時09分20秒
夢です。兄と一緒に靴を買っていたら、突然店主がやくざになった。そして、私にナイフで切りつけてきた。兄は逃げた。私は殺されるから、戦う事にした。ナイフで戦い、相手の背かなを刺した。でも血が出ない。
私は、何故に自分がこんな目にあわないといけないのか、それがすごく不思議で、たまらなかった。兄は逃げてしまったのだ。私が代わりに戦ったのだ。
これは、両親と私が戦った事の精神的戦いを表している。夢の中で、一つづつ過去の苦しかった出来事が、現れる。何故だろうか。
私はいつも、ナイフで相手を刺すのに、相手は死なないのだ。また、攻撃してくる。そして、似たような、夢をこれまでも、何度見てきたことか、数えられない。兄はいつも、逃げ出すのだ。
私は戦ってきたのだ。そして、これからも、戦いは続くのだろうか。
心の中で、まだ幼い頃の私が戦っているのだ。
戦わないと、殺される、だからナイフで応戦する。
なんて悲しい子供時代だろう。
<130> およよ ■2004年05月23日 日曜日 03時34分08秒
また悪夢。夫から逃げている私。何度も、何度も、「逃げている」と言うメッセージの夢をみる。苦しいけれど、以前は手錠をかけられていて、「逃げられない」と言うメッセージの夢だった。だから、進歩しているかもしれない。
夢の後がすごくいや。現実には夫から逃げているのに、私の心の中ではまだ、「逃げ切れていない」と言う認識があると言う事だ。

人間の心は現実のように、すぐに変わることになれていないんだね。
きっと、すこしづつ、「もう、大丈夫だよ」と言う現実を認識したら、悪夢もなくなるのだと思う。昼間は身構えて生きてきたんだ。だから、夢と言う無防備な状態ではじめて、自分の本心が語れるのだ。

だから、「悪夢を見なければならない」というのは私の抑圧されていた、これまでの心の状態を物語っている。子供の頃に、嘘の自分で生きていかなければ、ならなかったように、大人になったら、夫への恐怖で、また嘘の私を生きていかなければ、ならなかったのだ。

本当の自己をすこしづつ、表に出していこう。今自分で感じる自己は、とても幼い女の子。人形で遊びたがっている。私の中から、幼い傷つきやすい女の子が、見える。私に助けを求めている。私と遊びたがっている。よかったね。安心できる場ができて、やっと、自分になれるんだね。
<129> 牧人 ■2004年05月22日 土曜日 00時25分02秒
「レベル21」っていう児童図書を読んだ。牧人好きそうでしょって友達が貸してくれた。
銀のスプーンとか、
ハサミで過去とのしがらみをチョキン!する所とか。
不思議な店なのに、消えないでそこにある事とか、
アンティークとかハイアー・セルフとか絵とか
なんかいろいろ、現実から夢を見るのに十分だった。

たまたま著者さんのHPを見つけて、ありったけの思いとアドレスを残してきたら、メールが来た!!!

いい夢を見たよ。
大人になったら夢が見れないって、ちょっと嘘。ほんのちょっと。
だって子どもの頃夢見てたものを作ってくれたのは大人だし。
知らないが為に夢を描けるのもとても貴重だけど。
どっちも合わさってわくわくするような夢が見られるのかも。
<128> NAC NAC ■2004年05月20日 木曜日 23時16分02秒
深夜の「スパイダーマン」が先週で終わってしまった。
私は毎週楽しみにしていたのに、残念だ。

「スパイダーマン」の何が私なりに面白かったかというと、登場人物の表情だ。
特に女性。
眉毛のこまかい動きまで良く表現されていた。
女性の感情に疎い私は密かにTVを観ながら「女心」を勉強して、いろいろ感心させられた。
どこぞのジュエリーCMじゃないが「女性のこと良く観ている」って感じだ。
日々これ修行である。

次は何で勉強しようかな?
目下思案中。
<127> キーコ ■2004年05月20日 木曜日 16時58分37秒
今日、映画を観てきた。海外で、前評判が高い作品だ。
論評も、まあまあだし、友だちも「よかった」と言っているからね。

・・・「視覚」と「聴覚」で訴える力って、凄いなぁ。・・・と思う、反面、簡単に取り込めるだけに、「深く心に、刻み込む」ということは、難しいかもしれない。
単なる「刺激と娯楽」に終わらないように、別の媒体を用いて、後は「生涯」を通してやり抜こう。

ひとは、『肉体』をもった存在・・・当たり前のことだけれど、ハッとした。
それを、否定的にとらえていた 自分に気がついたから。
それと、母親と弟子の立場。 
『大切なものは、何!?』を、改めて思い起こさせてくれた作品だった。

何時ものように、大泣きして、ハンドタオルが、グショグショだった。
<126> りりー ■2004年05月20日 木曜日 06時23分14秒
子供の私だったと思う。
笑顔で何かを押しつけてくる祖母に恐怖を感じている。
悪気がないのはわかっているから、否定できないんだ。
そんなことしたら傷付けてしまうから。
「お母さん、お母さん、おばあちゃんがぁ~」って母に泣きつく。
目が覚めてもしばらく涙が止まらなかった。
しゃくりあげるのではなく無表情なのに涙だけが流れるなんて、不思議だった。
<125> べビル ■2004年05月16日 日曜日 17時04分51秒

フラバ、不快感注意。


あるサイトで見たフィクション投稿に吐き気をもよおした。登場人物は実在しないかもしれないし、話も作り事かもしれないけど、こんな文章をかく人間の神経を疑ってしまう。人間の考える事じゃない。鬼畜だ。そんなものだとは思わずに、気軽にのぞいてみただけだったのに、気分が悪くてほかのことが考えられなくなってしまった。ひょっとしたら、現実にこういうことがあるのだろうか。こういう人間がいるのだろうか。少なくとも、こういう文章があるということは、こういう発想を持つ人物がいるということで、ひょっとしたら同じような人間がたくさんいるのかもしれない。そんな風に考えていたら本当に恐ろしくなってしまった。人間はそんなにも、無慈悲なキ○○イになれるものなのだろうか。怖い・・・抹殺したい。
激しい憤りをおぼえた。子供たちもそんな危険にさらされているのか・・・許せない!!抹殺してやりたい衝動に駆られる。
誰に?何に?悪の根源に?とにかく許せない思いでいっぱいになる。
ふと考えてみる。DV、AC、性的虐待、ネグレクト、セクハラ、ねたみ、搾取、精神的苦痛・・・etc
私も同罪かなあ。私も誰かをおびやかしている。誰かを傷つけている。
大小、多少の問題じゃない気がする。
自分の楽しみの為に、ひょっとしたら有形無形の害を与えているかもしれない。

泣きたいなあ、早く終って欲しいこんな悪い事に満ちた世界が。
<124> りん ■2004年05月16日 日曜日 11時08分32秒
10m位の廊下があって、その両側に2~3つずつドアがあった。その廊下の突き当たりは外へ通じてるみたい。私はこちら側の部屋にいる。ここをしきっている?ような大人の女の人がいる。男の人とキスしてる。彼女は自分の部屋の反対側の部屋に、白いワンピースの女の子を閉じ込めてしまった。その子は閉じ込められたことにしばらく気付かなくて、気付くと、だして!って透明のドアを叩いている。私は、仕方ないなあ、と思ってるんだけど、大人の女の人に”鍵だしてよ”って言いに行った。女の人はこれまで会ったどの人間より恐いと感じた。怒りを秘めていた。でも一応私はコンタクト出来たんだよね。ここを出入りできるのは私だけのようだった。
目覚めて、夢の中の2人は私だと感じた。
怒りを持っていてむき出しの本能の大人の女性。非力な、か細い少女。
その真ん中の通路を通って外界へと通じている私。
自分を閉じ込めてるのは自分で、それにどう対応対処していいかわからずに、もてあまして何となくやり過ごしているのが外向けの私。
少女をドアから出して、女の人の怒りを聞いてあげなきゃいけないんだ。
私を封じているのは私。私を解放してあげれるのも私。
<123> なち ■2004年05月11日 火曜日 16時01分51秒
そういえばここ最近、怖い夢が減った!!!
確実に!嬉しい。お祝いだ!
<122> NAC NAC ■2004年05月10日 月曜日 01時28分02秒
先日、私は地元の病院にレントゲン撮りに行って(結果、右肩骨折。マジ痛いっす。激痛です)、待ち時間に「風の旅人」という写真とコラム中心の隔月刊誌を手にした。
内容の詳細は(私の記憶力が弱いので)詳しく覚えてないが、自分の心が感動したのは覚えている。危うく涙が毀れるところだった。それくらい私は心を打たれた。
今でも発売されているのだろうか?
今度本屋で探してみよう。(ちょっと高そう?だけどね)
<121> りりー ■2004年04月30日 金曜日 00時14分11秒
~夢の中で~
男性と手をつないで祖母の前に立った。
なんで手をつないでいるの?と聞かれ
「仲良しだから!」と自信を持って断言する私。
すごく幸せであたたかいオーラに包まれていた気がする。
その後、すぅ~と彼の手が離れていったけど…

家族に対して「異性への愛情」を見せることは出来なかった。
とても恥ずかしくて、悪いことをしてるようで…。
何故だろう…近いところに見本となる大人がいなかったからかなぁ。
今も家族の中で女性ではなく子供。
昔から変わらない私の役割。

Copyright (C) 1998 CGI Arkadia All rights reserved.
This script written by Shintaro Wakayama.