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私たちの物語 - 小説・映画・夢などに関する連想・過去ログ No.35
メッセージ数:700件

<700> 深雪 ■2012年03月06日 火曜日 21時55分05秒
中島深雪の歌に、「カーニヴァルだったね」という曲がある。

 注がれる酒に毒でもあれば 今頃消えているものを
 なぜ此処にいるのだろう? カーニヴァルだったね

というところが身にしみる。誰が私に毒を注いでくれないか? あんまり苦しまないですむ奴。
<699> ta ■2012年03月05日 月曜日 09時53分22秒
地獄の夢は一日も早く忘れたい。
そのやり方は、つらいことがあったら主人格ではなく副人格で受け止める。
小さいころからやってたことだからもう慣れた。
つらいことは別人格で受け止める。
それが一番。それ以外にない。
だいたい、大学に入学するまで、野放しにされたおかげで、体に一生消えない障害が残ったんだよ!
てめえらなんかと付き合いなんかしたくねぇ!
さよなら、私は一人が好きだ。
寝てる時何言ってしまうかしれないが、やはり一人で生きていく。
さよなら、表面的な付き合いをしましょうね。
<698> ta ■2012年03月02日 金曜日 17時18分53秒
関ヶ原の戦いの際、信州の上田城にて真田昌幸・真田幸村の親子が東軍の徳川秀忠が総大将を務める38,000の軍勢をたった2,000の軍勢で足止めし天下分け目の関ヶ原の戦いへ遅参させた。
真田昌幸は信州の盆地に点在する小豪族あがりであり、常に隣国の大勢力に挟まれいつも「どうすれば生き残れるか?」ということを考えなければならない状態であった。
いわゆる苦労人である。
このような地理的状況に置かれると自然と知恵深くなる。
さらに武田信玄という神がかり的な戦国大名に属しその軍陣を学んでいる。
それに対し秀忠は親の七光りで総大将になった男だ。
まじめだけが取り柄であり農民にでも生まれて、一生涯、田畑を勤勉に耕し続けるという人生であれば幸福な男であった。
38,000の大軍を率いることのできる器ではなかった。
乱世を生き抜いてきた海千山千の真田昌幸の武勇・知略にはかなうわけはないのである。
秀忠軍は38,000の大軍を持ちながら、たった2,000の真田軍に翻弄されることになる。息子である幸村率いる200の軍勢での奇襲攻撃などもあり、寡兵をもって大軍を信州上田城に引きつけ関ヶ原の戦いには行かせなかった。
真田家の象徴、三途の川の渡し賃である「六文銭」をかたどった軍旗が凛凛としてなびいていた。
西軍は敗れたものの、信州にて東軍に一泡吹かせたのである。
後に秀忠は父、家康に叱責されている。
<697> ta ■2012年03月01日 木曜日 09時13分36秒
歴史の先生へ

命がけで2度も私を救ってくれたこと一生忘れません

本当にすいませんでした

そして、本当にありがとうございました

いつか必ずこの国のためになにかできる人間になります

天国で安らかにお眠りください
<696> t ■2012年02月28日 火曜日 17時44分49秒
ビートたけしさんは京都の料亭の女将が東京に出てくると必ず駅まで迎えに行くそうです。

お子さんやお孫さんのこと愛してるんですね。男ですね。

元はと言えば娘さんの悲劇は私にも責任があるし心が痛いです。

将来、一流の板前になれれば、いい料理を提供できないかなと思います。ただ、親方や先輩の板前に許可を得られればなんですが・・・

まだ、私はどうなるかわかりませんが、償いをできればなと思います。
<695> t ■2012年02月09日 木曜日 09時29分27秒
心理操作がはじまると疑心暗鬼が非常に高まってくる。
ここから、いろんなことが見えてくる。
<694> 諦 ■2011年06月26日 日曜日 17時50分33秒
長くなるけど、引用します。鷺沢 萌「一本の電話」より

・・・なんというか私は疲れ果てていた。二十代半ばにして、私は老人になったような気分でいた。これ以上何をしろというのか、と思っていた。やるべきことはすべてやり終えたような気がしていた。・・・・・私は「死ぬ」ということをかなり実際的に考えはじめていた。特に大きな事件があったというわけではない。ただなんというか、自分でも奇妙に思えるくらいの自然な流れで、これはきっと死ぬのが妥当なのだろう、死ぬしかないだろう、というふうに考えていた。・・・・私はなんだか、もう何にもやることがない、という状態に倦んでいたのである。・・・・・・・・・・・

私もなんだなぁ。そういう気分だよ。でも、鷺沢には子供がいないんだよね。そこんところが違うんだけど、もう6歳まで育てれば良し! という気もある。

たった一つ、一発逆転の希望・・というのはあるのだが、どうなんだろ? なんだか気持ちの整理がつかないな。生活の中に足をとられて、客観的にも見られないだろう。いや、いいんだけどさ、結局は思い込み。思い込めば希望になるのさ。
<693> 諦 ■2011年06月22日 水曜日 16時34分05秒
吉田拓郎が、鬱病だと聞いた。
だから、コンサートもライブもできないって。そりゃ、鬱ならできないだろうな。
それにしても芸能人にも鬱病多いな。
活動しなきゃ飯食ってけない人まで鬱でダメになるのは、やはり鬱病はすごい病気なのだろう。
そういう私にも鬱病という名が冠されているが、どうも私の場合普通の鬱の人と目の具合が違うのだそうだ。どよんと生気を失った感じじゃないんだって。鋭いヘルパーさんが言ってた。ちなみにそのヘルパーさんは、中島みゆきの事を昔から「きれいな人だと思ってた」そうだ。眼力あるよなー。みゆきちゃんも、今はきれいとか言われてるけど、昔はプスにカウントされてたような気がする。
でも、歌は好きってか、なじんでたけどね。

才能ある人に、鬱はとり憑くのかなぁ?
<692> 諦(あきら) ■2011年06月21日 火曜日 11時17分53秒
汚れっちまった悲しみに・・・

くどいほど教育テレビの子供番組で繰り返してる中原中也の詩。
こんなん子供にわかるんかいな。
高校時代の私は、こんな詩は当たり前すぎて読み流してた。
もっと官能的な詩の多い、萩原朔太郎とかの方がよかったな。

中原といえば、因縁の小林秀雄。
その後、私は小林秀雄に傾倒していくんだけどね。

いいかねえ、中原。まあ読みやすいけどね。
<691> hikarinoubuki ■2010年12月15日 水曜日 21時43分04秒
映画 「ノルウエイの森」
心に 誰でも 森がある
深い深い森が わたしの ぬぐえない心も ノルウエイの森
だったんだと気づかせてくれた
死者との距離はどんどん離れていく
でも残させたものは どんどん森の奥へ
癒えることのない傷 そこから なにか学びとることはできるのだ
わたしにとって あなたの死は 大きすぎた
まるで ノルウエイの森のように 深く
<690> アヤノ ■2010年11月05日 金曜日 21時54分37秒
マンガ「最遊記外伝」
「くだらない」
親のこの一言で、それは「くだらないもの」になった。その一言を聞く一瞬前まで、自分がそれをどんな風に思っていても。どんなに好きでも、どんなに憧れていても、何とも思っていなくても。聞いた後も実は好きなままなのに、「これはくだらないものだ。こんなの好きなんて、どうかしてる」って声が響いてそれを許さない。少しでも平穏に暮らしたい、親に愛されたい子供としては、手を伸ばすこともできなくなる。親には逆らえない。見捨てられたくない。「私の意志は邪魔なだけだ」って学んできたから。親にとっても、自分にとっても。

この作者とは馬が合う。だいぶ感情が鈍っていたが、共感の力って凄い。少し戻ってきた気がする。
<689> gxhbdzfij ■2010年09月06日 月曜日 09時02分10秒
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<688> さよ ■2010年08月15日 日曜日 19時16分45秒
以前、森絵都の小説で読んだ「カラフル」。青春小説?映画化したそうだけれど。観てはいない。


「カラフル」なこの世界は、真の世界ではきれいなグラデーションなのだろうと思った。混ざりあった部分にまた、色が生まれるような。けれど、自分には、ぐちゃぐちゃなマーブル模様に思えた。マンガの背景で、人物が混乱を来したときに使われるトーンのような。色が主張しあって、どぎつくてごちゃごちゃで気分悪くなる。


白黒のモノトーンやセピアの世界を美しいと感じる。
<687> うろこ ■2010年08月07日 土曜日 02時36分58秒
昨日、よく眠れたせいか、今頃になっても眠れずに、
ドラマ「ハ○タカ」を観ている。
再放送する度に、毎回観ているような気がする。
(ミステリ好きなのに、本として読めないでいるフラストレーションか)

何度も観ている筈なのに、その先がどうなるのか知っている筈なのに、
毎回、見ながら、ぼんやりと考える。
「お○」というのは、元々は何のためにできたものだったのだろう。

素朴な疑問・・・子どもは、時々、どきっとする質問をする。
一応、その頃の自分なりに応えはしたけれど、
その子供は、不思議そうに一枚の紙幣を見ていた。

この番組を見ていると、形のないものになりつつあるのかな、
それが当たり前になっていくのかな、遅まきながら、そう思う。
勿論、それはなければ困り、ありすぎても困るもの。
そんな風にぼんやりと、考える。そろそろ時間だ。
<686> さよ ■2010年08月05日 木曜日 20時39分10秒
今日頭を巡ったのは『ピーターパン』。ありがち。


夜が来て朝が明けて、過去もある、ネバーランド。
フック船長はワニに手を食べられて、今もワニの腹の中で動く時計の音に怯え、ピーターパンを憎み続ける。変わらない毎日。エンドレス。


いまになって思うのは。ウエンディたちは、きっかけになりえたというのにということ。一緒に、行くだけでよかった。


物語は変わらないのに、見方が、視点が、変わった、かも。ネバーランドに居続けながら思う。
<685> さよ ■2010年08月04日 水曜日 19時13分24秒
ゼペットじいさんは、なんで「ピノキオ」をつくったのだったっけか。ただの木の人形。


「いい子にすれば人間にしてあげます」。
「人間に」は、誰かの願いだったっけか?「いい子」の判断基準はどこだったの?女神さま?


『ピノキオ』の本はもう手元にはない。何年も手にしていない。なんで今さら、頭の中に現れてきた。「人間にならなきゃならないと思わなきゃいけない」とすら思わなくなっていた今頃。
<684> sora ■2010年07月25日 日曜日 01時28分26秒
ゆめをみた



近づきたいと思っていた人に、触れる夢をみた。

私は具合が悪くて、ふらふらと倒れてしゃがみこんだのだけれど、
そんな自分の行動を演技的だなと感じていた。

背後にその人の気配を感じてほっとした。
いつものように、おそろしくはなかった。

その人の頬はやわらかかった。
けれどその腕は紐のように細くて、
私を抱き起こす力など持ち合わせていなかった。

その人が私の耳元に残した言葉は、
なにひとつ聞き取れなかった。

私はその人ともっと深く触れ合いたかった。
いままで自分がしてきた方法で、近づこうとした。

それから映画のように、
その人に近づいたら何が起こるかを流れるように体験し、

私は前の恋人との間に起きたことと同じことを繰り返し、
家族との間にあったことと同じことを繰り返していた。


私はきっと助けられている。
その人が私に近づいてこないことに。
苦しいとかつらいとか感じはするけれど。

そんな風に思った。
<683> うろこ ■2010年07月16日 金曜日 22時35分36秒
集中力が続かずに、小説を読めずにいたけど、
今日は、一日、他のことをやる合間に、少しずつ読み足して、
一冊、読みとおすことができた。
できなくなっていたことが、形は変わっても、できた時、
とても安心感が生まれた気がする。
人から見たらたいしたことでもないこと。
それでも、少し、自分が自分に戻れた感じ。
その本の著者に、感謝。
<682> うろこ ■2010年07月05日 月曜日 00時45分10秒
注:今の私の、正直な気持ちではありますが、かなり、ネガティブです。

 

今日、病と闘う女性のドラマを観た。
その人は、悲しいまでに、強く見えた。
TVドラマの中の人は、どうしてそんなに強くなれるのだろう。
そう思ってしまう、自分がどんどん嫌なやつになっていく。

体の痛みを治療しようとして、病院へ行く。
そんな当たり前のことが、できない。
パニックに対処する方法を、見失って、迷惑ばかりかけ、
悪循環のうちに病院を出る。
危害を加えるどころか、助けようとしている人たちを背に、
頭では分かっているのに、心の方でパニックになる。
そして自己嫌悪。まるでだだっこだ。

今日、また一つ、この十数年で見ないようにしていた
自分の体の痛みに、気づかされた。
心の方に気をとられて、体の方のメンテナンスを怠ったつけ。
自分では、精一杯のつもりで、いた。
心の問題だけで手一杯のつもりで、いた。
現実での、痛みとなって、そのつけは回ってきた。
この二年弱、よくなりたいと思ってしてきたことが、
ことごとく、間違っていたのか。と。
考えても仕方のないことばかりが、頭に浮かぶ。

TVドラマの中のその人は、大人で、苦しみに耐え、
辛くても、ひっそりと一人で泣いていた。
周りを困らせることも、苦しい苦しいと泣き叫ぶことも、しない。
「普通の大人」は、そんな風なものなのだろうか。

私の痛みなど、その病気に比べたら、小さな痛みだという事は
知識として知っている。
けれど、私は、混乱し、動けもしない。
ドラマとはいえ、自分の弱さを見せつけられているようだった。
ほんとうはもう、何もかもから逃げ出したい。
弱いと言われても、馬鹿にされても。
依存心の塊か。混乱して、ばかり。
<681> さよ ■2010年06月30日 水曜日 07時30分41秒
「富良野塾」を閉めることを決めた、倉本氏の記事。


曰く、「塾に来る若者の質が下がっている」。


「塾に来れば何とかしてくれるだろうと思っている」。「演劇人を目指す者が『櫻の園』すら読んでいない。読んできてもいない」。。。


嘆かわしい、と言っているようす。演劇を愛する立場からみればそうなのだろう。


そこまで。自力で行かなくてはならない。どんなところにいても、なにをしていても。与えられなかったとしても、奪われていたとしても。足りなくても、関係ない。自分で手に入れるしかない。


就活と似ている。生きることは食べること。食べるために働かなくてはならない。言われたし。知識はある。ただ、じゃあ働けにならない。


消えたい自分が、自分を生かすために働かなきゃだから、きつい。何をして?どうやって?働きたくないんですけれど働かないといけないんですよねでもなにもしたくないんです。。。


就労相談に行って。他人にどうにかしてもらおうとしている。みっともないなー自分。オ時間無駄ニシテゴメンナサイ。自分の行いは自分に返ってくるのだと、あの人に言われた言葉のまま。

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This script written by Shintaro Wakayama.