小学校時代の同級生が今郷里にいるから、蘇ってくる。皆立派な大人なのだろうに。夢にも出てきた。先生に怒られ役の私。教科書先生に渡したまま、どうにかされて、私焦って教科書探してるの。いつもそうだったなあ。私はいつも話の通じない、心の歯車が周囲とは明らかにずれがあるのを感じていた。それはなんだったのか?私は多分人の心に敏感すぎたのではないだろうか。ここにいると大学時代の友人と話していればすっと消えた心の周囲との明らかなずれている感じ。だから自分を貫けない。私は明らかに「おかしい」から。そんな感覚が夢に蘇ってきた。私のパソコンに自分の思いを吐露した文章があって、それを心ない子供どもに「OOO(私の名前)こんなの書いてんの〜!!」って皆に回されていた。私はどうにかこうにか子供の気まぐれな心を他に移させて気分を紛らわせようとしていた。良いタイミングが身を救う、その繰り返しだと感じながら、考えながら。高校が舞台で出てきたりもした。皆楽しそうなところに場違いな私が焦って教科書取替えしてもらおうとするが、その教科書はどこかに捨てられていたり。 ここからさめなければどうしようかと思った。あの頃と同じ感覚。いつも素直な思いは文章に吐き出すだけ。それでも誰も私の範囲を尊重もしてくれないで根こそぎ笑い者の私は、素直な思いを皆の前に出されてはよってたかっての笑い者。私の心はいつも逃げたくて逃げたくて。それでもいつも私は自分の歯車と世界の歯車がかみあわない。私がおかしい。私が神経質だから。そうやって、次からくるくる他者からの要求を呑んで飲んで飲み込まされて。人の期待を浴びたまま、人のストレスを和らげようと救うために自分をずるいと非難して自分を汚いと思いながら走り続ける。 子供時代の夢はいつも学校の終わりのない日々。いつもいつも終わりのない日々。怖くて怖くて。夢が夢で本当によかったと思うのは目が覚めてから。どこにも居場所がなくて無機質なコンクリートの建物の中で繰り広げられるあの場所の人の悪気のない暴力をふるわれる日々。目が覚めて私にも少しだけ居る場所があって、何よりも大人になったことで人からある程度の距離と尊重を持って接してもらえることがよかった。自分のプライベートを侵そうとする人いないしね。そして私にも「尊敬」できる人がこの世にいるんだ。自分の感覚おかしくないんだと思える音楽と人と本に出会えた。大好きな子に会えたこと。目が覚めて私は26の私でよかった。
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