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私たちの物語 - 小説・映画・夢などに関する連想・過去ログ No.29
メッセージ数:580件

<580> 真名 ■2008年02月23日 土曜日 19時03分27秒
不快感注意!!


主治医の「愛人」になる夢を見てしまった。
愛人になったかどうかわからないけど、主治医と私の体がすごく接近していて、私は『抱いてほしい』って思うんだけど、先生は、「絶対抱きしめない」っていう感じで、私の隣に仰向けになるという夢。

他にも2人医者がいるんだけど、私はそのうちの1人を選んで、私の主治医は「愛しているから抱きしめないんだ」と言って怒る。

そして私は『先生がいい』と言って、主治医を選ぶ、そんな夢。

後からわかったことなんだけど、私の前にも愛人がいて、奥さんも公認だったという。
私はその後釜。

それですごく困惑する夢。

先生に対して、そんなことを思ったことは一度もないから、どうしてそんな夢を見るのかわからなかった。

また、性的な夢を見たということで罪悪感を覚えて、嫌な気分になってしまった。
今は平気だけど。

きっと夢は何かを象徴しているんだろうな。

「愛しているけど顔に出ない人もいるんだよ」ということなのかもしれない。
<579> 真名 ■2008年02月19日 火曜日 21時05分23秒
プリティーウーマン

もう何十回も見てるけど、この作品は大好き。
娼婦のヴィヴィアンと企業家のエドワードが出会うお話。
アメリカ映画らしくすごくわかりやすいけど、ありきたりなラブストーリじゃなくて、随所に人間の心の機微が表現されている。
だからすごく感情移入してしまう。
ヴィヴィアンは道案内ということで100ドルふっかけて、目的地に着いたらバスで「職場」まで戻ろうとするんだけど、そこでエドワードが声をかけてホテルに連れて行く。
もちろん高級なホテル。
あそこでエドワードが声をかけなかったら二人のストーリーは展開していかないんだけど、あの時何でエドワードは声をかけたのかな?というのは、きっと何かヴィヴィアンに心惹かれるものを感じたからだと思う。
それは本人が意識していなくてもね。
だいたい恋なんてたわいないきっかけで芽生えるものだと思うから。
それに「気づいたら恋をしていた」なんてよくある話だしね。
それが人と人との出会いの神秘だと私は思うのね。
その後、「お仕事」をはじめようとするヴィヴィアンをエドワードは止めて「おしゃべりでも」って誘うし、エドワードは肉体的欲求でヴィヴィアンを選んだわけじゃないんだなってこともわかる。
その後の話でもわかるけど、エドワードには人にはあまり打ち明けていないような事情があった。
たぶん、エドワードはその事を医者以外の誰かに話したかったんだと思う。
つらい過去を笑って話せる人を探していたんだと思う。
たぶんエドワードの心の琴線に触れる人がヴィヴィアンだったから、話すことができたんだと思う。
ヴィヴィアンもそう。
人には話さないけど、自分が娼婦になるまでのいきさつ、悲しい過去を話せたのはエドワードに心を許したから(好きになったから)だと思う。
ヴィヴィアンがエドワードと過ごす中には、すれちがったり、傷つけあったりすることもあるけれど、それはどんな恋愛にも付き物だと思う。
ある程度人と人が近づいたら傷つけあうのは避けて通れないことだと思う。
それは試練かもしれないけど、乗り越えられたら二人の仲はより深まるということをこの映画は教えてくれる。
「自分らしくいること」「自分の気持ちを率直に話すこと」の大切さをこの映画は教えてくれる。
そんな中で人は運命の人と一緒になれるんじゃないかな。
<578> けんと 改め まさ ■2008年02月16日 土曜日 01時14分26秒
プラネテス

 自分はこのDVDが好きだな^^;以前は原作本を最後まで揃えた。毎月が楽しみだったな。なんたって、俺はロケットマニアだったし、かなり詳しかったんだ。

 小学4年生の時、母にロケット技術者になりたいといったら、無理でしょと即答され、落ち込んだよ。そんな会社が結構近くにあって、マジで勉強しようとしたんだよ。

 話は戻るけど、このアニメの主人公のハチこと八郎太も結構馬鹿な奴で、マイ宇宙船構想ノートというのを持っていて、子供の頃の夢を追いかけていた。

 男ってさあ、こんな小さな時の夢が自分の人生を導いてくれると信じているんだ。自分の場合、中学に入ってから、自分で反射式望遠鏡を自作するぐらいのマニアだったから、確実にそんな想いを実現しようと意識的に生きていたんだな。

 中学から高校、社会人、今とPCが趣味だが、結構、こんな道を歩んでいる男性っているよ。知り合いにいる。

 なんかさあ、最近になってライフワークという言葉が、マイブームなんだけど、また、ロケットを作りたくなってきた。遊びで落書きしているんだが、スペック(性能)は現実的なことを考えているんだ^^;

 最近、裏情報が暴露されて、最新では反重力というのを本当に実現する装置があるらしく、20世紀中の1960年代のアメリカですでにあったんだ。びっくり!!!

 これがあると、スペースシャトルのような機体はいらない。本当に小さな宇宙船でよくなるし、バックトゥーザ・フゥーチャーのような車さえ実現できるんだ。

 だいぶ話が飛んだな。マニアックな話になったよ。
<577> みゅー ■2008年02月15日 金曜日 02時52分23秒
この前見た、夢の事だけ、書いておしまいにしようかなって思う。船に乗ってるらしかったんだ。現実世界で船なんか乗ったこと無いけど。でも、いわゆる「豪華客船」の「下層階級」の人が乗るスペースみたいだった。お母さんに言ったのはそこまで。「タイタニックの下層階級みたいじゃない」ってお母さんは言った。「タイタニック」って、あの有名なシーンがあって、主題歌も有名で・・・っていう、あのスペクタクル映画って1度も観た事ないんだ。その代わり、あの「タイタニック」じゃない「タイタニック」は昔TVで観た事があって、実話に近いドキュメンタリー式というか、救命ボートで救われた人々のその後みたいなのがあったのかな。どうだったか、あまりそこまではあいまいだけど・・・。

あたしが見た夢は確かに、あたしは下層階級の人間らしいんだ。で、カーテンがあって「シャッ」って開けると2段ベッドが、人ひとりが「んしょ、んしょ」って通れるぐらいの通路を挟んで、4っつあるんだ。あたしはカーテンを開けて、すぐ左側のベッドの下が「巣」だったんだけど、あたしの上の女の子と、この船から逃げる計画を「ごしょごしょ」話んだ。その女の子、そんなにものすごくファンってわけじゃないんだけど、わりと売れてる女優さん。あたしよりも、ずっと年下・・・かな、だと思う。そんなことは、いいんだ。別に。で、逃げる計画を立てるんだけど、その女の子は、はすっぱで時々「あ?!」とか言うんだけど、時々その顔が、あたしになったりするんだ。
その子のベッド周りは、ごちゃごちゃしてて。それで、一緒に逃げるんだけど、途中でその子と別れることになる。逃げるために乗り換える船が「夫人同伴」でなきゃ、乗せてくれない船で。あたしは何故だか、すごく売れてる俳優さんなんだけど、別にそんなに入れ込んでるわけじゃ・・・って人と一緒の部屋で、狭いんだ。前の船の2段ベッドの通路みたいに。通路よりは一応「部屋」になってたけど、せまかった。で、その紳士といい仲になってしまうという・・・。

夢はそこで終わるんだけど、気になるのは、時々あたしに見えたもう一人の方はどうなったんだろう。ちゃんと自分の目的地に逃げれたんだろうか。あと、残された2段ベッドの6人は、あのままあの船に残ったまま、出られないまま、出れないままなんだろうか。
考えたら逃げた2人も、残った6人も全部あたしだったんじゃないかって。今考えると思う。「6人のあたし」は、「家」に残りたい願望なのか。逃げた2人は、最近よく考えてる「あたし、結婚とか子育てって絶対向いてないわ」とか「なにが「しあわせ」ってもんなんだろか・・・」って、ずっと考えてた結論の答えなのか。ひとりで、己の道をただ、ひたすらに進もうとしてるのは、この2人なのか、どこかで「女ひとりで生きていく覚悟」みたいな、そういう気持ちが、この2人なのか。

やっぱり、あれだけ時間がたっても、このリアルさは残ってるから。どうしても気になっちゃうんだよね。でも、夢の事も、自分の事も、全部おしまい。
小学校の時のいじめられる前や、中・高生の時、よく言われた「みゅーさんって「ヒミツ主義」だよね」って。母からずっと言われてた「口は堅く。お友達に迷惑かけずに。」それと、あたし自身が「自分自身のこと、知られたくない。話したくない」そういう気持ちがあって、自分からしゃべることは、ろくになかった。「調子に乗る」そういう事もできなかった。たぶんこれからもそう。これからも、いろんな場所で自分自身に、フタして生きていくんだろう。今までずっと、そうしてきたから。
ここでもどこでも、もうここで、フタ、ぱっちん!しめます。
これでおしまい。これで、さよなら。
<576> みゅー ■2008年01月19日 土曜日 03時27分40秒
今週の水曜、病院に行った時、色々話した中で「のだめカンタービレ」の話が出た。先生は、お正月にこれを観て「あれはいいねぇ。面白くて全巻、最新刊まで予約購入しちゃったよ。」って言ってた。
あたしが、自分の正月の話をした後、先生が「私の正月は「のだめ」を観れたことが一番の思いでだなぁ・・・。」って言って、「あれ面白いよね。あたしは「話が飛ぶ」って先生言ったけど、あたしは「のだめ」みたいに、ずぼらじゃないし、いつも「ピリピリ、ギスギス」してるから、「のだめ」じゃないよね。」ってあたしが言ったら、先生は「みんな「のだめ」なんじゃないかな。」って言った。

最近、雑誌に付録が付いてることが多くて、立ち読みできないし、雑誌の内容で買っても、いらん付録が付いてくると「コレなんに使うの・・・。」で、はっきりいって、はた迷惑で。でも、たかだか「雑誌の付録」で「う〜んう〜ん」ひとりで悩んで、昨日「みんな、どう思ってるんだろう・・・」って気になって「雑誌の付録」で検索してみたら、意見はもう「千差万別」。
付録をよしとする人。得した気分になる人。書店員の苦言から、エコに反してるまでetc.・・・。ちょっと「ネットってスゴイネー」って思った。

今日の夜ね、サスペンスのドラマを、お母さんと見たあと、お母さんは大好きなバレエに、チャンネル切りかえて、あたしも何となく見てた。バレエ小さい頃習いたかったけど、月謝かかるから習わせてもらえなかったし。
バレエ観てて、お母さんが「あれ?ここ、前に見たやつと趣向が違うわ。やっぱり指揮者の解釈が違うのと一緒で、演出家によって解釈が変わるのね・・・。」って言った。

結局「のだめ」の「個性」って、漫画だからだけど、突出しすぎてるけど、でも人間ってさ、「個性」にしろ「作品に対する解釈」にしろ、みんな違うし、「考え方」「価値観」「何に重きを置くか」「人間ひとりを見る「偏見」や、「固定観念」」そういうものが全部違う。結局そう考えると、「みんな「のだめ」」なのかも。「あたし「のだめ」」も「店員「のだめ」」に、「それがなにか?」って、出来れば言えたら、でも言えないんだけど、そう思うことあったもんね。

また、何いってんのか分かんなくなってきたけど、あたし、バイトしながらでも、ちょっとやってみる。こんな「個性なき個性」でも。自信はやっぱり無いけど、もう一度やってみる。「がんばる」って言葉は好きじゃない。自分にも他人にも。でも「出来るだけのことは」やってみる。そういう「なんとなくな自信」みたいなものが、なんとなくだけど、「目標」というか「方向性」みたいなものが出てきたような気がするから。
「のだめ」話や「みんな「のだめ」」話は、そういうきっかけみたいなものを、考えさせてくれたかもしれないかな。
<575> ayako ■2007年12月19日 水曜日 20時52分44秒
ありがとうと君に言われると何だか切ない―さようならの後もほろ苦く切ない― 久しぶりに聞いた宇多田ヒカルの曲。 聞いてると本当に切なくなった。 昔好きだったkさんを思い出した。ふと彼の居る会社の2ちゃんを覗いてしまった。 会社はまだあり、相変わらず総叩きになってた。私もその会社にいたのだ、そこで彼に会ったのだ。でも、もう平気。そう思ってた。けど平気じゃなかったあの時の気持が蘇った悲しくなった― 傷口が開いた。 何でこんなに涙が出て来るんだろう? 振られたから? それより何より彼に気持を伝えられなかったから、悲しいのかも知れない。伝えるも何も彼は私の気持に気がついていたけれど― カウンセラーは伝えない方が良いと言った。私が傷つくのが目に見えていたのだろう… 私は初めて好きになった人だから気持を伝えたかったのだけれど…二回程フェロー先のマックで彼を見かけてる。正直心動かされない事はない、やっぱりまだ想いは少し残ってるから。彼に声を掛ける勇気はない。席から立ち上がる位しか出来ない。やっぱり私、彼に気持を伝えたいのだと思う。今は好きでは無いけど、あの時言えなかったから…言った所でどうにもならないのだけど― 過去は振り返らない。そう口から出た。でも悲しくて泣いてしました。彼に恋した事は辛かった事だったのだ…私は馬鹿だ。自分で傷口を開いてしまった。傷口はまだ治りそうにない。悲しみのあまり泣きながらキッチンと浴室の掃除をしてしまった。ピザのチラシを見て、過食したくなった。過食しても何の解決にならないのは過去沢山経験してる。 それなのに過食しようとした自分に悲しくなり泣いた。 自分の摂取の正体が少し見えた。何故ずっと太っていたのかも。 もう悲しくなっても過食は止めよう。 過食で悲しみは解決しないのだから。 悲しみはシラフで解決しよう。
<574> みゅー ■2007年12月04日 火曜日 02時51分38秒
最近ずっと、夢見が悪くてね。外に全然出てないっていうのもあるんだろうけど。なんか見てる夢もなんとなく、覚えてるし。寝てる間に何シリーズか見るんだけど、起きると何だか寝てる間に、あたし暴れてるみたいでさ。いろんなもんが、あっちこっちに飛んでたり、ぬいぐるみが倒れてたり、お布団の周りがすごいことになってるんだよね。

何シリーズかある夢の中で、たまに何でかね?「ロココ時代」の物が出てくるんだ。最近ドラマ見ても、この前のは、昭和30年代の日本だし。「ロココ物」の写真集とか持ってるわけでもなし。ドラマとか観てるわけでもなし。
で、「ロココ物」の夢見ると、必ずローソクが出てくるんだけど。ローソク見て思い出すようになってきたのが、昔妖怪ものの、アニメだったかなぁ。ローソクが長いのから短いの、今にも消えそうなものがあって「人間の寿命は、このローソクの長さで決められてる。この消えてしまいそうなものは、もうすぐこの人の命は終わるってことじゃ。でも取り替えたり、新しいものにしてはいけないんじゃよ。」ってセリフが頭にあって、なんだか最近「あたし自身の36歳寿命説」みたいのが、あたしの中で出来てきて。いろいろ根拠はあるんだ。
やっぱり5年間自分で自分のからだ、蝕んできたっていうのもあるし元に戻すまでもいろいろあったし。いわゆる「食べ盛り」って時に食べれなかったり。高2ぐらいまで、まともに「肉」ってものが全然食べれなかったり。
あと、野菜以外、あたしだけ「家族」と食べ物の好みが全く違うしね。

そういう「ちょっと科学的な根拠」もあるけど、「根拠のない根拠」は自分でも「?・・・でもなぁ・・・」って思うことがあるから書かないけど、「根拠なき根拠」で書けるのは、あたしって「父親」が36歳の時の子供なんだよね・・・。なんか「食」「おいてきぼり。ほっぽりっぱなし」「ひとりぼっち」っていう今考えると、あんまりうれしくない人生送ってきたのって、結局あたしが生まれたこと自体、大きな間違いだったからじゃないかなぁって。
「生まれてから、おいてきぼりが多かった」なんか、そう考えると何となく「最期もひとり」のような気がしてならないんだ。
「残り少ないローソク」で、どうするか・・・。って、世の中ほとんど何も知らずに、せいぜい世間でもまれたのは、たった6年でしょ。なんも、ないかなぁ。彼氏とかいたら、楽しかったのかなぁ。でも、いいや。もう、どうでも。
<573> ぺあ(FB注意) ■2007年10月30日 火曜日 10時54分01秒
 もう昨日の映画が残って残ってしょうがない。辛かったわ。見ていて。自分に正直に生きないといけないのかと強迫された気分にまたなった。ああいう、現実に無防備にさらして生きている女性を人を見ると、たまらなく自分がずるい人間に思えてくるんだ。私はね、躁鬱の気分障害のお父さんを当時は知らないで、父の怒りとか憎しみとかを見て、母に当たる姿にいつも仲裁役としていて、絶対に自分の中のどうしたらいいのか分からないことや、学校でいじめられていてどうすることもできないこと、絶対に見せられなかった。母にも。勿論、人をこばかにして笑い続けた姉にもね。私がしたのは、この家族で何でもクールにしかもおどけて皆を笑わせて緊張をほぐす役。父の怒りをそらせる役。皆を取り持つ役。自分の中に持っているものは、家族に仮面つけて演じている自分以外の自分を持っていることにものすごい罪悪感を抱えながら、おさえておさえてきた。勿論、学校でも誰かのサイズに合わせて、誰かの思うとおりの自分を演じて、そうじゃない自分を持つことへそのいじめっ子に対して、私に支配してくれる人に対して私は「裏切っている」っていうものすごい罪悪感持っていた。
 それでも生きてこれたのは、計算して生きてきたからなんだ。もうだめだって思っても・・・私は父の面子を保つために家族の面子のためにも、絶対に精神系の病院になんてカウンセラーなんて受けられなかった。絶対に。学校を休むことも死んでもできなかった。皆と同じでいなくてはいけない。皆学校にいるのに、少しでも休むなんてありえない話しだった。それはうちの父のうちの父方の祖父の祖母の親戚の面子のためにも死んでもありえない話だったんだ。
 浪人した。わざと、大学うからなそうなところに出願した。できないように汗かいて頑張る振りして誰かに見せて、でも自分の中のもう一人の私を支えるような役の子(二重人格ではないと思うけど、私にこうしたほうがいいよって辛くても言うの、現実をきちんと見て私を守ろうと、現実と取り持つの)が、落ちて一年浪人という肩書きで休もう、合法的に休もう・・・って言うの。
 落ちた。ほんとラッキーって感じだった。休んだ。私。でもできそうな気がして頑張ってしまったけどね。頑張って、別に勉強したいことも見つからないのに、親や祖父の喜ぶ名のある大学なんて入ってしまったけどね。
 でも父が自死してから、母なんて「やっぱ普通がいいよ」「もう大学なんていい企業なんてど〜でもいい」とか言って。いっつもいっつもこうやって翻すのよね。私、振り回されてきたなほんと。話し逸れたけど、私は計算して生きてきた。だから、ああやって現実に計算しないで(今こういう怒りなだめないと欝になるよだとか。今医者の言った薬はやめたほうがいいよ。)私自分守っているの。それが、ああいう人現実にどかんどかんってぶつかって、傷ついて麻薬とかやったり、する人(私のように自分はACなんだって自覚したり、自助グループに行ったり、無理に恋心抑えたり、男性から無理に遠ざかったり、人から今は共依存になりそうだからって逃げたりしない)ああいう人見ると、私ってずるいんじゃないかって思うの。父にも姉にも多分母にも(だって旦那に自死されたから)私はずるいって思っているんだ。何か、帰りの電車で自分をつめで手のひら刺しまくった。自分が余りにずるい人間な気がして、また大学時代の私についてお節介や言われまくった言葉が沢山出てきて、私はどこでもずるいんだって自分を手のひら刺した刺した。痛かった。でも許せなくて。何か怒りがわって出てきて。
<572> ぺあ(FB注意) ■2007年10月30日 火曜日 10時32分05秒
 うわ〜ん。気持ち悪い。昨日とある映画を見ていたんだけど、麻薬を打った後の注射器と血液がふかれている場面見て、ショック受けた。気持ち悪すぎ。ぼえって感じ。衝撃だった。しかも、麻薬のおかげでふわふわしたような目した男女がベットに寝ているシーンだったけど、もうその場面だけ気持ち悪すぎて、ちょっと残ってしまった。あまりに気持ち悪かったので、いい映画だとは思うけど、もうそればっかり考えてしまう。気持ち悪かったよ。信じられない。麻薬ってああいうふうにやるんだ。もう驚愕。気持ち悪すぎる。ぼえ〜。母親には内緒というか言わずに、一人で見た映画だから、誰にも言えないからここに書いた。本当に気持ち悪い。吐きそう。なんか・・・、なんか・・・、何ともいえない気分になった映画だった。なんていったらいいのか・・・。う〜ん。う〜ん。とにかく、あのシーンは気持ち悪いを超えた。衝撃だった。麻薬なんて初めて見たけど、信じられない気持ち悪さ。やっぱり心の痛みを飛ばしたいんだろうなって思う。辛いだろうな。人を傷つけるわけにもいかない。誰にもどうにもいえない。自分でも分からない。誰かのせいにもできない。たくさん持ってきた思い、飛ばしちゃうんだろうなって・・・。麻薬ね。私実は大人の特権かなって思っていた。私の知り合いの子がアジアでコカイン(?)やったって聞いたことあったから・・・。いいのかなって。ちょっと格好いいとも思っていた。でも、見たの。静脈注射なんだろうけど、男女がぼーっとベットで横たわる姿に、本当に衝撃だった。悲しかった、見ていて。すごい人生だったんだろうな。私が映画で見るくらいでも衝撃受けたんだもの。売春宿で育てられた、だとか。あのシーンもほんと気持ち悪かった。悲しかった。女性がそういうからだ売って生活していた時代があったんだ。悲しいし。大人なふりして笑って楽しんでいたけど、ただの快楽なんだろうな、そういう時にするのって。そういうのは当たり前だけど、優しさとか触れ合いとかなくて。本当に悲しくなった。何で男の人は女の人を身体を買うんだろう?泣きたくなった。何で女の人は自分の身体を大切にできないんだろう。そういう場所で育てられて、確かにあった話しだから、沢山の女の悲しい物語があるんだろうなって思って・・・。私は昨日の映画見ていて、この人はそのままでは愛されたっていう実感がなかったのかもしれないなって思った。うまく言えないけど、う〜ん、悲しくなった映画だった。衝撃的な映画だった。
<571> みゅー ■2007年10月24日 水曜日 17時14分59秒
かぜっぽい。ぞくぞく寒気するし、せきも出る。今日、「手洗い強迫」長かったから、たぶんその間に冷えちゃったのかも。
昨日の夜、ビデオにとっておいた「フラガール」の先生のダンスシーンと、トリをつとめる少女が、ひとりで練習で踊るシーンとラストの全員のダンスシーンを観た。とばしとばしで早送りして。でも今度は初めから全部観たいと思う。

実際にトリをつとめる少女を演じてる女優さんは、小さい頃からクラシックバレエを継続中だそう。あたしは、いわゆる「女の子が必ず通る習い物」を全然やらせてもらえなかった。大人になって、ドラマとかTV観てると、バレエとかって上半身が動いちゃダメらしい。頭のてっぺんから腰まで「骨」「芯」ってものが「すっ」としてなきゃいけないらしい。
それで足をフットワーク軽く動かして、腕や手の身のこなしってものがキレイでなきゃならない。ラクなことじゃないんだ。でも見る側からすると、ため息が出るほど「うつくしい」って言葉しかでないくらいなんだ。

今日、毎週出る求人サイト見た。先週より少ないし、短時間のできるアルバイトも募集してない。求人も厳しいけど、あたし自身も厳しい。
体力的な「骨」、精神的な「骨」。両方なってないからだ。だからフットワークも身のこなしも悪い。「強迫行為」っていう「ぐにゃぐにゃな骨」があるから「骨」のないからだに、カゼがつけこんでくる。
でも、精神的な「骨」を頑丈にしたいから、「こころの栄養」を取りたいって思ったんだ。「からだの栄養」も、その為には絶対に必要なもの。

「こころとからだは、とっても仲良し」何かで読んだ。「フラガール」のダンスシーン見て思った。学校で教えてくれない事はいっぱいありすぎる。
新しい栄養は、明日の病院。カゼなんてひいてる場合じゃないし、まず、こんな事してる場合じゃないよね・・・。
「睡眠」っていう「栄養」とって、これからの「栄養」のために、とりあえず、まず寝る。先生にも話したいこと、いっぱいあるから。
<570> ぺあ ■2007年10月21日 日曜日 20時53分40秒
「思い出ぽろぽろ」っていう映画はインナーチャイルドがでてくるんだなって最近思った。もろに。子供時代って独特でどんな人にも生きているんだよね。寂しい感じもしたな。
<569> ぺあ(FB注意) ■2007年10月16日 火曜日 19時54分43秒
 夢みたよ。お父さんに「自分の子供にお父さんと同じようなことしてやるから、許してね」って言った。父の喜ぶ顔見たかった。残り時間あと少しっていう夢ばかりみていた。その後、言いたいこと父に伝えた後、父は木で首つっていた。後ろ姿見た。どうしようって思った。でも、怖くて誰にも言えず、なぜか使用人みたいのが出てきて、その人が発見するんだ。私は悲しんでいる振りしても、周りからは悲しく見えるだろう・・・演技していた。外とうちの亀裂が大きくて、私はうちの中で色んな思いをめぐらして、周りを欺いていた。
 いつもいつも父がいなくなった後、夢を、みるのは、残り時間あと少しって言う夢。そこで今まで伝えたかったこと伝えるの。良かった、間に合った〜って。前は、一回また生き返った、そうしてそれでも末期でもう残り時間あと2時間とかいわれて、そこで父に言いたいこと言って、一応満足して、それでも父の身体が冷たくなっているのを間近で見ないといけなくて、そうしてやっと死んだ・・・・てゆう夢だった。
 未だに信じられない。それでも、あの時、声に出して叫びたいのに、出せないあれが最後だった。本当に信じられない。何でおばあちゃんは父のこともうすっかり飲み込んでいるんだろう?兄弟で真ん中だからか?お父さんのこといっつも思い出すたび、私はなんともいえなくなる。楽になった。でもお父さん、やっぱり辛かっただろうな。あの人誰かのせいにしないから、自分のせいにして、自分せめて、躁うつ病持ちながらあんな大企業にいて、それを誇りにしていて、同期との競争をしていて、お父さんってやっぱ純粋だったんだろうな。なんか、悲しいな。私、なんだったんだろうな?私のやってきたことなんて、誰かを傷つけただけじゃないだろうか。あんなことして、勉強しても学校に復讐しにいくだなんて思っていて。私はただの恩知らずなだけなんじゃないだろうか。躁鬱の疾患持って、大企業にいて、父の両親のこと悪口言わないで、頑張って・・・。なんだか、そういう時代だったな。そういう時代。でも、私の救世主願望はとまらないな。誰かを救いたくてたまらないな。
<568> かえる ■2007年10月15日 月曜日 03時39分37秒
〈現実なんかクソくらえだ〉と思ってた。本でも映画でもその世界に自分をトリップさせておもいっきり仮想空間を味わう。どっぷりと感情移入してしまう。そーすることで現実に起こる直面して傷付いた事柄から目を背けてきた。だから今でも数珠繋ぎのような延々と続く私勝手な空想が頭をぐるぐる回る。〈実際にまわりに迷惑かけず、最低限度な大人の役割を果たせば、後は多少の無茶もok〉…じゃないか?などとこの頃は思う。楽しめる時は思う存分楽しむ。それが現実でも夢の中でも一緒。ミーハーにもHEROをみてきて。キムタクはかっこいいので目の保養になったし。貴一っちゃんが控え目な役なのにドシンと存在感があった。エンターテイメントだなぁ。派手は派手だった。けど〈くりゅうこうへい〉の真っ直ぐな生き方はいいなぁ。作り事だから成せる技か?ひん曲がらずに進む。信じた道をひたすら進む。いいなぁ…。
<567> みゅー(要FB) ■2007年10月10日 水曜日 15時00分17秒
ここのところ、ちょっと悩むことがあってね、「う〜ん。うう〜。」って感じで、眉間にシワが刻まれちゃうほど悩んだ。悩んでる間ね、小学校に入学してから毎日よく見てた、悪夢の光景、不思議なんだけど、あれって、その時の感覚まで、神経とか脳みそかな?インプットされてんだね。
なんか、あとがこわいから「要FB」書いておこうかな。

一番最初に、目の前に見えたのは、小さいあたしがブロック塀の横歩いてて、いきなり、あたしのほうに「がらがらがら・・・」って、上からブロックの形のまま順番に、崩れて落ちてくるの。あたしにケガはないのに、その時の感覚って、自分の胸の中が、ブロックと一緒に「がらがらがら・・・」って崩れてく感じなの。ちょっと、「ぞわっ、ざわっ」ってする。ため息「ふーっ」って出てくるね。思い出すと何だか疲れる感じ。
最近、悩んでた時は、こればっかだったけど、たまに、やっぱり、もうひとつのやつの光景とか感覚が、ふっと出る。

場所は小学校の屋上でさ、あたしがひとりでいるのね。したら、「ひょいっ」って、誰もいないのに宙に持ち上げられるんだ。したら、いきなりあたし屋上から地面に、まっさかさまに落ちてくの。すごい勢いで地面が近づいてくの。「もう、だめだ!」って、その時いつも思ってたのかな。地面が目の前にきたら「ぴたっ」って止まるの。したら今度は「ぎゅいーん!」ってすごい勢いで屋上の高さまで、ひっぱり上げられるのね。そこで「ぴたっ」って止まったと思ったら、また、まっさかさまに落ちてくの。で、その繰り返し。

不思議なのは、あたし目の前に迫る地面も見てるくせに、校舎の上に、からだだけひっぱりあげられる、あたしの姿みてるんだよね。なのに落ちてく感覚とか、うえに「ぎゅいーん!」ってひっぱりあげられる感覚は感じるんだわ。

この2種類の夢、いつも変わらないんだ。同じTVの再放送でも観てる感じで。今もこの感覚、光景忘れられないんだけど、当時は、なんか感覚とか、
「わーっ!」って感じてた。怖かったな。
やっぱり、今も、ため息でちゃうよね。悩んで眠れなかったりすると、なんかこういう、嫌なものが出てきちゃう。

でも、迷いははれたよ。明日、お天気そこそこだといいなぁ。できれば、お出かけしたいなぁ。
<566> ぺあ(FB注意) ■2007年09月30日 日曜日 15時30分36秒
 ずっと眠っていて、夢みてた。
いきなり、母親と姉と、皆ばらばらになって、海外移住するとか言われた。
 「ああ、もう4人で暮らした生活は、一生送れない。今考えれば、幸せな時代だったんだな〜」て泣けた。
 それから、夢の中で、幻聴(戦時中の爆発音とかバンとか言う大きな音)が聞こえて、「私、遂に統合失調症まできたか、我慢してなければ、うつくらいで済んだろうに」とか思っていた。

 そしたら、今度は、下に二世帯住宅で祖母が住んでいるのだが。なんか、テレビ見ているときに、そのテレビセットが壊されるの。そして、今度は、このうちでばらばらって爆弾ふってくる。「やば、逃げないと」と思って、ドアの覗き窓から外見ると、ナチスの兵士みたいな黒いコート着た人が、立っている。
 なんか、この家に突撃で誰かくるかも・・・って思って。女って後で這い出して、逃げたときに、ばれぬよう、ズボンに着替えて、祖母を心配し、「私の人生ってここで終わるんだ。もっと長生きしたかったな。普通に子供作って、普通に父母参会とかでたかったな。普通に子育てママ同士でママさんグループ作りたかったな・・・・・父は50代で死ねて、ある意味幸せだったな・・・」ってぼんやり思いつつ、まだ死ねない、死ぬ覚悟を作っている途中だった。

 目覚めて・・・・ほっと安心。
 私は、戦争の夢とか時々見るんだ。また、ストレスあると、金縛りはすごい。幻聴みたいに「ばん」っていう破裂音聞こえたり「これは幻聴だな。自傷かな」って其の時思うの。高校時代は、怒声が夜寝る前に一回聞こえて、辛かった。
 こういうことって、何を指し示しているのかな。
 辛いな。自傷もとめられないしな。
<565> ぺあ ■2007年09月13日 木曜日 22時07分15秒
Lifeを見た。うらやましかった。
うちの家族は、ある人の躁鬱を隠し隠しだましだまし、何も無い振り、見ない振りして、それでもその人は私に「俺はこれだけお前にやってやっているんだ。お前ほど幸せな子供はいない。感謝しろ」毎年休みごとの、母好みのブランドホテル、旅行、スキー。感謝している。でも、そのイベントこなしながら、高級精進料理の店にいながら・・・自分の泣き出したい思い殺して、ご飯食べている12歳の私がいた。スキーから帰って、あまりの自分の思いの言えなさに(いじめ我慢し続けたこと)まっすぐに歩けないほどのめまいばかりだった中2の頃。そのくせ、「お前に分かって欲しい。お前なら分かってくれる。助けて」そんな変なもたれかかられもされた。楽しくも無いのに「学校楽しい!!明日楽しみ〜!」そう嘘ではしゃぐ私。父にそう見せる。父は、「俺なんか明日が楽しみなんてことはもうないよ。お前がうらやましいよ・・・」そう言った。
 子供がそういわれて・・・そういう雰囲気いっつも感じていたら「?」と思うよね?こんなに幸せなのは私だけなのか?そういえば、姉もなんかいつもいらついている。母はからかわれの的。Nさんは、「お前はずるいんだよ」と私にいらつく。そうか、私は「ずるいんだ」「幸せになってはいけないんだ」「これ以上求めてはだめ。」「人の他者の幸せ食っているから」そう思っていた。
 この映画で主人公が癌と分かって、精神的にパニックになる。うちは、病気はなかったけど、ずっと父が出世を目指し、同期と競争し、自分を責め、工場での事故があり、亡くなった方一人いて、その工場の建設責任者が父だった。そういう色んな積み重ねと、父の両親からの育った環境が、そうさせたのだ。
 ずっと隠し隠し、ごまかしごまかしここまで父は生きてきた。ずっと、何かをつかみたかった私。Life見ていたら・・・死って延長線上にあるのね、別に怖くはないのかなと思った。うらやましい映画だった。父親が暴れて、子供が怯えるシーンは、子供の思いと小さな自分が重なった。
<564> みゅー ■2007年08月26日 日曜日 03時43分04秒
今日も自分の寝言で目が覚めた。小さい頃から、あたしは寝言が多いって言われ続けてる。笑ってたり、怒鳴ってたり、訳の分からないこと「ごにょごにょ」言ってるらしい。それが、ずっと続いてるみたい。この前も「だったら〜〜でしょ!!」の「〜〜」が思い出せないんだけど、「がばっ」っていうか「むくっ」っていうか、たぶん90度に起きて、怒鳴って、その寝言で目が覚めて「あ、寝言だ・・・」って思って、また、ぱたっと寝た。

小学生の時は毎日、同じ悪夢を見てた。今は、もう見ない夢だけど、あれだけ同じ光景みてたら、イヤでも覚えちゃう。
でも、今朝も怒鳴ってたっていうか、説得してたっていうか、何だかそんな感じの寝言だった。

あたしは、何で「家族」への「こだわり」というか、自分でも上手く言えない。頭の中で分かってても、喉の辺りまで出掛かってるんだけど、なんか、追いつめられてるっていうか、実際、夢で追いかけられて、追いかけられて最後に追いつめられて、もうダメだ!って所で目が覚めるって事も、よくあるんだけど。

あたしは、なにをそんなに、あせってるんだろか。お金に困ってるってのは、あるけど。でも借金してないし。一番の夢だった夢は、もう問題外になった、というか、問題外にするしかないから、あきらめてるはずだし。
やっぱり、仕事かな。社会と関わってない焦りとか。今度こそ、仕事で稼いだ金は、病院とか高いドリンク剤とか、整体とか、詐欺とかにあったりしないようにとか。ちゃんと、服とか、遊びとか、旅行は無理だけど、そういう「まともな、お金の使い方」したい。

一度くらいは男の人と付き合ってみたいとか「彼氏」って呼べるひといたら、とか思ったけど、やっぱり容姿も性格も、最低最悪に、捻じ曲がってるから、誰も、あたしに近づこうとしなかった訳だし。
何だか眠いし、画面がぼやけてきて、自分が今も、この先も本当は、どうしたいのか分からなくなってきた。今日も変な夢見そうな気がするな。
<563> ぺあ ■2007年08月22日 水曜日 21時33分34秒
夢の中で私は行きたくない修学旅行のバスに乗りたくないのに乗っていた、病気で乗るの拒否ろうとしていたり。なんか書きながら父と昔学校の先生についておもしろおかしく話したこと思い出した。父が亡くなってからすぐは、父が冷たい体で小さな私を抱きしめて、私は笑い浮かべながら、凍りそうな手をはがそうと懸命になったりしていた。友人二人と何かの発表会の場にいるのに、私だけ父のメモリアル会の発表していたり。父の拡大写真が屏風になって、青い照明がゆらゆらしていて、ただ悲しかった。頑張れって友人に押し出された、悲しかった。父が2時間だけ生きる時間許されたり。死ぬ瞬間全部みないと行けなかったり。実家に帰ったら、余命限りはあるけど父がまだいたり。私は間に合ったと安堵したり。たぶんまだ私信じられない。なんで?私が助けなかったんか?遺影なんて死んでも死んでも死んでも飾りたくない!寂しい。でもこんなの贅沢なの?みんないつか死ぬし、子供でも死んでしまう子いる。いつかみんな。でも私はあまりに突然で。人の死ぬ姿見るのは辛い。真実は時に辛すぎる。でも余命で人と向き合うのもまた辛い。現実は飲みこもう。私は生きている。生かされてきた?生きていて、私は生きていて希望たくさんあるもん。怖いことたくさんあるけど。小田実さんが、死ぬまでは元気でって言っていた。いつ死ぬか分からないけど、元気でいよう。自分をまずは大切にしよう。まずは自分だけを一番に大切にしよう。無理せず焦らず自分のAC的特徴を生きてきた証だと思う。生き方の癖をまずは頑張ってきたとよしよししてから、少しずつまた歩こう、寄り道しながら。
<562> ('-'*)ネコムライス ■2007年08月22日 水曜日 12時34分33秒
昔は夢の中でも誰かとケンカしたり、すごく感情的になって怒ってる夢ばかり見ていた。怒って叫んでる自分の声で目が覚めたり…って事もしばしばだったし。
でも最近は夢の中で怒ってる事が少なくなった様な気がする。
だいぶ気持ちが安定して来たのかな。

ACの事見つめ始めたばかりの時はフラッシュバックで辛すぎて、毎日泣いてばかりだった。悲しくて怖くて悔しくて。
でも今はだいぶ泣く事も少なくなってきたし、もう少しすれば自分の過去も感情的にならずに他人に話せるようにもなりそうな感じだ。
この調子でいけば自助グループにも参加できるかな…とも思ってる。
そしたら今よりもっと変化していくのかな。もっと強くなれたら良いと思う。
でも自助グループに参加してもしなくても、少しずつ変わっていけたらそれで良いと思う。
私に合う無理のないやり方で成長できればそれで良いんだ。
<561> 秋 ■2007年08月08日 水曜日 20時05分04秒
ZARDのよさに今頃気づく私。
学生の頃は、売れてたという理由で聴いてたけど、
今大人になって改めて聴いて、詞もいいね。
前向きになることの大切さや難しさ、
生活の中の1ページみたいにすーっと入ってくる。
なんか大人の歌ってかんじ。
がむしゃらに進むだけじゃなくて、少し力を抜いてゆっくり
でもいいから生きていたいと思う感じ。

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This script written by Shintaro Wakayama.