1.感じるままを感じてもいい。感情には正しいとか間違いということはない。感情はただあるだけである。誰も人がどう感じるべきかを教えることはできない。感情について話すことは、良いことであり必要なことだ。 2.欲しいものを欲しがってもいい。欲さなければならないことや、望んではならないことなどない。自分の活力に触れたならば、大きく成長したくなる。 3.見え、聞こえることを見聞きしていい。見聞きしたものはなんでも、自分が実際に見聞きしたとおりのものなのだ。 4.いっぱい楽しんだり、遊ぶのはいいことだし、また、そうする必要がある。 5.真実を語ることは重要なことである。歪められた考え(“すべてか無か”思考、破滅化、過度の一般化、読心術、etc.)をしりぞけて現実をあるがままに見ることは、人生の苦痛をやわらげる。 6.ときには限界を知って、満足を先のばしにすることは大切である。これもまた人生の苦痛をやわらげる。 7.バランスのとれた責任感を発達させることは重要である。それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。 8.失敗してもいい。失敗は教師である。失敗は学ぶことを手助けしてくれる。 9.自分自身と同じように、他者の感情、要求、望みもまた、尊敬され尊重されるべきである。 10.問題があってもいい。それは解決される必要がある。葛藤があってもいい。それは解決を必要としている。
ジョン・ブラッドショー 『インナーチャイルド』(NHK出版)第10章をもとに作成
(現在 過去ログ58 を表示中)

HOME HELP 新規作成 新着記事 トピック表示 検索 過去ログ

No8337 の記事


■8337 / )  雑談スレから移動しました/Jさんへ
□投稿者/ ゆき -(2009/01/26(Mon) 20:03:33)
    お言葉に甘えてこちらで新スレ立たせていただきました。
    以下、前レスへのレスです。

    >私も自分や親や世界が憎くて仕方がない…
    >私にとっては神も世界も敵に過ぎない…
    >なんて今でも考えています。バカでしょ?

    全然馬鹿じゃないです。私も一言一句同じことを考えています。
    神様なんてものがいるなら随分舐めた真似をしてくれると…。
    親との言い争いの中で、神なんてものは信じる気がしなくなりました。

    本当、自分の醜さ、卑しさが嫌になる。私は乙女とはかけ離れてはいますが(笑)、
    Jさんの書かれた通りです。自分がこんな嫌な人間だなんて
    知りたくなかった。知ったところで自分や周囲が益々憎たらしくなるだけなのに。

    怖いです。いつか取り返しのつかないことをしてしまいそうで、怖い。
    それが自分に対してか、相手に対してかはわかりませんが。

    してみたかったことがあった。でも、一度その道を外れてしまった。
    今、自分でその道に戻ろうとしている時に、この「したかったこと」は
    親に自分を褒めてもらうための 手段でしかなかったと気づいてしまいました。
    もっと正確に言えば、最初は本当にそれがしたかったんだと、多分思います。
    もうずっと昔のことですが…。
    でも、親に褒められない、成果を出してもそっけない態度をとられ続けて、
    いつの間にか「自分がやりたいこと」から「これで成果を上げれば親だって
    認めてくれるはず」に摩り替わっていたんです。
    …いえ、最初から親に褒めてもらいたかったんでしょうね。
    自分にあった「得意なこと」で褒めてもらいたかった。将来それで食べていけるか
    どうかじゃなくて、その瞬間の私を見て欲しかった。感情を共有して欲しかった。

    私ね、昔から大体のことはそつなく出来る子供だったんですよ。
    だから余計親も、それを当然としてそっけなかったんです。
    でも違うんです。そつなくなんてことは全然なかった。いつも不安だった。
    一人じゃどこにも行けなかった。でも大人になった今でも、私のことを
    よく知らない人は…多少親しくなった人でも、「私は何でも出来ちゃう人だ」って
    見てくるんです。
    違う。違う。違う。違う。出来ない。私は何も出来ない。怖い。動けない。
    動きたくない。誰かに手を伸ばして欲しかった。皆私を放っていく。どうして…

    どうしてこうなっちゃったんだろう。どこで間違えたんだろう。
返信 削除キー/


Pass

HOME HELP 新規作成 新着記事 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -