今週私は教育チャンネルで、先週観れなかった「ネット依存」の、第2部を観る機会に恵まれた。 結果から言うと、私は観て正解?だった。 このサイトに出入りしている方で上記の番組を意識して観た方もいるかもしれないが、 何事にも理由がある。 もちろんネット依存にも。 問題は「じゃ、何でそうなるのか?」ってことだ。 番組でも専門家が述べていたが、「現実の生活(その基盤であるコミュニケーション)が楽しくない」 まさしくその通りだ。 私はお馬鹿さんよろしく、30過ぎてもモトクロスにどっぷりと嵌っているが、いくら自分でアクションジャンプが好きとはいえ、これが誰にも支持されなかったりしたら、私も自然とモトクロスから離れていくであろう。 それはモトクロス自体が面白くなくなったのではなく(表面的にはそうだが)、自分が周りと上手くコミュニケーションが取れなくなったから精神的に面白くなくなっただけなのだ。 「そこをきちんと自分で向き合って認められるか否か」ってのもその後の活動に大きく影響すると思う。 幸い私は今のところ趣味において友人・知人が日増しに増えていくので、しばらくはモトクロスから降りられそうもない(ってことは「自分が益々お馬鹿さんになっていく」という有難くない現実も付いてくる)が、そうしたところで「自分が話してもいい安心感」を再構築していくのであろう。 番組でも専門家がただ黙って主人公の話を聴き続けることを繰り返すことで、その主人公がネット依存から抜け出しつつあるみたいだった。
大事なのは「現実の会話の中での自分の肯定感」の蓄積だ。 そういうものを自分の家族の間で幼い時から得られていなかったので、その主人公は今になってネット依存として形を変えて苦しんでいたのだろう。 それだけ「自分の言葉で話す・そして聴いてもらえる」ってのは精神の奥深いところで重要なことなのだ。 私だって自分の周りに「ACのことも含め」無条件で聴いてもらえる人が居たら、こうして週1回ネットで私は6時間も書き込まなくて済むし、その分他の事に時間を回せるようになって私の行動範囲もより広がるだろう。 何回も言うが、大事なのは日々の会話。 それをきちんと自分で意識して練習しているかどうかだ。 結局自分で気が付かなくて苦しいのは自分持ちなんだから、だったら自分で治していくしかないわな。 そうして自分を変えていくのは自分の意識だけなんだから。
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