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「自分のために生きていける」ということ -
寂しくて、退屈な人たちへ
著者:斎藤学
出版社:大和書房
ISBN:4-479-79018-7
定価:1,500円+税 |
「嗜癖とは何か」「嗜癖はどこからくるのか?」に答える、分かりやすい入門書
精神科医の斎藤学氏といえば「AC問題の第一人者」的なイメージの方が強くなったけど、これは長年、アルコールなどの嗜癖のフィールドで仕事してきた斎藤氏の本領発揮!という感じの「嗜癖についての本」だ。
この本のサブタイトルは「寂しくて、退屈な人たちへ」となっている。アルコールでも食物でも買物でも、嗜癖に手を伸ばしたことがある人――それが“嗜癖”だと、その時は気づいていなくても――なら覚えがある、「耐えがたい寂しさと退屈の感覚」から話は始まる。何かに手を伸ばさずにはいられない、あの感情の真空地帯はどこからくるのか。日常生活の中に、ときには子供時代に、本当に微妙で分からないほどひっそりと私たちの人生に侵入してきたあの小さな空虚感から、たしかに私たちの嗜癖のダウンスパイラルは始まったのだ。
真空地帯か、あるいはブラックホールのように嗜癖行動を吸いよせるこの退屈感の正体は、「耐え難い寂しさ」である、と著者は言う。孤独を楽しめる大人の寂しさではない、ミルクを、保護を、そして「あなたは今のあるがままでこの世界に居ていい存在なのだ」という根源的な承認をもらえなかった赤ん坊の、絶望の叫びのようなむごすぎる寂しさ。それを心が直視できずに鈍麻させたものが、あの恐ろしい速さで嗜癖行動がはじまる瞬間に垣間見える、感情の空白なのだ、と。
じっさい、「耐え難い寂しさ」を感じた子供もまた“嗜癖”へと駆り立てられる。嗜癖のもっとも原初的な形態は乳幼児の「指しゃぶり」と、それに続いて4〜5歳から始まる自慰行為であるという。それほど私たち人間は嗜癖に近く、そしてまた何にでも嗜癖する。ACの問題とは「漠然と不幸へ嗜癖している感覚」とも言えるのではないか、というのが私見なのだが、アルコールだろうと買物だろうと、最初はささやかな気晴らしだと思っていたものが明らかに自分を痛めつけるレベルに達しても「分かっているのに止めることができない」、それが嗜癖の本質だ。耐え難い退屈のブラックホールは嗜癖行動を吸い寄せはするが、このブラックホールには底がない。そして嗜癖行動は決してブラックホールの穴を塞ぐという本来の目的を果たしはしないがために、ますます嗜癖行動への欲望が亢進し、むなしい繰り返しが続く。それが嗜癖のからくりである。
嗜癖者が嗜癖から離れて、この耐え難い寂しさのブラックホールを直視し、覗いてみることを決意する瞬間――それは逆説的だが、「自分が嗜癖に対して無力であり、日々の生活がどうにもならなくなっていることを認めた」時である。それまでは嗜癖者は「自分は嗜癖者なんていう“負け犬”なんかじゃない」、意志の力で「嗜癖をコントロールできている」と信じている。意志の力で「弱い自分」をコントロールし、他人をコントロールできると信じている。それは嗜癖の底にある打ち捨てられた赤ん坊の絶望的な寂しさを覆い隠したまま生きてゆこうとする必死の生き残り策であった。だがそのために他人との関係において常に「どちらが勝ったか負けたか、上か下か」のパワーゲームに生き、そうすることでますます寂しさと絶望は耐え難いものとなってきたのだ。だから、嗜癖者とは対人恐怖者の一形態でもある、と著者は言う。そして「自分が嗜癖者であり、嗜癖に対して無力であることを認める」ことから、打ち捨てられて絶望の叫びをあげている赤ん坊=自分自身を癒し、和解してゆく道が始まる。
嗜癖からの回復の具体的な方法として、著者は「アファメーション(自己肯定)訓練」と「パワーゲームを降りること」を挙げている。現代社会において私たちが否応なく組み込まれているかのように思える「どちらが勝ったか負けたか」、他人と比べて勝ち組か負け組か、どれだけ幸せそうに見える「幸せアイテム」を揃えたか…というパワーゲームを降りるためには、「どんなことがあっても、人と比べてどうであっても、自分で自分を愛し、大切に思う」という本当の自己肯定感が必要になるだろう。そしてそれができたとき、私たちは嗜癖に手を伸ばさなくとも、自分自身との関係を楽しめる「大人の孤独」の時間を持つことができ、「現実検討の能力」「衝動をコントロールできる能力」「自分を肯定できる能力」「いいかげんにやれる能力」「人と共感できる能力」という、本当の成熟した大人の資質を持つことができる、と。
「嗜癖者は嗜癖という形で社会に“NO”を突きつける」と著者は言う。「嗜癖とは何か」という問いに対する入門書であると同時に、パワーゲームで首が回らなくなっている現代の「嗜癖する社会」の中で、自分を見失わないための温かいメッセージが込められた良書だと思う。
(2003/01/27 蔦吉) |
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