Top過去ログ一覧
私たちの物語 - 小説・映画・夢などに関する連想・過去ログ No.28
メッセージ数:560件

<560> アーネスト ■2007年08月06日 月曜日 03時29分28秒
結構ね、底付きのあとにはまった歌やら映画、小説というのは僕のロマンス嗜癖を助長したと思う。
<559> ぺあ ■2007年07月27日 金曜日 11時20分52秒
小学校時代の同級生が今郷里にいるから、蘇ってくる。皆立派な大人なのだろうに。夢にも出てきた。先生に怒られ役の私。教科書先生に渡したまま、どうにかされて、私焦って教科書探してるの。いつもそうだったなあ。私はいつも話の通じない、心の歯車が周囲とは明らかにずれがあるのを感じていた。それはなんだったのか?私は多分人の心に敏感すぎたのではないだろうか。ここにいると大学時代の友人と話していればすっと消えた心の周囲との明らかなずれている感じ。だから自分を貫けない。私は明らかに「おかしい」から。そんな感覚が夢に蘇ってきた。私のパソコンに自分の思いを吐露した文章があって、それを心ない子供どもに「OOO(私の名前)こんなの書いてんの〜!!」って皆に回されていた。私はどうにかこうにか子供の気まぐれな心を他に移させて気分を紛らわせようとしていた。良いタイミングが身を救う、その繰り返しだと感じながら、考えながら。高校が舞台で出てきたりもした。皆楽しそうなところに場違いな私が焦って教科書取替えしてもらおうとするが、その教科書はどこかに捨てられていたり。
 ここからさめなければどうしようかと思った。あの頃と同じ感覚。いつも素直な思いは文章に吐き出すだけ。それでも誰も私の範囲を尊重もしてくれないで根こそぎ笑い者の私は、素直な思いを皆の前に出されてはよってたかっての笑い者。私の心はいつも逃げたくて逃げたくて。それでもいつも私は自分の歯車と世界の歯車がかみあわない。私がおかしい。私が神経質だから。そうやって、次からくるくる他者からの要求を呑んで飲んで飲み込まされて。人の期待を浴びたまま、人のストレスを和らげようと救うために自分をずるいと非難して自分を汚いと思いながら走り続ける。
 子供時代の夢はいつも学校の終わりのない日々。いつもいつも終わりのない日々。怖くて怖くて。夢が夢で本当によかったと思うのは目が覚めてから。どこにも居場所がなくて無機質なコンクリートの建物の中で繰り広げられるあの場所の人の悪気のない暴力をふるわれる日々。目が覚めて私にも少しだけ居る場所があって、何よりも大人になったことで人からある程度の距離と尊重を持って接してもらえることがよかった。自分のプライベートを侵そうとする人いないしね。そして私にも「尊敬」できる人がこの世にいるんだ。自分の感覚おかしくないんだと思える音楽と人と本に出会えた。大好きな子に会えたこと。目が覚めて私は26の私でよかった。
<558> ぺあ ■2007年07月17日 火曜日 14時25分27秒
柳田邦夫の「犠牲」を読んだことがあった。柳田氏の息子さんのお話だ。彼の辛さを高校時代の私は自分のように思って見ていた。
 普通の親に育てられた悲しみが彼を追いやったんだろう。
普通は人を殺す時もあるんだろう。
普通と戦い、手話で子育てしている家族のTVを見た。本当に豊かな世界があった。子供なのにとっても大人びて、それでもまっすぐな聴覚障害を持つ子供。
彼らから学んだほうがいいんじゃない?いつも「両親そろって、お金もあって」恵まれている子供がなぜひきこもりとか言う外面しか見ない、ふつうの大人たち。そういう風にしか生きられないのか?その中で魂を削られた人が沢山いるんだよ。あの人は優しすぎたとか評価される。いいじゃん、優しすぎて。優しいというのは漢字のごとく優秀な人のこというんだ。いいじゃん、繊細すぎていて、この世でやっていけないだと。この世が変わらないといけないんじゃないの?この本を読んでいるとふつうの親について考える。
<557> ラビット ■2007年07月16日 月曜日 23時39分25秒
夢から覚めると一気に現実という世界が襲ってくる。
でもそれも少しずつ少しずつ曖昧な感じで徐々に徐々に私がした行動の結果が表れてくる。

天国から地獄
この中間がない思考と心。
意識でそれを変えようとするとあまりいい結果にならない。

しっかりこびりついた失敗癖とあきらめ癖。

お願いだから自分勝手でも自分で自分を見捨てないで。もう自分で自分を見捨てたくない。もう自分で自分を見捨てなくてもいいんだ。
落ち着け、ダメじゃない、いいところも現実にあるはずだ。自分が全部悪いわけじゃない。ちょっとずつ気付いていこう。
<556> アーネスト ■2007年07月06日 金曜日 02時48分55秒
実は映画というものがあまり好きではない。「〜主演の」とかそういうレベルでミーハーに喜んでいる人間を見ると腹が立つのだ(すみません、でも本音)。そういうことがあってなんとなく映画を敬遠してしまう。あまり、演じている人に関して興味がないのかもしれない。言い方を変えると「これは現実の世界じゃありませんよ、フィクションですよ」と割り切れないのかもしれない。深刻に見すぎているのかもしれない。
<555> アーネスト ■2007年07月04日 水曜日 23時08分31秒
またまた引き続きで、今度は劇場で映画を見てきた。ごくごく久しぶりに。なんだか不思議な感覚があった。意識の半分は、映画に吸い寄せられ興奮し、怯え、歓喜しているのに、もう半分の意識は、トイレに立つ人や、「いつ終わるのかな?」といったことに関心がいっていて冷めていた。こういう経験は、多分はじめてかも。映画を見るときは感情が鈍磨しているか、極端に吸い寄せられているかのどちらかだったから。
<554> アーネスト ■2007年07月03日 火曜日 02時14分52秒
某アクション映画を先週・今週と引き続けてみた。
昔、感情鈍磨の重かったときには、ぜんぜんどきどきしなかった(むしろ退屈してみていた)が今、見るとすごくどきどきする。ジェットコースターとか、部活の試合の直前のようなスリルがある。製作者にも頭が上がるよ。とにかくあれだけエキサイティングというかスリルを感じることはなかった。

むしろああいう映画を、超然とした涼しい顔で見れることに優越感すら感じていた。でもね興奮して当たり前だ。あれだけのアクションシーンがでてきて、しかも主人公に感情移入しているから、興奮しないわけがない。やっぱり感情鈍磨しているころは、そういう感覚が鈍かったと思う。

昨日もすばらしい映画を見た。見る側に委ねる部分が大きかったように思う。瑣末なところに拘泥せずに、するするとストーリーが流れていってよかった。そして考えさせられる映画だった。
<553> 秋 ■2007年06月28日 木曜日 00時36分16秒
スピッツの「愛のことば」にあるフレーズ

こころの糸が切れるほど強く抱きしめたなら・・

っていう部分が何故か残った。どうしてかな。

<552> ぺあ ■2007年06月27日 水曜日 22時56分13秒
教育実習先の中学校で先生終わってそこの生徒として1年間在籍するという夢を見る。私を少しでも知る先生から逃げる。3年生用のトイレに入って、こっちの階段から行って用もないのに1年生用のトイレに逃げる。前に診察室に入る夢を見た。近代的なつくり。でも分からない薬品だらけ。暗い部屋。先生がいる。私に病気告知する夢。注射で私を殺そうとしそうな勢い。それからよく少し前は私は一人暮らしの部屋で気がついたら前が道路で色んな人が見られる、心の休まらない夢を見た。夢は恐ろしく、怖く、心もとのないものばかりだった。現実に戻って過去じゃなくて今の自由な私でよかったと思う。夢が強すぎて現実の私まで夢の続きで現実感失うところだった。夢が怖い時、どうしても安心する人に傍にいて欲しい。そう思うところから付き合いたいって芽生えるのかな。
<551> 秋 ■2007年06月12日 火曜日 19時37分40秒
久しぶりに読書してみた。
生まれてはじめて読んだ村上春樹。
初心者なんで短編集から入ってみた。
旦那が好きらしく、一度読んでみたらと言われてたし。

感想は、くすっていうのが何箇所かあったりして、淡々と話が流れていく中で
えーこれで終わり?っていう展開だったり。
文章は難しくはないけど、読んだ後の不思議な気持ちがなんか新鮮だった。
<550> アーネスト ■2007年06月04日 月曜日 11時28分13秒
久しぶりに長編を2冊読んだ。そのなかで「信仰」ということがテーマになった小説があって、今の自分とすごくかぶったりして、少し恐いような気がした。
<549> マフマルバフ改めモハメッド ■2007年05月21日 月曜日 00時41分51秒
映画を見た帰り
映画を見た帰りにパチホールに寄ってみた。
話し掛けてくれたりしてくれる女の子がいるからだ。愛想笑いもしてくれる。ニコリとね。
単なる愛想笑いであり、愛想のいい女の子はこれぐらいのことはしてくれるんだよ。これが愛想笑いであることを知っている人にはね、知らない人だと煙たがられる。間に受けるバカがいるからだ。
つまらぬことで誤解されることことほどアホらしいことはない。
世の中楽しく生きたいものだ。それを互いに知っていればこそのご愛嬌だ。
女の子に警戒心を解いてもらうにはいろいろ分からねばいかんのやね。

雑踏をただ通り抜けてみたかっただけだ。

喫茶店に寄ってみたくなった。ただまっすぐ帰っても面白くない。閉館間際の図書館に走りこみアウトだったが、そこはそこギリギリまで粘る人たちは必ずいるんだよ。
こういう人たちをこそ「ギリギリガールズ」と呼んでいいのではないだろうか。
予約本が借りられるという電話があって、俺は行こうかどうか迷っていたのだ、それは映画を見終えてからでは図書館の閉館に間に合わないからだった。

だがどういうわけか間に合わなくてもいいからそこまで行ってみたくなったのだ。ただそこに行ってのんびり転がってタバコを吸いたかったのだ。たまに芝生の上に転がりたくなるときはあるものだ。
しかし5月中旬だといっても夕方にはかなり冷え込み、風がいつまでも座らせてくれない。これは川風が吹き込むから予想以上にひえるからだった。
あらかじめ厚着してくる女性はベンチに余裕をもって座っている。季節感にとらわれず暑さ寒さを見通しているんだね。現実的でいいじゃないか。

喫茶店で暖をとりたくなる俺の気持ちもわかるだろう。店内に俺がみてきた映画と同じプログラムを見ているおばあさんが一人で座っていた。
年老いて相方はいないんだろうな、こんな時間だ。夕飯の支度もしないでいい自由をもっているのだろう。
しかし、今見た映画を語り合う相手はもういない、ってか。
これが老人の孤独ってやつだろうか?楽しかったが故にこそ孤独はよけい身にまといつく。
しかし、長年の苦労を重ねていれば映画を見た楽しみの方が残るだろう。苦労と孤独を抱きしめて生きてきたのであれば何事にも簡単にあきらめやしないだろう。
その映画の中のセリフにもあったじゃないか「わたしら死にたくても死にきれないのさ」ってね。
バタバタ生きてバタバタ死んでいけばそれでいい。
それぐらいの哲学は身に付いているだろう。
そういう思いを脳裏にかすめながら、俺はそのおばさんの横を通り過ぎた。

五月の寒い夕暮れどきだった。
<548> アーネスト ■2007年04月20日 金曜日 13時38分18秒
音楽を聴いたり小説を読んだりすることって一種の自慰行為なのかな?と思うことがある。さっきもある人のDVDを見てたんだけど、これに感動してるのってもしかしたら俺じゃなくてインナーチャイルドかもしれないって思った。俺自身がその人やその音楽に共鳴しているというよりは、自分が子供時代にし損ねたこと、失ったもの、そしてそれに伴う悲しみに共鳴しているだけじゃないか、と。自分にとっての楽器を弾く行為とかも・・・それはアディクションとい呼んでいいのかわからないけど、少なくともあまり建設的な行為とはいえないような気がする。ずっと悲しさに浸っていたい、というか。そうじゃなくて、子供時代に発展させたかった興味や関心を今、発展させていくことが建設的、生産的なんでしょ?と自分に突っ込みを入れたくなった。趣味は音楽というと何か違うような気がする。聴きたいというよりはやはり自慰に近いような気がする。これにあまり依存しすぎればやはり空想が現実を腐らせてしまう。それは心地よいが現実ではない。
<547> マフマルバフ改めモハメッド ■2007年03月24日 土曜日 14時31分17秒
「松ヶ根乱射事件」監督・山下敦弘
時代設定は1990年代初めらしい。社会的にはこの頃ってバブルがはじけかける時期で日本中に土地をめぐる札束が飛び交っていただろう。誰が味方で誰が敵なのかいよいよわけがわからなくなり、全ては貨幣が取り仕切っており、混沌を深めていたのではないだろうか?
都会のような闇の中で蠢く敵も不確かな時代状況と隔離したかのごとく穏やかな田舎町。敵も味方も顔が見える関係の町といえばいいだろうか?それは脱人格化したさらなる大きな見えない敵にふりまわされているが故の静かな町、実感と日常といえばよいだろうか?
精神的には彼岸のような遠くの都市の動きのわずかな振動が伝えてくるのが、不信な闖入者であるアベックであろうか?放浪するにも貨幣の持ち合わせがないものたち。
基本的な貨幣を労働によらず求めるがゆえにリアリティーがあるのか。都市で生きていけないほどの無知であるがゆえに暴力が生きる根源となっているからリアリティーがあるのか私にはわからない。無知と暴力のリアリティーに存在感がともなわない闖入者。
しかし落ち着いた生活を営んでいるかのように見える町の人たちの方がさらに存在もリアリティーも希薄でゆらめいている。
関係性の希薄さにおいて登場人物のほとんどが同じ土壌にいるからゆらめきに違和感がない。ストーリーのない人生を歩く者達だから映画にもストーリー性が希薄だ。
たまにストーリーのある人生を構築するものが登場するから見るものにそのゆらめきの境界を垣間見せてくれる。
この映画が評判をとるのはなぜだろうか?
いい映画の条件とは内容と音楽がマッチしていることもそのひとつだろう。そういう意味でいい映画だと思った。音楽・パスカルズ エンディング曲「モレシコ」ポアダムス。
<546> こくーん ■2007年03月24日 土曜日 08時13分12秒
最近、パウロ・コエーリョというブラジルの作家さんの本を読んでいる。
最近の言葉?で言えば、『スピリチュアル』、または宗教色の強い作品だ。
私は特定の宗教を信じているわけではないし、神様の存在を信じているわけでもない。…お会いしたことがないと思うから。
しかし、そういったものが間違っているとは思えないし、否定もできない。
そこには『なんらかの真実』が含まれていると思うし、人間の様々な感情が息づいているようにも思う。
特定の宗教にこだわらず、いろいろな本を読んでみると、別々の教えの中に、普遍性を見出すこともある。
そんな『気づき』に出会いながら、今、彼の作品を読んでいる。
しかしまだ、自分の身の処し方については混乱、迷走しっぱなしで、その『気づき』を消化できるのにはまだまだ時間がかかりそうに思える。
願わくば、時間切れになる前に、と、半ば諦めの気持ちで『何か』に向かって、祈ったりもする。
<545> とら ■2007年03月23日 金曜日 18時43分06秒
夢なのか、現実なのか。
心が硬い、そして揺るがない。強くなった。Kちゃんを好きになって。初めて男になった気がする。心ですべて彼女の気持ちがわかってしまう。自分が好きなので、彼女を愛することが簡単だ。他の異性の気持ちも簡単にわかる。観察し、心で感じると三回も会えばわかってしまうのだ。お客は女性が多い。だから女性の深い気持ちをすばやく察し、距離をとるのは必要なことだ。
最近、また夢を見なくなった。熟睡しているのだろう。
自分の夢はいろいろあって(睡眠で見る夢ではない)会社のオーナー(これは貧乏と言う現実をのぞけばかなってしまった、だから現実)
エッセイスト、これはまだかなっていないが、現在本をこつこつと書いている。だから予定。彼女を作ると言う夢、現在進行形で、予定だと思う。
心で感じている夢が予定に変わっている。よくイメージした夢が現実になると言うが、本当にそのとおりだ。後はバンドを作りたいし、PCゲームを作り、売りたい。これも少しずつ勉強しており、やがて数年でかなうだろう。将来、4つの会社のオーナーになりたい
今は、カウンセラーとPCインストラクターの仕事。それに本を書く仕事とゲームを作る仕事が加わるだろう。夢、現実?そんなあいまいな感じが自分にある。
<544> とら ■2007年03月14日 水曜日 09時24分31秒
最近、彼女の夢を見る。そんな夢が正夢なるいいのだが、髪はアップだし、名なんか緊張している顔、何かかわいそう。もっとリラックッスさせてあげたい。何かリアルな夢なんだな。彼女の波動が、俺の夢にまで出てきたのかな。
心と心が繋がると、こんなことが起きるのかな。何か不思議な現象だな。今まで、何人かと付き合ったが、こんなことは無かった。2人目の時は、メールの来るタイミングが勘で分かった。頭が涼しくなった。額で感じる。ちゃくらというらしいが、額のそこが気持ちいい。そんな時メールが来た。
 今回は、心のメッセージが来る。大体、相手の気持ちや、体調が分かる。すごいことだ。俺は、エスパーなのか???わからん、でもそれに近い気がする。夢に関する現実的連想、これが今回の話です。
<543> みゅー ■2007年03月12日 月曜日 03時22分58秒
PCの画面を見ながら、ずっと手が止まってた。震えてるのかなぁと思ったけど時計の音だけ「カチカチ・・・」聞こえてて、手は、しっかり止まってるけど、こころだけが「ショック」と「今日の事を、ここに書きたいけど、書く恐怖」みたいので、ずっとキーボードの上で手が止まってた。

最近、実生活でも「夢の中」でも「トイレもの」が多い。しかも去年の暮れのは見事なまでの「正夢」だった。「最近、なんだかトイレが近いなぁ・・・」女なのに、まず、この一言を書くのが怖かった。「じゃ、書かなきゃいいのに」って自分でも思う。でも今日のことは、あまりにもショックすぎて、後で後悔するかもしれないのに、今は、どうしたらいいのか分からないっていうか、半分冷静で、半分ぼう然状態。
「トイレが近い」この事はネットで調べてみた。したら「30代女性で30ウン歳辺りからトイレが近くなる」らしい。「出産の有無に関わらず」って、あったから、「あたしも歳とったもんだ・・・。しょうがないか・・・」って、そこまでは良かった。

今日夢を見た。時代は何故だか「ロココ調の時代」。けど、あたしは中世の人間が着る様な「マリー・アントワネット」みたいにドレス着てるわけでも、かつらを被ってるわけでもない。結構ボロボロな恰好をしてたけど、下働きなのか召使なのか、そういう「立場」とか「身分」とかは全く分からなかった。
ひとつ分かってたのは「あたしは相当なイジメに合ってたこと」だ。いじめてる相手は幼稚園の時、一緒だった女の子。はっきり言って当時あたしは、その子が苦手で、たまらなかった。「威圧感」というか、あんまり話した覚えはないけど何か、あたしのこと「じろじろ」見てて「あの子なんかコワイ・・・」そんなイメージがあった。「夢の中」で、あたしは、その子からのイジメから逃げるために、あちこち隠れたりするけど、どうしてだか見つけられてしまう。イジメはすごくてトイレすら行かせてもらえないんだ。さすがに、その子も、あたしの「トイレ行きたさ」に気がついたのか。「お屋敷の、どこどこの、どこどこの・・・を通って・・・行けばトイレあるわよ」って言った。そんな事言われても分かんない。でも、どうしてもトイレ行きたかったから、「忍者のからくり屋敷」みたいに暗い「秘密の通路」みたいなとこを小さく四つんばいに、這っていったり、狭い隙間から入っていくエレベーター使ったり、やっと辿りついた所はトイレじゃなくて「ロココ調の子供部屋」だった。ぬいぐるみがちらかっててイスもテーブルも散らかり放題。あたしは何故だか、その部屋の入り口入って左側の白い洋服ダンスを開けた。服だらけ。あたしは服を、かきわけ、かきわけ進んでく。したらトイレがあった。「あった!」ほっとして用を足そうとしても、おしっこは出ない。今、考えると当たり前なんだ。普通は理性が働いて、そこで夢から覚めて本物のトイレに駆け込むんだ。けど、その時あたしが思ったのは「今、おしっこしておかないと、今度はいつトイレに行かせてくれるか分からない!」。だから「夢の中」で用をすませた。一瞬、真っ暗になるんだ。どれくらい真っ暗だったか。

なんか「ぼんやり・・・」死にそうなくらいの意識の中、あたしは何故だか蓋をしてない棺の中にいた。しかも、間に合わせ用にしかなかった子供用の棺に大人のからだのあたしが入ってるんだ。だから手も足も棺から、はみだしてるんだ。両手両足が棺から「だら〜ん」と出てる。その、あたしが入っている棺が運ばれてる時、村の人間か、やじ馬だかが「呪いの呪文」を「ぶつぶつ・・・」言ってた。そこで、また真っ暗闇になる。

何十年後か分からないけど、キレイな「ロココ調」の部屋に5、6歳ぐらいの男の子がピアノに向かって遊んでた。その横に棚があって本とかCDとかきちんと並んでるのに、どうしてだか日本語で白い紙に黒いマジックペンで「〜の本」「〜の音楽」って書いてあるのが、その本とかCDが並んでる棚にセロテープで大ざっぱに貼ってあった。男の子が「ママ」って言ったら棚の所で何か探してる「ママ」らしき女性が「なあに?」。男の子が「それ、なあに?」って聞いたら「ママ」がニコニコしながら男の子の言ったCDを取り出して音楽をかけた。古典音楽の巨匠の「みじかくも美しく燃え」が流れる。あたしの大好きな曲。その幸せそうな光景と美しい音楽の中、地獄か天国からか、あたしは見てた。それで歯を食いしばりながら、悔し泣きともなんともいえない「嗚咽」っていうのかな。喉が苦しくて「ぐぅ〜、ヴヴぅ〜」って感じで泣いてた。それで目が覚め。気がついたら何か冷たくて寒い。「夢の中で足した用」は「おねしょ」っていう。「まさか、この歳で・・・」って、死にたくなるほどショックな事態になってた。
急いで片付けて、ワインをグラス2杯と缶ビール開けたけど、今日はビールがアホみたいにまずかった。

少し落ちついてから「あたしぐらいの年齢の大人の夜尿症」を調べたら案外たくさんいた。やっぱりみんなショックらしいけど原因に結構驚いた。「ストレス、心因性のもの」他にも、もう一個ぐらい精神的なものが原因。そして「眠りが深いから夜尿症。でなく、むしろその逆」らしい。
考えると最近のあたしは、押しつぶされそうなストレスが多い。「兄の状態」「将来のあせり」「お金のこと」「家、両親」「母親からの「よいこプレッシャー」「ひきこもりで外に出てない分、自分自身を見失って、どんどん消えていく」・・・。夢の中の「子供用の棺に入っている自分」は、「もう、あたしなんて、いいかげんに扱ってポイッって捨てたいわ!」って自分をないがしろにして半分人生捨ててる心理を表してたのかも。あと「男の子とママ」・・・。あれは、あたしが地獄に行こうが、誰も、あたしを受け入れる事がないって事、分かってて「死ぬまで経験する事無い」光景に泣けてきたのかも。書きながら、やっぱりポロポロ落ちてくるのは。そういう心理状態だったのかも。まず30歳すぎて「夜尿症」する女なんて誰だって嫌でしょう。
<542> キンセンカ ■2007年03月07日 水曜日 20時01分41秒
夢のなかで何度も訪れる店がある。
緑色のガラスケースみたいな建物で、
店自体が、ぼんやりとした明かりみたいに浮かび上がっている。
歩いていると、いつも突然目の前に現れて、
「ああ、私はここに来る為に歩いていたんだ」と知る。
他に誰も目に入らないのだけれど、何故か誰かがいることを感じている。
商品は全て、ステンレスと、ガラスでできた、機能的で、美しい日用品。
私は十分な時間をかけて、美術館を歩くように、店を楽しむ。
そして、満たされた気持ちで、入ったときと同じように、自然に店を後にする。
<541> Garland ■2007年01月05日 金曜日 00時15分45秒
止まらん、、、

Copyright (C) 1998 CGI Arkadia All rights reserved.
This script written by Shintaro Wakayama.